その21 逆上がり
助けを呼ぶ声と悲鳴に導かれるまま、迷宮内を駆ける。
洞窟染みた通路を抜けると、急激に視界が開けた。どうやら『フロア』に出たようだ。
数多の通路とそれらを繋げるフロアで構成されている迷宮上層は、平面上に構築された少し複雑なアリの巣を連想すると、イメージとしてはピッタリかもしれない。
フロアの中央では、複数の冒険者が既に魔物と戦っている。どうやら、先に襲われた冒険者達を庇い、救援に駆け付けたパーティが正面切って戦っているようだ。
しかし、戦況は芳しくない……というより、戦線は崩壊寸前にみえる。
喉を震わせて、魔物は野太い咆哮を轟かせた。
毛むくじゃらで筋肉質な巨体、側頭部から伸びる2本の雄々しい角。体格を人間に寄せた二本足で立つ闘牛を連想すると、丁度こんな感じだろうか。
「ミノタウロス……?」
彼等が相対している魔物は亜人系第二位階のミノタウロスだ。ホブゴブリンと同じ位階だが、根本的な種族能力の差からして、その強さは段違いといえる。
本来は第9階層から出現し始める魔物なのだが、そいつがこの第4階層にいるということは……。
「"逆上がり"か!」
逆上がり――深い階層にいる魔物が、何故か上層を目指して侵出してくる行為である。原因は解明されていない。
見る限り、ミノタウロスの数は3匹。それを引き受けているパーティの構成はそれぞれ騎士系、戦士系、盗賊系、神官系の職に就いていると思しき4人の男女だ。
だが、彼等の実力では3匹を同時に相手にするには実力不足だろう。
前衛3人が何とか1匹のミノタウロスを引き付けているが、それが限界らしい。後から合流してきたと思しき残りの2匹が後衛に流れていってしまっている。
「――いやっ! 誰かぁ!!」
木霊する悲鳴。
神官職の歳若い少女が、前衛を抜けたミノタウロスに押し倒された挙句、圧し掛かられてしまった。その細い首にミノタウロスの手が伸びていく。
このまま何の対処もしなければ、彼女が物言わぬ死体になるのは火を見るよりも明らかだ。
そんな彼女よりも後ろにいる、最初にミノタウロスの奇襲を受けたらしい女2人組の冒険者は完全に戦意を喪失してしまっているらしい。ひたすら魔物を前に震えているだけで、神官職の少女を助けるどころか、その場から動く気配すらみせない。
残った1匹が殺気を撒き散らしながら、動けない彼女らへ容赦無く迫っていく。
「あがっ……かふっ……」
「ルシャ!? このっ! やめろおぉぉおお!!」
焦燥に叫ぶ騎士。少女の危機に焦る仲間達が果敢にミノタウロスへ挑むが、如何せん地力の差があり過ぎる。騎士は防御で手一杯、戦士は懐に飛び込むタイミングを見出せず、盗賊が短剣でちまちま繰り出す攻撃はミノタウロスの表皮を浅く切り付けるだけで、何の意味も為していない。
現状、彼らが勝てる見込みは皆無といえた。
「――っ」
無拍子。最初の標的は、戦意喪失した2人組へ迫っていたミノタウロス。俺は長剣を振り抜いて、不意打ち気味に片足の腱を断ち切り、動きを封じる。
絶叫をあげ、片膝を着くミノタウロスを放置し、再び無拍子。
神官職の少女に圧し掛かり、首をへし折らんとしていたミノタウロスの頸部を横合いから貫く。
急所貫きの効果が乗り、刃先は骨を軽々と断ち割ったあと、反対側の皮膚を突き破った。
滴る血で少女の顔が汚れてしまうが、構っていられない。俺は強引に剣を振り上げて肉を斬り裂くと、崩れ掛かるミノタウロスを蹴倒す。
これで少女が巨体に潰されることはなくなった。重い音をたてて、力無く転がるミノタウロスが赤い液体と化していく様を見届けることなく、俺は即座に屈む。
次の瞬間、腱を切って放置したミノタウロスの拳が頭上を掠めていった。殺界に頼るまでもない、稚拙な攻撃だ。
大振りゆえに生まれる大きな隙。がら空きの胴体。その横腹を斬り付けつつ、脇へ抜ける。腱を切られて満足に動けないミノタウロスの反応は鈍い。旋回しつつ、遠心力を乗せて斬撃。俺の顔面に迫っていたミノタウロスの右腕を斬り飛ばし、続けざま長剣を袈裟懸けに振り下ろす。
肩からヘソの下まで一息に斬られたミノタウロスは、仰向けに倒れて絶命した。
以前ならもう少し苦戦していたはずだが、レベル4となったおかげで随分と楽に斃せた。
「よし……」
ちらっと横目で女の子達を確認。どうやら大きな怪我などはないようだ。呆然とした様子でこちらを見つめてくる要救助対象から視線を外す。
どうにか彼らを助けることができたが、まだ魔物は残っている。
懸命に戦っている加勢パーティに目を向ければ、ミノタウロスは俺を脅威と見做したらしい。
前衛の面々を大振りな腕の薙ぎ払いで遠ざけると、その隙を突き、俺に向かって猛突進してきた。
殺意を撒き散らし、地面を猛然と駆ける巨体の威圧感に、近くにいる女の子達が震え上がる。
「さて……」
どうやって処理しようかと剣を構える――が、横合いからブーメランのように飛んできた"鉈"に頭を刈り取られたミノタウロスを見て、俺は剣を下げた。
誰の仕業かなど、考えるまでもない。
「うーん、流石」
一瞬のうちに頭が弾け飛び、何が起こったのかも理解できないまま逝ったであろうミノタウロスが、惰性で数歩歩いた後、地面に倒れ伏す。
俺は辺りを見回し、他に魔物がいないことを確認すると、剣を背中の鞘に納めた。
「怪我はないか?」
「は、はい……大丈夫です……」
白い神官服を返り血で真っ赤に染めた少女は、身を震わせながら答える。ミノタウロスに殺されかけた恐怖が抜け切らないらしい。それも当然かと、俺は腰を抜かしている少女に手を差し伸べた。
「ありがとうございます……あっ――」
俺の手を取って、なんとか立ち上がった少女だが、脚に力が入らなかったようだ。バランスを崩し、俺の方に倒れ掛かってきたので、咄嗟に受け止める。
「ご、ごめんなさい……」
返事をする代わりに、軽く頷いておいた。
「どうやら、大事ないようだね」
「ああ。とりあえずは全員無事で何より、ってとこか」
遅れて追い付いてきたステアが俺の隣に佇む。
「――救援、感謝します」
ふと、背後から声を掛けられる。
振り返ると、ミノタウロスを引き付けていたパーティの面々が近寄ってきていた。
「貴方が来てくれなかったら、今頃どうなっていたことか……仲間を助けて頂き、ありがとうございました」
頭を下げる少年がパーティのリーダーなのだろう。
少年の後ろに控える仲間達も一緒に頭を下げてくる。
「僕の名前はステイルと言います。『夜明けの光』というパーティを率いている者です。竜騎士の職に就いています」
おおっ竜騎士といえば騎士職の中でも聖騎士と並ぶレア職じゃないか。将来の英雄候補とは、中々の有望株だな。
礼儀正しい少年が握手を求めてきたので、応える。
「俺はタロウ。しがない剣士だ」
「――! というと、あの……お会いできて光栄です」
ステイルと名乗った少年の瞳に尊敬の色が宿る。どうやら俺の名前を知っているらしい。ていうか、"あの"って何だよ。
いや、俺自身悪い意味で有名なのは理解しているが、ステイルの様子を見る限り、どうにもそんな感じではないように見える。
まぁ、興味はないので詮索することはしない。
「私はビショップのルーシャエルと申します。先程は危ないところを助けていただき、感謝の言葉もありません」
そう言って深く頭を下げるのは、ステイルにルシャと呼ばれていた少女だ。
真っ白な神官服が血で真っ赤に染まってしまっているが、凛とした佇まいから醸し出される穏やかな雰囲気はまさしくヒーラーに相応しい。
ビショップといえば、傷の回復に加えて、パーティメンバーの身体能力を補助する魔術や各属性に対する耐性魔術を扱えるレア職である。
このパーティ、メンバー4人のうちレア職が2人もいるとか、かなり恵まれてるな。
「オイラはビューイ。トレジャハンターっす!」
「戦士のバルグルだ」
罠や宝箱などの発見と解除を得意とするトレジャーハンター。
物理火力に優れ、場合によっては騎士職の代わりに盾役もこなす戦士。
ここで攻撃魔術が扱える後衛が入れば、ダンジョンを攻略するパーティとしては言うことないのだが。
まぁ、それは彼らが考えるべき事柄であって、俺がとやかく言う筋合いはないな。
それよりも、だ。
「……」
問題は、未だに地面に座り込んだまま動けないでいる2人のマーセナリーだ。
歳の程はステイル達と同じくらいだろうか。
構成は魔術師職と……装備からして槍士だろうか。
少女2人組は、情けない表情で俺を見つめてくる。
正直に内心を吐露させてもらうと、他者に助けを求めて、自分達は一切動かないなど最悪としか言いようがない。
マーセナリーである以上、命を落とす覚悟はしているはずだなどと酷な事を言うつもりはないが、こんな体たらくを晒すくらいなら、ダンジョン探索などやめて、無難な土地でフィールドワークに勤しんでほしいものだ。
俺は少女2人組を一瞥すると、特に声を掛けることもなく、ステイルに視線を戻す。
「全員、怪我らしい怪我もないようだし、俺達はもう行くよ」
今後どうするかの判断は彼らに一任し、ついでに体良く少女2人組も押し付けさせてもらう。
なにせ、こっちはまだ依頼の途中なのだ。彼女達に付き添って、一緒に街に戻ってやるつもりは毛頭ない。
「あ、ちょっと待ってください」
「うん?」
呼び止められ、動かしかけた足を戻す。
「ミノタウロスが落とした魔石と素材があります。どうぞ持っていってください」
ステイルが指し示す方向を見やれば、確かにミノタウロス3匹分の魔石と1本の角が落ちていた。
「……いいのか?」
「ミノタウロスを倒したのはタロウさん達なのですから、当然です」
結果としてはそうなるが、あのような状況では"獲物の横取り"と捉えられてもおかしくはない。それが、誰がどう見てもパーティ壊滅一歩手前だったとして、自分達は助けられたのだと理解していても、図々しい冒険者なら臆面なく戦利品の権利を主張するだろう。中層域に住まう魔物の素材は、魔石を含めて、どれも良い値段で売れるので尚更だ。
「元々はあんた達が戦っていた魔物だぞ? 俺はそれに割り込んだ形になるわけだが」
「僕達だけでは倒すどころか、全滅していましたよ。そうなれば、報酬も何もありません。だから、あれはタロウさん達のものです」
「本当にいいんだな?」
「勿論です」
ステイルの言に異議を唱える者はいない。リーダーの意思を尊重するらしい。
そういう事なら、有り難く受け取らせてもらおう。
……物欲が絡む問題でも一丸になれるとは、非常に良いパーティだ。このまま首尾良く経験を積んでいけば、彼らはいつか大物として名を馳せるかもしれない。
俺は魔石と角を回収すると、角をステイルに向かって放り投げた。
「角はやるよ」
「えっ!?」
慌てて角を受け取ったステイルが困惑した表情でこちらを見つめてくるので、俺は頷いて応える。
「ミノタウロスの角は武器の素材として優秀だ。そいつを使って鍛えた武器は、この先の迷宮攻略で必ず役に立つ。取っておくといい」
問答は無用である。面倒臭いので。
「……」
ステイルは手にしたミノタウロスの角を暫くじっと見つめた後、丁寧に雑嚢へと仕舞い込んだ。
「この御恩は、いつか必ずお返しします」
「期待して待ってるぜ」
割りかしマジで。レア職が2人も揃ってるパーティなら、充分大成も見込めるはずだ。どんなリターンが返ってくるのか、今から胸が踊る。
「あの、この度は本当にありがとうございました。今度、美味しい食事をご馳走させてください」
最後に、会話に割り込んでくるようにして、ルーシャエルが頭を深く下げてきた。
「ああ、それは楽しみだ。それじゃ、またどこかで」
無難に社交辞令を述べた後、俺は踵を返して、迷宮の奥を目指した。本来なら、この階層で魔石を集めるつもりだったのだが予定変更だ。同じ階層に留まって、探索を続行するかもしれない彼らに再び出くわすのも気不味い。ここは大人しく第5階層に降りるとしよう。
「――では、御機嫌よう」
それまで成り行きを見守っていたステアが夜明けの光の面々に向けて、優雅に一礼する。そのまま小走りで俺に駆け寄ってくると、隣に並んで手を繋いできた。きゅっと、柔らかい掌の感触が伝わってくる。
いや、ダンジョンで片手を塞ぐとか、自殺行為なんですけど。
「いきなりどうした?」
「なに、気にすることはない。ただの牽制さ」
「は?」
よくわからない答えに首を傾げるが、ステアはそれ以上教えてくれる気はないらしい。鼻唄を歌いながら、頰を擦り寄せてくるだけだった。
まぁ、なにはともあれ。数歩後ろにグラムをくっ付けて、俺達は第5階層を目指して歩き続ける。




