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その19 マーセナリーデビュー

 ステアのギルドタグを貰った後とのこと。

 この流れは、必然というべきか。


「タロウ、タロウ。せっかくだから、何か簡単な仕事を受けてみたい」


 キラキラと瞳を輝かせて、袖を引いてくるステア。

 童女のような、邪気のない顔は生気に満ちており、吸血鬼とは程遠い印象を受ける。


「んー、簡単な仕事か……」

「こう、パッと行って、ささっと終わらせられる感じの仕事がいいね」


 さて、どう応えるべきか。

 彼女の言う簡単の定義が曖昧過ぎる。

 ここはひとつ、ギルドにおける依頼の種類について説明しておくべきか。


「ステア、マーセナリーには大まかに分けて二種類の仕事があってだな――」


 労働者斡旋ギルドに所属する戦闘職、通称『マーセナリー』には2種類に大別された仕事が与えられる。

 ひとつはフィールドワーク。街の外に出向いてこなすタイプの仕事が当て嵌まる。

 もうひとつが迷宮探索。読んで字の如く、各地に点在するダンジョンに赴き、気の向くままに探索する。そして、探索の過程で得たアイテムをギルドに譲渡することで、それに見合った報酬を受け取る仕事だ。ダンジョンは街の中に包括される形で管理されている為、外に出向く必要がない。


 フィールドワークはそのどれもが面倒なものだ。依頼として常時掲示板に張り出されている薬草採取にしろ、魔物討伐にしろ、それなりに時間が掛かる。日数単位で拘束されることもザラだ。その分、報酬は割りの良いものが多いのだが。

 そういう意味では、迷宮探索がお手軽といえるだろう。魔物のドロップ品を納入するタイプの依頼が大半を占めるが、移動に時間も掛からないし、上の階層で手に入る代物なら、まさしくパッと行ってささっと終わらせられる。ただし、簡単な分、得られる金銭は侘しいものでしかなく、数をこなさないとその日暮らしで精一杯という有り様になってしまう。


「――というわけなんだが、どうする?」

「ダンジョン行きたいっ!」


 悩む素振りが一切ない即答。

 両腕を振り上げて喜ぶ姿には、外見相応の無邪気さが垣間見えた。


「ダンジョン探索はずっと昔からの憧れでね。一度でいいから行ってみたかったのだよ」


 好奇心の赴くままに、思う存分迷宮を攻略したいと懸命にせがむステア。人類にとって迷宮探索は命懸けの行為だが、彼女にしてみれば未知のアトラクションに挑むような感覚なのかもしれない。

 まぁ、それはそれで別に構わないのだが……。


「その格好で行く気か?」

「当然だろう」


 今のステアは着物姿である。ダンジョンへ挑むに相応しい格好とは口が裂けても言えない。


「他の服に着替えたらどうだ?」

「や。わたしはこのままがいい」

「着物のままじゃ動き辛いだろうに」

「乱れることを気にしなければ、そうでもない」


 意地でも着物を脱ぐ気はないようだ。何が彼女をそこまで駆り立てるのか。


「汚れたり、破れたりしても知らないぞ?」

「心配は無用。既にわたしの魔力を丹念に練り込んで、着物の材質そのものを変質させてある。形状保存は完璧さ。滅多なことでは汚れたり、破れたりしない。万が一そうなっても、必要な分だけ魔力を込めれば、即座に修復できるのだよ」

「……」


 いつの間に、なんて聞くのは野暮だろうか。規格外過ぎて、言葉が出てこない。

 ていうか、そんなことできるなら、最初に着ていた黒いワンピースも変質させておけばよかったのに――なんて言ってみたら、魔力で材質を弄るのは簡単ではなく、それなりに緻密な作業を要求されるらしい。とにかく面倒なうえに疲れるので、基本的にはやらないとのことだった。


「これはタロウが譲ってくれた、家族所縁の大切な着物だからね。特別なのだ」

「さいですか」


 キャスケットのつばを弄りながら、ステアは堂々と言い放った。

 想像以上に気に入ってくれているようで、俺としては嬉しい限りだが……まぁ、好きにさせよう。

 本当なら防具のひとつでも装備させたいところではあるが、彼女に限って言えば、それらは無用の長物でしかないのは判り切っている。

 ちなみに、形状保存された衣服は、それだけでそこらの金属鎧より余程丈夫だとのこと。尚更、ステアに人類の防具を装備させる理由が無くなったわけだ。


「さて、ダンジョン向けで丁度いい依頼はあるかな……?」


 ダンジョン向けの依頼が張り出されている掲示板に顔を出してみる。横を見れば、ちょこんとステアも付いてきていた。

 丁度いい。ついでに依頼の受注の仕方も実演しておくか。

 俺は適当な依頼の紙を見繕い、掲示板から剥ぎ取った。

 そのまま、空いているカウンターへ持っていく。シエルは既に他の冒険者を相手にしていたので、応対してくれたのは別の職員だった。


「依頼の受注ですね。お預かりします」


 用紙を受け取った職員が依頼の内容に目を通す。

 依頼内容は小型の魔石20個の納品。レベル1や2のソロだと少々厳しい依頼だ。


「――納品する魔石は小型と書かれていますが、重さは最低20デルム以上の物と指定されておりますね。それ以下の魔石は納品できませんのでご注意ください」

「重さ指定とか今時珍しいな……。20デルムってどのくらいだ?」

「えっと、こんなものですね」


 職員はカウンターの下をごそごそと漁り、ひとつの分銅を持たせてくれた。


「そちらがちょうど20デルムの重さになります。そのまま分銅をお貸しすることもできますが、どうされますか?」

「借りよう」


 俺は借り受けた分銅をウェストポーチに放り込む。


「依頼内容で、他に注意するべきことは?」

「えー……はい、大丈夫です。特にありません。このまま受諾処理して構いませんか?」

「お願いします」

「では、こちらにタグを」


 依頼用紙の隅、横線が引いてある位置の上にギルドタグを押し当てる。タグに込められた魔力が反応して、用紙に焼印のようなものを刻んだ。

 職員の話によれば、焼印の形によって個人が判別できるようになっているらしい。


「依頼の受諾が完了しました。どうぞお気を付けて。デアナトース神のご加護があらんことを」

「ありがとう」


 お礼を言って、ステアのところへ戻る。


「依頼を受ける時はこんな感じでな。達成条件が特殊な依頼とかは事前に忠告してくれる場合もある。職員の話はよく聞いておくように」

「はーい」


 しゅびっと勢い良く手を上げるステア。心はもうダンジョンまっしぐらのようだ。

 あまり焦らしても可哀想だし、とっととダンジョンへ向かうとしよう。

 本来であれば、迷宮探索に赴く前には入念な前準備が欠かせない。ということを道中でステアに説明しながら、俺達はバルキウズが誇るダンジョン――ベオフェル迷宮へと足を向けた。


「今回は上層にポップする魔物をひたすらぶっ殺して、ドロップ品である魔石を入手する。数は20個と少し多めだ。そのうえ重量が一定以上の物しか受け付けてもらえない。というわけで、まずは4階層を目指そう」

「ふふ、腕が鳴る」


 大きく袖を振り、キャスケットのつばを摘むステア。桜色の唇は強気に弧を描き、自信に満ちた表情を彩っていた。


 そして、ギルドからすぐ近くにあるベオフェル迷宮の入口へ。


 ダンジョンの入り口近辺は大きな広場となっている。通称『英雄広場』と呼称されている場所だ。ベオフェル迷宮へ入るには、必ずここを通り抜けなければならない。

 中央にベオフェル迷宮を最初に発見したというマーセナリーの石像が建てられているのが特徴だ。英雄広場という名の所以である。

 広場は非常に賑わっていて、待ち合わせしているマーセナリーや彼らをターゲットにした運び屋(ポーター)、商人達で犇めいている。


「うぅぅっ……。たろぉ、何だか凄く見られてる気がするのだが……?」

「そりゃ、そんな派手な恰好してたら目立つわな」


 自身が注目されていると察するや、途端に弱気になり、俺の手を掴んできたステア。

 ギルド内で啖呵を切った時の勢いはどこへ――いや、何も言うまい。そう、きっと遠くへ逝ってしまったのだ。

 グラムは変わらず、何の反応も示さない。ある意味で、その何事にも動じない姿勢は羨ましい。


「たろぉ……」

「はいはい」


 安心させるために、軽く頭を撫でてやる。

 周囲の野次馬……否、ダンジョンへ向かう、若しくは帰還したマーセナリー達の反応は様々である。

 ステアの容姿に見惚れると同時に、彼女の装いを見て目を丸くする者が大半を占めるのだが、稀にストイックな者もいて、そういう輩は頗る評判が悪い俺を見て顔を青くした。


 ステアも精神的にダメージを負っているようだし、これ以上衆目に晒される前に、さっさと広場を抜けてしまおう。


 外野の視線を無視しながら、気持ち早めに英雄広場を突き抜けて、ベオフェル迷宮を目指す。


 入り口に辿り着いたら、管理人にギルドタグを見せて、いよいよ内部へ突入だ。

 ダンジョンの中は広大の一言に尽きる。入り口付近からある程度進んでしまえば、他の冒険者とすれ違うことも少なくなる。


 ちなみに、ベオフェル迷宮は地下へ降りていくタイプのダンジョンだが、他所にはこことは逆に登っていくタイプもある。

 出現する魔物の傾向や内部の構造もダンジョン毎に異なり、それぞれの特徴があるのが個人的には面白いと思っていたり。


 さて、今回潜るベオフェル迷宮には、亜人系や獣系といった魔物が主に出現する。勿論、これらの種類の魔物しか出てこないというわけではないが、傾向として確かに多いというのは、ここに潜った冒険者なら誰もが認めるところだ。


 俺とステアとグラムの3人は、まさしく洞窟といった雰囲気の第1階層を進んでいく。

 どこの迷宮も上層はこんな感じだ。地形の特色が出てくるのは、中層域と呼称される10階層以降である。


「魔物、出てこないね。つまんない」

「ここはまだ最初の階層だからな。魔物と遭遇する頻度はそう多くない」


 なんて言ってみるが、最も危険度が低い第1階層とはいえ、油断は禁物。

 俺は適度に気を引き締めながら、第2階層へ繋がる道を最短ルートで突き進む。

 とはいえ、ステアとグラムがいる限り、俺の警戒などあってもなくても大して変わらないのだろうが。それでも、俺は今の自分にできることをする。

 

 そして、あと少しで第2階層というところで、そいつは現れた。


「――何か来る」


 唐突に呟くステア。俺は一旦歩みを止める。その直後、正面の暗がりから、獣型の魔物がぬうっと姿を見せた。


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