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その17 躊躇

 ギルド前でしばらくグダグダした後、ようやく考えが纏まったので、今度こそとステアとグラムを伴い、労働者斡旋ギルドへ足を踏み入れる。

 最初に目に入るのは、美人な女性職員を揃えた複数の受付カウンターだ。受付カウンターは会社の顔、容姿が整った者を置くのはどこも同じである。特別珍しいものでもない。

 少し離れたところに、難易度に分けて依頼用紙を張り付けた掲示板広場。そして、食堂兼酒場を兼ねたラウンジ。隣接するエリアは自主訓練用の大広間となっている。


「おお、思った以上に広いのだね」

「そりゃあ、街で一番広い土地に建てられた建物だし、これくらいはな」


 俺の左腕を抱えたまま、ステアは未知の世界に瞳を輝かせた。目立つ容姿をしている彼女はそれだけで周囲の注目を集めてしまう。それでも、外を歩いている時に比べれば大した事はないのだが。


「一番空いている受付カウンターは、と……」


 一階は戦闘職専用のエリアだ。当然、様々な戦闘職の人間が寄り集まり、ごった返している……なんてことはない。決して少ないわけではないが、他の階に比べると一階は静かなものである。

 その理由は、戦闘職が他の職業に比べて、人数の割合が少ないからだ。その為、戦闘職はある種の『選ばれし存在』として、周囲から認識されている。


 受付カウンターの前に並び、空いたカウンターの職員から声を掛けられる形で、そこに向かう。


「あっ、こんにちはタロウさん!」


 人の警戒心を解すような、穏やかな笑みを浮かべる女性職員の名前はシエル。歳は俺より3つ下の17歳。長い金髪を一纏めに括っている美人さんだ。

 過去に、街の外で魔物に襲われていた彼女を助けた縁もあり、ギルド内で何かと世話を焼いてくれる良い娘である。


「やあ、シエル。今日はこの2人をギルド登録しに来たんだ。手続きよろしく」

「はい、2名様のご登録ですね。では、こちらの用紙に記入をお願いします」


 2人は無言のままそれぞれ用紙を受け取る。

 この用紙に必ず書かなければならない項目は、自分の名前と職業とレベルのみ。ギルドでは、他にも所持アビリティやスキル等の記載を推奨しているが、これは任意なので絶対に必要というわけではない。この世界において、特に戦闘職には、自分の情報を必要以上に公開することを嫌がる者が多い為である。


 ステアとグラムはさらさらと自分の名前を用紙に記入していく。誤字はなし。事前に、人類社会の文字を教えておいた甲斐があったというもの。これなら、俺が代筆する必要もない。それどころか、思いの外2人とも達筆で、字が汚い俺としては嫉妬するばかりだ。


「書き終わったよ」


 そう時間も掛からず、用紙がシエルの手に渡った。ちらっと見せてもらったら、2人とも達筆だった。字が上手いって羨ましい。


「確認致します……――」


 用紙に目を通したシエルの表情が微かに強張るが、それも一瞬で消えた。流石はギルドの顔。動揺を表に出さないのは見事なプロ意識といえる。

 恐らくは、ステアとグラムが共に上位職として申請していることに驚いたのだろう。

 上位職になれる者は希少だ。実質、戦闘職の中では1000人に1人いるかいないかといった程度である。それが一気に2人も増えたのだ。シエルの反応も仕方がない。


 ちなみに、グラムの職業は上位職の『狂乱騎士』ということにしておいた。

 狂乱騎士の最大の特徴は『痛覚鈍化』だ。痛覚鈍化は文字通り、本来受けるはずの"痛み"を大幅に低減させる。さらに、物理攻撃力と物理&属性防御力、生命力に高いボーナスを得る。その代わり、騎士職が本来使えるはずの補助魔法等が一切使えなくなり、盾を持つと物理攻撃力にマイナス補正が掛かるというデメリットを背負うことになる。まさしく、イケイケな戦闘狂御用達の脳筋ジョブなのだ。

 要するに、死霊の騎士であるグラムの強靭な生命力と高い近接戦闘能力はそのままに、深淵魔法を"使わない"ものとして考えた結果、導き出された職業こそが狂乱騎士なのである。


 我ながら、素晴らしいチョイスだと言わざるを得ない。


「では、御二方のギルドタグをお作り致します」


 ――登録者が記載した情報が真実であるかどうかをギルドが確認することはない。


 何故なら、職業やレベルを偽ったところで、アビリティやスキルの関係で簡単に化けの皮が剥がれることを、この世界の人類なら誰でも知っているからだ。

 それに加え、ギルド側からすれば、職業やレベルを偽られようとも、依頼を完遂してもらえればそれでいいのである。特に、厄介な仕事が多い戦闘職関連では尚更といえた。


「パーティの参加はどうされますか? ご希望でしたら、用紙に書かれた情報を公開し、パーティを募集することもできますよ」

「ぱーてぃ?」


 ステアが首を傾げる。


「簡単に言えば、決まった顔触れの奴等と徒党を組むことだ」

「ふむ、なるほど」


 俺が教えてやると、ステアは納得したように頷いた。


「タロウは誰かとパーティを組んでいるのかね?」

「いや、俺は誰とも組んでいない」

「そうかい」


 ステアが嬉しそうに微笑む。


「ならば、募集は必要ないよ。わたしはタロウとパーティを組むことにするから。そこのグラムもね」

「――それは本当ですかッ!?」

「ひえっ」


 唐突に興奮して身を乗り出したシエルに吃驚したらしいステアは、小さく悲鳴をあげて俺の背中に隠れた。


「あああ……やっとタロウさんとパーティを組んでくれる人が……良かったぁ……」


 目の端に涙さえ浮かべて、デアナトース神に祈るように両手を組むシエル。

 ステアは理解できない生き物に遭遇したような面持ちで、目を丸くしている。

 俺は居心地が悪くなり、誰もいない壁の方へ視線を逸らした。


「ハッ!? すいません、私ったらつい……。今すぐっ、今すぐに! ギルドタグをお持ちしますので! パーティ申請の紙はこちらになります!」


 こうしちゃいられねぇっ! といった感じに、シエルは奥へ駈け込んでいった。

 ギルドタグは薄い銅の板に、所属するギルドと持ち主の名前、職業名を刻んだものだ。作り終わるまで、少し時間が掛かる。


「パーティを組むというのは、そんなに大事なのかい?」

「……人それぞれとしか言えないな」

「……まぁいい。今のうちにパーティ申請をしておこう」


 さらさらとステアは自分の名前を書き込んでいく。

 続いて、グラムも羽ペンを走らせた。

 あとは俺の名前を記すだけなのだが……。


「タロウ? どうしたのだ?」

「いや、その……」


 躊躇する俺に対し、ステアが小首を傾げる。


「もしかして、わたしとパーティを組むのは嫌かね?」

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだが……」


 悲しげな顔をするステア。俺は慌てて否定する。

 そこへ――


「おいおいおいっ! 今の聞いたかよ? あの『死神』がパーティを組むってよ!」


 突如として、人の神経を逆撫でる、悪意と侮蔑に満ちた大声が響いた。


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