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その16 職業詐称

 ステアの居室となる部屋のインテリアを整えてから、あっという間に一週間が過ぎた。

 この一週間、世間知らずなステアが外で妙なボロを出さないように、人類社会の一般的な常識をじっくり教え込んだ。

 ステアは乾いたスポンジのように知識を吸収していき、俺が教えられることはすぐに無くなった。途中、もっと色々な事を学びたいから本を買ってほしいとおねだりされたが、この大陸に出回っている本はとても高価で、ぽんぽん買い与えていたら簡単に破産してしまう。なので、心苦しいが諦めてもらった。今度、図書館にでも連れて行ってあげよう。

 閑話休題。そんなこんなで、これならステア一人で外出させても問題ないだろうという結論に至り、そろそろ本格的に外へ連れ出すことにした。

 ということで、今日はステアを労働者斡旋ギルドに登録させようと思う。

 ギルドに所属すると、ギルドタグと呼ばれる代物を貰える。これは労働者斡旋ギルドだけでなく、その他のギルドでも発行されているもので、都市での市民権を持たない者や身元保証人がいない者にとって、身分証明証となる大切な物だ。つまり、ギルドタグはギルドがその者の身分や身元を保証しているという証拠なのである。

 その代わり、報酬から差っ引かれる形で、所属しているギルドや拠点にしている都市への税金を支払わされるので、あくまでもギブアンドテイクな関係といえよう。

 だが、ギルドタグを持っているのと持っていないのとでは、様々な面で格差が出てくる。ステアの為に、ここは是が非にでも入手しておきたい。


「――着いたぞ」

「ここが件のなんとかギルドか!」

「労働者斡旋ギルドな?」


 ステアは物珍しげにギルドの建物を眺める。

 バルキウズでも唯一の4階建て建造物であるここは、それぞれの階に専門の部署を構えている。

 扉を出入りする者を見れば分かるのだが、腰に武器を携えた者もいれば、何かしらの技術職に就いているらしい者、料理用の鍋を背負っている者など、様々な人間がギルドを利用しているのだ。

 俺達が用があるのは、1階にある戦闘職向けの斡旋所である。


「ここに何をしにきたのだね?」

「お前のギルドタグを貰いに来たんだよ」

「ぎるどたぐ?」


 俺は簡潔にギルドタグについて説明する。

 要は、組織に属している証明のようなものだ。これを所持しているといないとでは、定職を得ていない個人に対する信用度に格段の差が出る。

 納得したステアは、俺の手を握る力をほんの少しだけ強めると、困ったように唸りながら首を捻った。


「タロウの目的は理解したけど、そうなるとわたしの『職業』は何になるのかな?」

「そこが悩みどころなんだよな。ステアは深淵魔法の他に何か特別な能力とかあるか?」

「うーん……?」


 吸血鬼を人類の職業に当て嵌めるとすると、いったい何の職になるのか。これを知っておかないと、ギルドに登録はできない。


「人類よりも遥かに優れた膂力……は言うまでもないね」


 悩むステアは、頭を左右に振りながら思考を巡らせている。


「となると、特に有用なのは霧に変化して半無敵状態になれること、自分の存在を透過できること、わたしの影を分身として操れることだね。あとは――」


 他にも死者を蘇らせて、眷属にできる。相手の生命力や魔力を奪って、自分の魔力に変換できる(不死系の魔物には効かない)。魔眼で相手を魅了したり、幻覚を見せたり、洗脳できるといった事をつらつらと教えてくれた。


「最後に、これは能力とは言えないが、一応教えておこうか。一般的に吸血鬼の弱点として知られているものは、わたしには意味を成さないよ」

「それはつまり、太陽の光や聖なる力の類、銀なんかも平気ってことか?」

「ん。あと、わたしはニンニクが大好きさ!」

「無敵かよ……」


 改めて、とんでもない奴だと認識する。ここまでくると、吸血鬼とカテゴライズしていいのかすら怪しい。


「ステアの能力は大体分かった。やっぱ、深淵魔法と死霊魔法が要か。深淵魔法は闇魔術と見た目が似通ってるし、死霊魔法はそのまま死霊術で偽れるのが大きい」

「ん。人類の闇魔術程度なら、簡単に模倣できるぞ」

「さらっととんでもない発言が聞こえた気がするが……言及するのはやめておく。となると、問題はこの2つの特性を併せ持つ職業だが――」


 さて、何があったか。ベースは闇魔術師として、死霊術も使えるとなると、これはもう上位職の領域になる。

 あっ、そういえば、あの職業があったな。


「よし、ステアの職業は上級職のソウルテイカーにしよう。あれなら、闇魔術と死霊術の両方が使える。レベルは俺と同じく4ってことにしておくか」

「ん!」

「いざとなれば俺がフォローする。その時は適当に話を合わせてくれ」

「承知した」


 ステアが少し緊張したように頷く。俺はキャスケットの上から彼女の頭を軽く撫でた。

 俺も少し緊張している。登録に際して、己の職業を書類に明記する際、ギルドからの確認はないと知っているとはいえ、それでも虚偽を記すのだ。心臓に悪いことには変わらない。


 ちなみに、何故己の職業をギルドに証明する必要がないのかといえば、ギルド側にしてみれば、課された仕事をちゃんと全うしてくれるなら、それ以外はどうでもいいという身も蓋もない理由があるからだ。

 如何なる職業であろうとも、きちんと仕事を完遂できるなら、それで良し。満足に仕事もこなせない程度の弱輩ならば、早晩、勝手におっ死ぬか、諦めてギルドから離れるだろう。さもなくば、人知れず何処かへ消えるか……。


 一応、教会から正規の『職業証明書』みたいなものも発行してもらえるのだが、表があれば裏もあり。偽造する手段は幾らでもあるので、あまり信用できないという情けない事情もある。


 とまぁ、ごちゃごちゃと説明したが、そもそも救済措置として転職システムが実在している以上、余程の事情がない限り、己の職業を偽るメリットがないことなど、"俺達"も熟知しているわけで。


 だからこそ、ステアのような『余程の事情を持つ者』の場合、ギルドの怠慢的スタンスは非常に助かるものだった。


「ギルド登録で、何か面倒な手続きとかはあるかね?」

「いや、用紙に必要事項を記し、ギルドについての説明を受けるだけで、大して手間もかからない。さくっと終わるさ」

「それならば安心だね」


 そんじゃ、偽りの職業も決まったし、さっさとギルドタグを入手してしまおうか。

 そうすれば、ステアはこの街の住人として堂々と生きていけるのだ。


「さ、入るぞ」

「ん……」


 心なしか硬い声。

 ステアに握られていた俺の左手が、腕ごと抱え込まれた。横目で表情を窺う……ような真似はしないでおく。


 ――俺の隣に吸血鬼の邪王がいる。改めて考えてみると、なんとも不思議な気分になる。


 果たして、今の彼女を見て、その正体が吸血鬼であると見破れる奴なんているのだろうか。

 それを知ってる俺でさえ、ふとした瞬間、忘れそうになるのに。


「あっ!」


 ステアが唐突に声をあげる。


「グラムの事、忘れてた」

「おっと……」


 揃って、後ろを振り返る。


 そこには、無言で佇む、全身黒甲冑の騎士がいた。


「あー……グラムの職業どうしよう……」


 なんとも頭を悩ませる問題が残っていた。

 ギルドに入るまで、もう少し時間が掛かりそうだ。


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