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その14 ポチッとな

 剣鬼と表示された上級職の枠から視線を逸らすように天井を仰ぎ、肺に溜まった呼気を逃がす。

 わからないものをわからないまま放置しておくのは得策ではない。まずは、呼び鈴を鳴らして神官を呼ばなければ。

 昇儀の間に勤めている神官は、天職の情報に関するエキスパートだ。長年に掛けて蓄えられたその知識を活かし、これから天職を授かろうとする若者へのアドバイザーを務めている。


 彼らの知恵を借りよう。

 そう思い立ち、近くの小テーブルに備えられた呼び鈴を鳴らそうと手を伸ばしかけたところで――


「ん」


 と、俺の右手がステアの柔らかい両手に包まれた。


「ん?」


 唐突に何をするのだと訝しがるより先に、ステアはもにゅもにゅと俺の右手をこね回してくる。そして、されるがままに人差し指が立つよう形作られたと思いきや、手首をわしっと掴まれた。


 次の瞬間、引っ張られるようにして俺の人差し指が鏡へと触れた。

 鏡の表面、剣鬼と書かれた枠に。


「えっちょっ――」


 俺の脳味噌が、現実を理解することを拒否している。

 だが、混乱する俺を尻目に、鏡は眩い光を放った後、無慈悲にも職業欄を剣鬼に固定してしまった。


「よしっ」

「よしっじゃねぇだろ!? 何て事すんだよ! 上級職は一度選んだら、もう二度と戻せねぇんだぞっ!」


 抗議の声をあげるが、ガッツポーズで喜びを露わにするステアは、人の話など聞いちゃいない。


「これでタロウも鬼の仲間入りさ!」

「いや、俺は人族であって、鬼じゃないからな?」


 職業名に鬼が入ってるからって、勝手に同族扱いしないで頂きたい……って、そうじゃねぇよ。


「わたし、吸血鬼。タロウ、剣鬼。互いに鬼同士、仲良くしよう!」


 鬼の部分を強調するステアが、きゅうんと可愛らしく鳴きながら、感極まったように抱き付いてきた。まるで愛玩動物だ。


「だから、違うって。人の話聞けよ」


 余程嬉しいらしく、抱き付いた拍子に彼女の頭からキャスケットが落ちてしまったのだが、それすら気付いていない。

 こうも全身で喜びを表現されては、怒る気力も失せてしまう。通常なら、発狂激怒して然るべき状況なのだろうが。


「……これが地雷職だったら、どうしてくれるんだ」


 地雷職、それは読んで字の如く。たとえ天職として提示されようとも、決して選択するべきではないとされる職業のことだ。


「大丈夫、ちゃんとサポートするから何も心配しなくていい。最悪、責任取ってわたしが養おう」

「……それはマジで最悪だな。養われるのだけは、男のプライドに懸けて阻止しねぇと」


 子犬の如くぐりぐりと小さな頭を押し付けてくるステアは、興奮したように捲し立ててくる。


「吸血鬼のわたしが隣にいる状況で、鬼の文字を冠する職業が示される――これはもう運命としか言いようがないのだよ!」

「……」


 剣士という職業、その派生に関して余す事無く調べ尽した俺ですら、見た事も聞いた事もない『剣鬼』という名称。

 それが、このタイミングで現れたという事実を鑑みると、確かにそう思えてくる。

 いや、もしかすると。これは俺ではなく、彼女が呼び寄せた結果なのかもしれない。そんな気がしてきた。


「……そうかもしれないな」


 浮かんできた苦笑をそのままに、ステアの頭を軽く撫でてから、俺は地面に落ちたキャスケットを拾い上げて、付着した埃を払う。


「だが、それはそれとして。俺の職業を勝手に決めたことは許さん」

「ふぎゅっ」


 別に養ってほしいわけではないが、ステアに言われるまでも無く、この責任は取ってもらおう。俺の新しい職業を活かす形でな。魔剣士への道を断たれた恨み、晴らさでおくべきか。

 少し強引にキャスケットを被せてやると、小さな悲鳴があがった。


「やれやれ……気を取り直して、鏡を見てみよう」

「むきゅうぅぅ……」


 ステアの頭をキャスケット越しにぐりぐりと弄り回しながら、少しばかり変化があったはずの鏡を覗いてみる。


 名前:タロウ・キサラギ


 職業:剣鬼(上級職)


 レベル:4


 アビリティ:

 剣術マスタリー

 心眼

 急所貫き

 無拍子

 殺界 NEW!


 ウェポンスキル:

 一閃


 ミスティックワード:

 なし

 』


「お、アビリティが増えてる」


 アビリティの項目がひとつ増えている。新しい可能性がひとつ生まれたと知れるこの瞬間は、やはり何度体験しても嬉しいものだ。

 新規登録された『殺界』を有効化する為に、指を触れる。すると、能力の内容がすぅっと頭に浮かんできた。


「これは……?」


 扉や壁を突き抜けて、俺の周りにいる生物の気配をしっかりと察知できる。人だけでなく、床や天井の隙間などにいる鼠の位置まで分かる。まだアビリティに慣れてないせいか、違和感が強い。

 どうやら、周囲に潜む生物の存在を的確に把握できるようになるらしい。気配だけでなく、大まかな動きすら、直接目で捉えずとも理解できる。

 殺界で捉える対象の大きさは、ある程度までなら調節可能のようだ。小蝿のような、あまりに小さな生物まで対象にしてしまうと、脳への過負荷が頭痛という形で現れる。普段は猫を捉えられる程度の精度に抑えておくのが良いかもしれない。

 効果範囲は自身を中心とした円形で、決して広いとはいえないが、狭いと断ずるのも憚られる程度。死角が存在しなくなるという意味において、近接戦闘職にとっては垂涎のアビリティだろう。

 昔からツイているとは言い難い人生を送ってきた俺だが、取得するアビリティの質にだけは恵まれている自負がある。

 このアビリティがあれば、剣士としてさらなる飛躍を遂げられるに違いない。


「タロウ、この剣術マスタリーというやつが光っているのだが?」


 殺界の効果を掌握したところで、ステアがくいくいとローブの袖を引っ張ってくる。


「これは上級職になったことで、既存アビリティを強化できるようになったんだよ」


 上級職になると、既存アビリティを上位アビリティに更新できるようになる。これにより、アビリティの能力が一回り強化される――という認識でも間違いではないが、より正しく述べるなら、既存アビリティの能力を向上させつつ、より上級職の特性に合わせた能力に改変されるというべきだろう。


「他のアビリティに変化が見られないのは何故かな?」

「習熟度が足りてないのさ。要するに、他のアビリティに関してはまだまだ未熟ってことだ」

「ほほぉう……」


 剣術マスタリーは、剣を嗜んでいない者でも一人前と呼べる程度の剣術を授けるものだが、アビリティ所持者の技量がアビリティの恩恵を上回っていた場合、身体能力の強化という能力に変化する。

 俺の場合、剣術マスタリーは後者の能力で運用されていたので、恐らくは最初から習熟度の条件を満たしていたものと思われる。


「さて、どんなアビリティに進化するのやら」


 高鳴る胸の鼓動を感じつつ、指を滑らせると『剣術マスタリー』が『極刀』に変化した。

 効果としては、技量補正が失われる代わりに身体能力がより大きく向上するようだ。さらに、敵を斬り付けて傷を負わせる毎に自身の体力――この場合はスタミナといった方が分かり易いか――が回復するらしい。その気になれば、生理現象の訴えによる自発的な中断を除き、己の命が尽きるまで闘い続けられるという仕様である。無論、精神的な疲労まで回復するわけではないので、過信は禁物だろう。


「死ぬまで闘えってか……剣鬼らしいっちゃらしいアビリティなんだろうが……」

「鬼に相応しい勇猛なアビリティと言えるんじゃないかね? ふふっ」

「勘弁してくれ。俺は別に戦闘狂ってわけじゃない」


 アビリティとしては、凄まじく有用であることは理解しているんだが……こうもあからさまに剣鬼という職業を意識させられるアビリティが出てくると、少々怯んでしまう。いや、またひとつ自分が高みに昇れたことは間違いないので、嬉しいのは確かなんだが。


「さて、こんなところか?」


 上級職への更新、新しいアビリティの取得と有効化、既存アビリティの強化など、やれることはやった……っと、大事なことを忘れていた。


「最後にウェポンスキルのポイントを割り振らないと」


 ウェポンスキルの枠に触れれば、習得可能なスキルがずらりと並ぶ。

 破空斬、エリアルスラッシュ、クレセントエッジ、ブレイジングソード、瞬天剣、etc……。これらは当人の戦闘スタイルを汲み取ったうえで、最も適したスキルが提示されているとの噂だ。

 スキルの研究が進んでいる昨今、おすすめのスキルだとか、ハズレスキルだとかが情報として纏められるようになってきているが、俺はそれらに構わず、ただひとつのスキルにポイントを注ぐ。

 俺が保有する、唯一のウェポンスキル。その名も『一閃』。剣士という職業に就いたその時に習得したものであり、以来、多くの窮地をこの技で文字通り切り抜けてきた。


「他にもいっぱい強そうなスキルがあるのに、たったひとつのスキルに拘るとはね。偉く硬派というか、何というか……」


 迷うことなく一閃にポイントを割り振った俺を呆れたように見つめてくるステア。だが、俺にもちゃんと言い分はある。


「ウェポンスキルっていうのはさ、確かにその大半が高い威力を誇るけど、どれもこれも"決まった(モーション)"でしか技を繰り出せないんだ」


 戦闘職にとって、ウェポンスキルとはいざという時の切り札だ。己の身体能力や物理的な限界を超えた強力な攻撃は、俗に言う必殺技と言っても過言ではない。

 ただし、当然ながらデメリットも存在する。ウェポンスキルの使用は体力を著しく消耗するので、あまり多用はできない。そして、俺が何よりも看過できないのは、スキルを繰り出す為に必ず"決まった型"を取らなければならないことだ。

 例えば、剣士が最初に覚えるウェポンスキルの中でも、比較的提示される者が多いワイドスラッシュという技がある。

 これは剣の刀身よりも広い範囲に斬撃を放つスキルなのだが、これを繰り出す為には剣を両手で保持し、尚且つ刃を水平にして背中まで回しつつ、溜めを作ってから横薙ぎに剣を振るわないと発動しない。

 これは知能が低い魔物相手であれば有用であろうが、対人戦では致命的といえる。

 事前の知識や戦闘経験豊富な実力者であれば、ワイドスラッシュを放つ為の"予備動作"を見ただけで察し、それを逆手にとってくるからだ。

 間合いでないにも関わらず、いきなり自らの横腹を差し出すようにして剣を水平に構え、力を溜め出したら、誰だって訝しむだろう。

 そして、ワイドスラッシュが及ぼす斬撃効果はあくまで(刀身を基点とした)z軸のみであり、x軸やy軸には影響しない。さらには、ワイドスラッシュは縦には当然、袈裟懸けに放つことすらできない。完全な水平方向のみにしか使用できないスキルなのである。

 そう、屈んでしまうだけで、簡単に避けられるのだ。

 さらに言えば、ウェポンスキルの威力が高ければ高いほど、もしくは広い範囲に効果を及ぼすものほど、使用前の隙や使用後の『強制硬直時間』が長いという欠点もある。

 ここまで言えば十分だろう。俺からすれば、実戦でワイドスラッシュを使う輩は、ただのカモでしかない。……まぁ、あくまで一対一での戦闘に限る話だが。


「でも、俺の一閃にそういったデメリットは存在しない」

「……?」


 ウェポンスキル『一閃』は、剣士系ウェポンスキルの中でも、和刀を用いた場合に限り、十全の効果を発揮できる技だ。他の種類の武器では、スキルの効果が下方修正される制限が設けられている。とはいえ、それでも充分に有用であることには変わらないが。

 一閃の効果は至って単純。剣速と斬撃の重さ、斬れ味を強化するだけというシンプル仕様。他のウェポンスキルのように派手な威力こそないが、その代わり、決まった型に縛られない為、攻撃を見切られることがない。そのうえ、技後の強制硬直もない――まぁ、技を放つわけじゃないから当然といえば当然か――ので、敵前で無用な隙を晒すこともない。

 その汎用性の高さ故に、俺はこのスキルを愛用している。それに、ウェポンスキルはポイントを注ぐことで成長させることができるというのも大きい。簡潔に述べるなら、ポイントを割り振れば割り振るだけ、スキルの威力が上がっていき、さらには消費する体力を抑えられるのだ。

 これまで得てきたポイントの全てを注ぎ込んだ俺の一閃は、それこそアビリティを併用することで格上の魔物にだって通用する。カースドドラゴンの逆鱗を断ち切れたのが良い証拠だろう。


「――というわけだ。実際、このスキルのおかげで何度も命拾いしてきたしな。どうせなら、極められるとこまで極めてみたいんだよ」

「なるほど。ひとくちにスキルといっても、考え方は人それぞれ、か……」


 ステアが納得してくれたところで、俺達は席を立つ。

 やるべきことはやった。もうここに用はない。


「ところで、興味本位にひとつ尋ねるが……」

「なんだ?」

「タロウの天職って、剣士の他には何があったのだ?」

「うっ……」


 思わぬ質問に、喉が詰まる。

 いやまぁ、こうして剣士という天職に就けた以上、教えるのに吝かではないのだが、今思い出しても胸に来るものがあるのは確かといえよう。


「……物乞いと男娼」

「えっ」


 一瞬、目を丸くしたステアが頭を振り、少々引き攣った笑みを見せた。


「すまない、よく聞こえなかった。もう一度教えてくれるか?」

「物乞い、男娼」

「えっ」


 聞き間違いだと思いたかったのだろう。だが残念、聞き間違いじゃなあい!


「だ、男娼……天職……え? 物乞い……?」

「……」


 やめて。そんな憐みの目で俺を見ないで。


「ごめん。変な事聞いてごめんね、タロウ……ごめんなさい」

「ええんやで」


 慰めるように俺の手の甲を優しく擦ってくれるステアの掌は、ひんやりとしているのに、何故かとても温かかった。


 ……泣けるぜ。


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