その13 上級職
用件を伝え、付添人の同行を認めてもらい、昇儀の間の使用料として500ヴィクスを支払う。
手前から3番目の個室に入るように指示され、ステアと一緒に入室した。
「さて、さっさと終わらせるか」
興味深くこちらを見守るステアの視線を感じながら、俺は鏡に手を添えた。
鏡面が波紋の如く揺らめき、淡く発光した後、青白く光る文字が浮かび上がった。
『
名前:タロウ・キサラギ
職業:剣士(下級職)
レベル:4
アビリティ:
剣術マスタリー
心眼
急所貫き
無拍子
ウェポンスキル:
一閃
ミスティックワード:
なし
』
恙無く、俺のステータスが鏡に表示された。レベルの箇所が自己主張するように激しく明滅している。これを押せば、俺のレベルは4として固定される。
「おお、これがタロウのステータス……。なんだか、他人の秘密を覗き見ているようで、ドキドキするね……」
「まぁ、間違ってはいないな」
ステータスを見せるということは、自分の手の内を晒すことと同義である。本来ならば、戦闘職のステータスは身内であっても見せるべきではないと言われているが、ステアになら構わないだろう。
俺はレベルの箇所を指でそっと押す。すると、一際激しく輝き、数字の部分が固定された。
それと同時に、職業の欄が明滅し始める。
そこを押してみれば、剣士から派生するように3つ分の枠が表示された。
枠内は霞みがかっていて読めない。指で触れて、初めて表示されるらしい。
何というか、この、人を無駄に緊張させる仕様に腹が立つ。
まさか、中でルーレットでも回してるんじゃないだろうな?
「ボヤけて読めないけど……この中から一つを選ぶのかい?」
「ああ。上級職の選択はやり直せないから、慎重に選ばないと」
高鳴る胸を抑え、まずは一番上からタッチしてみる。
表示されたのは『魔剣士』だった。
職業名の下に、神デアナトースからの忠言が載っている。
――剣の道に加え、魔の道をも進まんと欲する者よ。其方の行き着く先は二つに一つ。英傑か凡愚であると心得よ。
「……おおっ、いきなり当たりだ! 俺にしては幸先が良い」
こいつは剣術の他に魔術も扱えるようになる職業だ。剣士としてのステータスはそのままに、魔術という攻撃手段が増える前衛職である。
剣士系上級職の中でも、最もポピュラーで人気のある職業らしい。
……ポピュラーと言われている割には、剣士系上級職の中でも割と提示されにくく、準レア職扱いされていたりするのだが。
そう説明したところ、どうにもステアはお気に召さなかったらしく、白銀の眉を八の字に曲げてしまった。
「魔剣士か……悪くはないのだろうけど、何だかいまいちピンとこないね。タロウのイメージにはそぐわないというか」
「そ、そうか?」
俺は割と憧れてるんだが……。剣を片手に、もう片手で魔法を放つ。凄く格好いいじゃない。
「あくまで、私的な感想だがね。でもまぁ、魔剣士でなければ魔術を扱えないということなら、憧れるのも無理ないのかな」
「いや別に、魔剣士じゃなきゃ魔術を使えないってことはないけどさ……」
実際のところ、別に魔剣士でなければ魔術を行使できないわけではない。
魔術に適正のある職業のメリットは、職業選択時とレベルアップ時にひとつだけ魔術を覚えることができる事と、魔術の威力や消費する魔力量を減らす等のボーナスを得ること。
他の職では魔術を覚えられない、使えないという話ではなく、要するに、ただの剣士である俺も魔術を"覚えることさえできれば"、使用は可能なのである。
ただし、その覚える手段については『魔導書』に頼るしかないという点が非常に厄介なのだ。
ここで補足しておくと、魔導書とは迷宮でのみ発掘される、本の形をしたアーティファクトだ。魔導書は一冊に付き、ひとつの魔術を修めており、読めばそれだけで魔術を習得できるという便利な代物である。
しかし、発掘される絶対量が非常に少なく、何よりも読んでしまえば灰となって崩れてしまう使い捨て仕様なので、かなりの希少品。
どんなに安い魔導書でも、売ればそれだけで莫大な財を成す為、発見したパーティ内で魔導書の所有権を巡り、殺し合いに発展することも珍しい話ではないと聞く。
とまぁ、そんなわけで。現状、魔剣士の職業特性を利用せずに俺が魔術を覚えられる可能性は絶望的に低い。
「結論を出すのは、他の職を見てからでも遅くはない。とりあえず、次いってみようか」
「……そうだな」
ステアの言葉に従い、気を取り直して、次の職業に指を滑らせる。
そこに表示された職業は『剣豪』。
――二刀の頂を志す者よ。己の意志を貫いた果てに垣間見るは、無限の剣閃か。それとも、ただの大道芸か。
「……どうにも、職業に対する忠言が毒舌に過ぎるような気がするのだけど、他の職業もこんな感じなのかい?」
「あー……割と?」
ちょっと引いてるステアだが、寧ろ、これはまだ緩い方だ。下級職はもっと酷かった。特に、俺の天職の候補に上がった職業の酷さといったら……思い出すだけで凹みそうになる。
……これ以上、考えるのはよそう。
下級職の話はさておき、『剣豪』は二刀流に活路を見出す職業だ。特に大きなメリットは腕力の大幅な上昇と、非利き手でも、利き手と同じ精度で武器を扱えるようになることだろう。
だが――
「うーん、これはないな」
「おや、そうなのかい? わたしとしては悪くないと思ったのだけど」
ステアの視線が、俺の背中と腰に注がれる。彼女が言いたい事を察して、思わず苦笑が零れた。
「まぁ、二刀流こそ至高っていう剣士にとっては、まさしく天職だってのは認めるさ」
そう、能力的に非常に優秀な職業である事は間違いない。裏技という程ではないが、利き手を選ばないという特性を利用し、敢えて一刀のままでいる猛者も存在するくらいだ。
だが、俺の心を動かすには至らない。
確かに、利き手を選ばずに剣を振れるようになるメリットは計り知れないが、そんなのは俺だって百も承知だ。だからこそ、常日頃から非利き手で武器を振るう鍛錬をしている。私生活ですら、出来得る限り、非利き手を用いるように意識している程だ。
そのおかげもあって、現時点において、ある程度の水準で剣を振れる域に達している自負がある。このまま鍛錬を続ければ、いずれは利き手に劣らず剣を振れるようになるだろうとも考えている――剣豪の職業特性に頼らずとも。
よって、俺が剣豪になるメリットは非常に薄い。
これだって、準レア職と呼ばれるくらいには希少な職業なのだが、残念ながら俺の天職にはなり得ない。
そんな俺の意思を察したのか、ステアはそれ以上言わずに、さらりと次を促す。
「それではラストの職業、御開帳といこうじゃないか」
「おっしゃ」
気合いを入れたところで、良い職に巡り合えるというわけではないが、何となく眼力を込めて指をスライドさせる。
最後の枠内に表示されたのは――『剣鬼』という文字だった。
「あ? 剣鬼って……こんな天職、聞いたことないぞ」
「……」
思わず、呟いてしまう。
何故か沈黙してしまったステアに反応はない。
――剣の頂ではなく、強さの頂を求める業深き者よ。其方の往く道は修羅の道。名誉も栄光も踏み躙り、鬼へと成り果てた其の身に、安寧は二度と訪れない。己が墓標を血濡れた剣で飾る、その日まで。
神デアナトースの忠言を見つめながら、どうしたものかと頭を掻いた。




