その12 レベルアップ
ファーデン武具店を後にした俺達は、次いでこの街の『教会』に赴くことにした。
太陽と光、誕生を司る神デアナトースを祀る教会は、この世界で生きる人類にとって、切っても切り離せない非常に重要な施設である。
教会では15歳の誕生日を迎えた者に『天職』を与える儀式を執り行っている――これは、この世界に住まう人類であれば幼子でも知っていることだ。
だが今回、俺が教会まで出向く理由は、当然ながら天職を授かる為ではない。……あぁいや、実際にはそこまで間違っているわけでもないか。
「で、タロウは何の目的で教会へ?」
気に入ったのか、ひたすら鉄扇を開いたり閉じたりしつつ、疑問を口にするステア。その視線は街の景観に向けられ、きょろきょろと忙しなく動いている。
「ちょっと、レベルを上げて貰いに」
「――! ほう、レベルアップとな」
唐突に、ステアが声を弾ませる。
「確か、人類が己のレベルを上昇させるには、何やら面倒な条件をクリアしなければならないと耳にした事があるけど……タロウはその条件を満たしたということかね?」
「たぶんな。レベルアップの兆しを感じたってことは、そうなんだと思う」
レベルアップの条件――それは、己が職業に因んだ活動の中で必要十分な鍛錬と経験を積む他に、神デアナトースを"楽しませる"ことが必須であると言われている。
神デアナトースが何をもって愉悦とするのかは定かではないが、例えば、俺の職業『剣士』のような前衛戦闘職等は、自分の限界を突破しなくては勝てないような難敵に挑み、何かしら良い結果を残すとレベルアップしやすいらしい。
まぁ、レベル3までは特別な事をしなくても、普通に経験を積んでいけば上がるのだが。
それでも、並大抵の努力では決してレベル3には届かないのは間違いない。
この世界に住まう俺達人族やエルフ族、ドワーフ族等といった他種族を含め、実に8割以上の人類がレベル1から2である事実こそが、レベル3へと至る門の狭さを物語っている。
何れにせよ、上級職が解放されるレベル4以降は、ただ経験を積んでいくだけじゃ上がらないってのは確かだ。
今回の俺のレベルアップは、カースドドラゴンという遥か格上の魔物に対し、逆鱗破壊を成し遂げたことで勝利に貢献したという事実が評価されたのだろう。
「ふむ……我らのような、神アレコニルの子らが持つ『位階』とは似て非なるシステムというわけだね。中々に興味深い」
一人で相槌を打っているステアと、その後ろを黙々と付いて来るグラムを横目で眺めつつ。
この2人がいなければ、今回の結果はなかった。改めて、感謝の念を胸に刻んでおくとしよう。
「――あっ」
そこでふと、2人が魔物の中でもどのような種族なのかを思い出し、慌てて口を挟んだ。
「そういえば、2人は不死系統の魔物だろ? 教会に入っても大丈夫なのか?」
「……ぅん?」
ステアは可愛らしく小首を傾げる。どうやら、俺の質問の意図を汲み取れなかったらしい。
「どこもそうだけど、教会内ってのは不浄を許さない神聖な魔力に満ちてるんだよ。不死系にとっては最悪の環境じゃないか?」
「ああ、そういうことか」
納得したように言葉を発したステアは、何でもないように薄く笑みを浮かべる。
「グラムは少しばかり居辛いだろうけど、わたしの方は大丈夫だと思うよ。聖なる魔力の類に嫌悪を覚えたことはないからね」
えっなにそれ、どういうこと?
「それは神聖な魔力を相殺できる手段がある……って意味か?」
「いや、そうではなく。これまで神聖魔術を受けたことは何回かあるけど、ただの一度も痛苦を感じたことがないのだよ。もしかしたら、そういう体質なのかもしれない」
ステアはこめかみを人差し指で軽く押さえつつ、何かを思い出すように唸った。
「――もう大分前の話だが、わたしを討滅に来たらしい人類の神官に、住んでいた土地ごと神聖魔術で浄化されたことがあってね。えーっと、何という名前の魔術だったか……あぁそうそう、確か『ホーリーエクスキューション』だったかな。それでも、わたしは無傷だった」
「ちょっマジか……」
ホーリーエクスキューションといえば、神官職の中でも"浄化"に特化したレベル7以降の『最上級職』しか行使できない、最強の神聖魔術だ。
その威力は不死系統の魔物のみならず、神アレコニルに連なる系譜であれば、問答無用で滅殺する。人類の切り札のひとつである。
そんな神聖魔術でさえ全くのノーダメージとか、どうやって斃せばいいの、この子。いや、斃さないし、斃させねぇけど。
ステアって、魔力が枯渇する以外では実質無敵じゃないか?
「いやぁ、あの時はホントに参ったものさ。着ている服どころか下着まで突然蒸発してしまうんだから。いきなり素っ裸にされて、しばらく茫然自失したものだよ……あの服、お気に入りだったのになぁ……」
その時の光景を思い出したのか、しゅんと項垂れてしまうステア。
可哀想に。魔物素材で作られた衣服だったのだろう……。
「――というわけで、遠慮なく教会とやらに赴こうではないか!」
そんな悲しげな表情も一瞬。ころっと笑顔を向けてきたステアは、俺の腕を取って、ずんずんと足早に歩き出す。
その顔は、未知に対する好奇心に溢れている。
思わず苦笑し、俺は軽く頷いた。
「りょーかい」
◆ ◆ ◆
教会内部に足を踏み入れた俺達の視界に飛び込んでくるのは、壮麗且つ静謐な空間だ。都市の規模に見合った大きさを誇るこの教会には、毎日大勢の人々が各々の理由を携えて訪れている。
「ふわぁー……」
ステアの口から、間の抜けた声が溢れる。その視線は、礼拝堂の天井に釘付けだ。
高い天井には、端から端まで余す所なく美しい絵画が描かれている。
この教会の目玉でもある、世界創造と題された天井画だ。三柱の神が揃い踏み、世界を創り上げている姿は壮大でいて優美であり、初めてこの教会を訪れた者を例外なく圧倒するのだ。
彼女も例に漏れず、我を忘れたように天井を見上げている。ちなみに、グラムは屋内には入らず、教会が無料開放している中庭の公園スペースで待機させているので、ここにはいない。
「いつ観ても凄いもんだ。よくもまぁ、これだけ広い面積の天井を絵で埋めるなんて真似ができたよな」
「……本当に素晴らしい絵画だよ。わざわざ人の手の届かない高所に、こういった手の込んだ物を作り上げてしまうとはね。いったいどれだけの手間暇を掛けたのか……我々には理解し難い感性だ。やはり、人類は面白い」
瞳を輝かせて、感動を全面に表すステア。そんな愛くるしくも微笑ましい姿に、通りがかった神官達もニコニコ顔である。
よもや、目の前の少女が腕の一振りでこの建物を倒壊させることができる第六位階の魔物――さらには、神官にとって、最も忌むべき仇敵である不死の存在――であるなど、夢にも思っていないに違いない。
正直なところ、ステア達が不死系の魔物であると神官達にバレてしまう可能性を考えないでもなかったのだが、彼女やグラムからは不死特有のドロドロとした負の魔力を一切感じないばかりか、本来ならば彼らにとって例外なく致死足り得る"陽光"を全く意に介していないことから、まず問題ないだろうと判断したのだ。
「さて、俺はレベルアップの為に『昇儀の間』へ行ってくるけど、ステアはどうする? ここで天井画を観ながら待ってるか?」
昇儀の間とは、簡単に述べると天職を得る場であり、職業を変更する場であり、今回俺が目的とするレベルアップを確定する場である。
個人情報を保護する為に、幾つかの狭い個室が用意されており、室内には教会が特別な製法で作製したという『鏡』が置かれている。
その鏡を利用して、神デアナトースより神託を賜るのだ。
「それも悪くないけど、せっかくだし、わたしも件のレベルアップとやらを見てみたい……付いて行っても大丈夫かな?」
「あぁ。レベルアップの儀式には付添人が認められているから、問題ないはずだ」
「じゃあ、一緒に行く」
きゅっと裾を握ってきたステアを連れ添い、礼拝堂を抜けた先にある昇儀の間へと足を運んだ。
フロアにて、受け付け係として待機していた神官から5番の番号札を受け取り、適当なベンチに腰を下ろす。
周囲に人はほとんどいない。天職を授かりに来たのであろう、成人したてらしい数人が疎らに座っているだけだ。
この分なら、そう待たずに昇儀の間へ入室できるだろう。
「皆、そわそわしているね」
「ここで自分の将来が決定するわけだからな。静かに待つってのは無理な話だろうさ」
少し離れた場所では、歳若い少年がステアを横目でチラチラと眺めつつ、手持ち無沙汰にベンチに座っていた。彼も天職を授かりに来たのだろう。明らかに緊張した面持ちが見て取れる。
昔の自分を思い出し、内心で苦笑してしまった。どんな天職を示されるのかはわからないが、彼が納得のいく職業であることを祈ろう。
そんな事を考えていたら、ステアが顔を寄せてきた。
暇潰しのつもりなのか、小さな声で問い掛けてくる。
「天職を授かるっていうけど、そんなの関係なく自分の好きな職を選ぶことは出来ないのかい?」
「いや、別に出来ないわけじゃないぞ。デアナトース神に申請すれば、望み通りの職業に就かせてくれる。……まぁ、そんなバカな選択をする奴は滅多にいないけどな」
誰が好き好んで"茨の道"を進みたがるというのか。
「と、言うと?」
「まぁ、簡単に説明するとだな――」
天職を選択する際、基本的には候補として3種類の職業が提示される。
極稀に候補が4種類以上出るケースもあるらしいが、今それはどうでもいい。
提示された天職候補の中から、これだと思った職業をひとつだけ選択し、デアナトース神に申告する。そうして初めて、選んだ職業が己の『天職』として認められるわけだ。ただ――
ここで一旦言葉を切り、周囲の様子をさり気なく伺いつつ、殊更声を小さく絞る。
「提示された天職にどうしても納得できないって奴が、少ないながら存在するのも確かだ。若しくは、何らかの理由で今までの職業を続けられなくなった、とかな。さて、そんな時はどうするか。天職を放棄して、デアナトース神に転職を申請すればいい」
転職を選択した場合、提示された天職を除く、あらゆる職業に就くことができる。
「ただし、デメリットはデカいがな……」
まず1つめ。天職以外の職に就いた場合は、最初に2つ得られたはずの『アビリティ』が1つしか得られない。
2つめ。1レベルアップ毎に1つ得られた『アビリティ』が、2レベルアップしないと得られなくなる。
3つめ。転職した際、最初に選んだ『スキル』以外の一切を習得できなくなる。
そして、4つめ……ある意味これが一番えげつないかもな。転職で選んだ職業では、レベル4に到達したとして、決して上位職になれない。
「こんな感じだ。天職を放棄するというのが、どれだけリスキーな事か理解できるだろ? だから、普通は天職を放棄してまで自分の好きな職業に就こうとする人間はいないのさ」
「むぅ、得られるアドバンテージに随分と差があるのだね」
「――とは言うがな。実際のところ、俺個人としてはそこまで絶望的な差が生まれるとは思っていないんだけどな」
「……それはどういう意味だい?」
天職だからといって有用なアビリティが入手できるとは限らない。俺の知り合いにも、天職であるにも関わらず、有用なアビリティを得られず、苦心している者が少なからずいる。
それに、せっかく習得したスキルを有効活用できない奴はごまんといるし、さらに言えば、転職者は上位職に就けなくなるといっても、そもそもそこまで到達できる奴などほとんど存在しないのだ。
「これは俺の主観的な話になるけど、天職を得た人間はそこからの努力を怠る傾向が強い。天職を得られたと安堵して、驕ってるんだろう。対して、自分が一歩劣る事を理解している転職者は、誰も彼もが死ぬ気で努力を積み重ねる。周囲の才溢れる者達に置いていかれないように……」
血の滲むような努力、修練は、決して人を裏切らないと俺は思っている。努力次第で"大成"できるかはともかく、努力が実を結ばないと不貞腐れている奴は、実際のところそれ程努力していないか、努力の仕方が下手糞なだけだ。
世界中の著名人の中には、転職者だって存在することこそ、天職にありつくことが人生の全てではないことの証左だろう。
「――5番の番号札をお持ちの方、お待たせしました。昇儀の間へお入りください」
どうやら俺の番が回ってきたらしい。会話を中断し、呼び出した神官の元へ向かった。




