その11 武具屋
ステアを最初に案内しようと思ったのは、バルキウズ内に幾つかある武具屋のひとつだ。
得物の手入れをお願いしたり、消耗品の武器等を購入する際、よく世話になっている。
俺にとって縁が深い初老の夫婦が経営している店だ。
様々な商店が立ち並ぶ大通りを離れ、人気があまりない路地を進んでいくこと、しばらく。なんとも目立たない場所にぽつんと浮かぶ、見慣れたシルエット。
「こんちわー」
「おお……」
壁や棚に飾られた、様々な武具に目を奪われるステア。
その全てが一級品から超一級品、若しくは歴史にその名を残すであろう逸品ともいうべき質を誇っている。武器というものの良し悪しを全く理解できない素人でさえ、思わず息を呑む程の"魅力"がそこにはあった。
「――! タロウちゃんっ!」
ウッドデッキを抜けて、両開きのスイングドアを開ければ、幼い少女のように背丈の低い女性が俺達を出迎えてくれた。
俺の姿を直接見ずとも、声だけで判断したらしい。商品棚の整理をしていた女性は、花の咲くような笑顔でこちらを振り向き、嬉しそうに駆け寄ってくる。
彼女の名前はリデール。声の質といい外見といい、まんま10歳かそこらの少女にしか見えないが、これでも立派な成人女性である。ちなみに、御歳は本人曰く四十過ぎ。俺の両親と同年代なのだ。
俺のお腹に飛び込んできたリデールさんが、腰辺りをぎゅーっと抱き締めてくる。少しくすぐったい。
「おかえりなさい。無事に遺跡調査から帰ってこれたのね」
「ははっ……どうにか無事に戻ってこれたよ――彼女のおかげで」
俺の両親とも親しい付き合いがあり、俺にとっては第二の母親ともいえるイデールさんに、ステアを紹介する。
「は、初めまして。わたしはステアという――」
「まぁ……まぁまぁまぁっ! なんて綺麗なお嬢さんなの!」
瞳をこれでもかと輝かせたイデールさんが、自己紹介の途中であったステアの手を強引に取ってはしゃぐ。傍から見ると、子供が歳上の少女に懐いているようにしか見えない。
「こんな愛らしい女の子を捕まえるなんて、タロウちゃんも隅に置けないわねぇ」
「いや、俺たちはそういう関係じゃ――」
「あらあら、照れなくてもいいじゃないの」
そう言って、とても楽しそうに肘で突いてくるイデールさんに、どう返答したものかと困ってしまう。
確かに、これから同棲が始まるという意味では、捕まえたと言っても過言じゃないのかもしれないが……素直に認めてしまうのもまた違うような。
助け舟が欲しくて、ステアに視線を向けるが、彼女は穏やかな微笑を湛えたまま否定も肯定もしない。ただ、勘違いされるのも満更ではないように見える。あくまでも俺視点での個人的感想なので、自意識過剰という可能性も否定し切れないのだが。
兎にも角にも、下手な事を言っては拙いと直感的に悟り、俺はイデールさんの興奮が冷めるまで曖昧な笑顔で誤魔化すことに決めた。
「騒がしいぞ、イデール。いったい何をはしゃいでいるんだ?」
そこへ、俺にとってはベストともいえるタイミングで、この店の主人が現れた。
イデールさんとほぼ変わらない身長に、幼児と言っても過言ではない容姿の男性が、店の奥からにゅっと顔を出している。
「――おおっ、タロウじゃないか。思ったよりも早かったな」
そんな言葉と共に、この店の主人であり、イデールさんの夫であるバンクスさんが嬉しそうに破顔する。
「ただいま。おっちゃんのちょび髭はいつ見ても似合ってないなぁ」
「おいこらっ! 会って早々随分な言い草じゃねぇか!」
憤慨したように腕を振り上げる、ちょび髭幼児バンクス。通称、おっちゃん。彼らはドワーフという種族であり、成人しても人族の半分程の背丈にしかならず、外見も一定の年齢からほとんど変化しなくなるという特徴を持っている。
彼らは総じて器用であり、宝石加工や武具製作の完成度においては多種族の追随を許さない。
そして、おっちゃんはこの国どころか、大陸でも三本指に入ると謳われる超の上に超が付く一流の凄腕鍛治師である。
親父と交友があった縁で、俺はこうして気軽に店へと入れるが、本来ならば一見さんはお断り。おっちゃんが認めた人物からの紹介状なしには、何をどうしようとも門前払いをくらってしまう程の超気難しい武具屋なのだ。
「で、だ。隣の綺麗なおべべを着た、どえらい別嬪さんは誰だ?」
「彼女の名前はステア。俺の恩人なんだ。これから色々と世話になると思うから、今日は顔見せに来た」
俺に紹介されたステアが、軽く微笑む。
「初めまして、ステアだよ。どうぞお見知りおきを」
「おう。俺の名はバンクス。ここ、ファーデン武具店の主だ」
自らの名前を名乗ったおっちゃんが、職人らしい冷徹な眼差しをもってステアの全身を観察する。
「……」
「――? どうかされたのかな?」
「いやなに。ちょっとした職業病みたいなもんだ。気にせんでくれや」
首を傾げるステアに、何でもないとおっちゃんは朗らかな笑みを浮かべた。
「それはそうと、タロウは俺たちにとって息子も同然。その恩人とくりゃ、歓迎しないわけにゃいかんな。何か困った事があったら、気兼ねなくここを訪ねてくるといい。出来得る限り力になろう」
「ありがとう。頼りにさせてもらうね」
さり気なく"息子も同然"なんて気恥ずかしい台詞を混ぜられ、少しばかりフードを深く被り直す。
「丁度、休憩に入るところだったんだ。お前らも茶の一杯でも飲んでけ」
「ふむ。そういうことなら、有難く相伴に預かろうかな」
店の奥へと促され、バンクスの後ろをちょこちょこ付いて行くステア。
俺も後に続こうとしたところで、一連の様子をニコニコと眺めていたイデールさんが、そっと耳を寄せてくる。
「――タロウちゃん、絶対に手放しちゃダメよ?」
そんな小さな声に、俺は苦笑を返す他になかった。
それから、ステアとの出会いを含めた遺跡調査でのあらましを――重要な部分ははぐらかしつつ――語りながら、美味しいお茶とイデールさんお手製のクッキーを御馳走になり、そろそろお暇しようと席から立ち上がったところで、おっちゃんの声が掛かった。
「ところで、嬢ちゃんは護身用の武器は持ってねぇのかい?」
唐突な質問に、ステアよりも俺の方がドキリと動揺してしまう。
なるほど、最初に見せた不躾ともいえるおっちゃんの視線は、武器の有無を確認していたのか。
「……ん、武器の類は所持していないね」
答えに詰まったステアだったが、それも一瞬。どこか開き直ったように頷いた。
彼女は吸血鬼だ。生身が凶器のようなものである。生半可な武器など、所持していても邪魔にしかならない。実際、カースドドラゴン戦でも、ステアは武器の類を一切使用せず、肉弾戦で圧倒していたのだから。
「そうか……ちょっと待ってな」
そう言い残し、商品を陳列してある店舗スペースの奥へと向かったおっちゃん。
すぐに戻ってきたと思いきや、その手には小さな金属製の棒切れが握られている。いや、ただの棒切れじゃない。あれは……。
「餞別だ。持っていきな」
「これは……?」
初めて見る物だったのだろう。興味深そうに観察するステアに、棒切れの正体を教えてやる。
「――鉄扇だよ。武器の代わりに携帯する、護身用の扇だ」
なるほど。親父達と親交が深かったおっちゃんは『着物』の事もよく知っている。だからこそのチョイスだろう。
鉄扇なら、着物に合わせても違和感はないし、元となった扇そのものは武器でも何でもない。ただ扇いで、柔らかな風を生み出すだけの代物だ。パッと見で、危険な得物だと思われる心配はまずないはず。護身用として、女子供が所持するには持って来いといえる。
「とはいえ、見た目がめちゃめちゃ凝ってるな……」
本来の鉄扇はその名の通り、鉄で作られた扇で、黒くて無骨……良く言えばシンプルだ。
しかし、ステアが手に持っている鉄扇は艶のある光沢を持つ暗灰色で、親骨に金彫りが施されている。
「おい、これ、もしかしなくても『ブラックミスリル』だろ!?」
羽毛のように軽く、鋼鉄と打ち合わせたところで傷一つ付かない強度、さらには魔力の伝導率も優秀で、魔法の触媒としても優秀な希少金属であるミスリル――の中でも、より優秀な高強度と魔力伝導率を誇る超希少金属のブラックミスリル。アダマンタイトやオリハルコン、ヒヒイロカネと並ぶ最高峰の金属である。
「おうさ。中骨まで含めた、オールブラックミスリル製だ。ちなみに、扇面にはヴェノムハンターの糸で織った布地を使ってるぞ」
「ヴェ、ヴェノムハンターの糸だとおッ!?」
ヴェノムハンターといえば、象よりも大きな体格を誇る蜘蛛型の魔物で、第四位階の大物だ。ヴェノムの名の通り、体内で生成した複数種類の猛毒を用いて獲物を狩る強敵である。こいつをソロで討伐するなら、近接戦闘職でレベル6は必須と言われている、俺では手も足も出ない化け物だ。
そいつの糸で織られた生地といえば、耐久性は勿論、耐火性、耐腐食性に優れ、その肌触りや色艶光沢はシルクすら上回るという。防具として用いれば、下手な皮鎧よりも余程丈夫らしい。
その貴重さ故、王侯貴族に供される程の逸品で、市場にはほとんど出回る事がない超高級品だ。
「この鉄扇、末端価格で幾らになるんだよ……」
「そうさなぁ、技術料込みで大体700万ヴィクスくらいじゃねえか?」
只でさえ鉄扇なんて超マイナーなもんにそんな価格設定で、一体誰が買うというのか。
だが、妥当と言えば妥当な値段なのかもしれない。使われている素材の希少性に加え、ブラックミスリルは加工が酷く難しい金属で有名だ。これを扱えるのは超一流の職人のみ。さらに、それを扇の親骨や中骨として繊細な加工を施すとなれば、それを全うできるのは、器用なドワーフの中でもほんの一握りの存在だけだろう。
ブラックミスリル製の名剣ともなれば、それだけで軽く億は超えるらしいし。
つまり、何が言いたいのかといえば――
「ステア、今すぐそれ返品しなさい」
「よくわからないけど……タロウがこう言ってるので、お返しする」
こんな高価な物、押し売りされても敵わん。ていうか、ブラックミスリルの扇とか、マジで誰が得するんだよ。趣味人でも買わんわ。
「まてまてっ! 餞別だって言ったろうが! 金なんざ取らねぇよ」
俺の思考を読み取ったのか、おっちゃんが慌てたように遮ってきた。
「そいつはタダでくれてやる。その代わりと言っちゃあなんだが……」
おっちゃんがステアへと向き直り、軽く頭を下げた。
「なっ――!?」
俺は今の今まで、頑固職人のおっちゃんが他人に頭を下げている姿など、ただの一度も見た事はなかった。逆に、自分よりも立場的には格上の客に対して、頭を下げさせている姿は何度も見た事あるのだが。
そのまま、驚愕して声も出ない俺を無視するように、穏やかな声で言う。
「なるべくでいいからよ、こいつと仲良くしてやってくれや」
父親同然の人に想われる、嬉しさやら気恥ずかしさやら。複雑な心境が胸に溢れ返り、顔が熱くなる。
そんな俺を優しい横目で見つめてきたステアが、はっきりとした声で応えた。
――言われるまでもなく、と。
誤字報告と感想ありがとうございまっす!




