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その10 お買い物

 俺が拠点としている街の名はバルキウズ。五大大陸と呼ばれるのうちのひとつ、ラシアユース大陸の西方に位置しているオーレリア王国貴族が治める領地である。

 神々が創造せし迷宮型試練場――通称『ダンジョン』を保有する大きな都市で、国内第三位の規模を誇っているそうだ。


「ふあぁ……人類がたくさんいるぅ……」


 買い物の為に外出したのはいいのだが、ステアはこの街の活気と行き交う人々の多さに、すっかり及び腰になってしまっている。


「そんなに怯えることもないだろうに」

「むぅぅ……お、怯えてなど……ただ、人が多いのはちょっと苦手なだけで……」


 何やら、もごもご口籠っているステアは、どうやら人前に出ることに慣れていないらしい。不安そうな表情のまま、俺の手を握って離さない。まるで、長い間自室に閉じ籠っていた引き篭もりの子供が、久々に外出した時のような反応だ。

 そんな彼女が、実はこの街を鼻歌交じりに滅ぼせる最強の吸血鬼なのだと、いったい誰が信じるのだろう。

 自分の力に絶対の自信を持つ吸血鬼は、自分達の種族以外の悉く――あの竜種ですら――を見下しているとの話だが……どこにでも例外はいるということか。


 ちなみに、グラムは俺達の後ろを歩いている。付かず離れず、俺達の仲間であることを他者に意識させつつ、邪魔にならないように最適の距離を維持してくれているようだ。

 意外と気配りできるらしい。


「一応、ここはオーレリア王国でも有数の都市だからな」


 バルキウズはダンジョンの他にも巨大な塩湖と隣接しており、魚介類や塩などを特産品としている。それを目当てにした大勢の商人達が日々押し寄せてくる為、この街は物流が活発だ。

 陽が昇っている時間帯は、通りや市場が非常に多くの人で賑わうのが常である。


「……じろじろ見られて落ち着かないのだが」

「ん? ああ、まぁ、そうだろうな」


 この大陸では非常に珍しい『着物』という衣装に身を包むのは、呼吸を忘れる程の美貌を持ち、どこか儚げな雰囲気を纏う少女。

 艶やかな白金如き銀髪といい、白磁のように清く滑らかな素肌といい、ステアを構成する全ての要素が、彼女の存在を際立たせている。

 擦れ違う人間が、彼女に目を奪われるのも仕方ないと納得せざるを得ない。

 なんとなく、握る手に力を込めた。


「まずはあそこの店に入ろう」


 俺が指し示したのは、旅人や戦闘職向けの服飾店だ。

 この店には、私生活で着用する普段着やお洒落着ではなく、街の外に出向く人が必要とする実用性を追求した物が置いてある。


「ここには何を買いに?」

「俺の新しい外套。それと、ステアが気に入った物があれば、それを幾つかってところだな」

「わたしはタロウから貰ったケープがあるから、新しいのはいらないよ?」

「まあ、そう言わずに。とりあえず、見るだけ見てみようぜ」


 俺はステアを引き連れて、何度か冷やかしたことがある服飾店に足を踏み入れた。

 馴染みの店員の挨拶に軽く会釈を返し、目的のコーナーを目指す。

 外套は雨風を防いでくれるだけでなく、魔物素材で作られた物であれば、立派な防具にもなり得る。これを無しに、街の外を歩く気にはなれない。


「おっ、今日は品揃えが豊富だな。当たりの日か」


 普段なら数種類程度しか売られていない外套だが、恐らく商人が大量に卸していったのだろう。稀に見る在庫の多さだ。


「こんだけ種類が揃えられているのは珍しい。ステアも気に入ったのがあれば、遠慮せずに言えよ?」

「ん」


 ステアは特に興味がないのか、短く応えると、俺の手を握ったまま所在無さげに立ち尽くす。


「ふーむ……」


 まぁ、興味がないのを無理に勧める必要もあるまい。俺は一先ず、自分用の物を確保することにした。


「レイヤードスパイダーの糸、ロックリザードの皮、アシュラトロルの毛皮、カラミティバットの被膜……」


 選り取り見取りとはこの事か。通常の布製のフードローブに混じって、魔物素材で作られたフードローブも取り揃えられているらしい。


「おっ! これブラックワイバーンの翼膜じゃないか!?」


 前開きの裾が長いフード付きローブを見つけ、思わず手に取ってしまった。黒い色合いのそれは全体的に高い属性耐性を持つが、特に炎に対しては頭一つ飛び抜けた性能を発揮する。これさえあれば、大抵の魔物の炎系攻撃は脅威では無くなるだろう。


「腕に袖を通すタイプか……凄く軽い……」


 ワイバーンは魔力を用いて自由に大空を飛翔するドラゴンと違い、己の肉体を駆使して空を飛ぶ魔物だ。その為、翼膜は非常に耐久性に優れ、且つとても軽い。

 肘関節あたりにある袖口は、ゆったりと大きめに余裕を持たされている。これは前衛系戦闘職の使用を前提にしたデザインと思われる。

 滅多に出回らない素晴らしい逸品だ。欲しい。これは是非とも欲しい。

 さて、気になるお値段は……。


「250万ヴィクス、か。手が出ないわけじゃないけど、貯金がごっそり持っていかれるなぁ……」


 大体、外食オンリーで一日三食の食費が500ヴィクス。ちょっと贅沢して1000ヴィクス程度であることを考えると、250万ヴィクスが如何に大金であるか理解できるだろう。

 買ってしまえば、しばらくはお金を稼ぐために忙しい日々を送る羽目になるのは間違いない。

 だが、しかし、それでも。


「こういうのは買える余裕があるうちに買っといた方がいいよな。よしっ!」


 俺は購入を決意して、黒いフードローブを脇に抱える。


「ステアは何か欲しいものはないのか?」

「わたしは、特に……あっ」

「ん?」


 ぽけっと店内を眺めていたステアが、壁のある一点を見つめて止まる。

 そこには、赤黒白三色チェック柄のキャスケットが展示されていた。

 如何にもお洒落な帽子だが、あくまで実用品に拘るこの店の趣旨にはそぐわない気がする。


「店員さん、この帽子は?」

「えっ、あっ、これですか?」


 ステアを見つめ、ボーっと意識を飛ばしていた若い女性の店員が、ハッと我に返った。


「このキャスケットは馴染みのお客さんに頼まれて仕入れた物なんですが、その人、この帽子を受け取る前に商談に失敗して破産しちゃったらしくて……」


 つばが大きめのキャスケットに目を向け、困ったように苦笑した店員が肩を竦める。


「随分とカジュアルな帽子だけど、実用性はあるのか?」

「一応、モータルライガーの皮と鬣を素材に使用しておりますので、優秀な物理耐性と対雷属性を有していますが……」


 所詮は帽子なので、と店員は目を伏せた。


「ちなみに、値段は?」

「30万ヴィクスとなります」

「たかが帽子のくせに、結構高いな……」


 チラリとステアに視線を向ければ、店員との会話には口を挟まず、じっとキャスケットを眺め続けていた。


「店員さん、このフードローブと一緒にそこのキャスケットも買うから、幾らか割り引いてくれないか?」

「タロウ……?」


 俺の言葉を耳にしたステアが、困惑したように眉根を寄せる。


「わたしは欲しいなんて一言も……」

「まあまあ。こういうのは、買える余裕がある時に買っておいた方がいいんだよ」


 軽くステアの頭を撫でて、会計に向かう。

 店に置いてある品の中で、最も高価なブラックワイバーンのフードローブと、買い手が付かずに不良在庫と化していたキャスケットを購入したことで、本来なら総計280万ヴィクスであるところを、270万ヴィクスに値引きしてもらえた。10万の値引きはかなり大きい。


「中々、いい買い物ができたな!」


 かなり貯金が減ってしまったが、決して無駄遣いではないので気にしない。

 早速、購入したばかりのフードローブを羽織る。やっぱり、外套があると落ち着くな。


「ステア?」

「……」


 店を出てからというもの、キャスケットを胸に抱いたまま、無言で俯いているステア。


「どうした?」

「――ううん、なんでもない」


 顔を上げた彼女は、俺の顔を見つめて微笑むと、キャスケットを頭に被った。

 赤白黒の三色チェック柄キャスケット。白色ビロードのケープ、白と紫の花をあしらった黒い着物。チグハグな組み合わせなのに、何故か様になっている。

 腰まで伸びた白金の如き銀髪を靡かせて、ステアは俺の手を握った。


「次はどこに行く?」

「そうだな、次は――」


 その後、ステアの普段着やら寝間着やらと色々買い揃えた後、軽く街を案内するついでに、覚えていて損は無い店などを教えてようと思い立ち、歩みを進めた。


「武具屋に行こう」

「ほほう、武具屋かね」

「あぁ、武具屋だ。ただし、ただの武具屋じゃないぜ?」

「む?」


 不思議そうな顔をするステアに、俺は自信満々に言い放つ。


「この国……いや、この大陸でも最高峰の武具屋だ」


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