表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/41

【9】













 ハイルヴィヒはイルムヒルデの服をいくつか見立てることができて満足だった。彼女は、きれいな人をきれいに着飾らせるのが好きだった。欲を言えばアレクシアなども着飾らせてみたいが、それはまたの機会になりそうだ。

 四人の中で一人だけ男であるフィリベルトだが、彼はうまくなじんでいたと思う。女性の団体になじめる男というのも稀である。

 その四人であるが、ハイドフェルト侯爵邸にいた。ハイドフェルト侯爵家は、アレクシアの一番上の姉レオノーラの嫁ぎ先だった。なぜここに来たのかというと。


「カティ、シャル!」

「あ、イルお姉様!」


 声を上げたイルムヒルデに、十代前半の少女二人が弾んだ声を上げた。


「何その格好! お姉様かわいい!」

「お姉様がお姉様の格好してる!」


 淡い茶髪のほうがアイクラー公爵の末っ子カテリーナ。十三歳なので、総合学院中等部三年生か。濃い金髪のほうがイルムヒルデの実妹シャルロッテ。カテリーナより一つ年下で、中等部二年生にあたる。

 この二人に合わせるために、わざわざハイドフェルト侯爵家に来たのだ。保護されたカテリーナとシャルロッテの二人は、宮殿で王女殿下のもとにいる。行儀見習いに来た、という名目なのだ。宮殿で行儀見習い、というのは名誉なことだ。突然娘たちを連れ去られた体になるアイクラー公爵だが、宮殿で、という言葉にむしろ喜んだ。娘の身を案じるより、体面を気にしたのだ。イルムヒルデについては、誹謗中傷を広められている。情報通、と言われるハイルヴィヒの耳には入っていた。オルデンベルク子爵家は商いをしているので、社交界でも交友関係が広い。

「二人とも、ごめん。元気だった?」

「うん。姫様もよくしてくれる」

 カテリーナが答えた。十四歳の王女は、年の近い娘が来て喜んでいるようだ。シャルロッテに対しては姉のようにふるまっているらしい。それを聞いて、イルムヒルデはあいまいにほほ笑んだ。

「……そう」

 会話が途切れたところを狙い、この屋敷の女主が声をかけた。

「皆さん、立ち話もなんですし、座りましょう? 甘いものは好きかしら」

 女主、レオノーラだ。アレクシアよりも優しげな雰囲気の彼女は、おっとりとほほ笑んだ。イルムヒルデは彼女に向かって礼をとる。

「お屋敷をお貸しくださり、ありがとうございます」

 はっとしたカテリーナが続き、シャルロッテも真似をするように礼をした。レオノーラはおおらかにほほ笑む。


「よろしいのよ。シグリがわたくしを頼ってくることなんてめったにありませんし、夫の驚いた顔も見られましたし」

 前半はともかく、後半はちょっと意味が分からない。全員受け流すことにした。

「さあさあ、お座りなさいな。ああ、エーリックもどうぞ」

「すみません。ありがとうございます」

 そこで、イルムヒルデはしれっと混じっている少年に気が付いた。褐色の髪に琥珀色の瞳をした、なんとなくかわいらしい顔立ちの少年だった。見たことがあるような気はするが。

 イルムヒルデだけではなく、フィリベルトも少年をいぶかしげに見ていた。それに気づいた彼は微笑んで名乗った。


「初めまして。僕はエーリック・フォン・リヒトホーフェンと申します。総合学院の中等部五年生で、カウニッツ幕僚長の側付きのようなことをしております」

 お見知りおきを、と十五歳にしてはしっかりした名乗りをした。レオノーラが、「彼がカテリーナちゃんとシャルロッテちゃんを保護してくれたのよ」とイルムヒルデに向かって言った。彼女は驚く。

「そうだったんですね。ありがとうございました」

「いえ。僕も幕僚長に言われてそうしたので」

 と、エーリックは謙遜したが、少女二人を少年一人がどうやって連れて行った、もとい保護したのだろう、とイルムヒルデを連れて行くのに苦労したフィリベルトは思った。

 女性陣が固まって座っているので、必然、フィリベルトはエーリックの近くの席に着いた。

「フィリベルト・フォン・クラルヴァインだ。よろしく」

「存じていますよ」

 エーリックは挨拶をしたフィリベルトに向かって朗らかに笑った。

「何なら、お会いしたこともあります」

「会ったことが……」

 ある、と言われても彼の顔立ちはフィリベルトの記憶には引っかからなかった。記憶力はいいほうだと思うのだが。


「しばらく、元帥と幕僚長に預けられていた時期がありますから、僕は」


 そう言ってエーリックは微笑んだ。そういえば、シグリはしばらく男の子の世話をしていたことがあった。話し相手になってやってくれ、とフィリベルトが連れてこられたのも覚えている。その時の少年がエーリックなのだろう。フィリベルトは相手の顔を覚えていなかったが。

「あの時はお世話になりました。今回もよろしくお願いします」

「ああ……しかし、あの時の子か……」

 時の流れは速いな、とつぶやくと、「年よりじみたこと言わないでくださいよ」と笑われた。

 男性陣が微妙に盛り上がっているころ、女性陣も盛り上がっていた。カテリーナはともかく、シャルロッテはイルムヒルデにべったりである。彼女の安心したような笑みを見られて、ハイルヴィヒも満足である。ハイドフェルト公爵邸に連れてこられたのは計算外だったが。


「姫様はたまに意地悪なことを言うけど、とっても優しいの。あ、マティアス様はこの前、こっそりお菓子をくれたの」

 シャルロッテは相当宮殿の暮らしが楽しいようで、あれこれとイルムヒルデに聞かせている。話を聞きながら、「不敬罪だな」と思ったイルムヒルデは悪くない。シャルロッテの言葉は、皇族に対して使うには少々不敬だった。

「行儀見習いってそういうのを習うためのものだけど……カティ、シャルをよく見ていてね」

「もちろんよ。でも、姫様も妹ができたようでうれしいらしいから」

 年齢の割にしっかり者であるカテリーナは請け負ったが、当の姫君自体が気にしていないらしい。イルムヒルデは「そう」と苦笑したが、シャルロッテの振る舞いについては大きくなる前に何とか整えなければならない。

「……ハイルは得意そうですね、そういうの」

 何気なしに言うと、ティーカップを傾けていたハイルヴィヒは小首をかしげる。

「貴族的なふるまい、というのことですの? できなくはありませんが、わたくしは低級貴族ですわ。高位貴族が求めるほどの振る舞いができるかはわかりません」

「私は習った気がするけど、ほとんど忘れたなぁ」

 アレクシアが豪快に笑った。短い付き合いのイルムヒルデでも、彼女の言うことが本当であることは分かった。


「アレク、あなたはもう少し慎みを持ちなさい。そうね、行儀に関してはわたくしの知る限り、シグリが一番詳しいわね。ふるまいはともかく、目上に対する言葉遣いはうまいわよ」

 アレクシアの振る舞いに突っ込みを入れたのは実の姉のレオノーラだ。確かに、貴族の子女としてはちょっと問題がある気がする。気持ちのいい性格の表れであると思うし、イルムヒルデ自身も男装していることが多いので言わないけど。

「シグリ様、ですか」

「そうよ。あれこれ聞いてみなさいな。優しい子だからいろいろ教えてくれるわよ。怒らせると怖いけれど」

 なぜかレオノーラの言葉にびくっとしたのはフィリベルトだった。隣に座っていたハイルヴィヒがおかしそうに笑う。

「どうしましたの」

「い、いや……叔母上が怒るところを見たことがないと思って」

「そうなんですの? まあ、わたくしも想像できませんけれど」

 ハイルヴィヒも首をかしげたが、イルムヒルデとアレクシアもシグリを知っているだけに逆に想像できなかった。レオノーラは笑う。


「わたくしの夫は、少し前に全面戦争をしてきた、予算をぶん捕られた、と言っていたわ」

 少し前に合った予算審議会のことだろう、とイルムヒルデは思った。ハイドフェルト侯爵は財務省に所属していたと思う。

「幕僚長の言うことはおおむね正しいですから。ちなみに、怒ると怖いです」

 エーリックも笑いながら言った。どうやら事実らしい。そこに軽やかな笑い声が響いた。

「これは手厳しい。だがまあ、あの後閣下にもお叱りを受けたので、それで手打ちにしてくれないか、レオノーラ」

「まあ、シグリ。いらっしゃい。気づかなかったわ」

「申し訳ないが勝手に上がらせてもらった」

 邪魔をしている、というシグリの言葉をちゃんと聞くと、確かに女性らしい口調ではないが丁寧な言葉遣いだな、と思った。











ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ