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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

最後まで奏でられなかった音楽 '97

作者: つこさん。

一応グーグル先生に訊きまくりましたが、時代錯誤な表現等ありましたらぜひお知らせください。


先にかいた感想を。


たーのしかったーーー!!!






「あいり、ライブいこ?」



バイト先のコンビニに、友香がきた。


こっちが品出しで忙しいこととか考えてくんない。

いつも脈絡も突拍子もなく振ってくる話題。

しゃがんで下段の品物前出ししてるわたしの横にしゃがんで、にっこりわらってる。

超ミニスカ。

パンツみえるよー。


「見ての通り仕事中。

話なら後にして、もうすぐ上がりだから」

「ちょっとぐらい、いいじゃん。

客もいないしさー」


接客だけが仕事じゃないの。

ここら辺は、バイトしたことない友香にはわかんないから、説明は諦めた。


「もう、いい子だから外で待ってて。

モナ王買って食べてて」

「え、あいりのおごり?」

「自分で買え」

「えー、ひっどーい、稼いでるんでしょー、おごってよー」

「あんたみたいに親元にいるんじゃなくてこっちは生活かかってんの、そんな余裕はありませんー」


レジに入って待ってると、モナ王の他に小さいペットボトルのジュースも持ってきた。

近年コンビニに出回るようになったそのサイズは、持ってるだけで最先端を行けてる気分になれるアイテムだから、友香が好むのも無理はない。

そして得意気に「レジ袋要りません!」と言うのも忘れない。

金銭授受の後店の外に追い出して、わたしは仕事に戻った。




****




「あいり、ライブいこ?」



またにっこり笑って友香が言った。

二枚のライブチケットをひらひらさせてた。


「いつ?」

「今から!」

「はぁあ?」


チケットを押しつけられて、それを見る。

ぎょっとした。


「ちょっと、友香、こんな高いのいけないよわたし!むり、むり!」

「だいじょうぶー、あいりと行くっていったら、ママが出してくれた!」

「えぇー?」

「ほらほら、いくよー」


問答無用で腕を引っ張られて、わたしはついていくしかなかった。




****




そもそもライブなんて行ったことない。

同年代の子たちがバンド組んだりなんなりしてるのはよく耳にする。

わたしには遠い世界。

きらきらしてる、違う世界。



来たこともない区画の、入ろうとも思わない建物。

慣れた様子ですいすい歩く友香に、びくびくしながらついて行く。

押し切られたとはいえ後悔した。

友香はおしゃれに着飾ってて、わたしはくたびれたジーンズにくたびれたTシャツ。

友香は青いマスカラしてた。

わたしはくたびれた表情のすっぴん。

周りを見渡しても、自分が場違いだと本当に思った。

もう始まってた。

わたしの仕事が終わるまで待ってたから、第一部に間に合わなかったみたい。



「ねえ、前行きたいんだけど、いいかな?」



うずうずしたように友香が言った。

「わたし、勝手がわからないから、後ろでみてる。

行ってきなよ」

コンビニの制服が入った肩掛けバックの持ち手を、両手でぎゅっと握った。




すぐに第二部が始まって…呆気にとられた。



生で聴く音に圧倒されるだけでもわたしにとっては初めての経験だったのに、目の前で起きたことが信じられなかった。




「オイ、そこ、もうどけや、下手糞共。いつまでも、胸糞悪い音立ててんちゃうぞ」




始まりはその言葉で。

その内容に、場慣れしない自分の耳を疑ったけど、どうやらそのままの意味だったみたいで。


ドラムの男性が、蹴られて、ステージ外に投げられて、運ばれて行ったのを、息を詰めて見ていた。




――か、かえりたい…。




友香の方を見たら、あちらもこっちを見ていて、目が合うと超いい笑顔でピースされた。

この状況でどうしてピースが出るんだろう…。


他の観客の人々もめちゃくちゃ盛り上がっている。

怖い。

でも、足が竦んで動けない。




「初めての子?」

よく知らない外国のバンドの曲が演奏される中、声を掛けられた気がして上向いた。

背の高い男の人が、じっとわたしを見下ろしている。

とっさに声が出なくて、わたしは一生懸命頷いた。



「あー、初めてなのにこれ、怖かったでしょ?ひとりで来たの?彼氏と?」

今度はぶんぶん首を振って、友香がいるあたりを指さした。

「あ、友だちと」

もう一度頷く。



「お友だちは慣れてるみたいだねー。

いいよー、俺ここにいるから。

怖くなったら言って?」


もうすでに怖い。


「あ、言えない?じゃ、これつかんでて。

もう嫌になったら引っ張って」


腰に巻いてるチェックシャツの袖を差し出して握らせてくれた。


ちょっとだけほっとした。

知らない人だけど。




「「「「「ひっこめ~~~っ、ベース!!帰れ!!帰れ!!帰れ!!」」」」」




なんと次は煽られてベースの人が退場してしまった。


ライブ怖い。

なにここ魔境。


袖を持った手をぎゅっと握りこむ。


ちょっとだけ心配そうに男の人が見てくれて、それがわかったからちゃんと前を向いた。

他人に迷惑なんてかけられない。




わたしと変わらないくらいの女の子がステージに立ってる。


観客の男の人たちがその子の名を呼ぶ。


次いで女性たちが。




「「「「「奈緒様カッコイイ~~~!!」」」」」




友香も絶叫してた。




「「「「「キタァ~~~ッ!!アリスちゃ~ん!!アリスぅ~~~!!」」」」」




もうひとり女の子が来る。


…ふたりとも、かわいいなぁ。


可愛くて、音楽の才能もあって。


誰かと比べるのはむなしいってわかってるのに、わたしはもやもやして唇を噛んだ。




「「「「「マコちゃ~ん!!マコ~~~!!」」」」」




次も女の子が来るのか。

何とはなしにステージのはしを見る。


音楽が鳴って、みんなが固唾を呑んでいると、突如男の子の声が響いた。




「そんな女バッカ、ステージに出て来ねぇんだよ、ボンクラ!!変な期待してんじゃねぇぞ、この上下運動しか出来ない男根思考主義者共がぁ!!」




「「魔虎兄貴~~~!!待ってたぞぉ~~~兄貴~~~~!!」」



男の子が心配になるくらい頭を振って出てきて、観客から声が上がった。


すぐにそれに観客の女性が反応して、声を上げる。




「「「「「兄貴・兄貴・兄貴……」」」」」




その内全員でのコールになって、わたしはその波には乗れずにただ見ていた。


でも、わかるよ。


みんな、かっこいい。


きらきらしてて、わたしから遠い。



もうひとり男の人が入ってきて、また音楽が始まった。



中学時代得意だった英語が役に立ってる。

ときどきわからない単語があるけど、なんとなく歌詞の意味は伝わる。

必死にその内容をとらえようとして耳を傾ける。

ふたりの女の子の声が心地良い。



不意を突くように耳に入ってきた言葉。

思わずわたしは泣いてしまった。




『わたしが追いかけてきた夢は、どこへ行ってしまったの?』




そんなのわからない。

わたしには希望もない。




何にも馴染めないまま曲は進んだ。

わたしはどうしてここに立っているのだろう。

なぜか会場が静まり返って、わたしはそれがどうしてかわからないで俯いた。

そしてもう、この袖を引いてこの場から逃げようかと思ったときに、ステージから声が届いた。




「この曲は、ある友人達の為に作った曲。その友人達全員が、何かしらの問題を抱えて、好きな事が出来ずに居た。……俺は、そんな不器用な奴等が好きだ」




顔を上げた。




壇上のひとりひとりに声がかけられる。

意味はよくわからなかったけど、きっとみんな『不器用な奴等』なんだろう。




――そして、それから始まった曲に、どうしてかわたしは魅了された。


よくわからなかったけれど。

今、聴いているのはすごいもの、とだけ、わかった。




いつの間にか全部の曲が終わったようだった。

アンコールはしないという宣言に、観客は一瞬静まり返って、そして歓声に沸いた。


わたしは握っていた袖から手を離して、観客と共に拍手した。

この人たちにはそれがお似合いだと思ったから。




****




「引っ張らなかったね?えらいえらい」


男の人は笑顔で言って、わたしを見下ろした。


「ありがとうございました」


頭を下げてお礼を言うと、その頭を撫でられた。

びっくりしてそのまま固まってしまった。


「…またおいで、あいりちゃん」



そう言って手を離し踵を返すと、男の人は出口に向かう人波に逆流していった。

わたしはぽかんとしてしまった。




「…わたし、名前…言ったっけ?」




「ちょっとあいり!」

突然近くで友香の声が聞こえて肩をつかまれた。

「なに、なんなの、今のかっこいい人!」

かっこいい?そうかなぁ。

「友香が側にいないから、代わりにいてくれたんだよ」

「なんなのそれー!超ジャニーズ系だった、あーもう羨ましい!なに、連絡先交換したの?」

「なんでするのよ、するわけないじゃん」

「えー、うそ、もったいなーい!!」


ぎゃんぎゃんわめく友香の背中を押して、店を出る。



星の見えない都会の空の下でも、久しぶりの外の空気は美味しかった。



「ねぇ、あいり、どうだった?」


帰り道をふたりでふらふら歩いていたら、ちょっと心配そうに友香が訊いてきた。


「うん…面白かったよ」


花が咲いたように友香が笑う。

「マジ本気?」

「マジ本気」



「よかったぁぁあああ…」

その場にしゃがみこんで友香が言う。

「ちょっと、道の真ん中、しゃがまない!」



「あたし、あいりに違う世界を見て欲しかったんだ」



急ぐでもなくまた歩きながら、友香が呟いた。



「…がっこやめてから、ずっと働いてばっかじゃん?」



仕方ないじゃない。

わたしは叫びそうになるのをこらえた。



「…あいりが、我慢して、いろいろ諦めるの、見ていたくなかったんだ」




『わたしが追いかけてきた夢は、どこへ行ってしまったの?』




こらえきれずにわたしは泣いた。

友香は「泣かないでよー」と言いながら、自分も泣いた。

道路の真ん中で、馬鹿みたいにふたりで泣いた。




「…ママがね、あいりがお休みの時、ごはん食べにおいでって」


鼻をすすり両手で涙を拭いながら、友香が言った。


「それくらいしかできないけどって。

でもいつでもおいでって」


わたしも一生懸命鼻をすすった。


「ありがとう、うれしい」


きっと今の笑顔はとんでもなく汚いね。



歩行者が何も言わずに避けて行くのに気付いて、わたしたちは慌てて道を開けた。



その後の帰り道はお互い何も言わなかったけど、なんとなく、それでよかった。




****




「でお前はライブ中ナンパしてたわけだ?」

「ちげーよ。

初めて来た子がひとりでいて不安そうだったから一緒にいたの!」

「それナンパじゃん?」

「違うって」

「ピッチ番号訊いたか?」

「訊いてねえよ、たぶん持ってない」

「なんでわかるんだよ」

「一緒に来てたお友だちちゃん、用事ある度に店に来てるの見かけるから」

「店ってなんだよ」

「コンビニ。

俺んちの近くの、あの子が勤めてる」

「…え、ストーカー?」

「引くなよ!ちげーよ!俺んち冷蔵庫ないの!だからコンビニしょっちゅう行くの!」

「マジかよキメぇな、お前が捕まったら『いつかやると思ってました』ってテレビ取材受けてやるからな!」

「だからストーカーじゃないっつーの!」

「なんて名前の子?」

「鈴原あいりちゃん」

「…キメぇ」

「いや、レシートに書いてあんじゃん!しょっちゅうもらうんだから目に入るだろ!」

「発声練習しとくわ。

『いつかやると思ってました』」

「だから違うって!」



おわり




読んでくださりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 「あっ!こんな裏話もあっただろうな。」と、新たな発見があり楽しく読ませていただきました。 ぐっと引き込まれてて、心地よく最期まで読み進めていくことが出来ました。 「最期まで」のファンの一人で…
[一言] 面白かったです。 ライブの迫力や、細々とした人間模様。違和感無く、ちゃんと『平成の二十世紀』感が出てて良かった。 原作の良いところも見えてくるので、併せて読みたいと思いました(*^^*)
[良い点] あいりと友香の関係性と、バンドのメンバーたちの関係性、元ネタ作者さまと、つこさん。さまの関係性。そのどれもにほっこりしました。 [一言] 元ネタをわたしはまだ読んでないんですが、読んでみ…
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