5 酔狂な投稿
俺が初めての成功体なのか。嬉しく思ったが、失敗する可能性もあったと思うと背中に寒気が走った。
だが、そんなことよりヨルノンさんの話していることが理解できるのが驚いた。これがグレードアップの力なのか……
「私の名前はイシュー・バーム。それで、名前はなんていうんだっけ? ソロアーヤ……?」
イシュー様に声をかけられる。やっぱり本名はきちんと伝わっていなかったんだ。珍しい名前なので間違えられることは少なくなかったが、何か異世界人にも覚えてもらいやすいニックネームの方がいいだろうか。
そういや訓読みだけで名前を呼ばれたことがあったな。たしか……
「ソロモン、ソロモンでいいですよ」
「ソロモンか! 覚えたぞ」
転生する前はあやと、と下の名前で呼ばれることが多かったが、ソロモンと読み間違えられたのは流石に1回だけだった。自分のことを呼ばれているとは分かっていたが、当時はあまりに変わった呼び方で、ゲームで聞いたことのある単語だったのでどう反応したらいいか困ったが。
「私はヨルノン・ハーモニアです。これからよろしくお願いいたします。それではソロモンさん、私の方から魔石板についてより詳しくご説明させていただきましょう! 私の話をよーく聞いてくださいね♪」
ヨルノンさんは手に持っている魔石板をこちらに向けて話し始める。
「あなたが言葉を理解できるようになったのは、その魔石板がグレードアップして翻訳機能が追加されたからです。ただし、辺境の魔物の言語になると上手く翻訳がされず、こちらに転生した時のように魔石板を見ながらのコミュニケーションとなってしまいますが、そんなに気にしないでください」
やはりこの魔石板は相当高度な技術で作られているようだ。前世での携帯機と比べると同等か、それ以上に高性能らしい。そして俺のこちらの世界での生活は、前世の現代人のスマホ依存以上に魔石板頼りの生活になりそうだ。
「とすると、グレードアップしていけば魔石板の機能がどんどん強化されていって、俺のこちらの世界での生活が楽になるってことですか?」
「要するにそういうことですね。あと魔石板の機能強化だけじゃなくて、グレードアップボーナスも差し上げます」
「グレードアップボーナス?」
「はい、あなたのその仮初の肉体を強化していく祝福魔術を施します。魔石板の防御機構があるとはいえ、あなたの今の体は貧弱なのが心配です」
だったら最初からもう少し強い体に転生させてくれたらよかったのに……と思ったが、俺でようやく成功例ということは転生に関してはあまり贅沢を言っていられない技術水準のようだ。
「そしたら、さっさみたいにいろんな人と質問と回答を交えたコミュニケーションを取っていけば、魔石板と俺の体は強化されるってことなんですか?」
「しばらくの間はそうですね♪ ですがそれだけで成長を続けていくことはできませんよ」
そんなに簡単な話ではないらしい。
「その魔石板は城内にある知恵の塔と連携して運用されているものなのです」
「そこでやってほしいのが私の配下にある魔物の手助けなの」
隣にいるもう一人の魔物の少女――イシュー様が説明に割って入ってきた。
「手助け……って一緒に戦うとか、仕事を手伝うとかそういうことですか?」
「そのなりで勤まるわけがないじゃない。それにあなたが言い出したことなんだから」
そんなこと言っただろうか。むしろ転生してからは俺が聞きたいことだらけだ。
「イノセンス・ゴーレムにプログラミング?してくれるんでしょ」
「あなた様のアドバイスに従って知恵の塔計画を進めて参りました。今のところ転生まで成功していますので順風満帆といったところです!」
ゴーレム? プログラミング? 確かに今初めて聞いた単語ではない。どこかで俺の口から出た言葉のようにも思える……
「転生する前に、そちらの世界――私たちは基底世界と呼んでおりますが、実験の成功率アップのためそちらから転生させるのに適した魂を選別するために、どうにか苦労して人々の交流の場に介入しコンタクトを試みました」
嫌な予感がする。俺には心当たりがあった。
「始めは言語も十分に解読できず、アクセスが管理者によって遮断されることもありました。試行錯誤の果てに、より基底世界住民の興味を強烈に引く投稿を行うことに成功したのです」
「記念すべき最初の質問はなんだったっけ?」
「『いまは何時ですか? こちらは5時30分です』が初めての質問です。基底世界との時間のズレに着目した意義のある質問だと思ったのですが、いたずらと思われたのかこの時は失敗に終わりました」
当然だ。前世の世界で今が何時か知恵フクロウでわざわざ聞く奴はいない。質問するより自分で調べたほうが圧倒的に速くて正確だろう。それに異世界から質問されていると捉えられることもまずない。
「まあ非協力的でも退屈しのぎにはなったし、私たちの世界のことなんてどうでもいいと思う人間ばかりだと思っていたが……」
部屋の片隅に転がっている小さな石でできた人形をイシュー様が不愛想に撫でる。
「お前のような物好きで、世話好きな奴もいると知った時は、それなりに嬉しかったぞ!」
やっぱり勘違いされている。俺が知恵フクロウできまぐれにした、話を合わせるために作った答えを馬鹿正直に信じ込んで、知恵の塔・魔石板・おまけに異世界人の転生まで彼女らはやってのけたのだった。
「いや、そんなつもりで回答したんじゃないんです。だからゴーレムに知性を与えるなんて……」
ここまで言いかけてヨルノンさんに口を塞がれる。
「ご謙遜を~」
ヨルノンさんはそのまま手早く持っている魔石板を操作し、俺の魔石板に文字を表示させて、笑みを全く崩さずにこちらに視線を送る。俺は自分の魔石板に浮かんだ文字を目で追う。
<今更やる気がなくなったなんてイシュー様の前で言わないでくださいね あなたにはたくさん働いてもらわなければなりませんから>
軽く脅されているようだ。この人にとって、俺が言い出した仕事をここで放棄するのは何としてでも阻止したいらしい。
誤解を生むきっかけを作ったのは明らかに俺が悪いが、できそうにもない仕事を引き受けるのもまた避けたい気持ちが強かった。
「私は石を操る魔力を持つ魔王の娘。そしてこの城に飾られている石像たちは、私の力で削り出し生み出したゴーレムに生まれ変わる前の状態のモノ。これに魔力で疑似的な精神を込めると命令で動くゴーレムになるの」
意気揚々と話すイシュー様。しかしどこか不満げな顔つきだ。
「でも私はまだお父様のように完成度の高いゴーレムは作れない。魔力で注入した魂が不完全で社会性の低い魔生物にも劣る知能しか与えられないから」
「あの御方の域にまで到達するには何十年もかかりますからね」
すかさずヨルノンさんがフォローする。
「そこであなたにはゴーレムに高い知能を与える仕事をお願いしたいのです」
「ええっ! でも俺ゴーレムどころか魔物にも詳しくないんですけど」
「はい、あなたにはまずイシュー様の配下にある魔物たちの問題を解決していただきます。役職名は、名付けて悪知恵袋!」
悪知恵袋……なんだかトラブルメーカーになりそうな名前だ……
「まず高い知能は、善行を働くより、誰かを騙したり秘密を隠したりした方が鍛えられるというのが私の持論です。そこで配下の魔物たちの日常生活、できれば悪行を少しでも手伝ってやって、ゴーレムに与える知恵を集めてほしいという訳です。魔石板の他の機能を説明せねばなりませんね。こちらに来てください」
ヨルノンさんに案内されて俺を含めた3人で別室へと移動する。実験室からはそう遠くない場所にあるようだ。着いた先には、大きな頭をしたうなだれた石像――ロダンの「考える人」を想起させるような石像があった。その石像の体中のいたるところからツタが伸び、すべて上方へ向かって集まっている。部屋の天井は伸びたツタで覆われていて見えない。
「この部屋の内部からは分かりませんが、外から見ると高い塔になっています。そして塔の内部には魔力を貯蔵・放出する能力を持つこの植物が伸びています。そして……」
ヨルノンさんがこちらに振り向き魔石板を指さす
「その魔石板に魔力を遠隔供給し、使われた魔力の残滓を回収し解析する能力を持っているのです」
「つまり、俺が魔石板を使って問題を解決していけば、その記録が自動的にこの塔に集まるってことですか?」
「その通り! その魔力の使用履歴を応用してゴーレムに移植することで疑似的な知能を作り出すことができると考えています。魔石板を肌身離さず持たなければならないあなたの活動そのものが、様々な職務を遂行するゴーレムたちの知性の基礎になるわけです」
「魔物の不満を解消しつつ、ゴーレムの知力を高める一石二鳥の計画というわけ!」
仕組みはなんとなく分かった。俺は何か難しい研究に駆り出されるということではなく、単に魔物の役に立っていけばいいという訳だ。このロダン似の石像が記念すべき知的ゴーレム第1号ということだろう。
「そうすると、まずはその石像を動かすことができれば実験成功ということですか?」
俺はツタが生えている石像を指さしてこう聞いた。
「いえ、この石像は特別なものでして、この塔の機能の根源的な部分に関わるものです。説明しはじめると話が長くなりますので……」
ヨルノンさんはイシュー様の方を見る。
「そうね。そんなことはいいから街に出かけて様子を見に行きなさい。明日から忙しくなるんだから!」
あまり聞いてはいけないことだったんだろうか。あまり詮索はしないでおこう。
「そうさせてもらいます。俺も街の雰囲気が知りたいです」
「なら私と一緒に行きましょうか。あなたは珍しい存在ですし、せっかく転生・定着にまで至った成功例に変ないたずらをされても困りますので。まあ魔石板の加護があるのでそう簡単に殺されるとは思いませんが、注意してくださいね♪」
忠告しているのか脅しているのか、突然物騒な言葉を並べられ驚いたがここは黙って従っておいた方がいいだろう。終始笑顔なので、どこまで本気か分かりにくい。
そして俺はヨルノンさんの後ろについていった。