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1 質問アプリ、知恵フクロウ

 いい待遇の仕事に就くために勉強しなさいとか、子供の頃は嫌でもキツい運動をしておけとか、そんな大人の忠告はくだらないと思っている。

 そういう奴は今までどんな人生を送ってきたんだろう。

 今辛くてもいつか報われる日をひたすら待ち続けるだけの日々は楽しかったのだろうか。

 それって勉強が難しいほど燃える人や運動が好きで好きでたまらない人と幸せの度合いを比べたらすごく損していないか。

 ゲームが好きとか、オシャレを極めたいとか、自分の好きなことで稼ぎたいというのは将来を考えてくれている大人の嫌いな言葉だ。

 せめて自分のやりたいことに役立つからやってみようよ、くらい言ってくれればと思う。

 今から行く場所は、国家と国民の義務が果たされる施設の中でもやる気のないほうだ。


 その日は珍しく全校集会が開かれた。

 噂によると、テスト中にスマホを使って「ヤッホー知恵フクロウ」というアプリを使ってカンニングをした3年の生徒が何人かいたらしい。

 テレビじゃ流石に詳しいことは報道されていないけど、もうネットには実名まで載っている。

 連携しているSNSから断片的な情報は組み上げられて、簡単に素性が明かされる。

 さすがに事態を重く見た先生たちから全校生徒へ向けた注意があるんじゃないかという話だ。


「高校受験を控えていて少しでもいい成績を取りたいという気持ちは先生たちにも分かります。先生たちも同じ人間ですから、カンニングをしてやろうと思ったことがない、と言えば嘘になります。しかし……」


 少しの間を置いて厳しい口調に切り替わる。


「それを実際に行動に移す奴がいたら先生たちも容赦しない! こんなことをして良い学校に入ったとしてもロクな大人にならない! お前らが立派な大人になるためならどんなに厳しい態度でも取る覚悟もこっちにはあるんだぞ!! 大人を舐めるな!!」


 普段は優しい、叱るときにも怒りを抑えて冷静さを保とうとしているのが言葉遣いから分かるような学年主任が声を荒げて言った。

 俺の周りからもどよめき一つなく、体育館は静まり返っていた。


 怒りの表情を変えない学年主任に代わって校長先生が壇上に立つ。

 こちらの話は、カンニングをしてはいけない、実際にすると処分も検討される、具体的な対策としてテスト中に他のクラスの先生を呼んで監視人としての仕事を任せる、といった内容だった。

 まあこの2人は大人の中でも割と熱心に生徒の将来を考えてくれているのだろう。


 たちまち俺のクラスでもヤッホー知恵フクロウ(長いので以下ヤッホーは省力する)の話題でもちきりになった。

 知恵フクロウというのは、分からないことがある人が質問を投稿し回答を募るためにある専用のアプリで、このようなサービスのことを難しく言うとナレッジコミュニティというそうだ。


 まあ実際には、質問者の利用する目的によっては雑談や連絡のために使われているSNSサービスと変わりない投稿内容のものもある。

 知恵フクロウはナレッジコミュニティでは珍しく、そのような使い方も容認する方向でサービスを拡張してきたので、幅広い年齢層で多くの利用者を獲得してきた。

 一方で、「教えてQoolに!」「もんじゅもんじゃ」などといった同様のサービスと比べて著しくマナーが悪いという指摘をする人もいるが、俺は知恵フクロウのそういう自由な気風も好きだ。


 確かに、マナーが悪くなると問題になった3年生徒のように現実に悪影響を及ぼす有害な道具になってしまうだろうが、俺は知恵フクロウにだけ原因があるとは思わなかった。

 道具は使う人次第で人を助けたり傷つけたりするものなのだ。それは実際手にとって使うものに限った話ではない。

 最新の道具(サービス)を使いこなせないということに関して、人々はもう少し危機感を覚えるべきだろう。





 内心俺はワクワクしていた。

 実は知恵フクロウを初めてから4年、俺のアカウントは中堅のグレード5、学生フクロウになっていた。

 一番グレードが高いグレード7の博士フクロウまでまだ先は長いが、4年という短さで、同年代でこれだけグレードが高い利用者は少ないはずだ。

 それに比べてクラスの奴らは作ったばかりの低グレードのアカウントで荒らしをしてすぐに削除されてしまったり、他の優秀な回答者にベストアンサーを取られたりして文句を言っている。

 その様子を見て、誰かの役に立っているという自負を持っている俺はひそかに優越感にひたっていた。


 自分のアカウントが身バレするのは荒らされる可能性が高くなる、個人情報を書き込まれて他の荒らしを引き付けてしまう、といったリスクを高めるだけでメリットが少ないので友人にも話していない。

 実際に身バレした結果アカウントを削除してしまった高グレードの利用者もいる。

 そしてもう1つ、同じアカウントで知恵フクロウで長生きするための秘訣がある。

 それは運営に目を付けられないことだ。

 人員を割く余裕がないのか必要がないと考えているのか、知恵フクロウは使いにくいシステムがなかなか改善されない。

 知恵フクロウにしつこく要望を出すグループに参加していたこともあったが、運営を挑発する発言を繰り返していた主要なメンバーは退会させられ、俺を含む他の有象無象のメンバーにも厳重注意のメッセージが届いた。

 とまあこんな感じで、知恵フクロウは好きな部分も多いのだが不満も多い。

 今でも俺に知恵フクロウを管理する側の権限をくれないかと思っている。

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