女神の側で【6】
続きます。
「んぅ〜っ………」
愛ちゃんが愛ちの腕の中でもぞもぞと動く。慌てる愛ちに背中を撫でられると、居心地を直すようにおっぱいにほっぺたを埋めてまたスヤスヤと眠り始めた。良いなぁ愛ちゃん………。
──────じゃないよッ!!!
「アンタ、何やらかしたわけ……?」
「ギルティ過ぎない……?」
真剣に話を聴こうとした愛ちは怒りを抑えるように声を震わせながら訊き返す。同感だよ愛ち……何か焦ってたアタシが馬鹿みたいで沸々と沸くものがあるよ。
さじょっちは愛ちゃんの羨まけしからん光景には目もくれず、ソファーに座る姿勢を正して気まずそうに自分の膝を見下ろしてる。表情から『何で話しちゃったの俺……』的な感情が読み取れる。今さら誤魔化せると思わない方が良いよさじょっちっ……!
「あの、聴かなかった事に……」
「無理よ」
「無理だから」
とんでもないこと言われて“やっぱ今の無し”は無しだから。これは是が非でも吐いてもらうしかないねっ……女の子に土下座させるとか、余程の事だよね?さじょっちいつからそんな風になっちゃったの!
「………あの、えっと」
「話して。話しなさい」
強めの愛ち。アタシもそこそこだけど完全にスイッチが入ってる。さっきまでの“さじょっちの力になりたい”的な眼差しじゃなくなっちゃってる。端から見たらさじょっちは別に言わなくて良いんだろうけど……何だろう、“身内の大ごと”的な?アタシもこれは聞き出さずには居られないかなー。
「そもそもさじょっちが悪いわけ?」
「うっ……まぁ、向こうの性格を考慮しなかった悲劇と言いますか」
「大人しい子なの……?」
「……」
コクリと頷くさじょっち。それを見た愛ちから厳しい目を向けられている。アタシも同じ目を向けてるかもしんない。だって大人しい子でしょ?そんな子がさじょっちに迷惑かけて土下座とか想像できないもん。さじょっちがその子にそうさせたとしか……。
「……ッ………」
「ヒッ……」
愛ちの目がもっと鋭くなった。
黙っちゃうアタシ達。ゴメンけどさじょっちはもう逃げられるとは思わないで欲しい。そんな怯えても無駄だから。ここまで話したからには洗いざらい吐いてもらわないと納得できない。ホント、話さないならこれまでの関係が台無しになるレベル。
ジッと見てるとさじょっちは居住まいを正して表情を変えた。さじょっちも本気でアタシ達に聴いてもらおうって姿勢になったみたい。ちょっとホッとした、心のどこかで、もしかしたら話してもらえないかもなんて思ってたから。
「………ちょっと、難しい話かもしれないんだけどさ───」
内容を語るさじょっち。聴けば聴くほどそれが全然くだらなくはない話って事がわかった。アルバイトをした事がないアタシや愛ちにスゴく配慮した説明だったように思う。
まずビックリしたし、戸惑った。さじょっちが真面目な話をしてる事。さじょっちの事だからまた変な理由でそんな事になったんだろうって思ったし、そもそもさじょっちが真面目に仕事に取り組んでるって事が意外だった。さじょっちに失礼な話だけどね。
愛ちを見てみる。さじょっちの話を真剣に聴いてる。アタシみたいに変な先入観で聴いてない事がよく解る。愛ち、さじょっちの真面目な顔知ってるんだね……。
そりゃそうだよね。愛ちとさじょっちって中学の頃からの付き合いなんだもん。アタシが知らないお互いの顔とか知っててもおかしくないよね。
さじょっちも愛ちも直ぐに思ってる事が顔に出るし、そんな2人はお互いの機微に鈍感だし、それを側で見て来たアタシが一番2人の事をよく知ってる、なんて思ってたかもしんない。ちょっと調子に乗ってたかなぁ……。
パッと愛ちを見ると、愛ちゃんの頭を撫でながらちょっと悲しそうな顔をしてた。
「アンタが、その、感情的になったんだ……」
「……まぁ、そういう事かな………」
感情的なさじょっちは見たことある。さじょっちとさじょっちのお姉さんが屋上で言い合いしてた時。あの時は明らかに只事じゃなかったっぽいし、キレてるさじょっちに対して『あんなに低い声出るんだ』って思っただけだった。その場を覗いてる罪悪感とか忘れるほどビックリしちゃってたし、あの時は明らかに異常事態だったから違和感なんて感じなかったんだけど……。
「まぁその、これが悩みというか……?明日からどうしよっかなって……」
「……」
「……」
何も思い浮かばない。話は解りやすかったけど、アルバイトをした事が無いから接客の事なんて何も言えないし、アタシはそんなに内気な子と接点を持つ機会なんてほとんど無いから。バレー部に大人しい子なんて居ないし、気を遣って話しかけたところで迷惑がられる事が分かってるから。
でも仕事である以上、さじょっちはその子と無理にでもコミュニケーションを取る必要があるんだよね……?そんな事があるんだ……アタシ、考えたことも無かった。
「───はい!そういう悩みです!100:0で俺が悪いです!俺だってこんな問題抱えたりしてんだよ分かったか芦田ァッ!!」
「わっ!?え、えっと……うん!大変だねさじょっち!」
「大変だねじゃねぇよ、いっそ殺せよ……あぁやだもう死にたい……」
「さ、さじょっち元気出して!」
さじょっちがソファーからズリズリと落ちつつ、無理やりいつもの空気に変えた。アタシがよく知ってる空気だ。解決方法なんて何も思いつかない。アタシはさじょっちのテンションに合わせて頑張れとしか言えない。そうじゃなくてさ、何かもっとこう、力になりたいんだけどなぁー……。
少なくとも、全部が全部さじょっちが悪いわけじゃないと思う。でも、難し過ぎてアタシじゃ首を突っ込めないかも……。
「───悪いのはアンタだけじゃないわよ」
さじょっちと2人して愛ちを見た。愛ちが額に手をやりながら悩ましげな目でさじょっちを見てる。他人事になんてさせないと言いたげに、頭の中を回転させながら言葉を絞り出してるように見えた。
「……へ?」
「その、何て言葉にしたら良いか分からないけど……聞く限りじゃそもそもその子が人並みにコミュニケーションできたらそんな事にはならなかったじゃない。アルバイト先輩として発破をかけたって事でしょう?」
「……まぁ。そう、だな……」
“まさか味方をしてくれるとは思わなかった”。そんな顔でさじょっちは返事してる。懺悔のように吐き捨ててソファーから落としかけていた体を直ぐに元に戻して、また居住まいを正した。意外そうな目はまだ変わらない。
「ちゃんと、理由があるじゃない……」
「……」
今度は愛ちが誤魔化すようにさじょっちから目を逸らした。顔からは悲壮感じゃなくて……少なくともアタシから見ると照れてる様に見える。え、ちょっと待って。
「愛ち。もしかして今の、励まし?」
「なっ……!?何でそういう事言うの!」
「言葉だけ取ったらただの客観的な意見だったよ」
“どっちがどのくらい悪いか”を言ったんじゃなくて、“悪いのは貴方だけじゃないから元気出して”って言ったんだね?わかりづらっ。顔見て初めて気付いたから。一瞬何で照れてるんだろって……気付くのに3秒くらいかかったよ。まさかこのタイミングで愛ちのツンデレ見るとは思わなかった……。
「……そっか」
「そ、そうよ」
さじょっちが惚れ直したって感じのうっとりした顔で愛ちを見てる。やだ、このタイミングでイチャイチャすんの?アタシが確認しなかったらたぶん気付いてなかったよね?感謝してよさじょっち、いやどちらかというと愛ち。っとにもう……。
ちょっとさじょっちが元気になった気がする。解りにくかったけど愛ちはちゃんと励ました。アタシも何か……う〜ん、でも結果的にさじょっちって女子に土下座させちゃってるんだよねぇ……それはまた別っていうか……。
あ、でもよく考えるとこれって“アルバイト”はあんまり関係無い気がするかも。部活に当てはめる事も出来そうだし。自分から入部したくせにレシーブ出来なくて弱音を上げられた的な?で、叱ってみたら土下座でしょ?
「……あれ?」
そう考えてみたら違和感。フツーなら逆ギレされるとか、不貞腐れるとか、気まずくなってとかで来なくなるよね?最悪そのまま辞めちゃうよね?
「え、なに」
「何でその子辞めなかったの?」
「え?」
「辞めた方が楽じゃん」
その方が幸せだと思うって、さっきの説明でさじょっちも言ってたし。逃げ道の先に居心地の良い場所まであったのに、その子は“辞めたくない”って言ったわけでしょ?何か理由があったんじゃないの?それも内気な子が土下座してでも辞めたくなかった理由が。
さじょっちを見ると困ったように頭に手をやってた。土下座された事に動揺して、その子に詳しい理由を聴いてなかったみたいだ。
「たぶんだけどさ……アタシもさじょっちみたいにその子とは気が合わないと思う。でもさ、そこ分かったら何となく納得できそうじゃない?」
「た、確かに……でもどうしたら」
「さじょっちが折れたら終わっちゃいそうだね……聴き出すしかないんじゃないかなー」
「うっ……」
あ、難題与えちゃった感じかな……。でも全く理解出来ないままその子の先輩続けるのってキツいと思うんだよね。今考えると中3の頃とかアタシ、後輩のプライベートにズカズカ入り込んでたな……。
「───じゃあ、使う」
「……え?」
「ほえ?」
ふと言った愛ち。でも何のこと?使うってなに?
「渉の“罰”……使う」
あれ、ちょっと、愛ち?




