女神の側で【5】
続きます。
「あれ、寝ちゃった?」
「ええ、寝たわね」
愛ちゃんを甘やかし続けて2時間半。さじょっちは遅れて来たからその半分くらいかも。最終的に愛ちの膝に収まってウトウトし始めた愛ちゃんは右手に持ってた食べかけのクッキーをポトリと落とした。……うん、それアタシが貰おう───はやっ!?愛ち回収はやっ!?
「た、食べてははしゃいでを繰り返してたからね……そうなるのも無理ないよ。アタシでも眠くなるリズムだと思う」
「ふふ、確かにそうね」
「すっごい幸せそうな顔してる……」
愛ちの膝の上で丸くなる愛ちゃん。流石にちょっと収まりきってはないけど、よくテレビとかの写真で見る胎内の赤ちゃんと同じ姿勢で寝付いてる。それを上手く抱いて優しい目を向ける愛ちは正に聖母……母性を感じるっていうか、実際今すぐお母さんになれるくらいの技量はあるんじゃないかな……。
「見なよさじょっち、素晴らしい光景だとは思わんかね」
「ん……?おお………」
「……さじょっち?」
これはもう昇天ものだろうとさじょっちに感想を振って見ると、どこか上の空な言葉が返って来た。愛ちと愛ちゃんの絵画のような光景に見惚れてるのかと思いきや、目の前のテーブルの上をボーッと眺めてたみたいだ。
「渉……もしかして疲れた……?」
「激しかったもんねー、愛ちゃんの突撃」
愛ちゃんのさじょっちに対するアグレッシブさは凄かった。もう“構え構え”と向かってくんだよね。ポイントは甘やかしてほしい感じじゃないってとこ。飛び掛かるのが当然になってたし、そりゃ疲れるよね。
「ああいや、疲れてるとかじゃなくて。俺も眠くなっちゃったっていうか?」
「無理しなくて良いわよ。その……ごめんなさい、愛莉が叩いたり」
「マッサージみたいなもんだったから気にしなくて良いって。超気持ち良かった」
「変な言い方しないでよ……」
「急に変態っぽくなったよさじょっち」
叩かれて気持ち良いっていうのはちょっとダメじゃない?これから愛ちゃんと接するさじょっちを見る目が変わっちゃいそうだから。女の子しか相手してないんだからもっと言葉選んでくんないかね〜。
「でも偉いよさじょっち。ちゃんと愛ちゃんを主役にしてたね」
「え?そりゃそうなんじゃねぇの?」
「や、まあそうなんだけどさ……」
さじょっちのさも当然のような言い方にちょっと寂しくなった。もっと愛ちの事を意識しちゃうもんかと思ったってニュアンスで言ったつもりだったけど、さじょっちは少しもそう取らなかったみたいだ。
てかさじょっち、日常会話的なのをほとんどしてなくない?よく考えたらアタシ、愛ちとアイスティー飲んで世間話しながら子供同士のじゃれつきを見てる主婦みたいな時間が多かった気がする。
あれ?よく考えたらこれってワザと?愛ちとたくさん話せて楽しかったし、お菓子もたくさん買って来てくれたし。愛ちちょっと体重気にしてたし。
「さじょっちさ、もうちょい気ぃ抜いたら?ぶっちゃけかなーり気ぃ遣ってない?」
「え……」
「え、何言ってんの?俺、愛莉ちゃんと遊んでただけなんだけど」
「やー、何か申し訳なくなって来てさ」
だってそれがホントなら愛ちを意識してたんじゃなくて、別の意味で愛ちも含めてアタシも愛ちゃんも意識してたって事じゃん?普段バカな事ばっか言ってるさじょっちが、好きな女子の家に上がってまだ“失敗”してないってとこに逆に違和感感じんだよねー。
こう……頭真っ白になって的外れな事言っちゃったりするもんじゃん普通?何でかな、と思ったら愛ちどころじゃなかったからなのかな?なんて思ったり。“いつも通り”を演じるあまり“いつも通り”じゃなくなってたっていうか?や、まぁちょっとキモいとこ有ったけどさ。
こういうのってあんま言うべきじゃないのかな……気付いてても言わない方が良かったかなぁ……当てちゃってたとしたらあんまり良い女じゃないねアタシ。
「……まぁ、なに?申し訳なく思うんなら、この前の“罰”とやらを無くしてくれたり───」
「それはそれ、これはこれ」
「悪魔め……」
「“愛ち”を怖がらせた罰だからねー」
「わ、私は別に……」
「ダメだよー、ちゃんとさじょっちに罰を与えないと」
そこは“愛ちのためだけ”に尽くしてくれないと。てゆーかさじょっちからしたら“ご褒美”なんじゃないの?愛ちのためなら苦にもならないでしょ。愛ちも、もっと遠慮なくさじょっちをこき使えば良いのに。あ、わかったあえて保留にしてさじょっちを焦らしてるとか?いやまさかね。
でも今日のさじょっちはなんか“良い”気がする。愛ちゃんにていていされるのが嬉しくても、ずっとされるのは正直アレだったと思うし……それでも愛ちゃんと遊び続けたとこはアタシ的にはもちっと褒められても良い気がする、なんて。もっと愛ちからの株上がっても良いと思う。
「さじょっち、ホントは眠いんじゃなくて色々ガマンして気疲れしてるでしょ?落ち着いたし、お菓子もあるんだから休憩しなよ」
「え……そうなの?私、全然……」
「いやいやそんなこと───」
「そんなこと有るでしょ〜?」
うへっ、睨まないでよさじょっち。顔に出やすい自分が悪いんだよぉーだ。てか初めて見たよその顔。
愛ちに対して緊張してても、それを本人に悟られるわけにはいかないからねぇ……それを押し殺して愛ちゃんと、オマケにアタシまで満足させようとしてるんなら、そんなの気疲れするに決まってんじゃん。
さじょっちならそのくらいやりかねない。最近ちょっと粋な事するからね。それに愛ちとさじょっちの微妙な感じを見て来たアタシまで丸め込めるわけないじゃんっての。
全部合ってないにしても良い線行ってるでしょ。だっていっつもエンジン全開なさじょっちがガス欠気味になってるって違和感あるもん。
「……女子会に男1人呼ばれる気持ちになって見ろっつの」
溜め息と一緒に疲労を吐き出すように項垂れてさじょっちが脱力する。取り繕った何かは顔から外れたのか、ちょっとクールっぽかった表情は鳴りを潜めた。
「あー!?可愛いJKの家に上がり込んでそれは贅沢なんじゃなーい?」
ホントにそうならマイナス評価だよさじょっち!部活の後に男子に会う女子の方も大変なんだからね!あ、でもちょっとミスったって顔してる……そーゆーとこは良いんだけどなぁ……もうちょっと本音で話してくんないかな?いつものさじょっちなら絶対理由そこじゃないでしょ?
「わ、私はそんなつもりじゃ……」
「あ、いや、うーん……大元はこれが原因じゃないから気にすんな。芦田に誘われる前からちょっとアレなとこあったから」
「ほえっ、そうなの?」
それは予想外。アタシ達全員に気を張ってるだけでも相当だと思うけど、まだ有ったんだ?意外。その線は考えてなかった。
「さじょっち、悩みとか無さそうなのにね」
「芦田に言われたかねぇよ」
むっ、失礼だなーさじょっちは。アタシにだって悩みはあるんだよ?まぁ、だからって男子に言えるようなのってあんまり無いけど……あ、勉強できないのはマジ悩み。特に現代文とか?愛ちとかさじょっちの気持ちは読み取れるんだからそんなの勉強しなくていいじゃん!
なんて思ってると、さじょっちもムッとした顔になってた。
「俺にだって悩みの一つや二つは有るっつの」
「例えば?」
「何が有ったの?」
「え」
意外や意外、愛ちも反応した。2人して訊き返されてさじょっちは面食らったように言葉を詰まらせてる。さじょっちめっちゃ余裕無くしてるんだけど、ウケる。
「い、いや?別にそんな2人に言うほどの事じゃないってゆーか?」
「わ、私達には言えないようなこと?」
「や、えっと……」
忙しなく揺れる目。そんなレベルの裏事情が有ったの?なんて思ってると愛ちがさらに踏み込むようにさじょっちに言葉で詰め寄った。良いよ愛ちその調子だよ!もっとさじょっちに興味が有りますって感じで攻めたら良いんだよ……!
……ん?あれ?
あ。や、ちょっと待って。この微妙な誤魔化し方ってもしかして、女子には言えないようなやつだったり……。
「───言ったらドン引きすると思うし……」
そうだよね!男子的なやつだこれ!アタシ達が訊いちゃいけないやつだよ!2人ってゆーか、アタシ達に話せる内容じゃないんじゃないかな!?ストップ愛ち!問い詰めるの無し!アタシとしても聴きたくない!
「いや〜、そんなに言いたくないなら───」
「わ、私達がアドバイスできるかもしれないわよ?」
ちょおおおお愛ちっ!?無理だから!アタシそんな知識無いっていうか………いや!うんッ……どうだろうッ!?てか相談されたところで何返せば良いの!?男子と大真面目にそういう系の話すんのとかどうなの!?
「……いや、やっぱりこれ俺の問題───」
「い、言ってよ!」
「ッ!?」
こ、これダメなやつだ!愛ちがここぞと言わんばかりに張り切ってる!てゆーかもう引けない感じの目になってるよ!あまりに大真面目なもんだからさじょっちもちょっと『そこまで真剣に聴いてくれるなら……』って顔になっちゃってるよ!いやいやゴメンけどそこは自分で───
「そ、そこまで言うなら……」
さじょっちぃぃぃっ!!?
落ち着こ!?こっち見てこっち!学力は置いといてこれでも2人より常識的な自信はあるから!ソレほんとに女子に話して良いやつかな!?これからさじょっちのこと色眼鏡で見ざるを得ない感じのやつなんじゃないの!?ヤだよアタシそんなのッ!
「その、相談なんだけどさ───」
軽蔑するよ!?良いんだね!?ここにはアタシと愛ちだけじゃなくて愛ちゃんも居るんだから!!てかアタシ聴かないから!耳塞いじゃうから後は愛ち任せたよ!どうなっても知らないかんね!
……………。
…………………ど、どんな悩み───
「バイト先で女の子を土下座させちゃったんだけど……」
「「何やってんの!!?」」
愛ちゃん起きちゃったよ。
「ふぇっ……!?」
 




