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女神の側で【4】

続きます。




「さぁ〜じょ〜!」


「愛莉ちゃんちょっと待って。汗拭くから」


「アタシが言うのもなんだけどいったん中に入ったら?冷房効いてるよ」


「良いの?夏川」


「えっ、そ、そうね」


 飛び付く愛ちゃんを止めて愛ちの家に上がるさじょっち。本日のコーディネートは紺色のボタンシャツにゆったりしたアンクルパンツという装い……あれ、結構ちゃんとした格好じゃない?アルバイトが原因かな、一日ヒマな人の格好じゃないよね。


「さじょっちオシャレしてきた?」


「俺はいつもオシャレだぜ」


「何言ってんだコイツ」


 ノールックで言われて思わず反射的に返してしまった。どういう頭してたらそんな切り返しできんのホント。ふっつーの表情だし、何も考えず言い返したよね。平常運転から速度が異常なんだろうね。


「さぁ〜じょ〜!」


「おお相変わらず元気だな愛莉ちゃん」


「へんなあたまじゃな〜い!」


「何で怒んだよ」


 汗を拭き終えたさじょっちに飛び込んだ愛ちゃん。前みたいに茶髪と黒髪が入り混じった頭じゃないのが逆に違和感みたい。さじょっちは困った顔で腰のところをグイグイ引っ張られながら、愛ちゃんのツインテールを(つま)んで広げた。


「変な頭ぁ」


「やー!」


 ブォン、と(かぶり)を振ってさじょっちの手を振りほどく愛ちゃん。あれれ、さじょっちそんな事しちゃう感じ?愛ちの妹だし、もう天使と接するくらいのソフトタッチというかキモさを発揮すると思ってたよ。


「むぅ〜っ……えいっ!」


「いたたた。愛ちゃんそんな事するとお菓子あげないよ」


「やぁ〜!」


 攻撃的な愛ちゃんと一枚上手なさじょっちの応酬。最終的に愛ちゃんがお菓子をもらえないのは嫌だと抱き付くかたちで終わった。冗談冗談と言ってさじょっちは愛ちゃんを撫でる。


 んん……?さじょっちちょっと疲れてる……?そんなに暑かったのかな?


 いつものさじょっちのパッパラパーな部分が少ない気がする。そう思って目を細めていると、愛ちが弾かれたように顔を上げてきょろきょろし始めた。そういえば何でか固まってたよね。


「ご、ごめん……ちょっと興奮してた」


「え、あ、いや……き、気にせんでよかよ?」


「何で博多弁なのよ……」


 前言撤回。さじょっちのこのキョドりっぷり……いつものだ。もう声が上擦ってんじゃん。


 いや判りやす過ぎでしょ、絶対愛ちの新しい一面見れて嬉しくなってんじゃん。アタシもだよこの野郎、愛ち可愛い、アタシの中の愛ちが補充されて行く。


「じゃあ、その……上がって?」


「お、おお……お邪魔しまーす」


「おじゃましまーすっ!」


「愛莉はうちの子!」


 さじょっちの声を真似する愛ちゃん。可愛らしいんだけど何が嫌なのか、愛ちがしっかりと訂正を入れる。確かに今のはまるで愛ちゃんがさじょっちの妹みたいだったね。愛ちにとっては重要らしい、さじょっちから愛ちゃんをペイッと剥がしてる。


 意外や意外、さじょっちは玄関を上がってから靴を揃えた。結構礼儀正しいんだね……学校じゃそういうとこ見ないからわかんなかったよ。


「芦田ぁ。袋あんがとな」


「うんー、たくさん買ったね〜」


「こんなに……結構したんじゃないの?」


「や、駄菓子なんて別にそんなだから。気にすんなよ」


「う、うん……」


 さじょっちをリビングに連れてく。「え?ここなの?」って顔で入って来たさじょっちは新鮮なのか周りをきょろきょろ見回した。さじょっちの登場が嬉しいのか、愛ちゃんは無意味にさじょっちのズボンを引っ張っている。


「……涼しい」


「最初の感想それ?」


「おかし!おかしたべたい!」


「もうっ、ちょっと待って愛莉」


 いつになくスタミナ削られ気味のさじょっちと、愛ちゃんと愛ち。アタシにとっちゃ凄い組み合わせだ。思ったよりさじょっちが緊張して無さげなのが意外?もっと動揺しまくりかと思ってた。どっちかってゆーと何かにずっとビクビクしてる気がする。オバケなんて居ないよー。


 愛ちはさじょっちのお土産を持って台所に向かった。愛ちゃんも楽しみなのか付いて行く。そしたらさじょっちが恐る恐ると言った様子で近付いて来た。


「あ、あのさ、芦田。この後もしかして親御さん登場……?」


「お父さんは仕事で、お母さんもお仕事だって」


「あら」


 露骨にホッとしない。あーなにそういうことね。


 さじょっちは脱力してから愛ちと愛ちゃんの方をニヨニヨと眺め始めた。なにこの男、砂漠で雨の恵みを受けたみたいな顔してんだけど。すっごい癒されるように見てる。愛ちへの神聖視が大マジすぎない?アタシもあんな風に映ってんのかな?


「さじょっち?アタシ達を見て何か言う事ないわけー?」


「? ああ……なるほど忘れてたわ」


「大事だよそういうとこー」


 オフの日に女子と会うんだ、目的が愛ちゃんとは言えそういうのは男子としてしっかりしてもらわないとね!一応アタシは男子と会うって想定で服選んでんだから!相手がさじょっちとはいえそういうとこ抜け目無いかんね!


 さじょっちは向き直ってアタシの格好を眺め始める。距離も距離だから足下からじっくりと───や、ちょ、ちょっとさじょっち?そんなじっくり見られるのはちょっと……何というかその、恥ずかしいっていうか?


「脚が超キレイだな」


「殴るよ?」


「蹴り出てるッ!?」


 変態。部位は無いよ。似合うか似合わないか、あと具体的にどの辺が可愛いかとかを言ってくれりゃ良いのに。てかヒラリと躱すとか何なのこの男。や、まぁ褒めてくれるに越したことは無いんだけど───


「いやいや芦田お前そんなショートパンツ……そんな脚を剥き出しにされたら服よりそっちに目が行くわ。見るなって方が無理あるって」


「生足キィック!」


「それパンチッ!?」


 バックステップで避けるさじょっち。しっかり頭守ってるの何なの?動きが洗練されてるように見えるのは何故?確かに身長活かしてショートパンツ履いてるけど言い方がさ。


「あ、でもそういう意味じゃ自分の特性活かせてんじゃん。ファッションセンス良いな、芦田」


「ぐぬぬぬッ……!」


 そういうんじゃなーい!!!


 誰が分析しろ言うた!?嬉しいけどせめてもうちょっと照れながらとかさ!さてはアタシに興味無いな!?生足だぞ生足!素直に蹴られたら(さわ)れるよ!顔面でね!


「どーんっ!!!」


「ぐふッ」


 突如、視界からさじょっちが消えた。えっ、と思って見ると、愛ちゃんに乗っかられたさじょっちがソファーに倒れていた。何が起こったか分からないのかさじょっちが目ををぱちぱちさせている。女子の変なとこ見るからそんな事になるんだよぉーだ!ざまぁみろさじょっち!


「ちょ、ちょっと……何やってるのよ」


「さじょっちとプロレス」


「何やってるの!!」


 愛ちが慌てて戻って来たから冗談を言ってみた。愛ち顔赤くなっちゃったよ。さては変な想像したね?ふふん!わざとだよ!


 そうこうしてるうちに愛ちゃんがさじょっちに乗っかったままポコポコとパンチを繰り出し始めた。どうやらヒーローごっこをするつもりで加勢しに来たっぽい。


「こら愛莉!お菓子あげないわよ!」


「良いよ良いよ夏川、遊びたいんだろうし」


「え、で、でも……」


「うりうりうりうり───」


「きゃははははははは!!!」


 愛ちの制止を逆に止めるさじょっち。どうやら愛ちゃんをとことん甘やかす気で居るみたい。あれ、そう考えるとあんなに愛ちゃんから“構ってちゃん”されるさじょっちが羨ましい気がする。愛ちも指くわえて見始めたんだけど。


 さじょっちは愛ちゃんに仕返しする。愛ちゃんが喜ぶ。くすぐり攻撃とか大人げなく感じてやんなかったけど、愛ちゃんがすっごい喜んでるから別に良いんだと思う。愛ちは何だかちょっとどうして良いかわからないって感じにそわそわしてるけど。


 ……ちょっと待って?アタシ愛ちに『愛ちゃんの元気を分けてもらいに来た』って言っちゃったよね?全然できてないんだけど!


「ちょ、ちょっと待ったぁ!」


「うおっ!?」


「!?」


 目を見開いてビックリするさじょっちと愛ちゃん。ふっふっふ。さじょっちだけに愛ちゃんの元気は渡さないぜ!次はアタシの番だ!


「愛ちゃん!アタシにもパンチ!」


「ふぇっ」


「何言ってんのお前」


 バッと手を広げ、いつでも愛ちゃんの元気を受け止める準備をする。さぁカモン!愛ちゃん!アタシにご褒美(タックル)をください!


「…………あれ?」


 さぁ甘えてどうぞ!と待ったものの、愛ちゃんはそのまま動かない。さじょっちのお腹に乗っかったまま、アタシと愛ちを見ておろおろしてる。あれ?アタシにも甘えて良いんだよ?


「おねえちゃんのおともだちだから……」


 泣きそうになった。


 やだ愛ちゃん良い子すぎない?さじょっちの『俺は……?』って顔が気にならないくらい感動した。愛ちゃん、アタシの元気は補充されたよ……今なら3徹くらい部活できそう。愛ちもすっごい嬉しそうっていうか(いと)おしそうな顔してるし。たぶんアタシより喜んでるよね。


「愛ちゃん!お菓子食べようよ!」


「! おかし!」


「ぐへっ」


 そんな愛ちゃんにはご褒美だ!


 愛ちがお菓子を盛り付けた大皿。子供には宝の山に見えるに違いない、さじょっちの腹から跳ねるようにテーブルの前に来た。てゆーか部活後のアタシにも魅力的というか……あ、甘いもの……。


「そ、その……大丈夫?渉」


「あー、大丈夫大丈夫」


「愛莉には後で言い聞かせるから───」


「良いって、こんなぶつかれんの俺か飯星さんしか居ないんだろ?」


「うん……うん?飯星さんは───」

 

 愛ちゃんが両手でクッキーをパクッと食べてホクホクする顔を見てると、ソファーの端っこで伸びたまんまのさじょっちと近寄った愛ちがイチャイチャする声が聴こえた。ちょっとちょっと?何か面白い展開になってんだけど!お姉ちゃんモードの愛ちとさじょっちってあんま見ないかも!


 さじょっち!汚名返上のチャンスだよ!


「ねーえさじょっち?愛ちに何か言う事は無いの〜?」


 さじょっちはまだ私服の愛ちに何も言ってない。紳士たるもの、女子には気の利いた言葉を欠かさないのが鉄則だよ!……ってあれ?そういえば今日の愛ち、そんなにオシャレに気合い入った格好じゃないかも!愛ちからしたらそんなに注目されたくなかったりして……。


「ふむ……」


「え、な、なによ……?」


 成る程、と呟いたさじょっちはそのまま愛ちを見上げる。急にさじょっちに注目された愛ちは戸惑うようにアタシに視線を飛ばす。ごめん愛ち、失敗したかもしれない。さじょっちの事だし、またデリカシーの無いこと言ったりするかもしれない。ちゃんと気の利いた事言わないとダメだかんね?



「────……(ゴクリ)」


「さじょっち」



 さじょっち。

 【生唾(なまつば)】───

 美味しそうなものや酸味のあるものを見たり想像したりしたとき、もしくは気分が悪かったり興奮・緊張したりしたときなどに、自然と出てくるつば。

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― 新着の感想 ―
[一言] 美味しそうなのみたらなりますよね…… _人人人_ >生唾!<  ̄Y^Y^Y ̄
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