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村人Aは考える

続きます。




 芦田のラリアットのような質問に藍沢が後ずさりながら困惑している。


「え、えー!?突然そんな事訊いちゃうかなー?」


「良いじゃん良いじゃん!どうせ今はさじょっちにお熱なんだしー?ね?」


「えー……?」


 空気が何処と無くピリッと張り詰めた。ビビったまま芦田の顔をよく見ると最近の藍沢のようにピクリとも変化のない笑顔になっている。これはまさか……女同士の闘いってやつが始まろうとしてんのか?いや何で?ホワイッ!?


「そ、それはぁ〜……やっぱりアタシに駄目なところがあった(アンチクショウが不甲斐なかった)から?」


 おっと俺の今時女子センサーが反応したぞ。悲劇のヒロインを演じる事で逆にそんな反省している自分を振った相手の方が悪いという流れを作り出すセリフだ。中々ずる賢い。今日も可愛いぞ藍沢。

 だけど、そんな俺にもわかるような事を芦田が気付かないなんて事あんのか?個人的に芦田の勘は鋭い方だと思ってんだけど。


「へぇ〜、何だか健気だね。そんな藍沢さんを振った元カレって最低だねー!」


「そ、そうだねー」


 いや思惑通りだろうけども……ド直球過ぎない?丁寧に仕上げた化粧にさらにファンデ上塗りするくらい下世話なんだけど。やっぱ女子って男の悪口言ってる時は生き生きとしてんのな……。


「でももうさじょっちが居るから大丈夫だね!そんな女の敵みたいな男さっさと捨ててさ、さじょっちと幸せになりなよ!」


「………」


「ちょ、ちょっと(けい)……」


流石に言い過ぎだと思ったのか、夏川が盛り上がってる芦田の肩を掴んで止めようとしてる。好き放題言われた藍沢は目を閉ざして肩を震わせながら俯いていた。自分の言葉が大げさに膨らんで後悔してんのかね……?

 よく解らんけどこれだけは解る。夏川は女神。俺は間違ってなかった、うん。



「───………ないで」


「えっ?」


「元カレの事、あんまり悪く言わないでくれるかな」


 キッ、と目を鋭くさせた藍沢は芦田の方を真っ直ぐ睨んでそう言った。珍しく語尾は伸びていないし、大真面目に言ってるんだってのがわかる。これが藍沢の本音か。

 一言だけ冷たく告げると、藍沢は足早に教室から出て行った。結局俺とはほとんど喋ってないし。ただ背中に胸押し付けに来ただけ。おい最高じゃねぇか……。



「追いかけなくて良いのー、さじょっちー」


「やだよ怖い」


「うわチキンだねー………でも当たりだよ、たぶんね」


「………」


 俺は藍沢が可愛いから好きだ。だけどそれは決して恋愛感情じゃないし、あんな可愛い子が俺と話してくれる事を精々ご褒美だと思ってるくらいだ。あの子のために俺が身を削ってでも何かをしようとは思わない。

 だけど、このまま今のようにトラブルに巻き込まれんのは迷惑だな……本当なら芦田もあんな喧嘩になりかねない真似をする必要は無かったと思うし。現実的に考えてこのまま静観を貫くのは頭の良い選択じゃなさそうだな。


 でも芦田のお陰で、少なくとも藍沢が有村先輩の事をまだ嫌ってないという事を知った。そうでなけりゃあのように先輩を擁護するような事は言わねぇだろ。よく分からんけど頑張ってくれた芦田には感謝しよう。


 多分もう、この状況を打開する事ができる。








 昼休み。藍沢は教室に来なかった。俺はそんな事は気に留めずに校舎裏の東屋の元に向かった。俺の願いが届いたのか、藍沢はそこで食事もせずに座っていた。やぁ!俺のために待っていてくれたんだね!……死ねよ俺。


「さっきはうちのスードラが悪かったな、藍沢」


「す、すーどら?」


 目を丸めた藍沢は心底不思議そうな顔で俺を見上げた。くっそ、可愛いな。よくもまぁ有村先輩は他の女に(うつつ)を抜かしたもんだ。まあ相手があの夏川愛華(・・・・)なら仕方ないな、特別に許してやらんことはない。もっとも藍沢がどうかは知らんけど。


 俺はいつも通り少し距離を開けた場所に座る。対して藍沢はいつものような元気の良さが無かった。落ち込んだ様子で黙ってそこに座っている。ついさっきまでは藍沢にこんなシリアスな一面があるなんて思ってもみなかった。


「……佐城くんは、さ。私と居るとき、あんまり夏川さんの(はなし)しないよね」


「女子と居るときは他の女子の話をしちゃいけないって教育されたから」


 弱々しく笑って藍沢は俺の冗談に付き合ってくれる。藍沢には疑いばっか持ってたけど、それなりに女神の片鱗をのぞかせている。いやもう、何でこんな健気っぽいの?出会って過去イチ可愛いんだけど。


「でも、好きなんだよね?夏川さんの事」


「やっぱりわかんの?」


「知らない人なんて居ないよ。いっつも一緒に居たじゃん」


「ぐはっ……」


 やめろ、その言葉は俺に効く。自分のポテンシャルを考えず身の程知らずの言動を繰り返していたという恥ずかしい過去。どうかそれについてはもう触れずにそっとしておいてください。今はいちファンとして崇めペンライト振り回しております。そーれっ、そーれっ。


「藍沢と元カレさんの事も、知らない奴なんて居ないと思うけどな」


「そっか……そうだよね」


 俺知らなかったけどな。どの口が言ってんだっていう。その時は夏川しか眼中になかったんだよマジで。俺の視界には一人の女しか映らねぇからなァ……これは鏡見ながら言ったら絶望するパターンですね。


 ……さて、状況を整理しよう。


 藍沢は有村先輩の事をまだ忘れる事ができてない。何ならまだ好きなんだきっと。それなのに別れを切り出したのは藍沢の方だという。んで、実際に有村先輩の口から聞いた、好きな人は〝一年の夏川〟という言葉。恐らくこれに一連の出来事は端を発した。


 藍沢と有村先輩はたいそう仲の良いカップルだった。だけどある日、男ならではの醜さが発動して有村先輩は夏川に一目惚れしてしまったんだ。仕方ない、可愛いし綺麗だし格好良いもの。


 それに気付いた藍沢は有村先輩と喧嘩し、本意じゃないのにも関わらず別れを切り出した。自分だけを見てくれないのが嫌だったんだろ。そして、有村先輩もまた自分の不甲斐なさを感じて藍沢の要求にあっさりと応えてしまった。それが最近の藍沢の行動に繋がる。まぁ予想でしかないけど。


 とにかく藍沢レナは、夏川愛華に対して恨みを持ったんだ。


 だからこそ藍沢は夏川の近くに居る俺に目を付けた。夏川愛華と佐城渉をカップルだと勘違いして、俺を略奪しようとしたんじゃないか。フツメンにしか見えない俺はさぞ奪い取りやすそうに見えただろ。はい、奪われそうでした。


 情報が確たるものじゃないまま曖昧なまま仕掛けた理由は俺が夏川に執心してたのと同じ理由だ。藍沢も有村先輩しか見えてなかったんだろう。


 佐城渉を奪ってしまえば夏川愛華は傷付き悲しむと思った。やがて藍沢は俺さえも捨ててしまい、二人の関係をバラバラにしてしまうまでが彼女の復讐劇。


「多分、佐城くんは私の事なんかどうでも良いよね……夏川さんが居るし」


「………」


 藍沢が見せる諦め。自分にも愛した人が居るからこそ、自分じゃ俺の心を変える事が出来ない。恋愛経験から俺の心を読んだつもりなんだろう。そこそこ揺れたけどな俺。


 じゃあ、俺はこの後どう彼女と接すれば良いのか。目を背けたいほど平凡な俺には些かハードルが高過ぎる。どうでも良くないなんて言ってしまえば二人の女子を気にかける優柔不断男になってしまう。何より何様のつもりなのだよ。なのだよって何だ。


 村人A(in 市内)の俺にできる事はなんだ。分からない。俺がして来た事はなんだ。夏川の追っかけ。何だそれ。


 誰かに()ける経験則も無ければ俺自身の考えとかも無い。そう、俺にはそんな特別なもんなんて無いんだ。こんな奴が全てを丸く収めるにはどうすれば良いか。俺の手元には限られた手札しかない。


「………」


 そうだ。藍沢もこの底無し沼(なつかわ)に引き摺り込もう。


底無し沼(かいしゃ)

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