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彼女の正体

続きます。




 俺の知る笹木さんはあまり興奮を見せず常にお淑やかなイメージだった。時々きゃっきゃとする雰囲気を見せて俺を悶々とさせてたけど、それはあくまで〝雰囲気〟であって無邪気な少女のように飛び跳ねてはしゃぐ様なタイプじゃないと思ってた。


 それがこの喜びよう……光栄過ぎて一生(つか)えたいレベル。年上と思ってたからこそ大人っぽいだの何だの軽口を叩けたんだけど、まさかそんなレベルの笹木さんが中学生だったなんて誰が思うかね……ふざけたこと言えねぇよやべぇよ……。


 グッと寄って来た笹木さん。何処と無く久しぶりに飼い主と再会したペットの犬を思わせる。座ったまま無防備で居たらそのうちペロッと舐められるんじゃないかという勢いだった。そうじゃなかったとしても横の二人を尻目にされるがままなのは何かマズい気がしたから、立ち上がって笹木さんを出迎える。


「え、えっと……驚きました、中学生だったんですね。具体的な年齢の事は聞かなかったんでもっと大人の方かと」


「もうっ、だから言ったじゃないですか。私はついこの間まで小さな子供だったって───いえ、佐城さん方に比べたらまだまだ子供なのかもしれませんけど……」


「いや、んな事ありませんよ。現に勘違いしてましたから。大人っぽ過ぎて全く中学生とは思わなかったです」


「ふふ……そうですか?」


 うっ……中学生なんだと思うと急に笹木さんが背伸びしてる少女に見えてきた。何ならその少女っぽい仕草にギャップを感じてたんだけど、何なら年相応だったって事か……うわぁ、一喜一憂してたよ俺。年上だし、どうせまだガキな男子高校生だって思われてるつもりだったからぺらぺらと口説くようなセリフ吐いてたんだけど。ヤバくね?


「この学校に来たという事は、笹木さんは此処を受験するんですか?」


「はい、鴻越(こうえつ)高校は街の治安も含めて評判の良い所ですから。父が推してる高校でもあるんです。それに……」


「それに?」


「───それに、佐城さんが良いところをいっぱい教えてくれましたから」


「……」


 なに俺今日死ぬの?


 俺が見本になったって事? マジかよ光太君の件以外で良い事なんてした憶えがねぇよ。古本売りつけたくらい? どのタイミングでそんな事教えたんだろ……まあ魅力に感じてくれたんなら有難い話だけどさ。


「うぅ……できれば佐城さんにご案内して頂きたかったです……」


「もう一通り回っちゃった感じですか」


「回っちゃった感じです……」


 時間は夕方になりかけ。過保護な笹木家はきっと門限も早いに違いない。流石にこれから校内を連れ回すなんて無理な話か。


「鴻越高校はどうでしたか?」


「はいっ。今日回って、改めて此処に入りたいと強く思いました。絶対合格してみせます……!」


「じゃあ笹木さんは俺の後輩になるわけですか……何だか実感が湧かなそうですね。低く見積もって同い年かもと思っていたので」


 ホントは低いどころか女子大生だと思ってたけどな。


「ええっ? そうだったんですか? それなら、今のうちに練習しとかないとですね」


「え、練習……?」


 俺の言葉に驚いた様子の笹木さんは意気込むようにグッと拳を握り、少し悪いことを思い付いたような顔で俺を見た。何故か良い予感しかしない、これ以上俺の運を削らないで……今年の残りどう過ごせば良いの? 車に轢かれたりしない?


「───これからも宜しくお願いしますね、佐城“先輩”」


「ふぐっ……」


 やばい泣きそう。


 “先輩”……か。新鮮な響きだ。中学時代は俺の事を先輩なんて呼んでくれる後輩が居なかったからな。ちょっと感動してしまった。世の中にはこんな素晴らしい呼び方があったんですね。慕ってくれる後輩ができたらマジで大事にしよう。頼りにされたら全力でそれに応えねば。


「はい、宜しくお願いします。笹木さん」


「うう、違いますよぉ先輩」


「えっ」


「『おう、これからも宜しくな。風香』、です!」


「…………恋愛小説読みました?」


「そぉなんですよぉ──あっ⁉ バ、バレました!」


 馬鹿言っちゃいけねぇぜ嬢ちゃん。


 後輩とはいえこのレベルの女子をいきなり名前で呼ぶのはレベルが(たけ)ぇんだぜ。夏川を名字呼びにしたのだって彼氏面どうこうの話だけじゃなくて“恐れ多い”ってのもあるんだ。笹木さんが共学に入ったらクラスの男子のほとんどを勘違いさせそうだな……。


「あの、それで佐城さ……先輩。そちらの方々は?」


「おっと、そうだった」


 俺も機を窺ってたけど、中々タイミングが無くて冷や汗びっしょりだった。今日俺汗かきすぎじゃね? 何でこんなときに限って女子たちと一緒に居んの? 大丈夫マジで臭わない?


 オーケー俺、自分を信じろ。ヘマをしたって良いじゃない、元々こんなに女子と接する方がおかしいんだっつの。そう軽い気持ち。もっと軽い気持ちで行こう。嫌われる事を恐れるな! 俺のキョドる姿なんて芦田と夏川は見慣れて───


「………ひぇ」


 チラッと夏川たちの方を見てビクンと肩が上下する。芦田は珍獣でも見てるかのような目で、夏川は何かちょっと気まずそうにしてチラチラとこっちを見ていた。どちらにせよ二人とも何か言いたそうだ。視線が針のように痛い。


「え、えと……二人はクラスメイトの───」


『あー!? あんな所に居たー!!!』


「……あ!」


 やりづらい雰囲気で二人を紹介しようとした瞬間、昇降口の方から聞こえた大きな声に遮られた。口を止めた瞬間、笹木さんが何かを思い出したように口元に手をやる。声のした方を見ると、美白浜女子中の制服を着た少女三人がこっちに走って来ていた。


 いややっぱ笹木さん大人っぽいわ。あの三人とかもういかにも女子中学生って感じだし。ザ・少女。普通あんな感じだよな。全然垢抜けてないのがよく伝わって来る。俺も大人になったということか……ふっ、ガキだった頃の自分が懐かしいぜ……。


「もー! 急に居なくなって捜したんだからね!」


「ご、ごめんなさい! 佐城さんの声が聴こえた気がしたから……!」


「え!? 佐城さんって、“あの”佐城さん!?」


 え、どの佐城さんですか?


 学校で俺について話してるって事? マジかよ急に恥ずかしくなって来た。ただ調子に乗ったキザな奴じゃん。ま、待てよ……? 俺もしかして陰で笑われてたんじゃ……? 嫌だぞそんなのマジで。2日くらい引きこもっちゃうからホントに。


「あの喋り下手な風香ちゃんに丁寧語教えた佐城さん!?」


「少女漫画の世界(こじ)らせた風香に現実を教えた佐城さん!?」


「ど天然な風香に常識教えたあの佐城さん!?」


 ───どちらの佐城さんですか?


 え、それ俺かな……確かに少し世間知らず感はあったけど極めてお淑やかな女性に見えてたけどな。終始丁寧な言葉遣いで口下手なイメージなんて無いし……確かに少女漫画の世界観が好きそうな感じではあるけど。


「ちち違うよ!私は拗らせてなんかないしど天然なんかじゃないもん!」


 あれぇ笹木さん……? 何か雰囲気全然違くないですか?


 これは……もしかして笹木さん、ワザと丁寧な口調で話してたってこと? いやまぁそうか、相手が高校生なら普通中学生は敬語使おうとするか。そもそも中学生って事がまだちょっと信じられない。今やっと現実感湧いてきたとこだわ。


 ……ひぇ、一斉にこっち見て来た。


「あ、あれ……茶髪だ」


「茶髪だよ美和ちゃん……」


「ホントだ茶髪だ……」


 茶髪だから何なの……って、え? 茶髪? この前黒に染めたんだけど……ちょっと色落ちしちゃった感じ? 日に当たって茶色に見えんのかな? 地毛は確かに茶色っ気あるけど……。


「あ、あの!」


「あ、はい」


「貴方が佐城さん───佐城先輩ですか!?」


「はい、そうですが……」


 笹木さんの流れで三人にも畏まってしまう。でもそれが功を奏したか、三人は茶髪に少し怯えた様子だったけど拍子抜けしたように顔を見合わせた。何気に先輩呼びがかなり嬉しかったりする。


「あれ……敬語だ」


「低姿勢だよ美和ちゃん……」


「茶髪なのに……」


 そこ重要かい? 茶髪に偏見持ち過ぎじゃないかね? 確かに中学生には縁の無い話かもしんないけどさ。実際俺も高校入るまで茶髪の奴全員不良だと思ってたわ。


「さささ三人ともっ……! 今日は日も暮れかけているしお(いとま)しませんか! 佐城さんもそう思いますよね!?」


「え? ん、まぁ……そうですね。あまり遅いと親御さんが心配するかもしれませんし。暗くなる前に帰った方が良いんじゃないですかね」


「ですよね! そうですよねっ! 佐城さんもこう言ってますし! 今日のところは失礼しよ三人とも!」


「えっ、えぇええっ!? ちょっ、ちょっと風香ちゃん!?」


「もう何よ〜!」


「あっ!? ちょ、ちょっと待ってよ三人とも!」


 凄く慌てた様子で三人の内の二人の背中を押して行く笹木さん。俺たちにぺこぺこと頭を下げながら校門の方へと遠ざかって行く。思ったより騒がしい時間だったのか、笹木さんたちが去ると辺りは急に静かになった。後ろを振り向けない。今世界で一番気まずい自信あるわマジで。


 右手が冷たい。(しずく)(したた)らせてビショビショになっているペットボトルが赤石の床に染みを作っている。喉が渇いてる訳でも無いのに、場をつなぐようにキャップを開ける音を強調させてアイスティーを喉に流し込んだ。


 こんな味しないことあるかね。

あるの。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 芦田さん終始黙ってますが、珍しいですね
[良い点] ヤバい面白くなってきた…。 風景まで頭に浮かぶ… 言葉が紡ぐ世界に彩りが増した!
[良い点] 怒涛の一日。人生の運、この日だけで上限と下限を振り切ってそうだな。
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