噂の彼女
続きます。
バイト初日のいざこざを始め笹木さんとの出会いをサラッと説明。それから笹木さんに癒される目眩く日常を事細かに語り、物腰の柔らかさと圧倒的な包容力をそれはそれは細かな比喩表現を混じえて説明する。そんなある日の夕時。
正直自分でも熱の入り方にドン引きする。
「嘘だよ。そんな人居ないから」
なんでぇ?
「いやちょっと待て。それは美人と出会ったのが俺だったから想像しにくかっただけだ。ここは一つ、俺をイケメン化させて考えてはくれないだろうか」
「困難」
「芦田ァ!」
お前ぇ! ちょっと頭ん中の俺を美化させる事くらいできんだろチクショウめ! 何で学力はそこそこなクセにこんな時だけしっかりした言葉使いやがんだ! お前に単語キャラは似合わねぇぞ!
「……その人と、どこか遊びに行ったの?」
「う、いや、そ、それは……いやほら、毎日が遊びみたいなもんだから」
「アルバイト中でしょ」
夏川氏、鋭い切り込み。ちくしょう、俺にとっての笹木さんを事細かく生々しく説明したってのに存在を証明できる思い出があんまり無い。目眩くなんて言った割りに熱い出来事はあんま無かったからなぁ。今度カラオケでも誘ってみようかな……あ、でも勉強の邪魔しちゃ悪いな。
「いやとにかくこうっ……スッゴい大人びた人なんだよ。今までに出会ったことの無いタイプの美人というか。もうほら……惚れ惚れしちゃうタイプの!」
「……」
「……」
……ハズしちゃった? 二人して黙っちゃったんだけどどうしましょうかしら。二人ともそんな納得行かなそうな顔する? そんなに笹木さんの存在が信じられねぇかな……俺の説明の仕方が悪いのか? 芦田とかアゴ突き出してメンチ切って来るし……もうお前ヤンキーじゃねぇか。おいコラ夏川の背中越しに中指立ててんじゃねぇぞ。ずるいぞ。
「……へんっ、そんな人が居るなら是非ともお会いしたいものだね!」
「いや、んな事言ったってお前らと会わす機会なんて……どっかに似た人───うちの学校に美人教師とか居たっけな」
「何考えてるの……」
「夏川とは美人の系統が違うんだよ」
「べ、別に美人なんかじゃないわよ……」
「おふ」
弱く俺の肩を押し出す夏川。え? 怒った? にしては優しい攻撃だったな。押し出すってかもはや俺にとっちゃ蠱惑的なボディータッチだったよね。思わず心の中でテンションぶち上がってる俺何なの?
「騙されちゃいけないよ愛ち! こんな事言ってるけどさじょっちは美人さんなら誰でも良いんだ!」
「おいなんて事言いやがる! 雰囲気可愛い系まで許せるわ!」
「あー! 本性出したよ愛ち! 火炙りの刑だ! 火炙りにかけないと!」
「重罰過ぎんだろ!」
芦田、隙あらば俺の株を下げようとして来やがる……前も言ったかもだけど人並みを自称する奴を人並み以下に扱うのは残酷なんだぞ! 人並みにクズだけど許せない部分だってあるんだよ! 良いじゃない、可愛い子が好きでも!
「俺の事はともかく! 笹木さんはマジで大和撫子だから。もうね、絶滅危惧種」
「信じない」
「何でやぁ!?」
「そんな人居るわけないでしょ! 目ぇ覚ましなよさじょっち! こっちが悲しくなって来たよ馬鹿じゃないの!」
「馬鹿じゃねぇ! 馬鹿って言った方が馬鹿だかんなっ───あ! ほら見ろよあのグラウンド側から上がって来た人! あの人なんかマジでそっくりだかんな! ほんと芦田とは比較にならない」
「美白浜女子中のコじゃん! 中学生の女の子指差して何言ってんのさ!」
あぁん!? 中学生だ!? この際年齢なんかどうでも良いんだよ! 笹木さんという存在を認めてもらうまではいかなる対価を支払ってでも納得させてみせるぞ! もう顔の造形まで細かく説明をだね……!
「ちょ、ちょっと……声が大き過ぎるんじゃ───」
『──……ょうさーん』
「え?」
「ん……?」
遠くから聞き覚えのある声が届いた気がした。笹木さんの事を考え過ぎたのか、まるでそれが本人そのものの声のように聴こえた。まさかとは思いつつ、周囲に目を彷徨わせてそれらしい姿を探す。でも、どんなに目をやっても最終的にはある方向に行き着いてしまった。
『───……じょうさーん』
「…………あの中学生の子、渉の事呼んでない?」
「えっ、いや、中学生の知り合いとか俺には居ないはず、なんだけど……」
「でもねぇさじょっち? こっちに来てるあのコ……すっごい大人っぽいと思わない?」
「そ、そうだネ……今時のJCマジぱねぇよな……」
あれれ……おっかしいなちょっと似すぎじゃない? 顔が似てんのかな? きっとあのタイプの顔は大人っぽいんだって笹木さんから刷り込まれちゃったんだな。そうだよそうに決まってる……! 今時の女子中学生って大人っぽいって言うもんな! 朝のニュースで特集やってたもん!
だからきっと、瓜二つのそっくりさんなんだよね!
『───佐城さ〜ん!』
「………」
「………」
「………」
笹木さん……?コスプレですか?
◆
「佐城さんっ、三年生の先輩方だけと聞いて、今日はもうお会いできないかと思いましたっ」
「………」
「……」
「……」
顎が外れそうになった。
口を閉ざせない。言葉が出てこない。それほど受け入れ難い事実が目の前に在った。薄桃色のラインの入った夏物のセーラー服に身を包んだ彼女は、座ってる俺の左側まで来ると、手を取って引き寄せ、中学生らしくきゃっきゃきゃっきゃと飛び跳ね始めた。その度に目線の少し上にあるものが激しく上下に揺れる。
もう、下心とか抜きに呆然とただそれを眺めてた。
「会えたっ、会えました!」
「あ、い、いや、あの………」
「わぁ、制服姿の佐城さんですっ。初めて見ましたっ」
「そ、そっすか……」
夢か? 夢だな? 夢だったんだな? そうだそうに違いない。どうりで今日は周囲が俺に優しいと思ったんだよ芦田を除いて。夢の中でまで俺に手厳しいこいつマジ何なの?真夜中に暇メッセージ鬼のように送ってやろうかこの女……。
「わたる……?」
「あひっ」
「変な声出さないでよ……」
夏川さん!? ここ学校のど真ん中よどういうおつもり!? 突然耳元で囁かれたら反応しちゃうじゃない! 我ながら気持ち悪い声が出たわ! そういうのは二人っきりの時にちょっと待って、多分それ俺耐えられねぇわ……。
「………もしかして、さっき言ってたのって」
「あ、あれぇ? 俺そんな事言ったっけ……?」
「……」
え、何そのムッとした顔……可愛い。
心なしか少し頬が膨らんでる。どことなく愛莉ちゃんの面影を思わせるような仕草だった。俺の脳内カメラがフラッシュを死ぬほど焚いている。現像しなきゃっ……!
「佐城さん……?」
「ハッ……!」
変態解放を発動しかけた瞬間、目の前の中学生に名前を呼ばれて我を取り戻す。危ねぇ……! もう少しでこの場の女子全員に痴態を晒すとこだった! ちょっと手遅れな気がするけど!
「あーえっとその笹木さん、奇遇ですね。まさかここでお会い出来ると思いませんでした……」
「私の憧れの高校ですから。佐城さんに会いたいと思ってたんです」
「ぐふぅ……そ、そうですかそうですか! そういえば訊いてませんでしたけど、笹木さんの学校はどちらで……?」
「……あ! そういえばまだ言ってませんでしたね!」
頼む……! コスプレ! もう自惚れでも良いから母性が働いて俺に会いたいあまりコスプレしてまでこの高校に乗り込んでしまったってのがベスト! お願いそうであって……! 願望! それこそ男の欲望!
「───美白浜女子中学校三年の笹木風香です。あれ? もしかしてちゃんと名乗ったのも初めてです……?」
最近のJCマジぱねぇ。
ぱねぇっすわマジで。




