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白魚が触れる

続きます。




「やーもー! びっくりしちゃったよ、いきなり飛び付いてくんだもん!」


「ご、ごめんなさい……つい」


「えへへっ! 気にしないで良いよあーいちっ!」


 夕方前の中庭。また日が傾いて、西と南の校舎を繋ぐ二階の通路が良い感じに日陰を生み出した。建物と建物の隙間を縫ってやって来た南風がそよ風に変わり、清涼感を持って優しく頬を撫でて来る。自販機からペットボトルのアイスティーを二つ、それからスポーツドリンクを買って、ベンチで桃色オーラを爆発させている夏川と芦田の元に向かう。こんなに近付き難いことあるかね?


「───ほい、召し上がれ」


「どうもー!」


「あ、ありがと……」


 夏川からそれはそれは熱い抱擁を受けたのがあまりに嬉しかったのか、芦田はニマニマしながら夏川の体に腕を回して撫でくりまわしている。ベンチに座ってる今ならまだ良いけど、さっきまでのはちょっとヤバかった。まだ中学生も居る場所で女子高生二人が体を擦り合わせるように抱き合うってやべぇから。


 場所が場所なら眺め続けてたけども……どう見ても教育に宜しくない光景だったからもう賢者になったつもりで佐城ストップをかけた。精神力が著しく低下、夏川の恥ずかしがってる顔で何とか持ち直す。


「芦田も久し振り。毎日部活してんの?」


「んーん、毎日部活って事は無いけど、バレー部は色んな大会があるからね! 忙しいのは確かかな!」


「そうか、なんか超元気だな」


「うん!」


 元気過ぎない? 今にもその辺を走り回りそうじゃん。相変わらず芦田は芦田というか……頭ん中の面倒くさいもんをいったん吹っ飛ばしてくれるよな。でもね、その夏川を撫でまくる手を止めてくれないと俺の(よこしま)な感情が止まってくれないの。


「三年だけが()りゃ良い日に、まさか一年の三人が集まるなんてな。そんな───うん?」


 小休止するように喋ってると、夏川が俺の制服の(たゆ)んだ部分を引いてきた。うん……その仕草好きですね……。ちょい、ちょいとされる度に俺の心臓止まりかけるんだけど。他意は無いとはいえあんまりそこかしらの男にやっちゃいけませんよ。いいね!?


「ねぇ……座らないの?」


「え」


 汗臭い男に対して女子二人のこの花園に飛び込めと申すか。ちょっとハードル高くないですか? 誘っておいて後で心の中で「やっべコイツ汗臭いんだけど」なんて思われたら凄い嫌なんだけど。え、芦田も汗臭いんじゃないかって? まあ? 俺は望むところですけど?


「ほら、ここ」


「お、おう」


 夏川がぎゅっと右側の芦田の方に詰め、芦田がデレデレした顔で喜んでベンチのスペースが空いた。いい加減羨ましくなって来た。いつまでもいちゃいちゃしやがってッ……どっちもそこ代われよッ……どっちも俺になっちゃうじゃない……。


「……」


「わ、わかったわかった」


 魅惑的な光景に思わず固まったままでいると、夏川が芦田に向けてた目をこっちに向けてじっと見て来た。俺の中にあるほんのわずかなジェントルフォースがゴリゴリと削られて行く。もう、良いかな……? ゴール決めちゃって良いかな……?


 それでも下心満載で向かうわけには行かず……「えいやっ」と気合を入れて夏川の左側に座った。ただの親切にしては念押し感が強い気がしたけど……夏川がそう言うのなら言う通りにするしかない。いやぁでも、これ自分から座る度胸は無かったな……やっぱ夏川(あなど)れねぇわ。一生信仰していく。バチカン市国に売り込むわ。


 右を見る──当然だよね、話す相手が右側にしか居ないんだもの。でもそこには夏川。圧倒的夏川。俺もう身動き取れねぇよどうすりゃ良いの。何でこんなタイミングに限ってそんな満足そうな顔すんだよ……もうどうにかなっちまいそうだよ……。


 ──い、いや落ち着け俺っ……そのために俺も自分の飲み物を買ったんだ。会話に困った時はコイツを挟んで頭を切り替える。さぁ今こそ蓋を開ける時───あれ、ちょっと固いな……。


「あ、お金……」


「……え? ああ良いよ良いよ、飲みもんくらい。三日後にバイト代出るから気にすんな──……お、開いた」


「え? アルバイト……?」


「ん? うん」


 百合百合しい空気を止めて、くりんとこっちに顔を向けた夏川は少し驚いたように目を見開いて問いかけて来た。夏川には中学の頃バイトしてたのを内緒にしてたからな。俺が働くなんて意外に感じると思う。何ならこの前お袋からも言われたわ。


「夏休みに入ってから始めたの?」


「うん」


「………私、そんなの知らない」


「え?」


 え、そりゃ知らないんじゃね? たぶん誰にも言ってないし。バイト先に冷やかしに来られるのは勘弁だからな。メッセージのグループじゃまず言うわけにはいかない。あと学校には(ダマ)だし、バイトが禁止かどうかなんて知らないけどなるべく知られない方が良い気がする。


「あたしとは個チャでは話したよね」


「あん? いつ?」


「てめーが火に油(そそ)いだ日だよ」


「あらやだっ」


 そんな事ありましたわね、全くっ……嫌な事件だったわっ。


 全体に詫び入れる約束させられてやっとまたグループに戻れたんだった……あの後の女子数人の言葉の強さときたらもう……うぅ、飯星さんが一瞬(いっしゅん)で敵に回ったのマジで怖かった……。


「何で始めたの……?」


「え? そりゃまぁ……うん………社会経験?」


 まさか遊ぶ金欲しさに始めたなんて正直に言えまい。この距離で冷たい目で見られたら俺死んじゃうから。ここは学生らしい無難な回答で逃れる事にしよう。これでどうですか、夏川先生。


「…………嘘ね」


 やだバレてる。死にそう。


「………」


「や、あの……」


 ジトッとした目で見てくる夏川。気まずさ六割、興奮四割。中々見ることの無い夏川の表情に俺のテンション爆上がり。あと八時間は見ていたい。でも真っ直ぐ目を合わされると弱い。こんなに夏川にまっすぐ見られた事が今までに有っただろうか。


「あ! そうださじょっち! 知り合った大学生のお姉さんってどんな人なのさ!」


「ドクターストップかかってるんでちょっと」


「さじょっち! 飲み物奢ってくれてありがとね! それで大学生のお姉さんってどんな人なの?」


 なに……はぐらかせないだと? これはRPGによく見られる無限ループというやつか……? もうこの罪から逃れることはできないって言うのかよ……!


 や、まあ別に隠す事でも何でもないんだけどさ。


「それって、渉がグループで言ってた……?」


「そうだよ! さじょっちがそんな人と知り合えるはずないじゃんねっ」


「え、でも、アルバイトって……」


「……あ!」


 おっと空気が変わってきたぞ?


 さすが名探偵夏川、慧眼。そう、大学生のお姉さんこと笹木(ささき)さんに出会ったのはある日のバイト帰り……てか出勤初日の帰りだった。あんな些細(ささい)ないざこざで知り合えるなんて思ってもみなかったけどな。


「……」


「……」


 ジトッと見てくる二人。女子二人にそんな目で見られると寧ろちょっと興奮する。もう吹っ切れた。そう、俺はシンプルに変態だったんだ。シンプルな変態って何だよ……。


「はっはっは。いやぁ、はっはっはうぐっ……」


 もうちょい誤魔化そうと曖昧な作り笑いをしてると、夏川が後頭部を掻く俺の右腕を掴んでグイッと引っ張って目を合わせて来た。予想だにしていなかった夏川との接触に怯んでしまう。


 や、ホントに夏川さん今日どうしたの? 接触多くない? 頭真っ白になっちゃうんだけど。これからもどうぞ宜しくお願いします。


「───どんな人なの?」


「ウッス」


 誤魔化せないっすわ。もうそんなことするほど体力残ってねぇし。まさか夏川にここまで意識を向けられる日が来るなんて思ってもみなかったぜ……でも夏川が望むならそれに応える事こそが俺の本望。そして思い知ると良い、大人の魅力の塊たる笹木さんの魅力というものを。


「始まりは、バイトの帰りだった───」


「あれ、何か始まったよ?」


「……」


それはまるで天が祝福してくれているような日だった………。 ※炎天下

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