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女神は予感する

続きます。




「皆さんの案内役を務めさせていただきます、佐々木貴明と申します。今日は宜しくお願いします」


「同じく、夏川愛華です。宜しくお願いします」


 昇降口前で中学校名が記載された看板を持って中学生たちを並ばせる。私にとっては誕生日が一年の差も無い子が多いだろう。そこの学校からは六人と少なめだけど、先輩風を吹かせて相手をするには大き過ぎる男の子も多く、少し圧倒された。


 私と佐々木君にとってはフリーアピールの時間なんだと思う。案内のルートは決められているため、ゆっくりと歩きながらこの学校の校風や各教室、設備の説明をしていく。中学校とは違って進化してるような点を強調しながら、少し誇張を混じえて案内を続けた。


「ねぇねぇ、夏川さんだっけ? どこ中だったの?」


「えっ」


 道中、ワックスで髪をつんつんに立たせた男の子が質問しながら近寄ってきた。先輩を相手にしているとは思えない態度に思わず怯んでしまった。


「はい、関係ない質問はやめようか」


「あア……?」


「えっと……」


 そうして迫る男の子に対して、佐々木くんが間に割って入ってくれる。噛み付くようなその態度に佐々木くんがムッとしているのが分かる。後ろの同じ中学生の子たちは何もする事が出来ずおろおろとしていた。


 いけない、少しでも先輩らしいところを見せないと。四ノ宮先輩ならどうするだろう、圭ならどうするだろう……渉ならどうするだろう。


 そんなことを考えていると、頭に浮かんだ面々が割と遠慮の無い顔ぶれである事に気付いた。


「君みたいな子はこの高校に要らないね」


「えっ」


「要らないって言ってるの。聴こえなかった?」


 店員さんとお客さんのように、こっちは大口を叩けないと思ってたんだろう。鴻越高校側からすれば、少しでも新入生の志望者を増やしたいところだから。


 それでもここは人気のある鴻越高校。盛った表現だけど、住宅街は近いし授業料は安く、そのうえ進学校だから大学受験にも使える学校だ。そう考えるとわざわざこんな風に学校案内なんかしなくても志望者は集まるんじゃないかと思えて来た。


 だから、こういう男の子に遠慮なんか要らないと思った。


「この男の子は別として……あなた達にはしっかり案内してあげるから。さ、付いて来て」


 態度が悪いからと言ってその中学校自体の評判が落ちるわけじゃないと強調し、案内を再開する。少し驚いた様子の佐々木くんの背中を押し、何事も無かったかのように足を進める。こういうのは狼狽えてしまった方が負けだ。怖いけど、佐々木くんも居る。今は頑張ろう。


毅然とした態度を装って後ろを窺うと、例の男の子は気まずそうに黙って後ろを付いて来ていた。


「……夏川、あんな風に言えるんだな」


「誰かさんにはいつもあんな感じだから」


「……」


 勢いで言ってしまった。誰とは言わなかったけどたぶん理解はしてくれるだろう。渉、一学期の最初から割と佐々木くんと話す仲だったと思うし。何より不本意だけど、私と渉のやり取りはちょっと名物らしいし。


 ……渉は、今何をやってるのかな。


「あの! この学校の制服可愛いですよね!」


「ええそうよね。それもあって私はここに入ったの」


 〝正しい〟雑談も交えながら足を進める。


 資料から読み込んだ学校の情報は私自身の興味を引くものもあって憶えやすかった。そのおかげか、まだ使った事のない教室などの説明もスラスラとできて、順調に進める事ができた。


「おおよそ学校は回ったな。みんなから何か質問はあるか?」


「はい──」


 私は半々だけど……佐々木くんは女の子からだけ質問されるからつい苦笑いしてしまう。格好良いから仕方がない。後輩の男の子たちも、もしかしたら訊きたいことがあるのかもしれない。中々口を開かないのは、佐々木くんの事がちょっと妬ましいからなのかな。


 幾つかの質問に答え続けて、いったん昼食。お弁当を持って来ている子もそうじゃない子も今日だけ貸切の食堂に案内して指定の席に座らせる。


「このあと十三時から体育館で映像での紹介があります。だから皆さんにはそれまでに食べてもらって移動してもらう事になるので、注意してください」


「俺たちからの案内はここまでなんだ。次のが終わったら部活見学するも良し。帰っても良しの自由行動になるから好きに回ると良いよ」


「はい! 分かりました!」


 私たちの役割はこれで終了。体験入学用の会議室に戻って昼食を取り、中学生に向けた映像紹介が始まってから四十五分後までに体育館に行けば良い。少しの時間の仕事だったけど、精神的にかなり疲れているように感じた。


「中学生の相手は難しいな」


「そうかな……佐々木くんはモテモテだったと思うけど」


「や、まぁ、うん……だから男子の連中がさ」


「あー……うんそうだね」


 案内役の男の子は先輩含めて格好良い人ばっかりだったし、自分を大きく見せたい盛りの中学生の男の子にとっては気後れするものだったかもしれない。でも、あんな態度を取られたらな……何も良い印象なんて残らない。


 会議室に戻ると十人近い先輩たちが戻っていた。私たちだけが早々と案内を済ませたわけじゃないと知り安心する。


 チラッと風紀委員が座っていた席を見るものの、戻って来た人は一人も居ないようだった。椅子は誰かに整理されたのか、部屋の端で何重にも積み重なっていた。もしかして、もう戻って来ないの……?


「それで夏川、俺たちは昼どこで食べようか?」


「え───」


 一緒に食べるの? なんて純粋な疑問が湧いたけど、この流れから考えるとそれが自然なのかもしれない。普通なら私も佐々木くんも一緒にお昼にしないと一人になってしまうから。そう考えると、その条件は何も私たちだけじゃないことに気付いた。渉は……戻って来るのかな。


 佐々木くんも私と同じくお弁当を持って来たみたいだ。包みを解いた途端、佐々木くんがちょっと気まずそうな顔になった。少し私に背を向けると、取り出した箸でお弁当に何かをしているようだった。


「いや、ちょっとメッセージがさ……」


「あ、そうだったんだ」


 少し混ぜられたご飯を見ると、薄桃色のそぼろの様なものが散りばめられていた。その上で、何やら文字のような形の細長い玉子焼きが崩されていた。これは……もしかして、元々は可愛らしい感じになっていたんじゃないだろうか。


「うーん、何かもったいない」


「は、恥ずかしいんだよ、頼むから察してくれ」


 照れ臭そうにする佐々木くんを新鮮に感じる。いつもクールに何でも卒無くこなすイメージがあったし、こうして動揺する姿を見るのは初めてかもしれない。きっと、家ではこんな感じなんだろうな……。


 私もお弁当を広げて食事をとる。こうして二人で食べるのは夏休みになってから何回かあったけど、佐々木くんはいつも新しい話を聞かせてくれる。たぶん私はあまり話せる方じゃないし、こうして向こうから話しかけてくれるのは本当にありがたいと思う。


 でも、無理はしなくて良いと思うんだけどな……時々だけど、必死に話を繋げてくれているように感じる。そんなに気を遣わなくても、私は気にしないんだけどな……。


「………」


 会議室の入り口を見る。ずっとここに居ても、渉や風紀委員が戻って来る気配は無い。もしかして別の場所で休憩しているのだろうか。


 結局、食事が終わっても渉は戻って来なかった。









 風紀委員の先輩の呼び掛けで私たちは体育館に移された。その中では来訪した中学生たちが学校ごとに列を作って座っている。誘導されて左側の前の方に進むと、その先に風紀委員の人たちが居ることに気付いた。


 ───あ、渉……。


 たった三人ほど前。そこに見覚えのある横顔があった。渉は前で流されている映像を見ながら、時々中学生たちの様子を窺っているようだった。あまり無表情な顔は見ないから少し新鮮に感じる。


 ……あれ?


 少し離れたところから渉を見ていて気付いた。風紀委員って、男の子が少ない……? 隣に居る大柄な先輩を除くと一人も見当たらない。よく見ると周囲を女の子たちに囲まれている。まさかとは思うけど、下心があって参加したんじゃないかと疑ってしまいそうになった。


 映像が終わると、渉のお姉さんが所属する生徒会から会長の結城(ゆうき)先輩が登壇して挨拶を始めた。瞬間、中学生たちの間にどよめきが走った。それも仕方ない、生徒会長の結城先輩は佐々木くん以上にキラキラしていたから。入学してから私も何度か見て来たけど、本当に現実に存在しているのか疑ってしまいそうなほどだった。渉のお姉さんはよくあんな人の隣に居られるなって思う。私だったら萎縮してしまいそうだ。


 続いて私が座る列の先頭から四ノ宮先輩が立ち上がって登壇。黒髪の長いポニーテールを揺らして堂々と上がると、結城先輩と話す内容が逆なんじゃないかと思うような格好良いセリフで場を圧倒し、最後に会場のみんなを包み込むような言葉を残して華麗に降壇して行った。


……か、格好良い……。


 気が付いたら両手を合わせて胸元で祈るような姿勢になっていた。ファンが多いのも納得が行く。圭がファンになるのもわかる気がする。本当に無意識だった。私もあんなふうに堂々とできたらと思う。圭ほどじゃないかもしれないけど、私の中にも強い憧れが生まれた。


 しばらく呆然としていたらしい。気が付くと、周囲に合わせて退場していく中学生たちを見守っていた。まだ胸の中で何かの余韻が残っている。どこかふわふわした気持ちになっていたものの、風紀委員の先輩の一人がパンッ、と手を叩いたことで現実感を取り戻した。


「はい! みんなはここで解散ね!」


「はーい」


 気が付けば私たちの役目は終わっていた。後片付けは風紀委員会がするらしい。手伝わなくて良いのかな、なんて思ったけど、私たちに声をかける人は誰も居なかった。人手が足りてるのなら、別に良いのかな。


「……えっと」


 渉は……居た。壇上にある大掛かりな機材を他の先輩たちと持ち上げている。力仕事の真っ最中だ、とても話しかけられる雰囲気じゃない。そんな大真面目に取り組む姿を見て、一瞬だけ格好良く見えた気がした。


「夏川、行こうぜ」


「え? う、うん……」


 ふと見ると、引率をしてた班からも親切心で片付けの手伝いを申し出る先輩がいた。それなら私も、と思ったところで佐々木くんから呼ばれる。大半の生徒が校舎の方に引き返して行く中で、一年生の私がひとり名乗りを上げる勇気は無かった。


「──ぁ……」


 最後に渉を視界に収めて、何とも言い難い気持ちが込み上げた。結局、久しぶりに会ったというのに一度も言葉を交わしていない。もしかして……これが最後?


 胸中に少しの寂しさを残したまま、体育館を後にした。


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