ゆるふわ系の思惑
続きます。
「ねっ、良い場所でしょ?」
「う、うん……そだね……」
人気が無さすぎませんか。
校舎裏の木々を抜けた先にある東屋。この高校にそんな場所があったなんて初めて知った。良い感じに日が当たってて心地好さそうだけど、男女二人きりで来るにはちょっとイケない場所なんじゃね?。これはけしからん。
「た、確かに良い場所だな。こ、木漏れ日とか……」
「でしょでしょ!いつも此処で食べてたんだー!」
誰も知らねぇよこんな場所。人気無さすぎて何してもバレないレベル。何でこの子は出会って間もない男子をこんな場所に連れて来れんの……?
いや落ち着け、これは罠だ。悪戯のために藍沢の友達とかがスマホ片手にその辺に潜んでんだろ!俺は判ってるんですからね!
「……」
「? どうしたのー?」
「あいや、何でもない」
周囲を見渡しつつ目を凝らすけどそんな感じはしない。何よりそんな目的があんなら俺の事を徹底的に調べてからそうするはずだし、それなら俺が未だクラスでまあまあ目立つ方の生徒だって事も知ってるはず。藍沢的に考えると敵に回すにはリスクが高い。
危険かもしんないのにこんな事する理由ねぇ……ああ、そう言えば。
「いつも此処で食べてたって?一人じゃないよな?」
「えーなぁに嫉妬?」
「何言ってんだよ」
まだ会って数時間。普通ならそんな感情なんて抱かないもんだけど、悲しい事に普通の男子ってたったそんだけで彼氏面しちゃったりすんだよなぁ……。でも藍沢の俺を見る目からは〝男子なんてそんなもんだろ〟感があるし、それさえ分かってりゃ術中に嵌る事は無ぇだろ。
「漫画の話、するんだろ?」
「ええー?突然過ぎるよぉー」
「いつどんな場所でも話せなきゃ本物の信者じゃねぇっ……!」
「な、なにおぅ……!だったら訊こうじゃないの!好きなキャラは!?」
「師匠の娘!」
「えぇ〜!?あの子ぶりっ子じゃん!やっぱり男子ってそういうコが───」
藍沢レナ。明るく元気でアホっぽく見えるけど、自分を可愛く見せるコツとか男子の好みをよく解ってるような気がする。そんだけ男子付き合いも多分広い方なんだろ。当然、藍沢が俺に何らかの興味があってこうして接触してきたなんて思ってない。だってこんなラブコメみたいな展開が大したきっかけもなく起こるはずは無ぇもん。
ここは校舎裏の奥にある東屋。周囲とわいわいするのを好む女子達が飯を食うような場所じゃない。本当に前までここを使ってたとすんなら、恐らく今と同様に男子生徒の誰かと過ごしてたんじゃないかと思う。だって相手が女友達なら藍沢切られてんじゃん。
藍沢がもし何らかの企みを持って俺をこの場に呼び寄せたんだとしたら、先ずは彼女の男関係から調べた方が良さそうだ。
とりあえず今はぶりっ子の陰の努力について理解してもらうとしよう。
「───ねぇ、明日もここで一緒に食べようよ!」
「つまりぶりっ子だからこそ───え?明日も!?」
「うん!明日も!」
こんな可愛い子と明日も飯食えんの?もうぶりっ子とかどうでも良いわ……いっその事このまま藍沢と親睦を深めてくのはどうかな……?もうね、騙されても全然許しちゃう。
◆
その日は何故か下校まで藍沢とする事になった。わざわざ教室まで来て大声で俺を呼んで来るんだ。お陰で周囲からは浮気だの何だのと揶揄われ、女子からは白い目を向けられてしまった。興味を無くされるのは良いけどマイナス評価で嫌われるのはダメージでかいな……。
間違いなく藍沢は俺の穏やかな学生生活に悪影響を及ぼし始めてる。これは早急に対処しないと……!うぅッ……可愛いのに勿体ない!
「………うぅむ」
「どしたのー?悩み事?」
とか悩んでる割に次の日も藍沢と同じ場所に来てたり。これは何かのご褒美ですかね?やっぱ神様は見てんだよな、俺の日頃の行いがどれだけ良いか───あ、あれ、夏川の尻追いかけてばっかじゃね?
ともかく、藍沢にまさか『アナタの事で悩んでるんですよ』なんて言えるわけがない。何とか誤魔化さなければ。
「いや藍沢さぁ……そんなおっきくなくね?」
「おっきく……?何のこ──ちょっとサイテー!どこ見て言ってんの⁉」
「形」
「見るなっ」
やっべ瞬発的に出た話題が野郎モロ出しの話題しか無かった。い、いや良いんだ!藍沢がそのつもりなら俺もそのつもりで行く。何かの目的のために俺に近付いて来んのなら俺もあえて踏み込むのみ!何ならセクハラ的な発言したって藍沢は何かしらの目的のために我慢するしかないんだ。そう、これは仕方のない事なんです……!
この人気の無い東屋で二人きりにってセクハラ発言されてもなお続ける愛想の良さ。藍沢の目が本気で俺をキモいと語ってんのは気付いてるから正直もう何かあるのは確信してる。本当に媚びを売るならもっとボディータッチとかですね……くっ!!
それでも、まだ藍沢の目的が見えない。
◆
そのまま藍沢との関係は数日続いた。何だかんだ俺も良い思いをしてる気がするからあえて静観させてもらってる。騙されても構わない女、恐るべし。
でもさすがに藍沢も性急過ぎたんかね……。ちょっとずつだけど俺の元に来る頻度が減ってる気がする。もしかすると藍沢の目的が果たされようとしてるのか……?もういっそ金払うからまた来てくんないかな……。
「───ね、ねぇ……ちょっと」
「ん……?」
現実感に襲われたあの日から藍沢が来ない日は食堂か中庭で飯を食ってる。だって夏川の隣気まずいんだもの……。
その日は普通に中庭のベンチで飯を食って教室に戻っていた。五限の準備をしてると、隣の席の夏川が珍しく俺に話しかけて来た。いやホントに珍しい、女神様、矮小なこの私めに何の用でございましょうか。
「あ、アンタ……毎日藍沢さんと食べてるの?」
「いや毎日ってほどじゃねぇけど……まぁ大体は」
「外で食べてるのよね?二人で外に出て行くところを見たって子が居て……」
「あー、そうだな。間違ってないぞ」
「っ……そ、そう」
正直に答えてみると、夏川は伏目がちに自分の膝に手を乗せた。何か俺に言いたい事でも有りそうだ。冷静に考えたらついこの間までアプローチしまくって来てた男が別の女に尻尾振ってるってかなりムカつくんじゃね?
……いや待てよ?夏川は美少女、つまり女子だ。女子である以上、俺のようなモブサイコ男子の三十八倍くらいの情報網を持っているはず(※偏見)。藍沢の事を探りたいならそれを利用した方が良いかもしんない。
「えと……なぁ夏川。前から藍沢の事は知ってたのか?」
「え…!?え、ええ知ってたわよ?それが何?」
「知りたいんだよ、藍沢の事を」
「ッ……話すわけないでしょこの馬鹿!女の子の尻追いかけるのも大概にしなさいよ!」
「あ、ちょっ……」
藍沢の事を尋ねた理由を答えたら怒られた。あ、これもしかして俺が藍沢の事を狙ってるって思われた……?うっそマジかよミスったわ、ファングッズ買うから許してくんねぇかな……。ガチで売ってたら鑑賞用、布教用、そして日常用の三つを───日常用って何?
自問自答してると、俺にヌッと近付く影を感じた。
「良い身分だねー、さじょっち」
「何の用だよ、芦田」
「さぁ?女の敵に挨拶?」
「女の敵って……」
夏川が腹立たしげに教室から出てくのを見てると、夏川の親友の芦田が含みがあるような顔で話しかけて来た。バレー部で身長が高いからか、座った状態の時に見下ろされると女子でも結構な迫力がある。
「さじょっちは愛ちの事が好きじゃなくなったの?」
「まぁな。何故ならそれは愛へと進化したからだ」
「けっこー真面目に訊いたつもりなんだけどな……よりにもよって藍沢さんだもんねぇ……」
「俺はいつだって真面目───ん?よりにもよって……?」
芦田の口から何やら気になる言葉が聞こえた。まるで藍沢の事を詳しく知っている様な口振りだ。何か暗い噂でもあるのだろうか。大丈夫だ……男子に話しにくい女子ならではの噂でも真顔で聞いてやる(嬉々)
「何かあったのか?」
「あったも何も、入学してからずーっと彼氏にくっ付いて廊下歩いてた子じゃん!知らない人なんて居ないくらいだよ!キーッ、妬ましい!」
「彼氏に……くっ付いて?入学してから……?」
「あ、なーにぃ?構ってくれる女の子の元カレに嫉妬してるんだぁー……噂じゃ中一の頃から付き合ってたらしいよー」
「え、そんな前から……?」
女子の情報網すげぇ!!超怖い!
だけどこれで藍沢レナの事が一つ分かった。少なくとも高校に入学してつい最近まで彼氏が居たんだ。中一から付き合っていたのが事実っつーならかなり入れ込んでたはず。直ぐに吹っ切れて俺の元に来たというのも考えにくい。これは……何となく藍沢の目的が見えて来たかもしんない。
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