良い後輩
続きます。
「学校紹介VTRを体育館で流すから、精密機器もあるね。他も備品諸々で、ちょっと女の子だと厳しいのがあるから、ホント助かるよ佐城君」
「んや、これも仕事ですから」
「うーん、申し訳ないけどありがたい」
未だ出会った事が無かった三年の先輩が指揮を執って流れを説明してくれる。この人は四ノ宮先輩が委員長になる前から居るから、まぁマトモだわな。歯痒そうかつ申し訳無さそうにしてくれるのがグッド。尊敬できるタイプの先輩だ。
当然と言えば当然だけど俺は一ノ瀬先輩とペア。主に大型の備品担当で精密機器系は台車を使って運搬。階段のような段差もあるからそこはどうしても男手じゃないとダメなようだ。これだけでもヤバいけど、俺居なかったら一ノ瀬先輩地獄を見てたんじゃねぇの?
「あの……ホントに一ノ瀬先輩しか男子居ないんすか」
「いや、本当は三年生にも二年にもあと一人ずつ居るんだけどね……どうしてもこの女子の空気に馴染めないようで」
やべぇスゲェ気持ち解る。俺も風紀委員だったらその先輩達みたいにサボってたかもしんない。正直この現状は仕方ないって思える。
困ったように笑う一ノ瀬先輩を見て俺の中で謎の闘志が奮い立たされると、運搬作業が開始される。何がつらいって、中学生達と廊下ですれ違う可能性があるから制服姿を崩せない事だ。普段なら暑いって理由で黒Tシャツになって作業するらしく、先輩も結構つらそうにしている。
他の先輩達がどんな理由で風紀委員会に入ったのかは知らないけど、女子にそんな苦悶の表情をされると男としては余計にブーストがかかるのは本能的な何かか。何かの見返りがあるわけじゃないなんて解ってるけど、俺がやんなきゃって使命感が湧いちゃうんだよね。男って単純だわ。
「───あ、持ちますそれ」
「え? ありがとう」
バイトで鍛えた、なんてテキトーに言ったつもりだったけど、古本整理で割と本当に鍛えられていたっぽい。日に日に抱えられる冊数も増えてたし、男ってやっぱ筋肉付きやすいんだな。元々、前まで夏川絡みで自分磨きしてる部分あったし、それが功を奏した部分の方が大きいか。
「───あ、先輩そこ段差っす」
「わかったっ、ちょっと持ち上げるよ!」
「ほい。せぇ、のっ───」
雑務はやっぱ楽だ。事務系の書類整理とかデータ纏めるとかもバイト経験で鍛えられたけど、雑務はあんま頭使わなくて良いんだよな。初から力使うって分かってるとそのままのモチベーションで臨めるし、想定外の負担も少ないから精神的にも楽なんだよ。力使うのに給料が安い仕事って絶対そういう部分あるよな。
「───ちょっとそこの一年男子ー?これも頼むわ」
「うぃーす」
体育館と北棟二階を往復。息切れするし汗も出るけど想定の範囲内。一ノ瀬先輩は普段から鍛えてるのか体形の割に汗が少ない。先輩とはいえいかにも文化系の人に余裕を見せつけられるとこっちも意地が湧くな。
「───あ、これもおねがーい」
「あい」
一心不乱って言い方が正しいかわかんないけど、ひたすら腕と腰の筋肉を使ってたら作業が終わってた。もちろん一番汗をかいてんのは俺と一ノ瀬先輩だった。今からこれを拭いて着替えもせずに疲れを隠して中学生の前に出ろっていうのは中々の苦行だ。ちょっとズルします。
休憩をもらったからそのまま購買へ直行。準備してなかったタオルと防臭のボディーシートを買って外の水場の陰でこっそりワイシャツを脱ぎ、頭から水を被る。タオルで髪を拭いて黒の肌着にボディーシートを滑り込ませ、身体中から出来るだけ汗の匂いを取った。シャワーを浴びてサッと着替えた方が絶対早いんだけど、部活動生しか使えないからなぁ……。
体育館に戻ると運搬班は設備班に転換。俺はもはや役立たずだからテレビ局のADのごとくマジックペンとガムテを持ってうろうろしたりドライバーやハサミを届けたりの雑用に徹する。ヤバい、下っ端の才能ありすぎて泣けてきた。
作業終了後撤収。運搬・設備班は役目を終えて風紀委員の拠点でぐだりと過ごす。委員会顧問の先生が扇風機があるというので一ノ瀬先輩と持ってくるのを手伝った。五台あるらしいから後輩らしく三台を担当。あの重々しい機材に比べたら三台の扇風機なんか羽根みたいなもんだわな。
ついでに風邪の一件で少し話せるようになった保健医から氷の入った氷嚢を拝借。ビニール袋を引提げて風紀委員の拠点まで運んで今度こそ俺の手伝いは完了。
氷嚢をバラまくと先輩達はタオルにくるんで首元へ……ほう、良いよその仕草……うん、色っぽい。写真撮りたい。扇風機に煽られておへそが……え? ちょ、うそ、肌着着てないの? マジで? 風紀委員ヤバくね?
邪念を払って余った扇風機に一ノ瀬先輩と一緒に当たる───当たる?いや無理だわ、クマさんだもんこの人。タオルしか持ってないようなので俺は離れてどこからか漂ってくる余り風で凌ぐ。ボディーシートでスースーするからこれだけでも十分気持ち良いな。
「あ、ねぇ一年。佐城だっけ?」
「え、はい」
「お疲れ。助かったよ、良い後輩だね」
二人連れの先輩の片方から半分に割れるタイプのアイスバーをパキッと手渡される。ちょっと……カップルみたいなんで照れるんですけど。次も俺を呼んでくれます? 超働きますけど?
アホみたいな事考えてる俺を尻目に先輩達はケラケラ笑いながら通りすがって行った。どうやら俺に対する褒め方がツボったらしい。「良い後輩ってなにー?」だって。俺もどの辺が“良い後輩”だったのか具体的な内容を知りたいもんだ。
疲れもあってテキトーに床に座ってると、運搬班を指揮してくれた先輩がやって来た。えっと……?一ノ瀬先輩じゃなくて俺?
「今日はありがとね、佐城君。一ノ瀬君もだけど」
「いやそんな。こちらこそどうもです」
「いやさ、うちの女の子、ちょっと真面目じゃない部分あるから不快な思いさせてないかなって。メンドくさがって佐城君に押し付けてた部分有ったから」
「え?」
俺が? 押し付けられてた……? そんなん有ったっけ? 当然のように持ち上げては体育館との往復繰り返してたから全然気付かなかったわ。ホント、無心で作業進めてたからわかんなかった。寧ろ知りたくなかったな……。
「佐城君があんまりにも素直に受けてくれるからさ、うちのコ達も気が引けちゃったのか反省してたよ。“良い男の子だね”って、みんな話してたよ」
「え、まぁその、力になれてたんなら良かったっす」
胸中で復讐心が湧いた瞬間にお褒めの言葉。あまり無い展開につい体がむず痒くなってしまう。中々こんなに褒められる事もねぇよ。でもなぁ……“良い男の子”かぁ。欠片も意識されてないとちょっと物悲しいな……。
「凛が連れて来た助っ人で、しかも佐城さんの弟だったから依怙贔屓でもしてるのかなって思ったけど、私の先入観だったかな。これ良かったら飲んで、お礼」
「え」
ポン、と俺の手に栄養ゼリーが乗せられる。まさかの立て続けのご褒美にもうペコペコするしかない。なに今日どうしたの俺? 星座占い一位だったの? かつて無いほど評価が良いんだけど。まさか……これがモテ期か? モテ期なのか?
「あ、一ノ瀬君。あのさ……今日終わったら、一ノ瀬君の家、行っても良いかな……?」
おっとこれは急展開ですね。
風紀。




