体験入学
続きます。
8月6日がどうして出校日になっているのか。その理由を説明するには戦時中まで話を遡らなければならないけど、鴻越高校にとっちゃ学校を面倒に思ってる三年生を登校させる都合の良い口実でしかないらしい。ま、高校自体別に義務教育じゃねぇもんな。
「その、久し振りだな……佐城」
「どうもです。なにクソ気まずそうにしてんすか、先輩ん家での事なんかもう気にしてませんよ」
「な、なに……!?という事は風紀委員に入るという事で良いんだな!?」
「違うんだなそれが」
油断も隙もありゃしない。
久し振りに登校すると校門前で四ノ宮先輩が出迎えてくれていた。どうやら一部の3年生は授業をよそに体験入学の準備に時間を費やすらしい。イベント事になると色々あんのな。
何か居心地悪そうに話しかけられたけど……ぶっちゃけあの道場での出来事なんて寝て起きたらほとんどどうでも良くなってた。人間そんなもんだ、バイト前に味噌汁啜ってる時なんか自分の名前すら忘れてんぞ俺は。でも気にしてた割には切り替え早過ぎませんかね……クリスマスの翌日の繁華街かよ。
「姉貴から聞きました、俺の機嫌うかがうほど繊細とは思いませんでしたよ。俺がそれほどの奴に見えますかね」
「そうか? 君の不興を買って楓やゆゆに嫌われる未来まで見えたが……」
「そりゃあ機嫌うかがいますわな」
言葉でジャブを飛ばすと何とも正直な私情を打ち明けてくれた。俺の存在の程度はともかく、先輩ロリっ子の稲富先輩に嫌われる未来まで見えたんなら四ノ宮先輩が繊細になった理由も納得できる。あの人のこと大好きだからなぁ……。
「ま、力仕事に精神道うんたらは関係無いと思うんで。未熟者でも役に立つでしょ?」
「や、やっぱり根に持ってるじゃないか!」
「根に持ってないからこんな冗談言えるんすよ」
ああわかった。さてはこの人、自分自身が真っ直ぐな分、斜に構えた奴には弱いな? 初対面の時の相談と言い、どうにも不器用な面が感じられる。そんな先輩がどうやってケバケバしい時代の姉貴を懐柔したのかは知らないけど、とりまサクッと仕事に移るとしますかね。
「朝は空きの会議室で打ち合わせしてからでしたよね。出迎えあざす。行きましょうか」
「あ、ああ……やけに精力的なんだな」
「適度に使われるくらいが性に合ってるんすよ。将来は残業代で稼ぐタイプです」
性に合ってるってか、俺の人間レベルがその程度だと思うんだよね。上の兄弟に半ば押し付けられる形で働かされるような末っ子の顔してんだろ。そりゃそれなりにそう育てられて来たかんな。
「それは適度とは言わないぞ……まあ良い、来てくれ」
「ほい」
正直に言えば俺も気まずいはずだった。だけど何だろうな、久し振りに会って顔を合わせるともなれば色々と心の整理がつけられるってもんだ。
拍子抜けした顔の四ノ宮先輩にテキトーな笑みを返すと、呆れた感じの苦笑いが返って来た。
何故かイケメンを呪うスキルが発動した。
◆
風紀委員会の活動拠点は北棟二階にある教室に割り当てられていた。廊下を歩いてると他の幾つかの教室も誰かが活動してる事が分かった。聞けば既に動いている文化祭実行委員、その隣に今回の体験入学のために開放された会議室、その奥に本来の風紀委員会の拠点と続いているとの事だった。
どうして風紀委員と別枠を作る必要があったのか、要は必要備品や機材が置かれてたり、二班に分かれて活動する際に同時に会議が行えるようにするためだと言う。今更だけど、風紀委員って思ったより委員数多いのね。
「久し振りっ! 佐城くん!」
「どもっす、お二人さん」
顔見知りという事もあって、風紀委員会の教室で稲富先輩とその保護者的な存在──三田先輩と合流。思わず抱き上げたいくらい元気な稲富先輩に対し、三田先輩はクールに腕を組んで俺を見ていた。思わずその腕に乗っかるものに目が行きそうになる。そして夏休み前に食堂でヘッドロックを食らった時のことを思い出した。おかしいな? 三田先輩を見ると何故か側頭部に手が行っちゃうぞ?
その足で会議室の方に向かう。
「お二人は中学生の引率ですか」
「私とゆゆでワンセットよ。この子を一人にしたら何をされるか……」
「ああ、成る程」
「な、納得しないでくださぁいっ……」
ついこないだ笹木さんと初めて出会った日に中学生のヤンチャを見たばっかだからな。そんな集団にマスコットみたいな稲富先輩を放り出したらどうなるかなんて簡単に予想できてしまう。中学生があっち行ってこっち行って集団行動を乱すのが目に見えるわ。
人には向き不向きがあるんで仕方ないっすよ先輩。だからそんな頬膨らませてもっと俺を可愛くポコポコ叩いてください──間違えたポコポコ叩かないでください。ダメだ、こうも可愛いとつい欲しがってしまう。
「他にも引率役は文化祭実行委員会や一般生徒からも募っている。確か君のクラスからも居たと思うが……」
「え?」
扉が半開きだったから言葉通りに中を覗く。会議室には長机が大きくコの字型に並べられていた。それぞれの席に着いている生徒達を見て、俺の喉奥からヒュッと息が飛び出した。
「綺麗どころしか居ねぇ……心臓に悪いんで帰って良いですか」
「まぁそう僻むな。あそこの席に座ってるのは前に君を看病してた女子生徒じゃなかったか?」
「え」
四ノ宮先輩が目線で指す先、説明と一緒にそこを見ると、国が傾くんじゃねぇかと思うくらいの美女が居た。言うまでもなく夏川だった。今日も美しい……少し日焼けしたか?週2で登校してるっぽいからな。
そんな夏川は、隣に居るイケメン男子生徒と仲良さげに話していた。
「……!」
佐々木だ。あいつも容姿が整ってる上に優等生っぽい扱いだからな、体験入学の引率役に抜擢されるのも理解できる。俺の淡い感情が納得してないけどな。まぁ、どうにでも抑えつけられる。
ああそうか、佐々木が俺に宣戦布告めいたものをした日からもう半月近く経つのか……。
夏休み中、文化祭実行委員の活動は週二回開かれる。既に五回ほど行われていて、その中で佐々木は夏川とチームワークだけじゃなく親交も深めたんだろうな。少なくとも佐々木の方には積極的な理由があるから間違いねぇだろ。
「……邪魔しちゃ悪いし、別に話しかけるほどじゃ」
「ん? そうか」
「はい」
「んじゃ、空いてる席に座ってくれ」
ですよね。
運搬役とはいえ今日の体験入学というイベントに携わる。同じ打ち合わせに参加するに決まってるか。四ノ宮先輩は当然、俺もこの中に混ざる必要があるとの事。はぁ、マジかよ……。
半ば四ノ宮先輩に押される形で入室し、教卓側を通って風紀委員サイドの空いた席に付く。風紀委員男子の大柄な先輩に「え、誰?」的な目を向けられたけど、今は気にしない事にした。
や、気になりますね。強烈な視線感じますわ。どこからかなんて言うまでもないかもだけど。
………おっす。
驚いた顔でこっちを見る夏川と、真顔で俺を値踏みするように見る佐々木に視線と首肯で挨拶。正直バレたくなかったけどこれは仕方ない。まぁ佐々木についてはどっかで〝別に邪魔しねぇよ〟って意思が伝わりゃ大丈夫だろ。てめっ、ちょっと睨んでんじゃねぇよ。
「───全員揃ったか? それじゃ、事前の打ち合わせを始めようか」
◆
通常、風紀委員はクソ面倒くさい委員会らしい。それなのに今代は四ノ宮先輩という宝塚的な意味で王子様な存在がいるお陰で、参加希望の女子生徒が殺到したという。そもそも男女それぞれで定員分けろって話なんだけど。
中でも厄介なのが、定員漏れした女子生徒が風紀委員の男子生徒に自分と代わるよう申し入れる例が多かった事だ。この高校では風紀委員に所属するのは女子高生としてのステータスになってるらしい。
昨年、四ノ宮先輩が風紀委員長という肩書きを掲げ、殺到する女子生徒の対策もままならないまま女子ばかりを取り込んでしまい男手が不足するという事態が生じた。それが目下、この委員会が抱えている問題らしい。
というわけで運搬担当の俺、同じ班のメンツに目を剥いたよね。
「えっと、四ノ宮委員長の助っ人なんだっけ? 宜しくねぇ」
「あ、宜しくっす」
風紀委員会の黒一点、大柄で膨よかな三年生こと一ノ瀬先輩。……一ノ瀬? 隣の席の文学少女さんと同じ名字だけど偶然かね。体形違いすぎて面影なんかカスリもしてねぇ……。そもそも一ノ瀬さん前髪長くてあんま顔見えないし。
こっちの一ノ瀬先輩は和やかな雰囲気のクマさんみたいな感じだ。にっこりとした表情はデフォルトっぽいし、女子生徒の集団に放り込まれてもマスコットとして成り立ちそうな感じがする。なんか、逆に頼りになるなぁ。
黒一点と言ったのは言葉通り、風紀委員の男子生徒がこの一ノ瀬先輩しか居ないからだ。だから運搬担当もほとんどが女子生徒で構成されてる。どう見ても骨が折れそうな作業だよねこれ……。
「佐城君だっけ?男手少ないし、期待してるよー」
「宜しくねー」
「あ、はい。宜しくっす」
女子の先輩方が物珍しそうに俺を見て肩をポンポン叩いて行く。何これ、独自の文化?一ノ瀬先輩もしかして普段からこんなボディータッチされてんの? ちょっと羨ましいんですけど忙しくない時だけ代わってくれます?
ポン、ポン。




