表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/210

姉の思惑

続きます。




 コンビニのアイスカフェラテ。ミルクと混ざり合う黒褐色の珈琲が醸し出すグラデーションに、昨今じゃ暑さに渇く人々とインスタグラマーが歓喜の悲鳴を上げているなか、俺はそれを自宅で再現できないか試してみた。スマホでネットを見ながらグラスを用意。キンキンに冷えた氷を用意して呪文を唱える。


「出でよアイスメテオ」


 超真顔で放った氷がカランカランと音を立てる。中心にGaeBolg(ストロー)を突き立て、そこにこの世の始まりの如き真白(ましろ)なミルクをトゥクトゥクトゥクと注ぎ込み、上からそっと熱々のコーヒーを落とす。


 ───完璧。グラデーションどころの騒ぎじゃない。珈琲と牛乳の重みの差が水と油のように分け目を生み出す。もはやカフェラテじゃなくてただのミルクとコーヒー。お前ら……いつの間に太陽と月みたいな関係になったんだ。


「結合せよ」


 チョロっと浮かんでる氷を回して若干かき混ぜる。ここまでやってやっとコンビニのアイスカフェラテの再現に成功する。テンション上がる、夏休みやってる感が凄い。記念に一枚スマホでパシャっとやると、チープなプラスチック製のマドラーで全てを台無しにするようにかき混ぜた。


 そして、スッと俺の目の前を通る手。


「あんがと」


「姉御、勘弁してくだせぇ」


「早く作って」


「御意に」


 一度作ってしまえばお手のもん、同じ工程を繰り返してアイスメテオしてGaeBolg(ストロー)ぶっ刺してCombined! ふと横を見ると氷より冷たい視線が俺をヘッドショットしていた。


「へいお待ち」


「ん」


 当然のように従ったのは決して俺が姉貴に屈服してるからじゃない。反射──そう反射だ。目の前に何かが迫って来たらつい目を瞑ってしまうように、姉貴が顎をくいっと突き出せば俺の体は勝手に動いているのだ。あらやだ……魂に刻み付けられてるじゃない……。


「今日はのんびりなんだな。いつもは学校か塾行ってる癖に」


「何? アタシが家にいたらダメなわけ?」


「おい足。足が発射5秒前だから」


 恐ろしい姉だ。相変わらず家に居るとすげぇ格好だな、虫取り少年なの? てか下履いてんのそれ。まさかこの年になって恥ずかしくないなんてことねぇよな……?


 このまま虫取り網を持たせたらどんなブチ切れ方するんだろう、そんなことを考えてると、姉貴が俺製アイスカフェラテをストローでガチャガチャかき混ぜながら感情の無い目で見てきた。


「んな見んなよ……照れんだろ?」


「アンタ明後日(あさって)学校来て風紀委員手伝ってくんない?」


「あの……もうちょっと話を───え? 風紀委員?」


 何で風紀委員? 姉貴は生徒会だよな? もしかして生徒会だけじゃなくて風紀委員も裏から牛耳ってた? てか、そもそも何で学校?


「あさって? 何で学校行かなきゃなんねぇんだよ」


「8月6日。3年の連中だけ出校日で、ついでに来年の新入生に授業風景見せつけんだと」


「ンなのあったの……それで? 何で風紀委員の話になんの?」


 風紀委員長様とは絶賛気まずさ100パーセントなんだけど。もう頑張りたくないし俺の持てる輝き手放しまくりたい。風紀委員の件とか断りたてなんだから忘れた頃にじゃダメですかね……。


「体験入学。指揮が風紀委員会になったのよ」


「え? 教師陣がやるっつってなかった?」


「大枠はね。でも実際に動くのは在学生。そう決めちゃったのは去年の生徒会のウチらだから、凛には面倒かける事になっちゃったの」


「生徒会は」


「とっくの昔にキャパオーバーだっつーの。イベントに時間割いてたら平時の方がキャリーオーバーだから」


「嫌なキャリーオーバーだな」


 やらなかった分がドンドン繰り越されて行くわけか。何その地獄。生徒会って学生の規範っていうか一般企業を模倣してるよな。福利厚生なんてもんが無い分余計にタチが悪いというか……。


「何で俺なんだよ……」


「アイツに借りを作んのヤなの。頼むわ」


 あなた達ホントに仲良いの? 少なくとも姉貴からアクションかけてるイメージはあんま無いな。友人と思ってんのが四ノ(しのみや)先輩の方だけって考えると胸がキュッと締め付けられるような気持ちになる……あの先輩と二人きりのときとかどんな会話してんだ……? ちょっと気になる


「凛はなんか最近ぐちぐちとアンタのこと言ってくるし、早くどうにかしてよ」


「は?」


「変な(わだかま)り抱えたままにすんなって言ってんの。同級生の女が自分の弟との仲気にしてんのとかどう反応しろって言うのよ」


「………」


 ……もしかして俺は俺で姉貴に借りを作ってたり? 忙しくして鬱憤(うっぷん)溜まってる中であのクセの強い先輩から重々しい話されんのは面倒だろうな。んでもって、薄々気付いてたけど四ノ宮先輩って割と繊細なのな。


 ……これは放置してたら余計に面倒になりそうだ。


「わかったわかった、手伝いすりゃ良いんだろ? 吶喊(とっかん)してやるよ吶喊」


「ああアイツならその方が喜ぶんじゃないの? 間違い無くアンタに嫌われたくなさそうだし」


「やめろ、そういう事言われると俺が気まずくなる」


「や、凛にとっちゃ多分アンタってアタシを挟んだ関係じゃないかんね?」


 え、そうなの? 姉貴の弟だから特別に目をかけてくれてる感じじゃないの? まさかぁ……またまたそんな事言っちゃって。俺を(おだ)てて気を良くさせて何か奢ってもらおうとしてるんでしょ? でもまぁ? 俺くらいの男になりゃ年上の女性の一人や二人簡単に? 話せるわけねぇだろ(ども)るわこの野郎。


 失恋の帝王だぞ俺ぁ。











「あ、四ノ宮先輩?」


『は……? えっ、誰っ……男!? 楓は!?』


「姉貴は俺の隣で寝てますよ」


「彼氏ヅラしてんじゃねぇよ」


「みみ(みみ)みッ!? 千切れる千切れるッ!! 千切れるから!?」


『えっ、え!? 佐城!? どうして君が!?』


 姉貴に頼まれて四ノ宮先輩を手伝うのを承諾。俺みたいなノーマルスペックの男が手伝ったところで戦力になるのかどうかは謎だけど、まぁ別の思惑もあるしそこは目を瞑ってもらおう。


 メッセージアプリで姉貴のアカウントを借りて電話してみると、四ノ宮先輩は俺の声にめっちゃ驚いていた。ホントにこの人あの精神道とかいうやつ修めたのかね? あっ───あの姉貴? 今ね、耳がね、プチって言ったの。


「お久しぶりです、四ノ宮先輩。ちょっとお話ししたかったんで姉貴のスマホ借りてんすよ痛い痛い姉貴」


『あ、ああ……そうなのか。楓、離してやれ。それで、私に何か用があるのか?』


 耳、解放。千切れるかと思ったぜ。ちょっと冗談を言っただけなのに手加減が無いのなんの。耳が熱い。ええい無視だ───あれ、耳たぶちょっと長くなってね?


「明後日、中三の体験入学ですよね? お手伝いしますよ、聞けば姉貴が迷惑かけるカタチになるっぽいし」


『な、何だそんな事か……。気にしなくていいぞ、どうせ今年から風紀委員がやる方向になる仕事だ』


 なん……だと? やんわりと断られた……?


 親友殿はそうおっしゃってますが姉上、いかがいたしやしょう? 個人的にはこのまま親友殿の御言葉に甘えて───あ、やれと。直接会って妙な感じをどうにかしてこいと。わーったよチクショウ、やりゃ良いんだろやれば。


 そう、俺は生まれ変わった。夏休みに入って十数日間、大学生のお姉さんを相手にトークを繰り返し〝大人の余裕〟ってやつを身に付けたのさ! 気まずさなんて社会に出りゃ腐るほど転がってんだ。この程度のもん、乗り超えられねば大人になれぬと言うものよ……!


「そっちこそ気にしないでください。個人的にも四ノ宮先輩に会いたいってのがあるんで」


『なっ───○▽※△☆□※◎★○───』


 あ、あれ……? 思ってた反応と違うぞ? もっとこう、笹木さんみたいに「またまたご冗談を───」みたいな反応されると思ったんだけど。すっごい早口で何か言われたけど全然聴き取れなかったわ。


 姉貴? んだよその超驚いた顔。俺だってねぇ、そろそろ社会人みたいに社交辞令を身に付けてかなくちゃいけないって事くらい解ってんだよ。な、驚いたろ? え、何その呆れた顔。え、ちょ、今パリーンて。


「あの……? 何か割れる様な音しましたけど大丈夫ですか?」


『あ、ああ……大丈夫───だが! 君はいきなり何を言い出すんだ!』


「いやまぁ小男の戯言なんで気にせんでください。それより余ってる仕事とか無いんすか。風紀委員って四ノ宮先輩効果で女子ばっかのイメージだし、力仕事とか人手足りてないんじゃないすか?」


 生徒会は普段の事務雑務に加えてイベント対応に追われている。それなら風紀委員が同じ状況でもおかしくない可能性がある。目を付けるならそこか。


『戯言って君な……まぁ良い──良くないがまぁ良いだろう、殊勝な心掛けは褒めてやる。そこまで言うなら……そうだな、運搬面が少し心許ないからそちらを手伝ってもらおうか』


「成る程……まさに男仕事っすね」


『何だ、嫌か?』


「まさか。四ノ宮先輩のためなら余裕ですよ」


 日頃バイトで積み上がった本を持ち上げ鍛えた成果を見せる時が来たようだ……蟠りだかなんだか知らねぇがネオ俺(・・・)が本気を出せば上司とのコミュニケーションなんて余裕だぜ!


 てかこの感じだともう蟠りなんて無いんじゃねぇの? ホントにまだ風紀委員手伝う必要ある……?あ、“借り”の方か。姉貴って変なとこ義理堅いんだよな……勉強面に関してだけは1年の頃のノート貸してくれたし。ようやるわ、そういう引き合いに出せるものが無いから俺はイケメンになれねぇんだろうな……顔がアレだからそんなの関係無かったわ。


「あーくそ、姉弟だわ……」


 ふと横を見ると姉貴が謎のセリフを吐いて頭を掻き始める。よく解らんけど俺と似た部分に気付いたらしい。そんなに嫌そうにしなくてもいいじゃない……。


『楓!楓!これは懐いたと思って良いんだろうか!?』


「あーはいはいそれで良いんじゃない? 勝手にやんなさいよっての。ったく……」


 擬似アイスカフェラテを軽く波立てながら揺らして面倒そうにする姉貴。何か勘違いしてるっぽい四ノ宮先輩に渋々返事をしている。ちょっと不思議な関係性が見えて意外に感じた。四ノ宮先輩の方が姉貴にヤレヤレするタイプだと思ってたけど……。


 だが甘いなっ……それで姉力を発揮したつもりか佐城楓! 俺はつい最近そんなものより遥かに高い姉力を目の当たりにしているぞ! 彼女のふわふわとした包容力に比べりゃテメェの姉力なんて───


 あ、ごめんなさい、ノート持ってかないでください。

 

カフェラテお代わりとかどうっすか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 楓さん、色々と面倒に巻き込まれてますね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ