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箱入り娘

続いた。




 七月後半の十日にも満たない夏休みを経ると、まだ一か月以上も休めるのに謎の焦燥感が湧く。でも今回は夏課題も含めて調子良いんだなこれが。バイトで否応無しの早起きだけど、生活習慣が規則正しいと謎のポジティブ思考が生まれるんだ。バイトの合間とか真面目モードの時にちょちょっとね。


 しかも何が嬉しいって、善き行いから出会いが生まれた事。


「おはようございます、佐城さん」


「おはようございます、笹木さん」


 不肖、佐城渉。女子大生に可愛がられております。


 フラリと古本屋に訪れる彼女は訪問数を重ねる度にちょっと俺を探すようになった。佐城さ〜んなんて涼しい顔で言ってくるもんだから俺も頭が真っ白になって「あ、ども」なんて親指を下に向けられるレベルの素っ気なさを発揮してしまう。こんな男よりもっと同じ大学生で良い出会いは見つからないのかね?


「相変わらず夏の日差しと笹木さんは眩しいですね」


「あ、またそんなこと言っちゃって。ほんと佐城さんは〝チャラい〟んですね?」


「俺がチャラかったらクラスの陽キャラはパリピだな……」


 俺なんかどう見てもこんな美人の恋愛対象になり得ないから却ってスルリと褒め言葉が出ちゃうんだよな。俺が笹木さん口説いてもギャグとしか思えないし。


「ぱ、ぱりぴ? ぱりぴって何ですか?」


「あ、いや……」


 たまにだけど笹木さんは前に言った通りの〝箱入り娘〟を発揮する。ホントに中学高校過ごして来たのってレベルで。さっきの〝チャラい〟の意味もこの前までよく知らなかったほどだ。若干古い表現だから憶えなくて良いなんて言ったらはっきり嫌ですと言われてしまった。若者言葉って感覚的なもんばっかだから言葉で説明するのムズいんだよな……。


「何だか申し訳ないですね。俺みたいな小僧と接して笹木さんに悪影響を与えてないか……」


「そんな……佐城さんは小僧なんかじゃないですよ。私とコウ君にとってはヒーローなんですからっ」


「いやぁ、はっはっはお上手で」


 ……お上手過ぎない……? 誘惑してんじゃねぇのってくらい褒めまくりなんだけど。ヨレヨレのエプロン首に引っ掛けてる古本屋の店員がヒーローなんて務まるわけないじゃない……バック転できないし俺。キックで火花なんて散ったらビビって腰砕けるわ。くらえっ、佐城キックっ(弱攻)


「その、私の方こそ世間知らずで……佐城さんを前にすると自分が子供に見えちゃいます」


「え、ちょっとちょっとどうしたんですか」


 口説き文句なら笹木さんも大概なんじゃないかね。ガンガン俺を持ち上げて来るんだけど何でなの?立てば芍薬(しゃくやく)座れば牡丹歩く姿は百合の花を体現するような彼女が自信を失くす意味がわからない。


「その、実は私……勉強に行き詰まってて」


「えっ」


 勉強? 勉強と申したかこのお姉さんは? 俺なんか行き詰まるどころかその道から外れかけてるんですが……? やべぇこの人急に目ぇ覚まさせてくんじゃん超プレッシャー。現実しか見えねぇ……大学行く気失くして来ちゃったよ……。


「佐城さんと話してると良い気分転換になるんです。まるで自分が大人の一員になって、頭が良いかのように思えてくるので」


「……」


 あの、えっとっすね……はい。凄く綺麗な微笑みで残酷な事を言いますね。成る程?俺が少年っぽさ丸出しにするもんだから自分が大人のように感じるって? 一周回って気持ち良い、いっそのこと延々と俺とトークしてようぜって思いかけたわ。うん、もっと。


 いやけど、えぇ……。訪問の裏にそんな思惑があったの? やっぱ俺ってすげぇ馬鹿っぽく見えてんのかな……頭悪い奴と喋って頭良い気になるって結構アレな思考だと思うんだけど……。

 綺麗だから許しちゃおっ。


 まぁ女子大(重要)の女子大生だもんな。そんなとこの勉強っつったらそれはもう俺ならSAN値かっ攫われるレベルの内容なんだろうな……行き詰まんのも仕方ないよそりゃ。


「……へっ……」


「佐城さん……?」


 自嘲してると、キョトンとした顔で笹木さんが首を傾げた。くそっ、所々で可愛い仕草するな……ドキドキが止まらねぇ。こうなったらっ……持ってくれよ俺のカラダッ……腹パン三倍だァッ!!!(自爆)


「いや、俺なんかが笹木さんのお役に立てるなら幾らでも協力しますよ。それはもう、ガンガン使っちゃってください」


「ええっ……? ガンガン、ですか?」


「ええ、ガンガンです」


 笹木さんにしろ夏川にしろ、綺麗な人の役に立てんのならこれほど嬉しい事は無い。何なら中学時代はそのためにバイトしてたレベル。結局夏川に貢いだ事なんてほとんどなかったんだけどね……お陰でゲームとかたくさん買えたよ。


「それなら……佐城さんは進学校に通っていますが、何か勉強の秘訣はあるんですか?」


「ああ、めっちゃ分かりやすいのがありますね」


「え!? それは何ですか!?」


 おおっ、スゴい食い付き方……そんなに勉強の調子悪いのかな。


 勉強のコツ……今でこそ冗談抜きでそこそこな学力だけど、高校を受験する時とはモチベーションが違う。あの時はいつまでも勉強できる気がしてたなぁ……つらいと思った記憶がねぇもん。


「いや、まぁ方法とかじゃなくてただの経験談なんですけど……」


「構いません……! ぜひ教えてください!」


「それはですね……勉強した成果が直ぐにフィードバックされる事ですね」


「フィードバック……ですか?」


 こうなったら青臭さ全開で構わない。口が裂けても言えないなんて思ってたけど、どうせ気分転換の道具程度にしか思われてないならもうどうでも良いや。


「俺の場合は勉強すればするほど好きな人の志望校に近付けたんです」


「えっ……!? す、好きな人ですか!?」


 元々成績そのものは平均程度にはあった。そんな時に聞いた、〝夏川愛華の志望校が鴻越(こうえつ)高校である〟という情報。必死に勉強すれば間に合わない事もないと知ったからこそ、俺は無尽蔵のモチベーションを発揮して夏川と同じ高校に進学することができた。これは間違いなく〝勉強のコツ〟だろ。どうだ参ったか、どっかのガリ勉ヤロー。


「その人のことまだ好きなんですか!? もしかしてもう彼女さんになってるとか!?」


 や、あの……聴いてます? やべぇ、女子の大好きな恋愛トークセンサーに引っかかっちまったかもしんない。一気に勉強の話題から遠ざかった気がする。食い付くどころかキラッキラの顔で貪る勢いの迫り方なんだけど。修学旅行の夜の比じゃないくらいエグり込んでくるんだけど。


「や、まぁ好きですけど……もう諦めてますよ。高校に入ってから高嶺の花だと気付いたんで」


「そ、そんな素敵な方が……魅力的過ぎて諦めるなんて事があるんですね」


 アンタも同列だよ……。容姿がこんなに整ってんのに控えめで低姿勢とか激レア過ぎるんですけど? 何で高校生の俺にそんなかしこまるの? 一周回ってどっか失礼よ?


「と、とにかく! 勉強が実際に役に立つと実体験すれば良いんです。笹木さんも目指す先があるんでしょう? そこに行って味わえる旨味を想像すれば良いんですよ」


「目指す先にある、魅力的なもの……」


 そもそも笹木さんが勉強する理由って何よ。就職のため……? 公務員目指すならえげつない勉強が待ってるとか聞くし……大変なんだろうな。

 でも、例えば勉強して良いところに就職する事で大好きな弟の光太(こうた)君が幸せになると考えたらどうだろう。何度か話してるうちに弟バカな部分があるっぽい事が分かったし、これはモチベーションになるんじゃねぇの? そうじゃなくても、こう───


「例えば俺みたいに……そこで好きな人と一緒に過ごせるようになるとか」


「すッ──!? わ、私に好きな人ですか!?」


「あ、男性経験が無いんでしたっけ?」


「しッ、失礼です! 私にだって男性経験くらい有ります!」


 ん何だとぅッ!!!


 あーショックだわーマジ萎えたわーやっぱ美人は男の一人や二人くらい経験あるんだな。そうだよこんな美人な女子大生が野放しなんて有り得ないもん。俺が美女だったら十人くらいに貢がせちゃう。

 あーなんか急に気持ち悪くなってきた。さっさと業務終わらせて上がっちまおう………ん?


「………あの」


「〜〜っ〜〜〜」


「あの、笹木さん?」


 震えながら俺を指差してるのは何でですかね……まさかこうして日常的に会話する事が〝男性経験〟だと? ちょっとイケませんよお姉さん、貴女も良い女性なら〝男性経験〟が何のことか解るでしょう? ほら、もっとエロい感じの。


 ───そうだこの人、箱入り娘だったわ……。


「こんなの男性経験の〝だ〟の字くらいしかないですよ」


「ええっ!? そうなんですか!?」


 あ、やっべこれ余計な事言ったかも。ちょっとストップ、そんなふわふわした感じの純粋な疑問の目で俺を見ないでくれませんか? あ、腕掴むのは無しです不純異性交友ですよ?男子高校生に手を出すんですか上等だよバッチこいオラァ!!!

─────ネット見ろ!!!!

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― 新着の感想 ―
[一言] SNSを見ろ。情報弱者め。
[気になる点] 面白くはあるんだけど、主人公が現実主義っていうか被害妄想強すぎて糖質野郎になってるのが気になる
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