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考え方

続きます。




「〝精神統一〟という言葉がある。仏教色も強く、辞書を開けばそれらしい説明が書いてあるがあんなものは専門家が取り敢えず定義付けたものに過ぎん。無数に存在すると思え」


「は、はぁ……」


 座禅を組め。そう言われ座ろうとするものの頭に浮かんだあの達人っぽい座り方はできなくて単に胡座をかく事しかできなかった。でもそれで良いらしい。寧ろ足先を膝の上に乗せるのは足が固定されて傍目で動揺が読み取れないから邪道とまで言われてしまった。いや、やるつもりなんて無いんだけど。


 痛かったりツラかったりするのは無さそうなんで目を瞑って話に耳を傾ける。


「《観条(かんじょう)流》は頭文字の通り〝観〟を極める。タイプは二つに分かれており、〝精神統一〟と〝心頭滅却〟がある」

 かんっ……え、何て? 日本語喋ったの? 寧ろ日本語過ぎて全く分からなかったんだけど。横文字で言ってくんないかな? 俺結構アメリカンでボヘミアンだからさ。



 何が何だか解らず戸惑っていると、それを察したのか四ノ宮先輩が補足するように説明してくれた。


「両方とも縦棒のグラフで想像すると解りやすいぞ。〝精神統一〟であれば、様々な感情の度合いを示す凸凹なグラフが全て平均的に調整され水平に揃うと思えばいい。それでは〝怒り〟や〝悲しみ〟と言った負の感情が上がってしまうのではないかと思うかもしれないが、上手いこと相反する感情と相殺し合う」


 ん? あ、えと……そうなんすね、マジすげぇっす。パねぇっすわマジで。俺マジでクールだわ、それ極めてこれからギャルっぽい女子とか簡単にあしらっちゃうから。つーわけで宜しく頼んます。


 いやいや……あのですね? 折角説明して頂いたんですけど全然付いて行けてないんすよ。グラフ? 負の何ちゃら? 何これ病み上がりの時の数学なの? そのうちaとかbとかxとか出てくんじゃねぇだろうな……。


「対して〝心頭滅却〟は一切の感情を無に還すものだ。先ほどの縦棒グラフで例えるなら全てがゼロの状態にあると思ってくれ。ちなみにだが、こちらの資質は武士の時代だったら危険視されている。人を殺めることに対する意識が低かった時代においてはあまりに危険な資質だったと思われていたからだ。平和な今の時代だからこそ許される超人的な資質だな」


 んっ!? いま何か急に物騒な事言いませんでした!? 殺めるとか何とか……俺は今から何を覚えさせられるんですかね! 物騒なのとかそんな……駄目ですよ? ほら俺ってラブ&ピースだから。白い鳩とニューヨーク大好き。鳩サブレ食べたい。


「とりあえず今日は貴様の資質がどちらかを観てやろう。余計な事は考えなくても良いから、瞑想して心を〝無〟にする事だけを考えろ。定義なんかどうでも良い、貴様なりの〝無〟を見せてみろ」


「え? え?」


「何を呆けておる! 心を〝無〟にせよと言ったのだ!」


 ひぃんっ。


 側に竹刀を叩き付けられた。驚き過ぎて情け無い声が出ちゃたけど慌ててどうにか適当な姿勢を装い、目を瞑って心を空っぽにする事にした。


 すぅ……と微睡(まどろ)んで行く頭の中。明日から夏休みだしずっと寝てようなんて考えてるとテンションが上がった。


 ……え、いやちょっと待って? 心を空っぽにするってどうやってするん? サラッと言われたけど俺なりのやり方なんて何も無いんですけど。えっと、えぇーっと……うーん………。




─────────────────────



『……………わたるっ………』



─────────────────────



 ぶるぅあああああああああ!!!?


 何で!? 何でこういう時に限って夏川とのどエロい妄想が出てくるわけ!?急に出てくんじゃん思春期!? てか終わってなかったの俺の思春期! おちけつッ──落ち着けよ俺!! こういう時こそ日頃考えるクソみたいな事考えりゃ良いんだよ! 鎮まれ俺の短小粗〇〇!!!


 ヤバいヤバい集中力が皆無。ちゃんとやらなきゃって思えば思うほど変な事考えちゃうわ。胸の内だけならともかく、それを表情に出しちゃったら完全にアウトだなこれ。はぁ……集中集中。



─────────────────────



『……………(かえで)


『……………颯斗(はやと)



─────────────────────



 ギャアアアアアアアアアアアッ!!!?


 何で姉貴と結城先輩の濡れ───グハァッ!? 気持ち悪っ! 自分の姉でそういう妄想すんの気持ち悪ッ!? いやいや何でこんな妄想しちゃうの!? 考えたくないのに考えちゃうこれ何なの!? 俺何なの!? 佐城渉って何なの!? イケメンなの!?


「ふん……おい、目を開けぃ」


「へっ? ……ッ!!?」


「〜〜っ〜〜〜……」


 たいそう気に食わなそうに命令されたと思ったら、目の前にめっちゃ動揺した感じの四ノ宮先輩の顔があった。衝撃過ぎて声が出ず、何故かその目をジッと見てしまう。


 え……? てか何でこんな至近距離に? 鼻先付きそうなんだけど。修行の一種か何か……? 俺より四ノ宮先輩の方がぷるぷる震えてんだけど。


 そうだよこれだよ! こういう風に年頃の男女って目が合うだけでどぎまぎしちゃうもんなんだよ! 何なんだよ夏川のあのヘアタッチは! 甘酸っぱさ無さ過ぎて思わず普通に髪直してもらっちゃったよ! 嫌われてるわけじゃないって解っちゃった分なんか余計にアレじゃねぇかこれからどう振る舞えば良いの俺ッ……!?


 ───あ、夏休みじゃん。当分会わなくて済むわ。良かった良かった………寂しいよぉ。


「さ、佐城ッ……!? 何で泣きそうになってるんだ!?」


「そうかぁ……1ヶ月以上会わねぇんだな……」


「何の話だ!? 私か!? 私の事を言っているのか!?」


 去年はどうしてたっけ……夏川がまだスマホ持ってなかったから……ああそうだ夕方に買い物に出るサイクルを見つけて待ち伏せたんだったか。あれ、これアウトじゃね? ストーカーじゃ……あれれ? 何故か荷物が凄い重かった記憶が蘇って来たぞ? 何で俺荷物持ちしてんの? すっげぇ腕がぷるぷるして痛かったの思い出した。


 夏川愛華………ああ、頭の中の妄想もやっぱ可愛いわ。現実と理想の差異が無いって凄くない? ドンピシャなんだぜこれ以上の運命ってある?


 ───あぁ……。


 急に春の終わりの記憶が思い浮かぶ。鏡に映り込んだ薄い作りの顔と悪足掻きのような茶髪と髪型。あまりに中途半端なマッチングに不細工とかイケメンとかの前に妙な気持ち悪さが湧いたのを思い出した。何でこんな頑張っても意味の無い事をしてんだろうって……疑問ばかりが浮かんだんだっけ?


 そうだ、俺じゃねぇんだわ、俺じゃなかったわ。ゴールを見てみろ、ほら、そこには夏川どころか──ああ、そうだよな、散々考えたじゃんか。頑張って隣に立ったとしても、色んな奴にどうにか食らい付いてくだけの毎日じゃんか。そんなの、磨り減るだけでもっとつらいじゃんか……。


「───ぃッ───じょうッ!!」


 だから欲しいんだよな……クソみたいに普通な、同じ事ばっか繰り返されるような楽な日常が……。


「───おい! 佐城!」


「にゅべあッ!?」


 突然強く揺らされ、口の中で舌が暴れて変な声が出た。


「何ですか!? 敵襲ですかッ──って、あれ?」


 変なことを口走ってしまった。完全にFPSのやりすぎですね。


「何ですかじゃない! 目が虚ろになってたぞ!」


「あ、あれ……それはもしかして出来てたんじゃ……?」


「《観条流》はそんな不気味なものじゃない!」


「不気味……」


 〝目が虚ろ〟。その言葉だけで厨二魂をくすぐるものをちょっと感じたけど普通に顔の整ってる女性に不気味って呼ばれんのはダメージがデカい。普通にショック。さっきの可愛い顔もっかいしてくんないすかね。


「まったく……何を考えてたんだ君は」


「何って、心を〝無〟にしてですね───」


「心を〝無〟になどできんぞ小僧」


「……はい?」


 横から口を出してくる爺さん。何を言うかと思えば矛盾する言葉だった。


 ええ……じゃあ何で瞑想させたの。必死になって要らんこと考えちゃったんだけど。ほとんど邪念だったわ。無理って分かってんならせめて神秘的なもの考えれば良かった。


「考える生き物である人間が何も考えずに居られるわけなかろうが。今のは〝心を無にせよ〟と言われて何を考えるかが肝だったんじゃ」


「ほとんど邪念でしたね」


「凛のせいか」


「いえ全然」


「何故だ!?」


 いやほら、やっぱ夏川と出会ってる俺からすればキュンって来るのは夏川だけっていうか? さっきの四ノ宮先輩もちょっと可愛かったけど可愛いだけでキュンとはしなかったっていうか?


「〝心頭滅却〟型じゃな」


「え、俺超人的なんすか」


「凛がそう言っただけで別にそこまでではない。普通なら〝瞑想〟と聴けば神聖さを感じるから〝心頭滅却〟型は稀なんじゃ。それなのに貴様は嘘まで吐いて後ろ向きな考えをしおって……近頃の若造は」


 え、怒られてる? 心頭滅却型ならそれはそれで良いんじゃないの? 心をゼロにできるとか何とかで今は寧ろワクワクしてるんだけど。なに、もしかして現代でも禁止レベルの才能があったとか? てか嘘って……確かに最後の方はそうだったかもだけど。


「〝心頭滅却〟型……状況に応じて自分の内で清算する力が肝要じゃ。貴様は清算しようともせずに放り投げおったな、未熟者め」


「……!」


「ちょ、お祖父様っ……私はそんな説教を聴かせるために彼を連れて来たつもりじゃ──」


「ああいや、良いっすよ先輩」


 〝放り投げる〟……間違ってはない。実際放り投げた部分もあるから。そんなのは前から解ってた。劣等感持ってんのは確かだけど、それで捻くれて当たり散らかすよりは相応の立場っぽいとこに収まって相応の振る舞いする方が余程良いだろ。向上心が無いのは確かかもだけど、余計つらいとこに向かってく事に何の良さがあるんだ。それで給料上がんのなら話は別だけどさ。


「ちなみに、〝精神統一〟型の基準は……?」


「〝自分を自分の外に置く力〟……客観的な思考が肝要と言える。この現実を本に置き換えて、読者や筆者になれるとなお良い」


「わ、私は佐城は精神統一型だと思っていたが……」


「何か根拠があったとして、その時の此奴は〝当事者〟だったのか?」


「あ……」


 初対面の時の四ノ宮先輩と稲富先輩の一件か? 確かにあの時は当事者じゃなかったな。考え方どうこうじゃなくて、実際に俺は横から他人事みたいに口出しただけだし。


 ……成る程。さっきの妄想だと自分を登場人物の一人として考えてるから俺は〝精神統一〟型じゃないわけだ。確かに傍観する立場なら他人事だし目が虚ろになったりしなそうだ。精神道……よくできてるわ。え、じゃあ姉貴のアレは? いや、忘れよう。


 夢とかが良い判断材料か……? 端から眺めてるだけの夢か、自分自身として過ごす夢とかあるもんな。確かに、あんま憶えてないけどそう言われると確かに自分自身として過ごす夢が多い気がしてきた。







 宣言通り、俺の考え方? が分かったところでやっと解放された。何となく自分で自分に不明瞭な部分があったから、そこを掘り下げられたのは良い機会だったと思う。それに心の整理のつけ方───自分を自分として考えるばかりだったけど、他にも違うやり方もあるんだなって勉強にはなった。


 ただげんなりしたのは、勉強になりましたと礼を言っても先輩のお祖父さんがもう二度と来るなと言わんばかりの厳しい目を向けて来ることだ。そもそも若者と気が合わない気質のような気がすんだけど。四ノ宮先輩は別として。


「いやぁ、あれっすね。先輩」


「! な、何だ佐城」


「俺に風紀委員は荷が重そうっす」


「そ、それは……」


 色んな考え方を知ったところで、それを手段として利用はできても、自然な考え方にできそうになかった。風紀委員長たる四ノ宮先輩の気風の(もと)になったのがあの爺さんなら、その爺さんに未熟者呼ばわりされた俺は空気感や人間関係的にも風紀委員には馴染まなそうだ。稲富先輩や三田先輩も通った経験があるならなおさらだろう。


「んじゃ、今度はまた二学期のどっかで」


「ぁ……」


 四ノ宮先輩と別れて正門を出──いや〝正門〟って何? 普通の家の門ってそんな風に呼ぶっけか。もう何かの公共施設に居た気分だわ。


 特に何か心変わりしたわけでもない。それでもどこか頭の中には調子に乗ってた頃の懐かしさがあって、あの頃の愚かな日々が狂ったように繰り返し再生されていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] えー、急に連れてこられて色々言われて腹たたんのか 先輩も先輩だろ キレていいって
[一言] ええ〜っと… 暇なら、朝、勉強して、昼間、道場行って、夕方待伏せして で、良いのか?
[一言] 夏休み空けたらクッソ仲良くなってた二人を見て脳破壊されない?大丈夫?
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