文化祭実行委員
続きます。
出会いがあれば別れもある。若人は培ったものを胸に、いつかまた会う日のために不安を抱きつつも前へ進む。暫しの別れ──そんな響きに一抹の寂しさを覚え、俺はそっと上を見上げた。
『えー、明日から夏休みになります』
きっと明日は興奮して朝も起きれない(寝坊)
夏休みの到来。これはビッグイベント。塾通いの姉貴を尻目にゲームしまくろう。意外かもしれないけど、こういった長期休暇をうまく満喫する秘訣は毎朝早起きする事だ。一日一日が長く感じるようになる。つっても学校のある平日ばりに早起きするんじゃなくて……だいたい八時から九時の時間帯に起きるのがダメ男に優しい(※ダメ男談)
運動せずに過ごすなら朝と昼を合わせてブランチにするのが吉。毎日三膳食って体重維持が許されるのは胃下垂と運動する奴だけだ。何より〝ブランチ〟って響きがシャレオツ。好き。
頭の中で罪なプラチナプランを組み立ててると、壇上の学年主任の話が終わった。ぶっちゃけ一番トーク長ぇのって校長じゃなくね? 生徒指導とか学年主任とか、その辺のぶつくさ叱って来るタイプの先生だ。奴ら全校生徒を前にすると何もしてないのに怒って来るからな。寧ろ校長先生ってよく最後に喋れるよな……言いたいこと全部言われてネタ無いんじゃねぇの? 無理して何か良いこと言おうとしなくていいから。
校長の立場になってもの悲しさを覚えてると、壇上に我らが生徒会長の結城先輩が上がった。周りの女子が吐息だけで色めき立ったのが分かった。相変わらずシャープな顔立ちだ、顔っつーかアゴが小さい。しかもそんなイケメン度を自覚してるとか。そんな先輩にもやんちゃな時期があったらしいけど何かもうアダルティな想像しかできない。俺があの顔だったら絶対性格悪くなってたわ。
『えー、次は生徒会からのお知らせ』なんてMC蒲田(※古文漢文担当)が進行すると結城先輩が話し出す。どうやら二学期からのイベントに関わる話のようだ。
『文化祭の準備にあたって、実行委員には夏休み中の週三回、登校していただく事になります。より良い文化祭とするためにも是非ご協力ください』
文化祭実行委員……また面倒そうな響きだ。これに限らず生徒は二学期から全員何らかの委員会に所属する事になるらしい。それは二学期の初日に決めるそうだけど、文化祭実行委員自体は今日決められるらしい。メリットとしては文化祭さえ終わればお役御免となる点だ。他の委員会のようにずっと続ける必要は無い。
四ノ宮先輩から風紀委員を激推しされてるけどどうしよう。何をやるにしても面倒だけど、誘われてるなら手を引かれるまま付いてくのも一考かね……。
ま、その時の気分で決めるか。
◆
「文化祭実行委員なりたいひとー!」
担任の大槻先生が努めて明るいトーンで尋ねた。〝めんどくさい〟。考えることはみんな同じなのか、その問いに誰も答える事は無く、なるべく先生と目を合わさない様にしている。五秒くらい無言の時間が続いたところで、先生はムッとした顔になった。
「誰も居ないならこっちで候補者しぼるよ」
『っ……!』
弾かれるように顔を上げたのは俺だけじゃないはず。嫌な予感がするけどここで発言して不用意に目立つわけにはいかない。何となくだけど、先生の続きの言葉が予想できてしまう。
「はーい、部活してない人起立!」
ぐっふ。まぁそうだよな、普通そうなるよな。部活やってるやつは練習とか大会とかあるもんな。学校に限らず暇なやつに仕事が回されるのは世の常……納得せざるを得ないわ。
反発するだけ無駄かとゆっくり立ち上がると、先頭の俺に続いて隣と他の席からいくつも椅子を引く音が聴こえた。チラッと振り返ると俺を含め起立したのは六人。夏川はしってたけど、こんなに部活してないやつが居るなんて意外だった。
隣は……いつも読書に耽ってる一ノ瀬さんか。あんま話した事ないけどまぁドンマイ。文芸部があったら入ってたんだろうけど、今じゃ幻の部みたいなもんだし……恨むなら時代を恨め少女よ。高等遊民が許される時代じゃないのだよ。
他の皆は面倒な仕事をしなくて良くなったのかホッとしてる。一部「へへっ、ドンマイ☆」と言わんばかりにニヤニヤしながら俺達を見上げる奴らにイラッ☆とする。お前らマジで俺がかめはめ波使えるようになったら覚えとけよ。
「うーん……ジャンケンかな〜」
「もう佐城なっちまえよ!」
「山崎。山崎お前、山崎」
投擲物は無いだろうか。陸上部砲丸持ってないの。
山崎を睨まんと横を見ると、芦田が有るよと言わんばかりに机の横に引っ掛けてある黒いバレーボール袋を膝でど突いて来た。まさかオススメされると思ってないじゃん? 動揺が隠せないんだけど。なに、やっちゃって良いの? 借りるよ?
「お! 佐城君やってくれる感じ? てか暇だよね!」
「あ、俺病み上がりなんで」
「もう治っ───」
「はい! ジャンケンターイム!」
「ええっ!?」
嫌な予感がして久々に教室で大声出した。この期を逃してたまるか。今から俺はMC佐城……外堀を埋められる前にこの空気感をぶち壊す! 文化祭実行委員なんてなってたまるか! 俺には悠々楽々な夏休みが待っているんだよっ! クーラーの効いた部屋で高等遊民にっ……俺はなるっ!
「さ、最近大人しくしてると思ったら……!」
目立ちたくないとか言ってる場合じゃない、これは俺の夏休みが懸かっている。絶対に空気感なんかで決められるわけにはいかない。公正な決め方ならまだ納得できるっつーもんだ。現時点で公正じゃないかもだけど。
帰宅部六人が教室の前に集まる。ジャンケンの神様……わたしに力を……!
「負けん」
「そんなに嫌ならもっと適当に理由付けたら良かったじゃない……」
「いやほら、ズルはさ……」
「そこは律儀なのね……」
「あ、男女一人ずつだから分かれてやってね」
「えっ」
夏川の呆れたような言葉にガチレスしてると先生が爆弾を放って来た。思わず固まってしまう。当方、野郎二人。そんな残忍な。
夏川を含めた女子四人が俺と田端から離れる。一ノ瀬さんはこんな時でも本を離さなかった。好きだね……そりゃ俺みたいなやつが話し掛けてもウザいだけだわな。
気を取り直して、田端と向き合う。
「田端……話すのは何ヶ月ぶりか」
「さぁ……」
田端──普通のやつだ。普通を目指す俺にとって非常に参考になるけど、田端はどっちかっつーと普通ゆえに損するタイプっぽいんだよな……。「おいお前やれよ」なんて押し付けられたら頷いちゃうイエスマンタイプに見える。俺と田端が融合したらいい感じになりそう。絶対ヤだけど。
「いざ尋常に───」
「早くやろうよ」
「ごめんな」
ふ、普通……? あれ、実はちょっと捻くれてるタイプ? よく考えりゃあんまり誰かと喋ってる印象が無いかもしれない。普通っつーより孤高気取ってる孤独なタイプだな。一人を好んでるフリして実は人恋しく思ってるに違いない(※偏見)。ちょっと仲良い感じに近付いたら案外チョロいかもしれない。全然イエスマンじゃねぇし。てか酷ぇな俺。
気を取り直してジャンケンに臨む。テンション上げ目に行ってもどうせウザったそうに見られるだけだろうし、サクッとやるか。そぉれ、じゃんっ、けん、ぽん。
「うん。じゃ、田端頼んだわ」
「……」
すまんな田端。譲れねぇ戦いだったんだ。悪りぃが負けた以上は大人しく引き下がりな。もう一回なんて通用しねぇんだぜ少年?
「僕、塾とかあるんだけど」
「いや負けた後に言うなよ……」
流石に何だコイツってなった。反論すると田端は大人しく引き下がって先生の元に行き、自分に決まりましたと席に戻って行った。
あの、何か後味悪いからその感じやめてくんない? もうちょっとトークしようよ……。
「───はーい、女子からは夏川さんね」
あら。
聴こえた大槻先生の声に振り向くと、他の女子に囲まれた夏川がちょっと残念そうに笑っていた。夏川さん頑張ってなんて応援されてありがとうなんて言っちゃってあんな感じが望ましいんだけど、もうちょっとどうにかならなかったか田端。なん───ア、アイツッ……! 女子が夏川に決まったからかちょっと嬉しそうにしてやがる!
ぐっ、ま、まぁ仕方ねぇ……今回ばかりは俺が負かしたんだから仕方ない。ここは大人しくしてようじゃねぇか。
男子は田端、女子は夏川と文化祭実行委員が決まって教師陣の胃を痛めるイベントはつつがなく終了、俺も面倒な役割を押し付けられる事無くホッとしたその時、ヤツは口を開いた。
「───田端、塾大変なんだって?俺代わるぞ?」
佐々木。田端の近くに座ってるアイツは急に急に何か言い始めたかと思えば、文化祭実行委員を自分が代わると言い出した。




