勧誘
続きます。
夏風邪を吹き飛ばし夏川カモンの心意気で復活したものの、授業で遅れた部分を取り戻すのは肩で息をするレベルで苦労した。数学やべぇな……。
真っ白に燃え尽きた状態で口から半分魂をこぼしつつ昼を迎えると、急にケツに衝撃が入って再起動した。後ろに座る芦田が俺の椅子の底を蹴り上げたらしい。おいケラケラ笑ってんじゃねぇぞ芦田ァ。ちょっとお前ノート貸せ───強っ、引っ張る力強っ、何でそんな頑なに貸してくんないの!?
ギャースカ言って近くの野球部坊主にうるせぇよの一言を頂くと、ふと昼飯を買ってなかった事に気付く。大事そうにノートを抱き締める芦田を尻目に溜め息一つ、ワンコイン片手に立ち上がる。
教室を出る頃にはスーパーミニチュアランチボックスを抱える淑女達が既にそれぞれのグループで昼食に入っていた。中でも大きいのは夏川を取り囲むキラキラ系の陽キャラ達───夏川、何だか少し何らかの教祖に見えて来たよ。
芦田に「今日はテキトーに済ます」と伝えて食堂へ。隅にあるコンビニチックな売店で小珍しい菓子パンを勝ち獲って会計を済ませて食事をとるのに手頃な場所を探す。流石にこのくそ暑い時期に外は嫌なんだよなぁ……。
「あ、居た!」
「えっ」
最近は暑いから食堂の別の隅っこに避難───しようとしたら稲富同好会(仮)の皆さんに遭遇した。遭遇っつか目敏く見つけ出された。何か気が付いたら相席になってたんだけど……や、そりゃ気分は悪くは無ぇよ? 何か良い匂いするし。でもほら、周囲の視線がさぁ……。
「あの……何か用があって引っ張ったんすよね? そうじゃなかったらそんなに関わり深い方じゃないと思うんですけど……」
「えー、そうかなぁ?」
そう、じゃなかったですかね稲富先輩……?
壁際の反対、四人席の一つに座らされ、隣を三田先輩で塞がれてもはや脱出不可能になった。向かいに座った稲富先輩は何が楽しいのかにこにこしている。出会いは複雑な感じだったはずなんだけどな……そんなに話してるわけでもねぇのに何でこんな俺にキラキラした眼差し向けて来んの?
「何でこんな好感度高めなの……? アンタ課金アイテムでも使ってんじゃないの?」
「ズルいぞ佐城」
「よく意味解ってないでしょあなた」
稲富先輩の幼馴染だという三田先輩が羨ましそうに、妬ましそうに目を細めて来た。便乗して四ノ宮先輩も文句を言って来たものの顔が「課金アイテムとは何ぞや」っつってる。んなもんリアルで買えんならどんだけ高かろうととっくに買ってるわ。分割払いくらいしてでも買ってる。
「凛さんから聞きました。熱はもう大丈夫なんですか?」
「ああ、もう大丈夫っすよ」
ほぼ治ってんのに大事をとって二日も休んだからな。安静にしてゲームしてましたよ、へへへっ。
にしても良かった良かったとキャッキャしてる小さな先輩に困惑を隠せない。赤いリボンひらひら揺らしちゃって超可愛いんだけど俺はいったいどうすれば良いの? ひれ伏せば良いのか? 隣と斜め向かいの二人がすっげぇ顔してるんだけど。命が惜しいんで安易に笑顔向けんのやめてくれます?
「んんッ! さて、わざわざ君を引っ張って来たのには理由がある。本当はもっと前に話したかったんだが、不運にも君が倒れてしまったからな」
「はぁ……」
真面目モードに切り替えたのか、四ノ宮先輩は出会った時のような風紀委員長オーラを発し始めた。一気に面接でも受けてるみたいな空気になったんだけど? てか怖い、一刻も早くここから離れたいんだけど?
「単刀直入に言おう───君、風紀委員会に入らないか?」
「へぁ」
思わず変な声が出た。まさかの提案に他の三人を見回す。三田先輩は稲富先輩を見てうっとりしていて、当の小さな先輩はどこを見ているわけでもなくにこにこと微笑んでいた。ねぇちょっと、興味ゼロなん? 俺もそっちの世界に行きたいんだけど?
「小生はそのやうな器ではござらん」
「私の任期は秋で終了になるが、委員会の後継を任せるに当たって後輩の男子生徒が集まらなかった。女子は相当数の見学者が来たがどうも遊びに来た感覚が強い」
「ああ、しかも下心が見えるのよ。あれは風紀委員会をステータスとしか見てないわ」
俺の遠まわしなお断りメッセージは無視か。あのせめてツッコミくれませんか。スベってない分まだ良いけど居たたまれなくなってくるから。三田先輩もここぞとばかりに会話に参加するのズルくないですかね……ミニマム先輩っ、あなたが嬉しそうにこっち見るからこんな扱いを受けてるんですよ!
あれか、さては絶対に入れるつもりか。まだ入学してたった三ヶ月だから実感はあまりないけど、この学校は二学期にイベントが目白押しらしい。文化祭に始まり涼しくなって来たところで体育祭、この二つだけでもう忙しいのに、何らかの部活や委員会に属してる生徒は更に忙しくなるという。面倒だし、ましてや風紀委員会なんざ重労働になるに決まってる。
「そんな時に君の顔が浮かんだ。楓の弟というのもあって信頼できるし、私に助言をくれた時のようにどうか委員会を支えてやって欲しいんだ」
「でもそれ二学期の話ですよね?」
「ああそうだ、だから今から考えておいて欲しいんだ。風紀委員会は君を欲している」
くっ、熱烈なラブコール……! かつてこんなにも求められた事があっただろうか! 胸の奥底で愛に飢えた部分が「そこまで言うなら……」ってなりつつあるぞ! そ、そんなにもとめてくれるなら引き受けてやらんことも……。
「宜しくね佐城く───」
「うえぇぇいッ!?」
「キャッ……」
面倒事は嫌だという気持ちが負けそうになってると、急に向かいの稲富先輩が身を乗り出して俺の手を握って来た。驚いて思わず奇声を上げて手を引っ込めてしまった。直後、稲富先輩が苦笑いしながら悲しそうな目になった。
「佐城……貴様」
「ねぇ……アンタ」
「ひぇ、あわわわわ───アッ!?」
「ふぇ!? 佐城くん……!?」
秒で般若と化した先輩二人。あまりの恐さに弁明するわけでもなく稲富先輩の手を拾いに行ってしまった。両手で包み込み、小さくて柔っこい感触が伝わって来たところで火に油を注いでしまった事に気付く。
「あっ、いえっ、これはっ……!」
「さ、佐城くんっ……そ、そんな強引に………」
「佐城ォォォ………」
「コォォォ……」
四ノ宮先輩の怨念のような声。三田先輩は拳法の達人となって功夫を高め始めた。空気がピリピリし始めた。え? うっそ風紀委員ってこんなこともできんの?
「あ、あの! 俺まだ病み上がり───」
まさか先輩の女子二人からヘッドロックと脚キメを同時にくらう日が来るとは思っていなかった。
◆
「口開いてるわよ」
「………美人局」
「急になに!?」
若干残る痛みと首の張り、そして側頭部に残る柔っこい感触に余韻が残っていた。特に後者は教室に戻ってもなかなか消えなかった。三田先輩……俺忘れらんねぇっすわ。あの柔らかさだけで幸せが痛みを上回ってるんすわ。
数分前の出来事を振り返ってると目の前を通った夏川に声を掛けられた。呆然としていたからか無意識に何か変なこと口走った気がする。超驚いた顔をされて思わず惚れそうになった。とっくに惚れてたわ。
「つ、美人局ってどういうことよ!」
すげぇこと口走ったな俺。
ぷんぷん怒る夏川。これでも俺が病み上がりだからかまだどこか若干気遣うように接して来る。たかが風邪で大袈裟だななんて思ったけど、たかが風邪なのに大袈裟に倒れた俺が言っても説得力皆無だった。あと頼むから掃除のときに男の俺に「それ持つわよ」はやめて欲しい。山崎がニヤニヤした顔で見てくるし、俺も俺でメンタルごりごり削られるから。
「あ、あれだよ……そんだけ美人ってゆーか?」
「な、なによもう……」
腰に手を当ててプイッとそっぽ向く夏川。たまらん、「仕方ないわね」的なその表情グッド。何気に夏服姿の夏川を真正面に捉えるのが初めてで短い袖から伸びる白肌とかすっげぇ見ちゃう。ドキドキが止まらない。動悸? やだ風邪かしら……?
「アンタ、それ……」
視線の逃げ場が無くて挙動を不審させてると、夏川が呆れた様子で席に着いてる俺を見下ろしたまま近付いてきた。
「な、なに……?」
「アンタ……何で頭の半分ボサボサなの?」
「おっと……」
ボサボサになってたか。三田先輩にヘッドロックされたから──三田先輩……柔っこい感触……ふへへ……やっべ、今表情だけで補導される自信あるわ。夏川に見せられん。直すついでに下向いて誤魔化そう。
「ああもう、じっとしてなさい」
「へ……?」
手櫛で頭を直してると、じれったいと言うような夏川の声とともに頭を両手で挟むように押さえられた。まだ髪が撥ね上がってるのか、数カ所を撫でるように押さえられた。髪の流し具合まで整えられると、最後に「よしっ」なんて納得した声とともに解放された。
「はい、できたわよ」
「あ、うん………あの」
「何よ?」
……え、何その普通な感じ? え、特にどうも思わないの? 僕ら男女よ? こう、もっと触れ合うのにドギマギする年頃じゃないの? そんな感じなら毎日お願いしても良かったりすんの? や、そんなわけねぇだろ夏川だぞ? そんな接触の安売りをするタイプじゃないはず。ガード固くないと逆に何か俺が嫌なんだけど。
「五千円で良いですか」
「いらないわよっ」
しかも無料だとっ……? あれか。無意識にやっちゃう系女子ってわけですか。ホント女って奴ぁこれだから! 芦田に影響受け過ぎなんじゃねぇの! 無意識に男を魅了しやがるべらんめぇ! 今日頭洗わねぇぞ畜生このままワックスで固めてやらぁ!




