療養タイム☆↑↑
続きます。
カップ麺。それは料理のできない者を支え、かつ長期間の保存も利く素晴らしいインスタント食品。外に出るのが面倒くさいとき、「そうだアレがあった!」と救われた気持ちになる。
なんて画期的な食品なんだ……思わず賛辞を上げずには居られない。お前が居なけりゃ今頃割高のコンビーフやSPAM食ってたわ。や、あれも美味いんだけどさ。
「最強かよ……」
チーズシーフードとか……ただでさえ風邪にやられてる俺を殺す気ですか。口の中が幸せなんですけど、これが風邪に効かないってマジ? 学校行けんじゃね? おっとと鼻水が。ティッシュばさっ、チーンっ。
平日の昼───咳と鼻水で体がげしょげしょになってる俺は風邪という大義名分を得て学校を休んでいた。頭痛はもう無い。まだ微熱はあったけどダルさはもう引いている。
立ち上げたゲーム機から優しげなフィィィンという最新型の音がする。そこから立ち上がるホーム画面を見て体の内から湧き上がる高揚感がまた一つ体を熱くした。ああ、からだに良い生活……。
罪悪感を忘れて怠惰に浸ってると、俺のスマホがボロンと音を立てた。見てみると通知画面に誰かからのメッセージが表示されている。誰だ俺のスマホをボロンさせた奴は。
【さじょっち生きてるー?】
なんかすまん芦田。
もう昼休みの時間か。きっと気を遣って連絡をしてくれたんだろう。いやでもさ、ありのままを答えちゃうのはどうなの。病人がカップ麺啜りながらゲームをしてるとか色々と冒涜してるかもしれない。ここは一つ、いかにも病人ですよ感を装いながら感謝の意を示そうではないか。
【生きてるって素晴らしいな】
間違った気がする。
返事が来ない。俺のリプライに対して続々と増えて行く既読表示数が───え、既読?やだ。これグループメッセージじゃないですか! クラスみんな見るやつじゃないっすか……。
【こりゃ寝てねーな】
【悠々と寛いでんねこれは】
【数学マジヤバいかんな】
おいやめろ岩田と飯星さんと山崎。数学とか思い出させんな、頭痛が再発しちゃうだろうが。
大丈夫……暗記系じゃない数学は勉強ができない奴でも高得点を叩き出せる可能性のある奇跡の分野だ。つらつらと文章を読む教科よりまだ勉強しやすい。
ってええい!それを考える事すら頭痛のタネだというのに! 今は心を無にし、頭を空っぽにして目の前のゲームキャラクターの尻でも眺めてるんだ! おい少年! 良いケツしてんじゃねぇか!
あ、昼のお薬飲まないと……。
◆
『……んのかなー?』
『でも……』
「───はっ……!?」
何かの音で目が覚めた。目の前のテレビの画面には『GAME OVER』の文字。え、ゲームオーバー? これRPGなんですけど……うわ、会話が勝手に進んで戦闘始まって無抵抗キルされたパターンか。っべー、寝てたわ……修行僧ばりに座して落ちてたわ。おっとヨダレヨダレ。
時計を見ると夕方の時間を示していた。昼過ぎに薬飲んでジュース飲んで戻って四つ目の町まで進めた記憶があるから……四時間半くらい寝てた感じか? お陰で体調良さげだわ。
「しょっ、と……ん?」
立ち上がって尻に集中した汗に不快感を覚えてると、インターホンの音が響いた。それ以降、部屋の外からは何の音も聞こえない、お袋は出かけてんのか……? しゃあねぇな、俺が出るか。
「………え?」
インターホンのカメラを確認するとそこには二人の女の子の姿が。どう見ても姉貴じゃないし、そもそも自分の家のインターホンを押したりしないだろ。ってことは……ええ?幻ですか? 俺の理想という理想を詰め込んだ女神みたいな子が画面の向こう側に居るんですけど……何で? それ、ピッとな。
「ど、どしたん……?」
『あっ───』
何とも間の悪いタイミングだった。今まさに家から背を向けようとしてた二人に呼びかけてしまった。俺の声が届いたのか、奴さんらはカメラに駆け寄って顔を近付け───ふぉおおおおおお!! どアップやべぇ!! やっべぇ何これ!? 画面にキスして良いかな!? 風邪の病原菌塗り塗りしちゃうよ!!
………マスクしよ。
◆
「よく来たな」
「よく来たな───っじゃないわよ!」
「え」
玄関先にて顔の目の前に突き付けられるスマホ。見ると、荒れに荒れたグループメッセージの履歴が───え、何これ。何このガチ目に慄いた感じのみんなの反応。
「何が『生きてるって素晴らしいな』よ! ふざけるならふざけるでふざけてる感出して終わってよ!」
「やー、実際ちょっと怖かったよ。その一言残してパッタリだもんねさじょっち。風邪の始まりが昏倒だっただけにみんな凄かったよ」
「えぇ?」
部屋のスマホを取りに行って確認する。メッセージアプリを開くと、そこには生存確認の数々。不在着信もかなり多め。「どうせ冗談だろ」って感じの序盤から「まさか……え?嘘だろ?」なんて空気に変わって「ちょ、ヤバくねヤバくね?」になってる。これぁヤバい。何がヤバいって序盤は普通に俺ゲームしてたのがヤバい。
「『わり、寝てた』、と」
【殺すぞ】
【もう目覚めんな】
【お前マジ数学ヤベェかんな】
「ふぇぇ」
「自業自得よ!」
病人にかけるべきじゃない数々の言葉。これは怖い、もう二週間くらい学校休んじゃダメですか……もう夏休み突入じゃないの……。
「全く……愛ちがさじょっちの家知ってて良かったよ。てか知ってたんだね?」
「べ、別に変な理由なんか無いわよっ……前に山崎君に訊いただけで!」
「え!? 愛ちから調べたの!? 何で!?」
「ちょっと野暮用があったの!」
あれか、前うちに来た時のやつか。変な噂立つ可能性あんのによく聞き出してくれたよな。やっぱ女神だわ。てか『部活してる奴に聞いた』って山崎だったんかい。
「うーん、心配かけたな……しかも感染すかもしんないのに」
「へーんだ、そん時はさじょっちに看病してもらうからね」
「おう任せろ。何でもしてやるよ」
「へ……」
そう、何でも……汗かいて蒸れた体の世話とかむふふふふ──ぐぁふゲッホゲッホ! くっ……邪念が俺の免疫力を妨げる……! 鎮まれ俺の風邪菌! そして滾る血液よ! 下腹部から離れなさい!
「………」
「………」
「………ん、え?」
気が付くと、夏川と芦田がえらく身構えるようにこっちを見てた。えっと? やっぱりマスクしてても病人の咳込みは嫌だって? あ、顔? 顔がキモかったの? よく見ろよ、キモいフリしていつも通りなんだぜ。ぐすん。
「───な、何でもしてくれるの……?」
「え」
え? 夏川? なに何その訊き返し。寧ろ何させてくれんの? 夏川ならどんな内容でも全力で取り組ませていただきますが? 何ならお金払っちゃうぞっ。
「さ、さじょっち、まだ体調悪い?」
「や、もう悪くは───ハッ!? あ、あ〜……まだちょっとだるいかも」
「なーんだ平気そうだね、さじょっち心臓に悪いから何でもするとかやめてね」
「なん……え?」
もう治ったなんて言ったらまた騒がせたのを咎められると思って誤魔化すと、涼しげな顔の芦田が言葉のナイフを向けてきた。いや急に冷たい事言うなよ……何その最大級の拒絶。俺からの看病って致死レベルのキモさ誇ってんの? 何も誇らしくないんだけど。これでもお粥作るくらいワケないんだけど? 花開けお米達っ!
「もうっ、紛らわしいこと言わないでよね!」
「紛らわ───んん?」
〝紛らわしい〟? いったい何と勘違いしたんだ? そんな含みある言い方したことあったっけな……今までにそんな身構えられることなんて無かったと思うけど。
「ま、万が一があったら本当に悪いし……お見舞いくらい行くって。リンゴ剥くのとか余裕だから」
「リンゴは良いからハーゲン」
「病人がアイス食おうとしてんじゃねーよ」
「わ、私は……代わりに愛莉の相手とか……」
「え、逆に良いの?」
芦田はともかく、夏川は前回うちに来た時と比べると少し態度が柔らかくなったような気がする。まぁ、俺だけじゃなくて周囲にも、なんて注釈が付くけど。ほんとマジ陽キャラ化が著しいな夏川さんよ、日に日に教室で話し掛けづらくなって来てるし。段々と生きる世界の違い的な何かがじわじわと見え始めてるような……。
「そういやね、お見舞い行こうって言ったの愛ちなんだよー」
「ちょ、ちょっと圭っ……!」
「……」
キュン。誰か十秒前の俺をはっ倒しておくれ。助走付けて良い。一瞬でも夏川の良心を疑った俺まじギルティ。夏川が優しいなんてずっと前からわかってることだった。
「夏川……やっぱり女神」
「なに言ってんのよ、もう……」
「お? お? 相変わらずさじょっちは愛ち好きだねぇー」
「……? おう」
何か違和感。仲間どうこう言ってた芦田がそんな話を持ち出すなんて。まぁ俺と夏川のことなんて周知の事実だし、ネタっぽくなってんのも否めないけどさ。
「なっ……な、何言ってんの!?」
「え?」
「だ、だからっ……」
「今さら? 今日も可愛いな夏川」
何度もフラれた恩恵。あるとすりゃ、恥ずかしげもなく堂々と夏川に〝可愛い〟って言えることだろうな。今さらそう思ってるって知られたところで困る事なんかねぇし。てか夏川に可愛くねぇ瞬間なんてねぇし。
「なっ、な………」
「え? 夏川?」
「あーごめんごめんアタシのせいだね。さじょっちの生存確認もできたし、このくらいにしとこうか。はい、お見舞いのヨーグルト」
「あ、ども。え、帰んの?」
「なに、帰って欲しくない?」
「や、ホント感染したら悪いし、いいんだけどさ」
呆気にとられるのも束の間、芦田が「か〜、つれね〜」なんて親父くさいセリフを吐きながら、夏川の肩を抱いて帰って行く。ちょ、何その感じ? 夏川さんお持ち帰りしちゃう感じ? そんなのお父さん許しませんよ!
え? 嘘でしょ、えっ、ちょっ……ガチでそのまま帰って行きやがった……。




