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ダークな響き

続きます。



 夏川が愛莉ちゃんを下ろしつつ大丈夫……?と目で問いかけて来たのでとりあえず親指を立てておいた。ヨタヨタと近寄って来る愛莉ちゃんは俺の前まで来ると、「さぁ〜」と言いながら両手を伸ばして来る。そんな彼女の前にしゃがみ込み、応えるように目線を合わせる。


「よし行くぞ─── だぁーらっしゃあッせぇい!!」


「きゃー♪」


「ラーメン屋……」


 眠りかけてたことも忘れるように愛莉ちゃんは楽しそうな声を上げた。今まで経験したこともなかった、か弱い存在。こんなふうに簡単なことで感情さえもコントロールできてしまう危うさに〝守ってやりたい〟なんて感覚が浮かぶ。これが父性か……。


「うふぅ……」


「あ、電池切れた」


 八秒くらいでくたっと力が抜けた妹御(いもうとご)殿。ダイナミック抱っこはどうやら「最後に一回だけっ」っていうよくある寂しさから来たみたいだ。

 人間、力が抜けると重くなるって言うのは本当みたいだ。少し油断しただけで愛莉ちゃんは傾いてしまう。胸から伝わる負荷にえげつないプレッシャーを感じて怖い。動けねぇ……。


「別に、もっと雑に扱っても大丈夫よ。落としたら本気で許さないけど」


「アッハハ、俺がAIだったらバグってるわ」


「眠ったからって衝撃与えちゃダメじゃないってことっ。愛莉は赤ちゃんじゃなくて幼児よ。もう暑い寒いくらいで泣かないし、睡眠の邪魔されたからって泣くような子じゃないわ」


「ふぇぇぇ」


「幼児化するな!」


 おっとイケない、夏川の母性に当てられて。


 ちっこい妹を持つ姉ってすげぇのな、世話するだけならいつでも母親になれそうじゃん。すっごい大人な対応に感心する。女神女神なんて普段から言ってたけど正直まだ甘く見てたわ。マジで俺的に女神に近付いてる。いやもう何つーの? こう……神聖な感じ? こんなふうに誰かを世話するとか俺にはまだまだ遠い話だな。今の俺には到底無理そうだ。







 普通に「お邪魔しました」って帰ろうとしたもののそうは問屋が卸さないようで……夏川は頑なに見送ると言う。そこまでしてくれるとか面映ゆいんだけど……。


「いやぁ……改めて夏川の女子力の高さ──女子力? 凄いんだなって思ったわ。母ちゃんの代わりになれるよなっ」


「ちょ、やめてよ何かキモい」


「ありがとうございます」


「褒めてないわよっ」


 前からそうだったけど、どんなに邪魔くさいって思ってても夏川は反応してくれるんだよな。その辺もきっと、ずっと距離を置けなかった理由の一つなんだよなぁ……。普通なら無視とかするもんだけど。はぁ……マジ女神……。


「アンタその頭、愛莉とか関係無しにどうにかしたら? 前はもっと気にしてたじゃない」


「悪いな、この頭をどうにかするにはサヴァン症候群になるしかねぇんだ。ちょっと雷に打たれて来る」


「中身の話じゃないわよっ……髪の色!」


「あぁコレ」


 根元がすっかり黒に染まった茶髪。ツートンカラーなんてオシャレに誤魔化したものの端から見たら見苦しいみたいだ。確かにな、夏の暑さも相まって何かそういう中途半端な感じがイライラすんのかもしれねぇな。


「そのうちやっとく」


「っ……まぁ無理強いはしないけど、早くした方が良いわよ? 第一印象とか結構変わってくると思うし」


「帰り薬局寄ります」


 何だろう、今日の夏川は独特の強みがあるな。思わず従っちゃうっつーか……。早くしないと大変な事が起こんぞテメェってくらいの迫力を感じる。ここまで言われて明日染めて来なかったらマイナスポイントをくらいそうだ。


「ちなみに、夏川的には茶髪と黒髪どっちが良いとかあんの?」


「え、さっき……」


「ありゃ愛莉ちゃんが良いと思う方だからさ」


「ん、んー……」


「おぅっ……!?」


 何となく訊いてみると、マジに受け取ったのか夏川は俺に近付いてじろじろと見始めた。俺をマネキンか何かのように見立ててるのか、距離感を気にせずにじっと考えている。いやいや……そういうところなんですよ夏川さん。もう漂って来る香りががががががっ。


 考えた末、夏川は表情を変えずに答えた。


「──どっちでも良いかも……」


「そりゃねぇぜ」


「あ……で、でも……」


「うん……?」


 夏川は視線を泳がすと、少し躊躇いがちに言葉を続けた。


「アンタが茶髪だったら、その……あの時声を掛けてなかったかも……」


「なぬ……」


 〝あの時〟──二年半前に初めて会った時の事かな? あぁ……そういや出会ってしばらく経った時に言われたな、「もっと大人しい奴だと思ってた」って。普通はこんな頭した奴にそんな感想抱かないもんな。


「……じゃあ、夏川好みの黒髪にするわ」


「べ、別に好みとかじゃないわよっ」


「俺はどっちでも良いからな、良いって言われた方にしとく」


「ぁ……」


 それじゃ、と手を振って帰ろうとすると引き留められた。振り向くと、夏川は愛莉ちゃんの前に居る時とはまた違う顔で、癖付いたように俺の夏服の袖をそっと摘んだ。いや、あのですね……そういう仕草が俺にダイレクトAEDなんですよ。殺す気?殺す気なの……?


「──きょ、今日はありがと……」


「か……」


 可愛いかよ……あっぶねぇ、思わず声に出すとこだった。今言ってたら絶対に空気ぶち壊してたわ。良かった……俺の喉が自制心を保ってくれて。


「き、気にすんなよ、こっちこそ伝説の愛莉ちゃんに会えて良かったわ」


「で、でんせつ……」


 夏川が「うっ……」とした顔になった。やべっ、嫌味に聴こえちゃったかな……でも実際スマホで愛莉ちゃんの画像見せられるまで「ホントに実在すんの?」って感じだったからな。ま、今となっちゃ俺に会わせないようにした理由もわかるけど……普通自分に付きまとってる男にあんな可愛い妹会わせねぇわ。今回引き合わせてくれたのは単純に二年半の(よしみ)か。仲間意識なんてのもあるみたいだし。


 悪戯心が働いて揶揄(からか)いたくなる気持ちがちらついたけど、それ以上にこの距離感が心臓に悪かった。夏川に言われた通り、髪を染めるため薬局に向かうことにした。







「───くっさ。臭いんだけど」


「飯食った後なんだから良いだろ。お袋の許可は取ってる」


「洗面所の扉閉めろっつの……」


 髪染めって何でこんなに臭いんだろうね。もっとフルーティな香りじゃダメだった?鼻を(つま)みたくても溶液がべっとりついたビニール手袋のせいで摘めない。今から二十分くらいこうしてなきゃならねぇのか……。


 姉貴は歯ブラシを取り出しながら俺が適当なとこに置いてた髪染めの箱を手に取ると、そこに書かれてる文面を見始めた。


「あん? ダークブラウン? アンタ黒にすんの?」


「……やっぱそれ黒なん? 黒髪戻しで良かったんだけど無かったんだよなぁ……べ、別に〝ダークブラウン〟てのがカッコ良さげだったから買ったんじゃねぇからなっ」


「これ普通に黒だし、最初すっげぇ黒になるよ」


「……?」


 黒は黒なんじゃないの? 黒以上の黒ってあんの……? 何それカッコいい。

 厨二魂を滾らせていると、姉貴は俺の周りをぐるぐると回って眉をひそめた。


「ヘッタクソ。ムラできる」


「ええ……?」


「ちょっとそこどきな」


 姉貴は俺を鏡の前からどかすと、鏡台の引き出しから使い捨てのゴム手袋を取り出して──ゴム手袋(・・・・)……? すっごい嫌な予感すんだけど気のせい──あっ、ちょっ……!


「根元が黒だからってテキトーにすんなっつの」


「アダダダダダッ!?ガッシガシすんな抜けるッ!!」


「抜けてもハゲなけりゃ良いでしょ。この世は遺伝、アンタは大丈夫。ハゲる奴はハゲるんだよ、ハゲ防止とか育毛ケアとかしても無駄無駄」


 ちょっ、お姉様? 何かすっごいドライな事言ってませんか! 抜ける抜けない以前に痛いんですけど! ホントに大丈夫!? 大丈夫なの!? ね!? こちとら一時的なハゲもお断りなんだけど!?


 そのまましばらくされるがままイタタタの刑に処された。姉貴のゴム手袋に付いた十数本もの髪を見て俺はさぞ切ない顔をしてたと思う。


「─────な?」


「お、おう、黒だな…………黒過ぎない?」


「言ったじゃん、一週間くらいそんな感じだよ。ガッシガシ洗えば二日くらいで自然な感じになるけど」


 髪染めも終わり、洗ってからドライヤーをかけると黒髪にはなった……なったけど異常な黒さ。もう光が当たっても反射しないレベル。もっと地毛みたいな黒さを想像してたんだけどな……触った感じは前に茶髪に染めたときと同じか。


 次の日、夏川から「あ、染めてる」って言われて俺は死んだ。 ※死んでない



「あ、染めてる」

「似合ってる?」

「……べ、別にっ」

(あぁぁぁぁぁ可愛えぇぇぇぇぇっ!!!)


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― 新着の感想 ―
[一言] 全部刈って丸坊主にすりゃエエんだよ。
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