大人のお姉さん
続きます。
「佐城くんは何を食べてるんですかぁ?」
「あの、コンビニで買った菓子パンとかを少々……」
「もぉ! ちゃんと健康に良いもの食べないとダメですよ!」
「あ、はい」
四ノ宮先輩の横に座り、先輩女子三人と相席となった。何だろう……料理とは別の良い匂いがする。俺の今年の運がガッシガッシ削られて行くのが分かる。とっても残量が心配。でも幸せ……。
とはいえこれは困惑せざるを得ない状況だ。ついこの間までおどおどしてた少女が快晴の青空を想起させるような笑顔で喋り倒しているからだ。少女ってか、先輩だけど。
一体何が起こった……どうやったらあんなに怯えてた子がこんな明るくなれるんだ? まるで夏川が視界に入った瞬間にテンションぶち上がる俺みたいな……ハッ! ま、まさか……!?
「彼氏──」
「そんなわけあるか」
「みみみみ耳みッ……!?取れる取れる取れるッ!!?」
早ぇっすわ先輩。俺の耳伸びてない? ヤだよ片方だけエルフみたいな形になるなんて。
強烈に引っ張られてお〜イテテとなってると、稲富先輩の隣に座る初対面の先輩と目が合った。
「───そんなわけあるか」
「や、分かりました、分かりましたから……」
稲富先輩、思ったより溺愛されてる説。まさか初対面のお姉さん先輩に敵意を向けられるとは思わなかった。何なら最初から警戒されてる。まぁそんな女子も居るかと思ってたら、この人も稲富先輩絡みでめんどくさいタイプらしい。
「あっ……佐城くんは綾ちゃんと会うの初めてだよねっ。三田綾乃ちゃんだよっ! 私の幼馴染なの!」
「彼女はゆゆをここまで立派に育て上げた優秀な後輩なんだ。ゆゆと同じく風紀委員に属している」
「はぁ、宜しくお願いします」
「………宜しく」
何とも素っ気ない態度である。稲富先輩の謎の友好的な態度が仇になってるかもしれない。知らない内に大事な幼馴染みが苦手なはずの男子に友好的な態度をとってたらそりゃ何だコイツってなるわな。俺がその立場ならもう即校舎裏だわ。
「もう綾ちゃん!何だか素っ気ないよ!」
「そ、そんな事ない!」
「えー、何だか冷たいよー」
稲富先輩が三田先輩を窘める。何とも違和感のある構図である。小さい子に怒られてしょげる女子高生のように見える。後者は合ってんのにな。
幼馴染コンビが言い合ってるうちに、四ノ宮先輩にこっそり話しかける。
「あの……稲富先輩って男子が苦手じゃなかったんですか?」
「苦手だよ、今もな。でも……たぶん君は特別なんだろう」
「は? と、特別……? 俺が?」
「───ほら綾ちゃん! もう一回!」
コソコソ話していると、稲富先輩が三田先輩の腕を掴んで俺と向き合わせた。わぁ、満面の貼り付けたような笑顔!口元がピクピク動いてる! すっごーい!! あとでぶん殴られそーう!!
「み、三田綾乃です! 宜しくねっ……!」
「無理しなくて良いっすよそんな……」
「ゆゆの為なの!言っとくけど君の為じゃないんだからね!」
「もう綾ちゃん!」
「うっ……」
「稲富先輩も……俺そんな気にしないですから」
伊達にキモいと扱われてここまで来ていない。俺の潜り抜けて来た罵声の中は過酷極まりなかった。だがそのおかげで今! もはや俺はそれを気持ち良いとさえ感じる時が有ったり無かったり! 無かったら良いな!
「いーい! ゆゆ! 男っていうのはゆゆみたいな可愛い子を変な目で見る変態ばかりなの! もっと警戒しないと駄目なんだからね!」
「さ、佐城くんはそんな子じゃないもん!」
「そうだぞ、チキンなんだ佐城は」
「あのぅ? 真横からいきなりぶっ刺してくんのやめてくんないすか?」
びっくりしたわ。崖からいきなり突き落とされたような気分だ。まさか横で保護者面してた四ノ宮先輩が長槍を隠し持ってるとか思わないじゃない……。
男とは何か。それを先輩女子三人が男の俺の前で熱く語り合っている。稲富先輩だけ限定して俺の事を語ってるのがやけに小っ恥ずかしい。てか、んな何度も会ったこと無いはずなんだけどな……。
そんな平和な居心地の悪い時間が続き、解散する頃には何かもう俺の色んなもんが縮こまっていた。男語りする女子怖い……俺が女性恐怖症になっちゃいそうだ。姦しく騒ぎながら食膳を返しに行く三人を眺める。色んな意味でやっぱ大人だったわ。何だかOLの世界を垣間見た気がする。たった1、2年の歳の差であんな風になるもんなんだな。
そんな大人のお姉さん達をボーッと眺めていると、一足先に戻って来た四ノ宮先輩が俺を見てニヤニヤとしていた。
「……何すか」
「どんな気分だ?ゆゆの成長ぶりを見て」
「摩訶不思議ですね。女性向けのVRシミュレーションゲームでもさせたんですか?」
「なに、そんな手段が……いやいやそんな事はさせていないよ。ゆゆは私の嫁だ」
「三田先輩は?」
「お母様」
「まさかの」
そういえば稲富先輩を育てた云々みたいな事言ってたな。まさか稲富先輩と同い年の後輩を恋人の母と見立てましたか。伊達にたゆんたゆんしてないということか……いやそもそも恋人じゃないでしょうがこんっ馬鹿ちんが! イチャイチャする時は俺の前で宜しくお願いしますねっ!
変な関係性だよと思いつつ、会った時からずっと思っていた疑念を先輩にぶつける。
「………稲富先輩に話さなかったんですね」
「ふむ……あの時の放課後での事か。言う必要があったか?」
「別に……でも、俺が稲富先輩の事をよく思っていないと分かっていたはずです。そんな後輩の男子、先輩なら二度と稲富先輩に近付かせないようにすると思いました」
「そんな事するわけないだろう。それに───」
見ない振りをしたせいだろうか、あの時の四ノ宮先輩の悩ましげな表情を思い出せない。でも思い出す必要なんて無いほどに、先輩は優しく笑って、悩み一つ無さそうな顔で俺を見た。
「ゆゆを変えてくれた恩人を、私は絶対に無下にはしないよ」
「………は? 恩人?」
恩人? 何で俺がそんな大袈裟なものになってんの? そんなに稲富先輩のために何かをした記憶は無い、ただ適当に返事をして面倒事を避けようとしただけだ。それなのに、恩人……?
「君が言った通り、確かにゆゆの思い込みには多少の傲慢さが有ったかもしれない。でもな佐城……必要なのは正しさや合理性じゃなかったんだ。受け入れてくれる存在……苦手な男子にだって良いところはあるのだと、その取っ掛かりを得る事こそがゆゆに必要なものだった」
「取っ掛かり、ですか……」
「あの時の君の相槌やゆゆに直接かけた言葉は表面上のものに過ぎなかったかもしれない。でもな、それは遅くともゆゆに自信を与えるものだった。あれからと言うもの、彼女は階段を駆け上がるかのように調子付いて行ったんだ。聞こえは悪いけどな、過剰なまでに引っ込み思案な彼女にとっては寧ろ丁度良い傾向だった」
「……」
「過程はどうあれ……そのきっかけをくれたのは佐城、他でもない君なんだよ」
「そんなの、まぐれですよ」
「構わない。それもまた、君が余計なお世話と称した厚意が無ければ起こり得なかった事だ」
「……」
爽やかさも無い男が人気の無いところで女子に声をかけたら怯えられる。その考えは今でも変わらないし、同じ過ちは二度と繰り返すまいと思っている。もし同じように重そうに荷物を運んでいる女子生徒が一人で居たとしても、たぶん知り合いでもない限り見て見ぬ振りをすると思う。
「もう、同じように声をかける事は無いと思いますよ?」
「それも構わないよ。別にそれで悪い事が起こるわけじゃ無い。今回は、ただ良い事が起こったんだ」
「まぁ……結果的にはそうなんでしょうね」
男子が恐い……下手すりゃ教師でも呼ばれる可能性があった。あの場面で悪い事が起こるとすれば間違い無く俺の方だったわ。もしかしたら稲富先輩より俺の方がラッキーだったのかもしれない。
「自信を持て佐城。君はゆゆだけでなくこの私の悩みさえ解決したのだからな」
「俺なんかしましたっけ?」
「君の言った通り、悩む後輩に『気にするな』と肩をポンとしたんだ。そしたらゆゆがな……ゆゆが嬉しそうにしな垂れかかって来てもう、もうッ……!」
「『もうッ……!』って」
赤リボン少女を撫でくり回してる先輩が思い浮かぶ。想像しただけで鼻の付け根がツーンとして来た。これはマズイですね……お礼言ってるとこすんません、ちょっと上向いてて良いですか。
「………因果なものだな」
「何すかその大河ドラマみたいなセリフは」
「いやなに、君がまさかあの楓の弟だとは思っていなかったんだ。まさかと思って尋ねてみたらびっくりしたよ」
「……! やっぱり、姉貴とは知り合いなんですね」
「一年のド頭からの知り合いだよ。あの頃のアイツには私も手を焼かされたぞ」
二年前の姉貴……入学して次の日には金髪に染め、ギャルデビューに乗り出していたあの頃か。俺も夢や理想に取り憑かれていた時期だったとは言え、あの姉貴を最初に見た時はマジかコイツと思ったもんだ。
「あー……あの時代っすね」
「あぁ、弟の君なら知ってるか。まったく見ていられなくてな……今のアイツに軌道修正するためにどれだけの労力と時間を費やしたか憶えていないよ」
「聞きたくないっす。しゃらっぷ」
「くくっ……」
姉の黒歴史なんて弱みを握れるとしてもわざわざ聞きたくない。気が付けば謎の拒絶反応が働いて耳を塞いでその場から逃げ出していた。後ろからせせら笑う四ノ宮先輩の声が妙に頭の奥まで響き渡る。
「またな! 渉!」
やめて!急に心の距離詰めないで! アタシ爆発しちゃう! ファイナルエクスプロージョン!
自信を持てと言われても困る。俺は別に自信を失くしたわけじゃなくて過剰な自信を抑えただけなんだ。そこんとこ勘違いされちゃ困りますよ凛先輩! やだアタシの心歩み寄ってる!?
大人のお姉さん、超怖い。
でも好きっ。




