凡人の宣言
失恋経験のある作者が言うんだから間違いない。
「好きだ。付き合ってくれ」
めっちゃ格好良い顔で愛華に想いを告げた(つもり)。一世一代の告白というには似たような言葉を重ね過ぎている。もはや愛華にとっても在り来たりな言葉でしかないだろ。
目の前の美少女の様子を窺いながら、お洒落なオニオンスープを口にやる。緊張で味がしないし全然潤わないんだけど……すまんなお袋。お気に入り2袋も使っちゃった。
「はっ、はぁ!?何言ってんのよ!アンタと付き合う訳ないでしょ!」
うん、知ってた。そうだよな。
「なぁ……俺達っていつから名前で呼び合うようになったっけ」
「何よ矢継ぎ早に……名前呼び?確か高校に上がったとき───って、気安く呼ぶんじゃないわよ!みんなが勘違いするじゃない!」
そうだな。愛華からすりゃ迷惑な話だ。彼氏面もいい所だ。
「………だよな、そうだよな」
これが現実。俺が今まで目を背けて来たもの。中学の頃からそんなわけないだろと夢を見続けて来たありのままの俺。その夢から、まさかサッカーボールが壁にぶつかる音なんかで覚めるなんてな。あと鏡、お前は残酷過ぎる。R-18。
「いや悪かったよ、夏川」
「今さらあや───え?」
急な苗字呼びにきょとんとする愛華。いや、夏川。そりゃそうだ。何度やめろと言っても聞かなかったのに、今になってあっさりと言う事を聞かれたらびっくりもするだろう。
夏川は此方をビシッと指差したまま固まってしまった。そんな様子がおかしくてつい笑みがニヤリと零れてしまった。いやそれ零れる感じじゃなくない?
現実を見ても夏川への愛しさは変わらない。彼女を手の届かないアイドルとして見据える分には誇らしく思う。現実を見たからと言ってこの気持ちの全てを否定したくはない。
だからこそ、この欲張りな感情は許されない。
「打っても響かず、殴った分だけ懐いてしまう。普通に考えたら頭おかしいよな」
「え、ええ……い、いきなり何よ………」
「そりゃあ───」
「たっだいまー」
言葉を続けようとすると、気怠げな声と共にリビングの扉が勢い強く開けられた。ヤンキーよろしく帰って来たのは、今年受験生の我が姉。肩掛けのカバンを放りカーディガンを脱ぎ捨てる。
「おかえり姉貴。びっくりするからゆっくり頼むわ」
「はぁーマジ疲れた。渉なんか飲み物──って」
帰って来て直ぐにソファに飛び込む姉、名前は楓。その名前にそぐわないガサツさに溜め息を隠せない。こんな姉貴を見て育ったのも夏川の事を好きになった理由の一つなんだろう。慎ましさが良い。
そんな呑気な事を考えていると、どうやら姉貴が夏川の存在を発見したようだ。
「わ、渉が女の子連れ込んでるー!!?」
もうちょっと言い方無かった?デカい声だ。これはお隣さんにまで聞こえたのではなかろうか。誤解が広がるような事は勘弁してもらいたいんだけど……。
数秒後、姉を塾に迎えに行ってた母親が姉の声を聞きつけてすっ飛んで来た。俺と夏川がダイニングテーブルを挟んで向かい合っているのを見ると、項垂れるように安堵の息を溢した。
まさか俺たちが事に及んでいると思ったんじゃ……。
「紛らわしいのよ馬鹿!」
「痛ッた!?だ、だってっ……!」
お、おおぅ。お袋が怒ってるのを久々に見た。確かに、姉貴の叫び声尋常じゃなかったもんな。
お袋は姉貴の頭を引っ叩くと、ズレたフリースを着直して外向きの笑顔を作り始めた。
「こ、こんばんは。渉のお友達かしら?」
「高校生向けの話し掛け方じゃなくない?」
「ちょっとアンタは黙ってて!」
今日の母は珍しく感情的である。姉と二人して姿勢を正し、夏川の事を上から下までジロジロと見ている。この姉にしてこの母、ひいては俺ありってか。ホント失礼な家族だなおい。ちょっとやめて、品定めとかホントやめて!
「ってか激カワじゃん!まさかアンタの彼女とかじゃないよね!?」
「そんなわけないでしょ馬鹿娘!あの様子を見なさい!何か……何かそういう感じじゃないでしょ!」
「だよね!幾ら何でも渉には勿体無さ過ぎるって!」
察しが良いのは話が早くて助かるけど言いたい放題だなこの二人、ホントに家族?実は俺が親戚の息子で俺を煙たがってるとかじゃないよね?いやよく考えたらこんなのいつもの事だったわ。全然怒ってない俺がいる。マジで鋼メンタル。
んでもって、これで俺の言いたい事はわかったはずだ。
「───っとの事らしい、夏川。んな分かり切った事を俺は今まで気付いていなかった。少し考えたら直ぐ分かる話なのにな」
「え……?」
「打たれりゃ響く。殴られりゃそれだけ吹っ飛ぶ。嫌われたらもう近付かない。人間関係なんて普通そんなもんなんだろうな」
きっと俺自身、どこかにずっと違和感を覚えていたんだ。夏川愛華の事が好き。だが、いざ付き合ったときの自分と彼女の姿が想像できない。それは何故か?
どれだけ想像しても隣り合う俺達が釣り合ってるように思えないからだ。わざわざ容姿に格差のある残酷な光景を想像するなんて辱めを自らするはずが無い。
少なくとも今は世の中に顔なり運動神経なり、生まれながらの格差があると思っている。だからこそ自分の分というものを自覚できた───長い夢から覚め、俺はいつしか置き去りにしていたありのままの現実を見つめ直す事ができたんだ。
「だから、そういった今時の“当たり前”を汲んで空気を読む事にするわ。いつもよりもうちょい落ち着きを持てるようにするから、宜しく」
「よ、宜しくって……アンタ………」
とは言い切ったものの、夏川のようなドラマのヒロインみたいな美少女じゃなくてもそれなりに青春する有象無象はいる。自分の分さえ弁えれば、俺にだってこの学生生活を楽しむ事ができるはずだ。
ここは一つ、俺の5、60倍の分を持つ彼女の力をお借りして。
「───というわけで、夏川の友達とかで俺に合うようなコ居ない?」
「なっ……!? 〜〜ッ!!」
「あ、あれ……?」
肩をワナワナと震わせる夏川。どう見てもお怒りのようにしか見えない。美少女に睨まれた小市民な俺に身動きを取るほどの勇気は無い。もっと冷めた感じに呆れた顔をされると思ったんだけど……。
「───最っ低ッ!!!」
「うわっ!?」
引っ叩かれると思った俺は慌てて身構えた。が、夏川はそうせずに両手でダイニングテーブルを強く張ると足早に玄関の方へと向かった。一拍置いて慌てて追いかけるが彼女の足取りは速かった。
「お、おい夏川!」
「うるさい馬鹿!」
追いかけるも、夏川は何時ものように俺の手を振り払って先を行った。最後に見えたのは彼女が曲がり角を曲がって全力で逃げて行く姿だった。