彷徨う居場所
続きます。
「……は?」
予想だにしてなかった展開に思わず呆けてしまった。まるで俺に対して好意的な何かを感じさせる内容。ありえない、そんな事はありえない。何故なら俺は夏川にしつこく絡んで散々迷惑をかけて来たからだ。
「あのねさじょっち。アタシも詳しい事は分からないけど、愛ちから聞かされてたんだ。今朝の時点で愛ちは〝さじょっちが愛ちゃんに会う〟ってシナリオが勝手に固まってたらしいの。だから今日の一日を通して強く当たってしまったんだよ。だって今日のさじょっちったら、つくづく愛ちを焦れったくさせてたもんね。最近もそうだけど、全然絡んで来ないんだもん」
「え……?」
よくわからない。耳に入って来た言葉をどうにか咀嚼する。
落ちつけ、いったん整理しよう。夏川は俺を愛莉ちゃんに会わせようとしていた。理由はまだ定かではないけどそれは夏川にとってほぼ確定的なものであって、学校で夏川が何度か俺の元に来たのはそれが理由だった。
いやでも、昼に強引に連れ出されたり、さっき学校の屋上で胸倉を掴まれたりしたのは何でだ? 村田や古賀と関わって下品な話題になったのが許せなかったとか? いやそもそも夏川が俺のこと気にしたりすんの……?
「え? 夏川、これって……」
「──える」
「え?」
「帰るっ!!」
「え!? あっ! ちょっと! 夏川! 荷物!」
急にバッ、と立ち上がった夏川。真っ赤な顔で、荷物も持たずそのままファミレスから飛び出して行ってしまった。徒歩で通学だし、家族も帰ってるだろうから家に入れないなんて事は無いだろうけど……。
「………」
「………」
引き留めようと手を伸ばして立ち上がったまま固まる。何これヤバくない? 今の俺、端から見たら完全に恋人に逃げられた哀れな男じゃん? いや、でも芦田が居る時点で話は変わんのか……? 「ヤだなに二股? サイテー」とか思われそう。
「……あ、あのお客様?」
「あ、もう帰るんで。さじょっち、お金」
「…………うす」
何とも言えない空気のまま、芦田は俺が取り出した財布を奪い取って自分の財布も併せて会計に向かった。手足を操られるように指示され、全員分の荷物を抱えて呆然とその後ろを付いて行く。何とか俯瞰して状況を鑑みようとしたけど無理だった。ただ見たまんまの状況を実況してるだけだわコレ。もう頭ん中ぐるっぐるしてんだけど。
まともに記憶を辿ることが出来たのはファミレスを出て、喧騒の無い道に入ってからだった。
「……夏川が可愛かった事しか憶えてない……」
「そのうち他のも思い出すよ、嫌でもね」
「……オーライ」
外も暗くなり始めてるし送ってくって言うと「じゃあ途中から外灯が続くからそこまで」と返された。我ながららしくないイケメンムーブにしか思えないけど、このモヤモヤを何かしら体を動かす形で紛らそうとしてるんだと思う。
ただ道を歩きながら思う。あの、俺ずっと全員分の荷物持ってんだけど? 特に芦田、この馬鹿デカいスポーツバッグ。中に絶対バレーボール入ってるよな? 歩く度に俺のケツに当たってバフンバフン跳ねるんだけど……。てかバレーボールって持って帰るもんなの?
「───さっきので解ったでしょ、さじょっち」
「な、何が……」
「別に愛ちはそこまでさじょっちの事をキモいなんて思ってないって。何年も言われ続けて、さじょっちだってそんなの挨拶みたいなもんだって思った事は無いの?」
「何年も言われ続けて『あぁマジなんだな』って思ったけど。それに、俺を嫌ってないとは限らないだろ?」
「そだねー、でもきっと愛ちも思ってるよ? あれ? あれれ?ってね」
「んだそれ……」
「さじょっちはそれで良いのかもね。少なくともさじょっちは言いたいこと言って来たと思うし。でも、前にも言ったけどこれだけは忘れない方が良いと思うよ」
「……?」
「──さじょっちは、きっと愛ちにとってはもう居場所の一人なんだよ」
「……」
外灯が見えた。芦田が俺に絡みついた荷物を夏川の分まで含めて剥ぎ取って行く。身軽になって立ち尽くす俺を、芦田がスポーツバッグでど突いた。
「んだよ」
「居心地の良し悪しとかじゃなくてさ、自分を好いてくれる誰かが居て嬉しくないわけがないんだよ。たとえそれがキモくて煩わしかろうと、自信を保つ支えになるから」
「やっぱキモいんじゃねぇか」
「──それでも、自分の居場所が突然一つ無くなったら誰でもびっくりするし、不安にもなるよ」
「……」
芦田はそう言い残し、最後にもう一度俺をど突いてから走って行った。イライラしてたはずなのに、別れ際のアイツは妙にニマニマと笑っていた。何が腹立つって、アイツ一回も〝キモい〟の部分否定してくんないとこだよな。そーゆーとこだぞ芦田。
「……肉まん、買って帰るか」
初夏の夜。スマホのホーム画面にあるガジェットが気温を二十七度と告げていた。暑いはずなのに、俺の体は汗も出ず冷え切っていた。
◆
玄関には家族分の靴が並んでいた。中でも親父の革靴が群を抜いて草臥れている。黙って下靴箱から靴用クリームを取り出してその革靴の側に置いておいた。磨かないよ? 触りたくないし。
リビングの扉を開けると左手にキッチンとダイニング、右手にテレビと二つのソファーが見える。頭の中は冷え切っていて、脳死作業のごとく玄関を上がって来たはずなんだけど、いつも帰ったらまずどうしていただろうと思い、踏み止まった。
「何してんの、〝ただいま〟くらい言いな」
「あぁ、ただいま……」
皿を洗うお袋に言われ、奥のテレビの方に向かう。確か、帰って来た直後はこの辺に通学鞄を転がしてたはず……んで、疲れたっつってソファーに寝転んで靴下を──
「…………別に、言ったこと再現しなくて良いんだぞ」
「……うっさい」
入り口に背を向けていたソファーには既に住民が居た。住民は寝転んでスマホを弄り倒している。片方の靴下は放っぽられ、もう片方は上手く脱げなかったのか足の途中でロール状になっていた。恐らくK4にとっては垂涎ものの実に無防備な光景。俺? 虚無。
そんな暴君の姿を見て、あるものが足りない事に気付いて少しニヤけた。
「──悪かったな姉貴。乱暴な事言った」
「は……?アンタ……」
差し出した袋を手渡し、その中の肉まんを見た姉貴が複雑そうな顔をする。オラどうした食えよ大好物だろう? 弟に買わせた肉まん頬張りながらソファに我が物顔で寝そべってスマホ弄り倒せよ。ほらほらほら。
「……い、いらない」
「……ふぅん」
よく考えたらあれから姉貴が肉まんを買わないと思えねぇわ。これあげたとして何個目なんだろうな。流石に太るか。体重計に逆ギレしてる姉貴は流石にもう見たくない。自分で食べよっ♪
「──てか、乱暴されてたのアンタでしょ」
「や、あれは……」
おい、何でそんな可哀想な目で俺を見るんだよ。いつもあなたが俺にやってる事ですよ!なに〝自分はそっち側じゃない〟顔してんだよ。おい! 靴下放ってくんな!
「で、あの子達とナニしてたわけ?」
「普通じゃない何かがあったような訊き方やめろよ」
「どっか上の空じゃない。何かあったでしょ」
くっ……! 謝った手前ズケズケと訊いて来やがる。答えろってか? 妙に俺の青春だの何だの心配されたからかめっちゃ答えづらいじゃねぇかっ……。
「……知らね。色々あり過ぎて夢心地になってるだけだっつの。はよ寝たい」
「ふーん、そ。どうでも良いけど」
いや無理あるから、絶対気になってんだろこの姉。又聞きに加えて姉貴本人からも青臭い言葉もらったからな……心配されてんだなって思うとむず痒くなって仕方ない。不器用過ぎんだろ……。
「……そうだ、俺からも一言言いたい事あんだわ」
「な、何よ……」
「人の心配する前に自分のこと心配しろっつーの。多過ぎなんだよ、流石にあの生徒会の四人全員は弟としてどう反応して良いか困るわ」
「なっ……!? ち、違うしっ!? アイツらはそんなんじゃッ……!」
「……まぁ、姉貴の事だから選ぶ時は選ぶだろうけど、夢と理想に取り憑かれた奴が何やらかすかはよく知ってんだよ。今のうちにそこんとこの塩梅考えといた方が良いんじゃねぇの」
面倒事はゴメンだけど、身内の話となると話は別。家の中の空気がクソ重くなる事態なんてヤだし。せっかくだからこれを機に色々言わせてもらおう。
「ッ……はぐッ!」
「あ……!?」
手に持ってた俺の肉まんに姉貴の大口が強襲した。驚いて手離してしまったそれはあっという間に姉貴の口の中に吸い込まれて行く。おのれこの暴君っ……なんつー頰袋してんだよオイ……!
「ふんっ……ほもえもめももむもむもうも!」
「何言ってるか解んねぇ、よッ!!」
「んー!!?」
口から肉まんをはみ出させて頬をパンパンにしてるところをスマホで連写。慌てて顔を隠す姉貴を尻目にリビングから退却。近いうちにK4達と接触して売る事を誓った。
その後、姉貴が金属バットを持ってゆらりと部屋に入って来た時は本当に死ぬかと思った。