現実的に考えて
ラブコメのような展開が現実で起こったらこんな感じじゃない?って感じで書いていきます。
つつがなく下校の時間を迎えた。何だか今日は一日がめっちゃ長く感じる。朝の一件からおかしくなった調子は昼飯を食って取り戻したかなって思ったけど……なんかこう、まだ違和感が残ってるんだよなぁ……。
それと、気のせいか?クラスの雰囲気が何処と無くいつもより落ち着いてる気がする。昨日までもっと騒がしかった気がすんだけど……。
「ふぁ~あ。ねっみぃ……」
「どした山崎、寝不足か?」
「んぁ、いや、そうじゃねぇんだけどさ……」
右隣に座る山崎がグッタリと机に上体を投げ出して嘆いてたから声をかけると微妙な反応をされた。何なのコイツ、普通は放課後ってウキウキしながら帰るもんじゃねぇの?あ、そうだコイツそういえばバスケ部だったわ。
そんな山崎とは反対側、左隣に座る愛華に目を向けると、まだ帰る準備も進めずにジッと座っていた。話しかけてみるか……?いつもみたいに。
「愛華、帰るか?」
「へ?……な、何で私がアンタと!」
「あ、あー……そっか。わかった、んじゃまた明日な」
「え……え?」
普段から煙たがられてるし。想い人にこれ以上迷惑かけるわけにはいかねぇよな。
放課後の廊下。帰る生徒と部活に向かう生徒で賑わっている。帰りにどっか寄ろう。そういや中学の頃に読んでた漫画があったな。途中まで買って集めてたけど、あれまだ続いてんのかな……。
下校する前に用を足しとこう……立ち上がってから尿意が。
「──ん? ぇ……」
男子トイレに入って右側、手洗い場にある大きな鏡。それを見て思わずハッとしてしまう。
「………俺、何やってたんだ?」
鏡に映ってるのはだいぶ伸びた茶髪を少々整えただけの男子生徒。それが自分だっていうのは当然なんだけど、俺が驚いたのはそこじゃない。
高校デビューのため整えた髪型に対して然程似合わない普通な顔。別に身長も高いってわけじゃない。さらにスペック的な事を言やあ運動が得意なわけでもないし、勉強ができるっつーわけでもない。
冴えない奴……ってそこまで卑下するつもりはないけど、俺ってこんなに普通な奴だったっけ?こんなに特筆すべきモンが無い奴居るかね?
昼に抱いた疑問。どうして愛華への感情は変わらないのに熱が冷めたかのような感覚に陥ったのか、その正体はまさにこれを自覚した事ではないだろうか。
そうだ、夏川愛華は高嶺の花なんだ。
可愛いかったり、スタイルが良い芸能人に恋心を抱く奴もいる。だからって大マジに付き合おうと行動する無謀な馬鹿は居ない。そうだ、今の俺にとって〝夏川愛華〟ってのは一世を風靡する人気アイドルで、俺はそんな彼女に恋心を抱くファンなんだ。
目の前に一押しのアイドルがテレビ撮影していたらどうする?答えは、迷惑にならないように一定の距離を置いてそこから応援する、だ。これぞファンの鑑。
急に我に返った気持ちになったのはそういう事か。冷静に考えればそうじゃんか、愛華のような容姿端麗で勤勉な才媛が俺のような奴と釣り合うわけねぇだろ。何で今まで気付かなかったんだ……!
「付き合ってくれって……マジかよ」
俺以外に誰も居ない男子トイレ。鏡に映る自分に向かって呟く。顔に血が上って来た。もしかして俺は周囲から見りゃさぞ無謀な挑戦をし続けるピエロのように映ってたんじゃないだろうか。
さらに冷静になって考える。好きでもない男に延々と迫られるとか、女子にとっちゃとんでもなく気持ち悪いんじゃねぇの。
「……アホかよ………」
鏡に映る顔から血の気が引いて行く。キラキラフワフワしてた長い時間。盲目になった俺はあまりにも多くの時間を奪われていた。他でもない、自分自身にだ。おまけに想い人の都合すら考えない始末。これ、かなりヤバいんじゃないか……?
「………」
ダラダラと変な汗が流れる。トイレの窓を全開にして冷たい風を受け、偶然持ち合わせてたハンドタオルで拭く。
不思議とその汗が止まるまで、トイレには他に誰も現れなかった。
◆
実写化って何であんなに罪深いんだろうな。中学の頃、受験期だった理由で購読を控えた漫画のシリーズがあったけど、まさか今になってその実写版であの時の続きを知る事になるとは思わなかった。何より、常に突き付けられるコレジャナイ感。これはギルティだわ。
これは原作の方で記憶を上書きせねば……。
そんな事を考えていると、インターホンの音が鳴り響いた。不都合なことに偶然にも今家には俺しか居ない。玄関に向かって扉を開けると、そこにはまさかの人物が立っていた。
「愛華……?何でうちに?こんな時間にどうしたんだ?」
時刻は19:30。そんな時間に我らがアイドル、夏川愛華はやって来た。赤茶髪の髪は風呂上がりなのかどこかしっとりとしていて、腕の白肌から溢れ出る色っぽさに思わずドキッとしてしまう。いやそもそも常にドキドキしてんだけど。
「お、遅くに悪いわね……」
「そりゃ良いけど、何で……」
「ぶ、部活で残ってた奴にアンタん家教えてもらったのよ!」
こんな美少女が一人で夜道を歩くとか危な過ぎてヤバい。愛のあまりに激しく説教してしまいそうだ。つーかこの時点で俺の方が危ない事しちゃいそう。
そもそも何で俺の住所を調べたんだ?愛華が俺の事をどう思ってるかなんて簡単に想像できる。少なくとも自分から俺に近付こうなんて思わないはずだ。本当は好感度高め……?なんて事は絶対に思わない。俺が愛華だったらこんな男どんな手を使ってでも突き放してる。
「な、何か話か?」
「え、ええ、そうよ」
「………」
……成る程。
ついに来たか、と思った。気持ち悪いからもう付き纏わないでくれとガチトーンで言われるか、それとも本気で好きな人ができたからもう自分とは関わらないでくれと言われるか。愛華はそのどっちかを言うためにわざわざやって来たんだ。そうじゃないとこんな手間をかける意味が解らない。
「……上がるか?ちょうど誰も居ないぞ」
「だ、誰も居ないの!?」
「いつ帰って来るかわからないってのも補足しとくわ」
連れ込んで何かしてる時に家族帰って来たらヤベぇだろ。そもそもこのご時世にそんな事するつもりも度胸もないし。
恐る恐る上がり込んで来た愛華をダイニングテーブルに座らせる。リビングの一角にあたる場所の方が彼女も安心できるだろう。
まだ初夏でもない季節。そんな夜を風呂上がりに歩けば湯冷めしてしまう。寒さよりお洒落を優先したい気持ちはわかるけど、ワンピースは幾ら何でも薄着じゃねぇ?てか何で嫌いなはずの俺に会うのにそんな扇情的な格好なの……?
愛華の前に粉溶けのオニオンスープ(※お袋の趣味)を置き、椅子にかけられたブランケットを差し出す。珍しく彼女はしおらしく従いそれを羽織る。アイドルの体調管理は第一である。
気まずさをバシバシ感じてると、愛華が口火を切ってくれた。
「ねぇ、アンタさ……何かあったの?」
「あったっていうか……俺、何かおかしかったか?」
「おかしいっ……いや変じゃなかったけど!だからこそおかしいんじゃない!」
「お、落ち着けよ」
何となく言ってる意味は分かる。愛華にとっちゃ奇怪な言動してる方がいつもの俺なんだ。やっぱり愛華は俺が今日おかしくなっていた事に気付いてたんだ。じゃあつまり愛華はそれを問い詰めに来たってこと?あのトイレで変な自覚をしたことを今ここで言えと?超恥ずかしいわ言えるわけねぇじゃん。
「あ、アンタって普段は打っても動じないと言うか、寧ろ向かって来るからドМと言うか……と、とにかくキモいじゃない?」
「同意しろと」
「そ、それがいったい今日の聞き分けの良さは何よ!今度は何を企んでるの?答えなさいよ!」
「……」
普段の俺は聞き分けの悪い粘着男。俺自身振り返ってもそう思う。あの手この手で接近してたんだから何か企みを持ってると思われても仕方ないだろ。だからっつってありのままを話して更に嫌われんのは俺がちょっと死ねる。全然ちょっとじゃねぇし……じゃあどうすれば。
「えっと……さ、愛華」
「な、何よ」
なら……それなら言ってしまうのではなく、結果で証明してしまえば良いんだ。俺の今日の変な目覚めと、踏ん切りを付けた愛華との関係性が間違っちゃいないんだという事を。
そのためなら───
「好きだ。付き合ってくれ」
もはや、変わってしまう関係なんて何も怖くない。
開始数ページでガチ告白。