夢見る男子は目を背ける
続きます。
学校の制服も夏物に切り替わり、その分外の照り付ける日差しも増したように思える。夏川にペースを合わせなくなったから基本的にはのんびりした時間に家を出るようになったものの、こんだけ日が昇ってしまうともう暑い。かと言って早起きするのもツラいというもの。やっぱり夏なんて無くて良いわ。
「……Shit」
遅めの時間帯だと校門周辺は生徒で賑わう。だけど暑さからかやっぱりその面々はうへぇとした顔でゾンビウォークになっている。きっと俺もあんな顔になってるんだろう、世界が世界なら勘違いされてヘッドショットされてもおかしくない。
「Oh……Ah〜ha」
昇降口を潜ると校舎内の空調から降りて来た冷気を感じられた。何この爽快感、思わず下駄箱で深呼吸しちゃったんだけど。周囲を見るとリボーンしたヒューマンで溢れていた。そこ、涼しくなった瞬間イチャイチャするんじゃない。
教室の手前まで来るともう夏なんか忘れてしまうレベルだった。空調の波動(冷気)を感じる、今日ほど月曜日を喜んだ事は無い。学校で快適な夏を過ごせるなんて人生で初めてだ。進学校なんて関係ない学力ピンキリな生徒が集まる何の期待もされてないオンボロ中学校にそんな設備は無かったかんな。
教室に入ると爽快感が包み込んだ。涼しい……なんて快適な空間なんだ、今ならめっちゃ勉強が捗る気がする。一限って何だったっけ?現代文?よし寝よっ。
浮き出た汗はまるで一足早く冬眠から目覚めてしまったリスのよう。拭ってしまえばもう現れない。ゆっくりお眠りなさい、我が汗腺達よ。
教室にエアコンがあるという感動に打ち震えていると、朝礼前の予鈴が鳴り響いた。俺そんなギリギリだったんだ……。
「あ!おはようさじょっち!」
「………oh……」
「は?」
やって来た芦田に呼びかけられて感嘆。女子の夏服。重々しい色合いの分厚い装甲が取っ払われ、男子生徒と同等の真っ白な装備に替わっている。天国かよ……芦田でさえ超眩しく見えるんだけど。おかしいな……姉貴にはそんな事感じないのに。
「おはようさん。心臓に悪いから突然薄着で目の前に現れるのやめてくんない?」
「女子の制服を薄着って言うのやめてくんない?この変態」
だってお前……防御力95くらいあったのが突然20だぞ。それに対して男子に対する攻撃力が17倍くらい跳ね上がってんだけど。見ろよ、男子諸君が窓の外以外に視線の逃げ場無くしてるじゃねぇか。
「で、でも……似合ってるっていうのはこれ以上無いくらい伝わったよ?」
「ハッ!?夏川は!?夏川の夏服姿!」
「ははっ、コノヤロー」
おい脛はやめろ俺が悪かったから、痛い痛いしょうがないじゃんだって夏川だよ?
芦田の奥に見える夏川は席に着いたまま何人かの女子と仲良さげに話している。何あれ妖精の戯れ?衣替えの初日ってこんなに刺激強いの?毎年楽しみにしちゃうんだけど。
先週に引き続き夏川の人を寄せ付ける力が存分に発揮されてるみたいだ。おのれ奴ら、俺の角度からちょうど夏川が隠れる位置に立っておられる。良いぞそのままもっとイチャつけ。
「そんな必死になんなくても後で会いに行きゃいーじゃん?」
「変に気を遣われてお嬢さん方が離れたら夏川様に申し訳ないだろ芦田」
「とりあえず他二人との扱いの違いについて説明してもらおうか」
「あと近付くと全体像が見えん」
「聴けよ。全体像って」
玄人にもなると実際に接するより目で愛でるのが吉。決して夏川が『それ以上近付いたらイテこますぞコラ』という視線を送って来るのが怖いからじゃない。嘘じゃないよ、俺はどっちも行けるから(小声)。
そうだ。会いに行くと言えば。
「そういや芦田。先週は夏川ん家行ったん?」
「あ、ふっふーん……!」
「はぁん?」
この前のあれからについて訊くと芦田のしたり顔がウザいことウザいこと。顔中から『聞きたい?聞きたい?』という煽りが伝わって来る。あ、スマホ弄ってコラ……え、写真撮った?ちょっと待ちなさいアンタ。愛莉ちゃんだっけ?見せなさい、良い子だからほら。
「見ぃたぁいぃ?」
「ッぜぇコイツ……!」
良いもん!リビングで隠し撮りした姉貴の寝顔で我慢するから……何で撮ったんだろうな。軽く自殺行為だわ、バレたら死ぬんじゃね俺。あと4K……あれ、こんな画質良さそうな───K4か。あの人たちに売りつけたら高値で取引できそうだ。クール系の結城先輩とか無言でゲンコツぶつけて奪い取って来そう。
「姉貴……すまん」
「よくわかんないけど今見てるそれ消した方が良いんじゃない?」
「彼女いるって嘘つく時に使うからヤダ」
「何なのこの男……」
俺の厳重な五重ロックは破られん。え?姉貴の写真のためにそこまでするかって?バーローそれだけじゃねぇよゲヘヘ。
「おはよう、あら涼しいわね」
「おはようございまーす」
結局夏川の話は聞けないまま朝礼が始まった。よく分からんけど不満そうな芦田が俺の座っている椅子の裏をゲシゲシ蹴ってくる。無視だ無視、だって俺真面目な生徒だし?センセー、この学校にはイジメがありまーす。
◆
あれ?夏快適じゃね?
三限目辺りで気付く。決して数Aが捗ってるわけじゃないけど、いかんせん真夏を感じさせないほど涼しい。やっぱ進学校は違うわ、生徒に対する投資が凄い。夏最高、ありがとう夏川。夏川に乾杯……あれ?何について考えてたんだっけ?
「あい、今日はここまでな〜」
関西から赴任して来た先生の気の抜けるような声が授業を締めくくった。良いぞ、授業はさっぱりわからんけど何か良い。少しでも退屈に感じなくなれば時間は早く過ぎるもんなのだよ。だから数Aは好きです(※苦手)。
「ちょ、ちょっとちょっとさじょっち……!」
「え、なに」
授業が終わってすぐ、普通に次の準備をしてると芦田が慌てたように俺の肩を叩いて来た。何でそんな焦ってんの?
「ちょっとどうしたの! 今日まだ愛ちと一言も話してなくない!?」
「え、うん……この距離感だしな……」
片や教室の隅、片や2列隣の教室の後ろ側。わざわざ出向かない限りは一言も会話せずに一日が終わるなんて普通な気がする。でもそんな気がしないよ?俺の目がもう67回は夏川の夏服姿を焼き付けに行ってるから。
加えて俺の読みは的中して夏川は周りによく話しかけられるようになった。現に今も佐々木と何か───おい佐々木ィ、夏川に指一本触れてみろゴルァ、サッカー部のボール全部に穴開けてやらぁ。
夏川は話しかけられて普通に笑ってる。可愛い。俺には絶対に向けることの無い自然な笑顔。もはや俺は悪い意味で特別だからな、あんな風に話そうとしてももう難しいかもしれない。
「……うん、普通だろ」
このまま夏川を取り囲む環境が大きくなったらいつかは俺に対する煩わしさも消えて、白井さんや山崎を筆頭とした取り巻きの端っこの位置をゲットするくらいはできんだろ。ただ、今はまだその時じゃないんだ。
「邪魔すると悪いし、別に良いわ」
「邪魔……邪魔って」
芦田が目を白黒させて俺を見る。ちょっと不穏な空気を感じた。
でも俺が遠慮無く夏川夏川夏川(狂)って近付いたらせっかく築いたあの環境を壊しちゃうかもしれない。少なくともこの学年に薄っすら広がってる『佐城……?あぁ夏川さんのコレね(親指)』が消えない限りは過度に接するのは悪手だと思うわけよ。
「そんな事は……ないと思う」
ポツリと言って芦田は夏川と佐々木の元に飛び込んで行く。
……そんな事はあるんだよ、芦田。ちゃんと周りを見てみろ。俺や夏川だけの話じゃない、周囲がどう思うかも考えたらわかんだろ。少なくとも今、俺は夏川のあの環境を邪魔しない方が良いんだよ。その方が夏川の為になんだろ?
次回、佐々木が……




