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女神の葛藤

続きます。




 うちにクラスメートが居る。急に賑やかになった事で愛莉も喜び、一人一人に抱き着いてはパァっと顔を綻ばせていた。そんな妹の姿を見て私も微笑ましい気持ちになった。やっぱり連れて来て良かった。


「愛莉ちゃん、貴明(たかあき)です。た・か・あ・き」


「たかきー!」


「アハハッ!たかきだって!たかき君だよ〜!」


「た、貴明だって!」


 みんなは愛莉を抱き上げては自分の名前を憶えさせようとしている。滅多に会わないもんね……外で偶然会ったりして、名前を憶えられていたらかなり嬉しいと思う。


「可愛いな〜、持ち帰っちゃう!」


「え、だ、駄目よ!」


「じゃあ愛ちを!」


「何言ってんのよ……」


 体をくねくねさせながら迫ってくる(けい)を両手で止める。めげずに迫ろうとするので頬を押さえつけた。健康肌な可愛い顔が口を突き出してタコのような顔になってて思わず少し吹き出してしまった。


「た・か・あ・き!」


「た、た、たかあき!」


「そう!たかあき!」


「たかぁき!」


「おお!これでやっと全員憶えたね!」


「すごいすごい!」


 佐々木君を最後に、愛莉は全員の名前を憶えた。皆に褒められて揉みくちゃになってる。キャッキャと喜んでるところを眺めていたら、愛莉は白井さんと仲の良い岡本さんの顔を見て笑顔を引っ込めた。ああ、あれは……名前忘れちゃったのね。


「……ふぇ」


「愛莉、おいで」


「うん……」


 名前を呼ぶと愛莉はトテテテと駆け寄って来た。抱っこして頭を撫でると気持ち良さそうに目を細めてくれる。うん、可愛い。何があってもこの子は守る。


「ほらぁ、みんなで一気に名前言うから愛莉ちゃん混乱しちゃったじゃん!」


「もうやめとこっかー」


「不安がる顔も可愛い……」


「こら」


 もう憶えられないか……圭を除いても4人も居るもんね。いきなりそんな数の人に名前を言われても私だって憶えられないわ。圭と私が出会った時はバレー部の団体で話し掛けられたけど、一番最初に名乗ってくれたから直ぐに憶えることが出来た。初めてうちに来た時もそうだったし……圭はそういうところが上手なのかもしれないわね。


「たくさん憶えたね、愛莉」


「うん……!」


「ぐは……」


 ニパッと笑う愛莉を見て岡本さんが崩れた。尊い尊いと言いながら泣くそぶりをして、白井さんが何やってんのって苦笑いしていた。私も前に愛莉の天使の笑顔にやられて似たような目に遭ったなぁ……。


「……あ………」


 腕にかかる重みが増す。圭が愛莉を見て小さく声をこぼした。眠くなっちゃったのね。今日はたくさん遊んだからいつもより早く疲れちゃうのも納得できるわ。

 愛莉を安全な場所に寝かせると、今日はこれでお開きになった。玄関先まで行ってみんなを見送る。


「今日はありがとな、夏川」


「愛莉ちゃん、写真より可愛かったよ!」


「ふふ、そうでしょ?」


「愛ちも可愛いよ!」


「聞き飽きたわね」


 みんなが揃って感想を言って来る。当たり前だ、愛莉を見て抑えきれる愛しさなんてない。それを我慢するなんて愚の骨頂……私はこの後も愛莉の寝顔を眺めるのよ……!


「あー、でも、別の子たち連れて来るのはしばらく厳しいかもねー」


「……え?」


「私たち憶えるのでいっぱいいっぱいにさせちゃったからね」


「先着4名だったねー。夏川さんが良いって言っても愛莉ちゃんが無理しちゃうかも」


 確かに……白井さんが最初に自己紹介をしてから一生懸命憶えようとしてたから。この流れで他の子をうちに連れて来たら愛莉の頭がパンクしちゃうかもしれないわね。みんな、ちゃんと愛莉のこと考えてくれてるんだ……。


「……あ、」


「ん……?」


「……あ、ありがとう………」


「っ〜〜!愛ち〜!!」


「きゃっ……ちょ、ちょっと!」


 家族でもない人に感謝の気持ちを伝えるのなんていつ振りだろう……。照れ臭さを感じながらもどうにか言葉にすると、満面の笑みを浮かべた圭が正面から抱き着いて来た。


「かわいいッ……!可愛いよ愛ちッ……!」


「け、けい……!?」


「………うわぁ……」


「ちょ、ダメ!佐々木君見ちゃダメ!なんか見ちゃダメ!」


「な、何かって何だよ!?」


 圭を離そうとしていると岡本さん達が佐々木君の目を隠そうとしていた。どうやら今の私達は側から見てちょっと変なふうに映っているらしい。それを知って私はなおさら圭を無理やり剥がした。


「も、もうっ……!突然何なのよ!」


「ご、ごめん……もう抑えきれなくて………」


「何がよ!」


「り、りびどー」


「何よそれ……」


 感謝の気持ちはあるけどだからって何でもして良いわけじゃない。もうっ……ど、どこに顔を(うず)めてんのよっ。

 玄関先で話し込んでいると空が赤く染まって来た。季節は夏の始まり。それでこの日の低さということは……もう結構な時間みたいね。


「愛莉は賑やかなのが好きよ。たぶん愛莉の方からみんなに会いたいって言い出すと思うから、またその時にね」


「やった……!また会えるんだね!」


「や、次は栞たちでしょ?」


「えー?」


 愛莉をめぐって言い合うみんな。でもそれは決して悪いものじゃなくて……気が立ちやすい私でも優しい気持ちで眺めていられたと思う。

 でも、私のそんな気持ちは起き上がって来た愛莉によって一瞬で吹き飛んだ。


「───む〜……たかぁき………」


「!」


「え……?愛莉ちゃん?」


 開けっ放しの玄関から出て来た愛莉が、今まさに帰ろうとしている佐々木君の脚にしがみついた。まるで、それこそお兄ちゃんに甘える妹のように……。


「あはは……そういえば佐々木君、本物のお兄ちゃんだもんね」


「妹ちゃんが嫉妬するんじゃない?」


「有希もこんな可愛い時代があったなぁ……」


「あ!サイテー!〝今も可愛い〟でしょ!妹さんかわいそう!」


 すっかり兄としての顔で愛莉の頭を優しく撫でる佐々木君。愛莉は気持ち良さそうな顔でそれを受け入れ、そのまま寝そうになっている。


「…………ほーら、愛莉」


「んー……?おねぇちゃん……?」


 私が呼ぶと、愛莉は眠たそうにしながらも私の元にトコトコと歩いて来た。そのまま抱き上げると、今度こそ愛莉はまた私に意識を預けた。子供は眠るのが早い。私が愛莉にとって絶対的に安心できる存在なんだと思うと、この変な気持ちも少し和らいだ。


「…………愛ち?」


「……寝たわね。愛莉がごめんなさい、佐々木君」


「いや大丈夫だよ。久々に妹の小さい頃を思い出して懐かしくなったよ」


「そう……」


 そうやってこの場は本当にお開きとなった。みんなが笑顔で手を振って帰って行く。何度か手を小さく振り返すと、私は白い目を横に向けた。


「……帰らないの?」


「えへへ……愛ちぃ、今日泊めてくれたり──」

「帰りなさい」


「ちぇー」


 相変わらずちゃっかりしてる。

 制服のままだし着替えも無い。貸す事も出来なくはないけどサイズ……ぶかぶかとか言われたら嫌だから駄目。身長高めの運動部の女の子にそんな事言われたら絶食も辞さないわ。そもそも最初から泊まるつもりなんてないでしょう。


 圭も見送ってから家の中に戻る。まだ晩ご飯の前だからこのまま愛莉を寝かし続ける訳には行かない。優しくリビングのソファーにもたれかかるように座らせると、愛莉が薄っすらと目を開けた。


「むー……?」


「ほら、愛莉」


「あら、お友達帰ったの?」


「うん」


 キッチンで料理をしていたお母さんが微笑ましそうに見てきた。あまり私が友達を連れて来たりしないからか、とても嬉しそうだ。あの生温かい目はどちらかと言えば愛莉よりも私に向いている。う、て、照れくさいわね……。


 妙な居心地の悪さを感じていると、愛梨が不思議そうに私に訊いてきた。


「……たかぁきは………」


「愛莉」


「ふぇっ」


 何故か酷く色の無い声が出た。自分でもそれが何故かはわからない。愛莉にとっては何か怒られたかのように聴こえたと思う、急に不安そうな表情になって私を見た。慌てて今のを無かった事にするように隣に座って愛莉を抱き上げる。膝に乗せて軽く抱きしめた。

 それで私が怒ってないと思い直したんだろう、愛莉はキョトンとした顔で私を見上げ、体を預けて来た。


「愛莉、楽しかった?」


「うんっ、たのしかった……!」


「そう、良かったわね」


 膝に乗せたり降ろしたりする事ですっかり目が覚めてしまったんだろう、愛莉の声に元気が戻っている。さすが、子供は疲れるのも早ければ回復も早い。今日の夜ちゃんと寝れるか心配だ。


「愛莉。みんな、憶えた?」


「うん!おぼえた!」


「そう……誰を一番憶えてる?」


「たかぁき!」


「うん、あのね……?」


 あのね……?私は、私は今何を言おうとしたの?


 別に良いじゃない、佐々木君は本当に妹が居るお兄さんよ。愛莉に対してもとても優しくしてくれた。だからこそさっきみたいに脚に抱き着くほど懐いた。何も変な事なんて無いじゃない。


『たくさん憶えたね』

『先着4名だったねー』

『私たちを憶えるのでいっぱいいっぱいに───』


「………」


 愛莉は愛莉なりに楽しんで、頑張ってみんなを憶えた。新鮮な体験で、何年先までも残る大切な思い出になったと思う。優しいお姉さんとお兄さんに構われて……それはとても幸せなことで、愛莉にとって良い影響しかなかった時間だったと思う。

 それなのに………それなのに、何でなのよ。


 どうして私は、こんなに胸の奥がモヤモヤとしてるの?


「愛莉」


「なぁに?」


「あんまりね……他の人に抱き着いちゃダメだよ」


「はーい」


 優しい笑顔で、優しい声で言えたと思う。でも、別に言う必要も無かったとも思う。だけど、言わないと何だか私の気が済まなかった。


「愛莉、あのね?」


「んー?」


 何を考えてるんだろう、こんなのおかしい、私じゃない。だって私は、いつだって嫌っていたはず。絶対に愛莉に悪影響しか与えない。だから、絶対に会わせないようにしようって、そう決めてた。だから、この先もそのつもりでいたはずなのに───


「───もうひとり……もう一人、憶えられるかな?」


「えー?」



有希「お兄ちゃん……?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 猫や犬じゃないんだから勝手に可愛がって勝手に制限までかけるんじゃないよ まあヒロインが主人公を意識する為の都合上の流れなんで気にするようなところじゃないでしょうけど
[一言] 作者の最後の一言がこーわーいーよー!
感想一覧
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