見飽きた背中
続きます。
昼休み。最近では周囲の女の子達と一緒に食べるのが普通になって来た。渉から一方的に私の良さとやらを力説されながら食べるよりよっぽど良い。アイツのせいで私は自分の写真映りが一番良い角度を知った。べ、別にありがたいとか思ってないわよ!
そうしてると話はまた私の妹───愛莉の話になった。見せて見せてと言われ、私も満更ではなかったから例のフォルダを開いてスマホを手渡す。誇らしげに胸を張っていると、気が付けば周囲に大勢の人集りが……え、ちょっと……多くない?何でこんなに集まってるの?
順番待ちとも言える状態で私のスマホを手渡し合っている。あ、男の子はちょっとっ……!変なところ触ってないわよね!愛莉のフォルダだけにしてよね!
可愛い可愛いって言ってくれる皆の様子をヒヤヒヤしながら見てると、白井さんがもう我慢できないなんて言って私に詰め寄って来た。
「妹さん可愛くて良いなぁ……ねぇ夏川さん会いに行っちゃダメかな?」
「え、ええっ!?う、うちに……!?」
驚いて思わず大きな声で訊き返してしまった。うちに友達を上げたのなんて圭や他のバレー部の子達くらいだ。最近話し始めたばかりの子達を家に上げるなんて考えもしなかった。
どうして良いかわからなくて目で圭を探す。あ、あれ……?さっきまで居たところに圭が居なく───居た。私のスマホを持ってどこに……え、渉……?
圭と渉は一言二言交わすと此方に近付いて来た。何だ何だと本気で不思議がっているのが解る。コイツのこんな普通の一面を見るのなんて初めてかもしれない。
「今ね今ね!皆で近いうちに愛ちの家に行かないかって話をしてたの!」
「マジかよ俺レベル足りないんだけど」
「や、夏川さん家別にダンジョンじゃねぇから……」
そうよ、アンタうちの家を何だと思ってんのよ。あの冷静沈着な佐々木君がツッコんでるじゃない……やっぱりコイツ普通じゃないわね。
そう思いながら周りを見てると、ある事に気付いた。私の周りにみんなが居る、圭が居る………渉がいる。
「……ぁ………」
胸の奥がとても温かくなったのが分かった。私は今みんなに囲まれているんだ。とても居心地が良い、毎日こんな生活が続くのかな……そうだと良いな、これが続くならこれからずっと楽しいんだろうな……。
そう思った私は、きっと気持ちが舞い上がっちゃったんだ。
「大人数で大丈夫なん?」
「ふ、ふんっ……!アンタみたいなのは近付かせないんだから!愛莉に悪影響を与えるわけにはいかないもの!」
いつも通り。そんなつもりで渉に話すと、周りのみんながまたかと言いたげに笑っていた。ちょ、ちょっとっ……そんな夫婦漫才みたいに見ないでよ!そんなんじゃないんだから……!
渉も分かっているのか、そんなみんなの様子を見て小さく笑った。そうよ、こんなの私達にとっては挨拶みたいなもの───
「ハハッ、だよな」
「ぇ……」
……え?
驚いて渉を見る。何で……?どうしてそんなさも当たり前のように私の言葉を受け入れられるの……?今まではそうじゃなかったじゃない。
そう思ったのも束の間、渉は笑ったまま自然に背中を向けて自分の席に戻って行った。
待って。
思わず手を伸ばしかけた自分が居た。立ち上がった私にちょうど渡していたスマホが返って来る。圭とバレー部仲間の河井さんが『大丈夫!男子が変なとこ触ってないのは見てたから!』ってみんなの様子を見てくれていた。画面に映る愛莉の画像を見てハッと我に返った。
呆然としていると、気が付けば次の授業が始まっていた。
◆
授業中、メッセージアプリで新しいグループが作られていることに気付く。私も招待されていた。
【C組最強女子(`・ω・´)】
さ、最強……?普通にこのクラスのグループって事で良いのかしら?女子って名前付いてるから女の子限定グループなのねきっと。でも確かもうそんなグループ無かったっけ?えっと……あれ?
バスケ部の村田さんやテニス部の古賀さんの名前が無い……よく見たら運動部系の女子が居ない?や、でも圭は居るし……どういうメンバー構成なんだろ……。
【下品な子は加えていません】
えっと……クラス委員長の飯星さん。結構シビアな考え方ね……。確かに此処に居ない子は普段からその……あまり女の子らしからぬ言葉を大声で話してたりする。確かに不愉快には思うけど……まぁ、委員長の飯星さんがそう言うなら別に良いのかもしれない。
授業中にも関わらずどんどんメッセージが流れて行く。ずっとスマホの振動が続くものだから慌てて設定を切った。先に言ってよみんな……先生にバレるじゃない。
【えっと……大丈夫かな夏川さん?】
大丈夫──え?何が?
顔を上げれば何人もの子がこっちを見ていた。慌ててグループメッセージに目を落とすと、話は白井さんを含めた何人かの女の子が愛莉に会いに行きたいとの事だった。ああ……さっきの話の続きだったのね。
放課後は部活がある子も居る。うちに来れる子は白井さんを含めた時間が空いている子だけになるとの事。えっと……あ、明日はバレー部休みなの?圭は来れるのね。全員で4人かしら……うん、そのくらいならたぶん愛莉も怖がらないと思う。
【ええ、大丈夫よ】
【退部して来るから私も行っちゃダメ……?】
えっ、た、退部?こんな事のために?そんなに愛莉に会いたいの?
【落ち着け舞ち】
【………うん(´;ω;`)】
茶道部の斎藤さん……何で涙を呑むように引き下がったのかしら。実際に顔を上げて彼女の方を見るととても潤んだ目でこっちを見ていた。圭が宥めていなかったらどうなっていたんだろう。綺麗な涙……和風美人ね。
【えっと……ごめんなさい。佐々木君も行きたいって。明日サッカー部休みらしいから……】
えっ。
さ、佐々木君……?佐々木君ね……まぁ私から見てもちゃんとした感じの男の子だし、別に良いんじゃないかしら。それに他に4人も女の子が居るわけだし、何も危険な事は無いでしょう。爽やか系だし、愛莉からしても優しいお兄さんに見えると思う。
そう、優しいお兄さん、に……。
「………」
視界の端、廊下側一番前の席。風景の一部と化すくらい大人しくしてる男子が目に映る。
………渉は、来ないのかな。
あんなに私に纏わり付いてたんだ……もしかしたら本当は付いて行きたいとか、思ってたり、するのかな……。
前は真横に座ってたからよく見たことなんて無かった。そうでなくても、勢い良く迫って来るアイツを凝視なんてしたらとんでもない事になる気がして目を逸らす事しか出来なかった。
……なに俯いて難しい顔してんのよ。いったい何を考えているの?そんな柄じゃないじゃない。もしかして私がさっきキモいとか言ったから……?最近話しかけて来なくなったのは、そんな私に見切りを付けたから……?
……何よ。勝手に纏わり付いて、勝手に離れて行って。いくら何でも勝手過ぎるわよ。あの男は私に迷惑しかかけない。人の心を弄ぶような真似をして、絶対にろくな目に遭わないと思うわ。
◆
憤懣とした気持ちは放課後まで続いた。今なら物怖じせず何でも言える気がした。
終礼が終わると、私は早々に帰ろうとする渉の元に行って引き止めた。
「ね、ねぇ……」
「っとと……何だ?」
振り返る渉。私の顔を見ると、先程の気難しい顔を一変させ、どこかホッとしたような柔らかい目と明るい声で──ちょっ、な、なによソレ、何でそんな顔っ……今までそんな顔した事無かったじゃない!
「えと、夏川?どうしたんだそんな慌てて」
「べ、別に慌ててなんかないわよ!」
「おぉ……」
熱が冷めるような反応をされて怯みかけた。さっきまでの何でも言えそうな感じも突然磁力を失った磁石のように転げ落ちてしまった。き、気を取り直しなさい!この私の妹に会いたいのならはっきり言えって言うのよ……!
「ア、アンタさ……本当に来ないの?」
う……全然言えてないじゃない!これじゃまるで渉に来て欲しいみたいな言い方になってる!コイツが調子に乗ったりしたらどうすんのよ!
「んん……?何のこと───」
「なんだ、こっちの終礼も終わっていたのか」
「は……?」
言い直そうとしたのも束の間、教室の扉がガラッと開いて、そこから四ノ宮先輩が顔を出した。突然の大物の来訪に驚いてると、近くに居た圭が色めき立った。だけど渉は現れた四ノ宮先輩を平然とした顔で見ていた。
「やぁ諸君。やっと長い一日が終わったところだと思うが、少し佐城を借りても良いかな?」
「どどどどうぞどうぞ!!煮るなり焼くなりSNSに晒すなり!」
「おい芦田ゴルァ」
四ノ宮先輩が渉に用があるって──え?放課後にわざわざ?様子を見るに先輩は風紀委員として説教をするために来たようには思えない。も、もしかして特別な関係……?渉が、あの四ノ宮先輩と……?
「あ、悪い夏川。何だっけ?」
「な、何でも無いわよ!良いから行け!」
「ハッ、承知いたしました!」
軍官か!
何よその返事!見なさいよ、四ノ宮先輩が変な目で私達を見てるじゃない!勘違いされたらどうすんのよ!ちょっと、何でそんな喜んでるの!?
渉はまるで私がお尻を蹴り付けたかのように駆け出して行き、四ノ宮先輩の側に落ち着いた。先輩の場所を変えようと言う言葉を皮切りに、渉達は何処かへ行ってしまった。
斎藤舞ち「………(´;ω;`)」