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不調

続け。



 何事もなく一限目の授業が終わった。国語というものは現代文ならわかるものの、古文や漢文を習う事に意味を感じない。既に日常で失われた言葉を使う事など二度と無いのに、どうして勉強する必要があるんだろうな。漢文の小話から教訓を教えたいのなら最初から現代文に訳したもので教えろと思うのは俺だけだろうか。


「はぁ……」


 朝は一息つく間もなかった。用を足すために廊下に出ようとすると、一足先に愛華が前を歩いていた。驚いた顔をする彼女と目が合う。


「ちょっと!付いて来ないでよ!」


「あ、いや、トイレ行きたいだけだから」


「えっ……え?」


 愛華はその場で固まった。気まずい雰囲気が漂う。彼女は自分が勘違いしただけなのだと気づいたのだろう、顔を赤くすると、悔しげに俺を睨み付けて怒鳴った。


「そういう事は先に言いなさい!」


「お、おう……」


 いつもの俺の行動パターンからすりゃごもっともかもしんないけど、男に『トイレ行くわ』って宣言されても反応に困るんじゃねぇかな……。

シュールな空気になる想像をしながら、そこから動こうとしない愛華の脇を通り抜ける。トイレの入り口際まで来ると、同じクラスの山崎と他数人から中に引きずり込まれた。



「───なぁなぁ、お前らって何かあったの?」


「お前らって……俺と愛華の事か?」


「ああ、喧嘩でもしたのかと思ってな」


 山崎がニヤニヤしながら訊いてくる。これは面白そうなもの見つけたって目だな……寧ろ俺が訊きたいくらいなんだけど。


「喧嘩って、いつもの通りだろ?」


「ん、おお……そう言われりゃそうだな」


 冷静に返事をすると納得してくれた。でももう一人はまだ納得してないみたいだ。尋問するように俺に詰め寄って来ると、探るような表情で掘り下げてきた。ちょ、鼻息エグいんですけどっ……!


「いや、いつもは夏川さんが怒ってるだけだろ?佐城は気にも留めずに夏川さんに絡みに行ってるじゃんか」


「ああ、そう言われりゃそうだな」


「そうだなってお前……」


 そう言われりゃそうだ。俺は愛華の嫌そうな反応を見ても『じゃあ諦めよう』とはならなかった。怒られたとしても、たぶん俺は自分に真っ直ぐ感情を向けられる事が嬉しかったんだ。それほど愛華の事が好き───ん……?好き?


「なぁ、俺って愛華の事を好きに見えるか?」


「は?何言ってんだ? ベタ惚れじゃねぇかお前」


「だよな、俺も好き。布教したい」


「おいおいこのタイミングで惚気(のろけ)───布教!?」


 友人の言う通り、俺は夏川愛華の事が好きだ。凛とした振る舞いも気の強いところも、時々世話焼きになるところも。だからこそ今まで彼女に振り向いてもらおうと必死に自分をアピールして来た。


 だけど、この感覚は何だろう。彼女の事が好きだというのは間違いないけれど、今すぐ彼女の元に駆け寄りたいとは思わない。今までと違う。側に居たいとは思うのに、胸の内で燃え盛るような想いは無くなってるような気がする。

 いやでも、それなら愛華の事が好きって感情だって消えるんじゃねぇの?何なんだこの感じは……?


「別に喧嘩したわけじゃないっぽいな」


「だな。そんな感じだな」


「ああ、本人の俺もそう思うわ」


「何言ってんだお前」


 変な空気のままやり過ごして解散した。休憩の時間がもうすぐ終わってしまう。俺達は大慌てで用を足して教室に戻った。その際に愛華から変なモノを見るような目をされたのがとても印象的だった。もっと視線カモン。







 昼。ここまで体感十時間。実は四限の時くらいから腹の音が鳴り止まない。俺の胃袋はいつでも消化の準備ができている。そうと決まればさっそく愛華を───……愛華を?


 愛華を、どうするんだ……?弁当は直ぐ取り出せるように小包を机の横に吊り下げてある。別に愛華をどうこうする必要なんて無い。いつも昼になったらどうしてたんだっけ?



『────よし食べようぜ愛華!』


 あ。


 そうだ、いつもは愛華を昼飯に誘ってたんだった。思わず左を見ると、偶然にも愛華とバッチリ目が合った。思いっきり引き()った顔されたんだけど。いつもみたいに誘うか……?

 迷った末に声をかけようとしたけど、何故だか声が出なかった。しかも謎の恥ずかしさが湧いて頭がクラクラした。


「な、何よ……何か言いたい事があるなら言いなさいよ」


「あ、いや……何て言うか………」


 え、何でこんな気まずい雰囲気になってんの?いつもならサクっと机くっ付けてデヘデヘしながら愛華の顔見てその景色をおかずに飯食ってなかったっけ?やべぇコレ恥ずかしいとかそれどころじゃなくない?俺マジキモいじゃん……。


「………いや、何でも」


「……は、はぁ?」


 ヤバい俺今日何かおかしいわ。そもそも目に映る景色全部がいつもと違うような気がする。正直パニック、愛華どころじゃないかもしんないな……こんなの初めてだ。

 ……と、とにかく今はここから離れよう!多分、(はた)から見ても俺の様子おかしいかもだし、あんまり人目のある場所に居ないほうが良いかもしんない。とりあえずどこか、誰も居ないところまで行こう。


「えっ……!?ちょ、ちょっと!?」


 弁当は持った。飲み物は途中の自販機で買えば良い。愛華から何か言われたような気がしたけどちょっと今は構ってらんねぇわ。いつも構われてんのは俺なのにな。ホント何言ってんの俺バカじゃねぇの……。


 頭ん中がグルグル渦巻いてる。視界はクリア。混乱しながら緑茶を買ったら手にコーラ握ってた。いやもうこの際何でも良いわ。

適当にフラフラしてると、中庭を囲う屋根付き通路の途中にベンチを見つけた。誰も使っていなさそうだし、とりあえずあそこを使うか。


「………」


 ドサッと座って三十秒くらい。気がつくと俺は膝の上で弁当を開いていた。食欲はある。如何にも市販っぽく形の整った玉子焼きを箸でぶっ刺して口に運ぶ。


「……うめぇ」


 甘さが染み渡る極上の一品。たぶん五つ入りで二百十円くらいだと思う。心が浄化されるんじゃないかってくらい優しい味なんだけど。お袋の味って何だっけ……?

 食べ続けていると、クリアな視界に引っ張られるように頭の中もスッキリして来た。さっきまで頭の中が壊れたテレビの画面みたいになってたけど、今は特に何も感じない。シンプルに栄養が足らなかったんかな……。


「ヤバかった」


 頭が正常に戻って思った。俺はまず飯より保健室に行くのが先だったんじゃないかと。さっきまではおかしくなった頭がまともな判断を鈍らせただけだったのかね……でもまぁ、最終的に治ったんなら結果オーライか。(むし)ろヤバいヤバいっつって騒いで大事にならなくてよかったかもしんない。





 五限……次は現代文。はい、脳死の時間がやって参りました。ぶっちゃけ普段から適当にネット小説とか読んでりゃわざわざ授業で鍛える必要も()ぇんだよな。今は余計な栄養使いたくないし、ホントにボーっとしてようかな……

 んな事を考えながら教室に戻ると、椅子を引く音に気付いたのか隣に座る愛華がわざわざこっちに体を向けた。俺の胸元に目を向けてから俺と目を合わせる。ネームプレートを見たのかな……?何そのダブルセキュリティロックを解除するみたいな認識の仕方。


「もしかして心配かけたか?」


「は、はぁ!?何で私がアンタなんかの心配しなくちゃいけないのよ!」


「そ、そうすか」


 怒涛の否定に頷くしかなかった。っかしーな、こんなもんで傷付く俺じゃなかったと思うんだけど………何か普通に泣きたくなってきた。せめて、愛華の機嫌が元に戻るまで大人しくしとくか。愛華さん、肩揉みましょうか───落ち着け、落ち着け俺。欲望に負けるな。


「そ、そうすかってアンタ……」


「え、なに?」


「何も無いわよ馬鹿!」


 オッケー。今のは良い。単純に罵られるだけならご褒美でしかねぇんだなこれが……!

でも愛華が俺に口ごもるのは珍しい。いつもははっきりと拒絶するのにな。や、だからってしないで欲しいんだけど



 それから俺と愛華が言葉を交わすことは無かった。寧ろ助かったかもしんない、愛華に限らず人と話すだけで結構頭使うからな。そこからずっとボーッとし続けた事で、何となく調子を取り戻せたように思えた。


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ラノベ主人公に憧れた勘違い男が現実に気付いた話? ラノベは痛い男子、少女漫画は痛い女子を一定数生み出す やばいもんだと思ってる。
[良い点] 国語というものは現代文ならわかるものの、古文や漢文を習う事に意味を感じない。既に日常で失われた言葉を使う事など二度と無いのに、どうして勉強する必要があるんだろうな。漢文の小話から教訓を教え…
[気になる点] 「その際に愛華から変なモノを見られたのがとても印象的だった。」 って、そこは変なモノを見るような目で見られた、じゃないと…! 変なモノを見られたってなるとチャック閉め忘れてることに……
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