サプライズ
続きます。
【2022/5/18】
本文内容を一部追加しました。
どこかで聞いたことのあるポップミュージックとともにピンク色の照明が縦横無尽に動き出し、ステージ上のモニターがパッと立ち上がった。
画面上で『KOETSU FASHION COLLECTION』のロゴが鼓動する。めっちゃお金かかってんじゃねぇのこれ。文化祭準備でいろいろあった側からすると運営側にえげつない支援者が居そうで怖い。
「わぁっ……!」
「すごい!」
本物さながらの演出に夏川も芦田も興奮してるみたいだ。まぁ……みんなが楽しめるのなら気にすることでもないか。ここは服飾部の本気を讃えるとしよう。
ステージの袖から蝶ネクタイをした見た事のある女子の先輩がキラッキラにデコレーションされたマイクを持って現れた。パーリーピーポーじゃん。確か放送演劇部の人で、始業式とか終業式でもMCの一人としてよく登場していた。数年後には女子アナとしてテレビで見かけそうだ。
BGMがズンチャ、ズンチャ、と小刻みなテンポに変わったところで、通常の色に戻った照明が先輩に集中する。
『〝ファションセンスは顔で決まる〟。そんなジンクスに終止符を打ちましょう。皆さんこんにちは。鴻越高校放送部のMC倉橋です』
かっけぇ。ラジオパーソナリティじゃん。
倉橋パイセンはパリピな恰好で無表情を貫いている。きっと人気の理由はああいうギャップにあるんだろう。やらされてるのかな? なんて思ったりしたけどマイクを持つ手の角度が歌謡曲の曲紹介してる人だからな。内心ノリノリなんじゃねぇかな……。
『変化し続ける流行に我が校の服飾部は散々振り回されて来ました。今年も秋を迎え、朝起きてテレビを付けたら去年とまったく違うトレンドが特集されていました。それが何だと言うのでしょう。いつだって流行を生み出すのは私たちJK。大人たちよ付いて来れますか──私たちの速さに』
最高にロックじゃないですか……。
会場は大盛り上がり。夏川たちの反対側、俺の左隣で若干距離を空けて立ってた女子が「いえーい!!」と跳ねた。振り上げられた腕にびっくりしてこっちが萎縮してしまう。女子のホームみたいな空間だし、俺が同じようにはしゃいだら悪目立ちしそうだな……大人しく見とくか。
MC倉橋によるコール&レスポンスの後、ちょっとした投票アプリの説明が入ってBGMの音がまた切り替わる。いよいよランウェイが始まるようだ。
『さぁまずは三年生から一人目。去年は明るい髪色にチャイナ服を身にまとった攻めた装いだった竹本恵さん。 背伸びした印象を否めなかった去年から一変、今年は黒髪ショートでロングコートの軍服に身を包んだ勇ましい装いだ!』
コスプレかい!
登場した先輩は恥じらいのない笑顔でフッ……と自らを会場に見せ付けた。堂々とした姿から慣れている感じが窺える。去年もこのステージを歩いたんだろう。モニターに数秒間だけ去年の先輩と思われる動画が流れた。うおおおっ、チャイナ服! チャイナ服!
「あ、ああいう感じなんだ……」
「ハロウィン近いからねー。ね、さじょっち」
「え? おお、そうだな」
「……」
夏川が視線を床に落として口を閉じる。芦田がハロウィン──夏川の誕生日を強調したせいだろう。イベント日と誕生日が重なるといろいろ複雑なんだよな……俺もそうだし。
それからもいくつかのコスプレ衣装が続き、後半には『女子大生を先取り! 私服特集』なる名目で今度こそ本物に近いファッションショーが始まった。こういう学生のイベントってもっとチープな素材で作った衣装が多いイメージだけど、そういうふうには見えないな……服飾部の本気度が窺える。
「……」
「……」
ふと右を見ると、夏川も芦田も眩しそうにステージ上を見ていた。コスプレの時とは違って別の意味で興味津々のようだ。夏川と芦田の私服は見たことあるけど、あんな感じじゃないからな。まだまだお勉強中なのかもしれない。トレンドっぽいものを適当に買ってるタイプの俺が言えることじゃないけど。
バレないように夏川の横顔をガン見してると、MC倉橋が次のモデルの紹介を始めた。
『さぁ続いては一年生から東雲・クロディーヌ・茉莉花さん! フランス由来の自らの素材を活かし、先輩達に挑戦状を叩き付ける! 果たしてその真価は発揮されるのか!?』
「おっ、きた」
聞き覚えのある横文字混じりの名前。思わず「ああっ……! 確かそんな名前だったな!」と得心が行くこの感じはお嬢で間違いない。ハーフだとは思ってたけどフランスだったんだな、初めて知った。
「さじょっちが応援してる子だっけ?」
「まぁ……うん。知らない仲じゃないし。興味はある」
「……む」
顔を合わせて数回。今のところは高飛車なのにどっか抜けてる残念系お嬢様なイメージだけど、西洋の血が入った見た目は確かにモデルをするのにぴったりだ。八百長紛いな事をしていたものの、意外とそんな事をしなくてもいい線行くんじゃなかろうか。
「さてさて、どんな───」
ステージに目を向け、言葉を失う。
目を引いたのは、キラキラと輝く金髪。
オーラを纏ったかのようなそれは、持ち主の威風堂々とした歩みに揺蕩い、後に光の粒を残して行く。神秘的に見える光景に錯覚かと目蓋を擦れば、それは勘違いではない事がわかった。
「……ほぉ……」
一拍遅れ、頭の中に理屈が湧いて来る。あの輝きは照明の反射、そして光の粒に見えるあれは宙に舞う埃だろう。身も蓋もない事実を実感し、自分で自分を台無しだと窘める。
ただそれでも、身の回りの要素を余すことなく自らの魅力に変化させるあの立ち居振る舞いは手放しで賞賛できるものだった。
チラリと肩だけ出た長袖のオフホワイトのタートルニット。茶色いブーツのヒールがスラリと伸びた脚の長さを際立たせている。ゆったりとしたショートパンツとキャスケットに使われた挿し色の赤が目立つものの、何よりも光り輝く金髪が負けないくらいの存在感を放っている。
〝可愛い〟が〝美しい〟に化ける瞬間───それを垣間見た気がした。
「わぁ……」
「すごい……」
本物のモデル顔負けの光景に芦田も夏川も圧倒されているようだった。周囲の反応も気になるところだけど、不思議と視線がステージ上の光の塊に引き寄せられてしまう。
───本気出したなぁ、お嬢。
思わずそう感心するほどの出来映えだった。夏川の優しさに初めて触れた時のように鼓動が加速している。二つの鼓動の違いを挙げるとするなら、これは優しさではなく魅力の暴力。有無を言わせない存在感で格の違いを見せ付けてきた。ただ歩くだけでパフォーマンスと納得してしまうのはきっとかなり凄いことなのだろう。
「……あ、21番か」
「あの札いらないよねー」
「あれが無いと番号がわからないから……」
本気のお嬢の魅力に水を差す小さな存在。ポップな黒文字で『21』と書かれた丸札がお嬢の腰に引っかかっていた。まぁ仕方ない、番号がわからないと投票できないし。他の先輩達も同じ条件だ。
身を翻したお嬢は腰まで伸びる金髪で正面を払い、堂々たるウォーキングでステージの奥に戻って行った。マジで凄かったな……そもそもがあの素材だし、きっとその気になりゃお嬢にとって似合わないものなんてないんだろうな。男の俺ですら羨ましく感じる。
◆
己を磨き上げた先輩達とお嬢、そして服飾部の集大成を見届け終わると、会場の照明とBGMが落ち着いたものに変わった。どうやら演者の登場はこれで終わりらしい。
『魅力的な女の子達に会場の男の子は目が釘付けだった事でしょう。そんな貴方たちに残念なお知らせがあります。この三十人の中からたった一人だけ、あなたの推しを選ばなければなりません。さぁ、逃げないで。運命の時間の始まりです』
最高だったよMC倉橋。
満足の感謝を込めてサムズアップしたその先で、ステージの両袖からモデルを務めた先輩たちが登場して並んで行く。いよいよ投票タイムだろうか。文句なしだったよお嬢。お前がナンバーワンだ。
「さすが、さじょっちの推しだったね。感動すら覚えたよ」
「だろ? 俺が育てたんだ。あと別に推しじゃねぇから」
「別に育ててもないでしょ」
夏川の的確なツッコミにぎゃふんとしながらスマホを取り出す。指定のアプリを立ち上げると、投票可能な画面に切り替わっていた。モデルの名前は表示されないのか……。えーっと? 確かお嬢は21番だったよな。ここで間違えたら怒られそう。特定なんてできないだろうけど。
素直に21番に投票する。頼まれてたとか関係なしに文句なしの結果だった。やれば出来るじゃねぇかお嬢。
夏川と芦田に訊くと、二人もお嬢に票を入れたようだった。同じ一年生であることから応援の気持ちも大きかったらしい。俺も西洋人とのハーフに生まれたかったな……佐城・ブイヤベース・渉みたいな。何か香ばしい名前だな……何だっけブイヤベースって。
『さぁ、ここで投票タイムは締め切りとなります! ただいま集計ですのでしばしお待ちください!』
「他に知ってる人居なかったなー、凛様とか」
「絶対男装だったろうな。執事服とか。黄色い悲鳴が目に浮かぶ……」
「やめてよー、余計に見たくなるじゃん」
「今度頼んでみるわ」
「ホントに!?」
「いけるいける。多分チョロい」
「あんた、先輩を何だと思ってるの……」
そんな事を話してると、BGMが再び大きくなり、ステージ上に向けられる照明が再び大きくなった。ステージの袖からランウェイをした演者が順番に出て来て前のステージ上に並ぶ。その中でもやっぱり金髪ハーフのお嬢は異彩を放っているように見えた。何より自分の出来に大満足しているのか、ムフンのドヤ顔を浮かべて腰に手を当てている。最後まで大人な表情をしろよ。
すると、お嬢がキョロキョロと観客席を見渡して何かを探し始めた。
「あれはっ……俺を探してる!?」
「違うでしょ」
「違うでしょ」
期待したって良いじゃない!
二人から白い目で見られていると、そんな俺たちが目立ったのか、ステージ上のお嬢と本当に目が合った。それはそれで知らない仲でもないからキメ顔でサムズアップを向けておく。
「『お前じゃねぇ』って顔してるけど、あの子」
「いや、あれは照れ隠しだ。俺には分かる」
「違うでしょ」
「そういえば……結構ツンとした子だったような……」
俺の精一杯の強がりも全否定され、お嬢は誰かを探すのを諦めたのか正面をじっと見てマネキン人形と化した。
『ただいま投票の集計が完了いたしました。それでは! 結果の発表に移ります!』
ガヤガヤと周囲が騒がしくなる。誰が一番のパフォーマンスだったのか気になっているんだろう。男の目線と女の目線じゃ評価基準が違うしな、目を奪われただけの俺と違って意外と票が散らばる可能性がある。さぁお嬢……一位なるか?
『鴻越高校第49回文化祭───鴻越ファッションコレクション! 今年の最優秀賞を飾る女の子は一体誰なのか! さぁ! 結果は!』
会場全体が暗くなり、ドラムロールが鳴り響く。体育館の上で照明係が懸命にライトを8の字に動かしている。何か……裏方に目が行く自分の社畜性がちょっと悲しくなるな……。
『最優秀賞は───この方です!』
バンッ、というドラムのストロークと共に全ての照明が束になり、一筋の照明となってある一点を差す。その先に居るのは───
『エントリーNo.21番! 一年生から初入賞! 東雲・クロディーヌ・茉莉花さんです!』
「おおっ……!」
会場全体から歓声と拍手が上がる。ヒューヒューという指笛が至る所から鳴らされた。どうやら観客みんなが文句なしの結果だったらしい。俺も嬉しくなって自然と拍手を送っていた。
「スゴかったね〜、八百長とか関係なく文句なしの一位だったよ」
「頑張ったんだろうね」
「来年出る?」
「えっ、それはちょっと……愛ち、宜しく」
「ええっ……!? でも私、身長とか……あと人前とかあまり……」
「俺が百票入れとくから」
「不正票じゃないっ……!」
ステージ上ではお嬢が両隣の先輩に祝福されている。普通なら「一年生ごときが生意気に……」な感じになりそうなものだけど、よほど頑張る姿を見せていたんだろう。きっと結果だけじゃなくて、俺ではわからないプロセスがあったんだろうな。
袖から服飾部の部長さんが現れて、お嬢にガラスのトロフィーを渡す。心なしかお嬢が少し涙ぐんでいるように見える。どんな背景があったかは分からないけど、後でおめでとうの一言でも言いに行くか。ドヤ顔で自慢されそうだけど。
「いやぁ……不憫な残念系お嬢様と思ってたけど───えっ?」
「えっ、 なに!?」
その瞬間──会場の照明が落ちた。突然暗くなって周囲に動揺の声が広がる。誰かが俺の右腕をきゅっと握った。方向からして夏川しかいない。命に替えても守らせていただきます。さぁ、どんな奴でもかかって来い。
『おおーっと突然の暗転! これはハプニングでしょうか!? どうやら鴻越の神様がまだ終わって欲しくないと駄々をこねているようです!』
マジかよ神様。
神の悪戯により暗闇に包まれた俺たち。どうやら会場に閉じ込められたらしい。これからデスゲームが始まるようだ。俺は夏川を守るために命を差し出すことに決めた。来世でまた会おうぜ。
───なんて冗談はさておき、MC倉橋のわざとらしい口ぶりから察するに最初から仕組まれた暗転のようだった。どうやらライブのアンコールのような何かが俺たちを待っているようだ。ファッションショーのサプライズって何だろ……芸能人登場とか? 本物のモデルさん現れたりする? それとも女優さんとか?
『ステージ上に照明が点った! 黒い暗幕が何かを覆い隠しております! いったい、その向こう側には何があるというのでしょうか!?』
とんでもない演出だ。ステージ上に並ぶ演者たちが慌てて暗幕の前から退いた。きっとその向こうには大物の誰かが控えているに違いない。シルエットすら見せないたぁ罪な真似しやがる。そんなにハードル上げて大丈夫か? 黄色いスーツのおっさんが両手を拳銃の形にして突き付けてくるギャグとか勘弁してほしい。
『いざご開帳! 本日のトリを飾るのはこの方々……!』
売れてるお笑い芸人? それとも秋葉坂46!? ガチのライブ始まっちゃう? 文化祭やべーな! ここからが本番だ!
テンションアゲアゲ最高潮だぜこの野郎!
『────生徒会の皆さんです!!』
ふざけんなこの野郎ァ!!