魅力の引き立て方
続きます。
「どおどお? 似合ってる?」
「うん、可愛い」
「ふふん♪」
「ご機嫌だな」
「イヤリングデビュー、だからね!」
ハイテンションでくるくる回る芦田は耳に小さなパールのイヤリングを付けていた。パールって言ってもレプリカみたいだけど、本物より小さく、主張控えめでかつ薄く桃色がかったところが芦田の趣味にマッチしたようだ。
手芸部の部員は女子しかおらず、随分と気位の高そうな生徒が多かった。どうやら昔から〝西側〟の生徒が多いらしい。生徒会の連中から〝東側〟との因縁を聞いていたから少し身構えたものの、分け隔てなく接してくれた──接してくれたけど、着飾ることに関して口が回ること回ること。
『貴女の見た目だと多少は攻めたものを身に付けるべきね。肉付きやヘアスタイルから見てスポーツ関係の部活をしているようだけど、だからこそギャップの可能性に幅を持たせることができるわ。特にその薄い桜色の唇はどんな高級アクセサリよりも強い魅力を秘めているはず。だったらそれはいつ引き立てるべきなの? 今でしょ』
などと高級ジュエリーショップの販売員みたいな解説をいただき、芦田は詳細に褒めちぎられて骨抜きにされ、文化祭の企画にしては割高のイヤリングを購入。正しい付け方などのアフターサービスまで手厚く賜って今に至る。プロかな? あの先輩の将来、きっと安泰なんだろうな。
「愛ち、撮って撮って!」
「うん───はい、チーズ」
「えへ」
「…………動画だよ?」
「もー!」
なんて言いながらもにっこにこの芦田。そんな芦田を見て夏川も嬉しくなったのか、思わずイタズラするくらいにテンションが高い。確かに、いつもよりスマイル咲き誇ってる芦田は静止画より動いている方が可愛い、かもしれない。夏川のことだからそんな意図もあったのだろう。
改めてちゃんとポーズも決めて写真を撮った芦田。夏川が加工するとのことで、その間にこっちに見せつけてきた。
「ふふん」
「わかったわかった。超似合ってる」
どうだ似合ってるだろ! と言わんばかりに俺にドヤ顔を見せる芦田。女の魅力という点で芦田がここまで自信満々なのも珍しい。無自覚ムーブが専売特許の芦田がこう出てくると中々の強敵だ。
「えー、雑。もっとちゃんと褒めてよ」
「バズる顔してんな」
「なんか違うんだけど!」
俺としたことが夏川を前に照れ隠しで芦田から目を逸らしてしまう。助言にあった通り、あのイヤリングが本当に芦田の桜色の唇を引き立てているからだ。つい目が行ってしまって、それがどうにも気恥ずかしい。
「──ねぇ」
夏川を前に芦田に照れてしまったことを悔やんでいると、芦田がぐっと顔を近付けてきて思わず身じろぐ。ちょっと責めるような表情だ。
「愛ちに何か買ってあげたら良かったんじゃないの?」
「や、聞いてたろ。あの先輩の言葉」
「そりゃそうだけど……」
ひそひそと不満をぶつけて来る芦田だけど、プレゼントに素人な俺があのプロレベルの先輩の目の前で夏川への贈り物を選ぶ勇気はなかった。背中を押してくれるようなら話は別だったけれど。
『貴女に似合うのはここには無いわね。その宝石のような色の瞳を筆頭に魅力に溢れているけれど、だからこそオシャレのためにそれ以上増やすべきじゃない。皮肉な話だけど、瀟洒なアクセサリーを身に付けるくらいなら、頬に泥でも付けて擦った方が美しさが映えるわ』
などと宣いやがり、夏川をしょんぼりとさせる一幕があった。決して馬鹿にしているわけじゃないだけに怒りづらい。そして夏川にそんなサファリチックな趣味はもちろんない。買わせないようにするとかプロ失格だろ。プロじゃねぇけど。
「それに………夏川にはもう用意してるし……」
「え? あっ……」
そうだった、という様子で芦田が心配そうな顔をする。そう、今月末のハロウィンは夏川の誕生日だ。その日のために用意したものは芦田だけに話していた。
「指輪、やめるべきかな……。あの先輩も夏川にアクセサリはやめた方が良いって言ってたし」
「え、理由そこ? もっと根本的な問題ない?」
「魅力溢れる夏川にこれ以上の輝きは負担にしかならないのか……」
「別の負担を感じると思うよ」
残念なものを見るような目で芦田が見てくる。イヤリングにぶら下がる小ぶりのパールが揺れるたびに唇に目が行く。くそっ……なんだその唇は……けしからん!
芦田はああ言うものの、去年までの俺がブランドものをあげてたことに比べると手作りという点はかなりマシになったと思う。値段だけでいえば普通の誕生日プレゼントに相応しい。ただ、準備する期間と手間が例年と違うだけで。指輪という形になったのは偶然の産物に過ぎない。
「たぶんだけど、あの先輩の言ってた『増やすべきじゃない』ってアクセサリの全部じゃないんじゃないかな」
「え?」
「シルバーとか宝石とか。そういうのじゃないってだけで」
「う、うん? つまり?」
「──圭、写真送ったよ」
「え、ほんと?」
「あ、ちょっ……」
夏川に呼ばれて芦田はスマホを確認し始めた。肝心なところ聞けなかったんだけど。凡俗な男子高校生にはその辺のセンスは手に余る。夏川の誕生日までに答えにたどり着く必要があるだろう。まだ少し時間はあるし、どこかのタイミングで改めて聞いとくか。
「……あれ? 写真は?」
「送ったの圭だけだから」
「あ……そっすか」
「なに、欲しいの? 欲しいの? 送ったげよっか?」
「うっぜ……おうよこせよ。姉貴に見習わせる」
「恐ろしいことに使わないでよ!」
「あんた、いい加減お姉さんに敬意払いなさいよ……」
◆
芦田に磨きがかかったところでいったん教室に荷物を置きに戻り、次はいよいよ体育館でのファションショー。具体的には衣装コンテストなんだけど。何気にこの文化祭の裏のメインイベントと言っても過言ではないのかもしれない。
暗がりの騒がしい体育館に入ると、中は男子も女子も関係ないくらい人で溢れかえっていた。ステージ上を見るとバスドラムを持ち上げて重そうに運んでる先輩男子。直前までバンド演奏でもしていたのかもしれない。よく見ると、周囲からはすっかり楽しんだ後のような雰囲気が感じ取れた。
「もしかして見たかった?」
「どっちでも。楽しめたとは思うけど、愛ちは騒がしいの好きなタイプじゃないでしょ?」
「うっ……確かに。抵抗はある、かも……」
最近になってようやく理解したけど、夏川の行動基準は愛莉ちゃんが楽しめるかどうかだからな。フェス系は無理でも、きっと遊園地みたいなアミューズメント系の騒がしさは平気なんだろう。
ステージのそば、在校生向けのスペースに芦田、夏川、俺の順に並ぶ。
「今からのファッションショーはどんな感じ? ぶっちゃけ女子のイベントじゃん?」
「あたしは楽しみ! さっきアクセサリの選び方とかもあったから余計に!」
「うん。私もこういうのは楽しみ、かも」
反対に、俺に興味があるかって言われると答えに困るかもしれない。東雲のお嬢に頼まれただけだし。周りの女子率が高くてちょっと肩身も狭い。俺が誘っといてなんだけどな。可愛い子が可愛い服を着て歩いて来るという一点にのみ期待が持てる。
「おっと。そういや、アプリアプリ……」
「あ、そだ。投票アプリみたいのがあるんだよね」
「学校のホームページからだっけ?」
俺が既にインストール済だったから、二人に操作方法を教える。急ごしらえの超シンプルなデザインのアプリだし、教えるほどのものでもないんだけどな。誰が作ったのかは俺でも謎。何年か前からあるらしい。
「凛様とか歩いて来ないかなー」
「あの人そういうタイプじゃないだろ……見てみたいけど」
「……」
堅物な性格だし、その可能性は薄いだろう。もし四ノ宮先輩が出て来るとするなら、小脇で稲富先輩と三田先輩のいつもの風紀委員ファミリーの腰抱いて来るだろうな。女子の黄色い悲鳴が頭に浮かぶ。
「……お姉さんとかは?」
「想像したくない」
「そんな鳥肌立つみたいに擦らなくても……」
「自分の姉貴が露骨に色気振りまいて歩くとことかどんな顔で見れば良いんだよ。プロレスの登場シーンならまだ分かるけど」
「似合うと思うけどな……」
夏川と分かり合えないのは悲しいけどそこは覆るような話じゃない。きっとこれは姉弟ならではの感情なのだろう。自分の親兄弟がテレビ番組でアイドルとして出演してる人ってどんな心境なんだろうな。複雑なのは間違いないと思う。
「おわ、すっげ……」
話していて気が付くと、舞台には華美な装飾が施され、照明の色もそれっぽいものに変わっていた。さっきまでステージの後ろに飾られていたありがちな垂れ幕も、現代的な巨大モニタにすり変わっている。うちの学校、あんなのあったんだな……。
「始まるみたい……!」
芦田のわくわくするような声と共に、アメリカのポップなミュージックが流れ始めた。