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でんせつのつるぎ

続きます。



 文芸部、と言われてまず思い浮かぶのは、静かな空間でじっと座って本を読んでいる光景だった。聞き馴染みのある部ではあるものの、俺にとってその活動内容は謎に包まれたままだった。有志の寄せ集めでありながら、絵本を作るみたいな創作活動もしているらしい。過去に文芸部はあったらしいけど、活動内容の薄さから無くなってしまったらしい。さしずめサークル活動みたいなものか。こうして文化祭で場所を取れてイベントも開催できた時点で既に大躍進と言えるだろう。


「けっこー賑やかだね!」


「絵本、だもんね」


 客層、と言って良いのか分からないけど、文芸サークルが使っている多目的ホールは小さな子供が多かった。きゃいのきゃいのと(かん)高い声で溢れる空間にどこか懐かしさすら覚える。図書室で開催していない理由が分かった。


 見たところここに居るサークル員は三年生の女子の先輩と二年生の男女、一年生に男子が一人という計四名の少数精鋭のようだった。読書家なんてどちらかと言えば芸術肌だろうし、ママさんからの質問やキッズの無邪気な言動への対応に追われてわたわたとしてるようだった。


「お。歴代受賞作コーナーだってよ」


「受賞? うちの高校の?」


「らしいね……あれ? この本、知ってるかも……」


「あ! あたしもそれ見たことある!」


「俺もだ……」


 題名は『おててのわんわん』。あらすじをラノベ風に語ると、指を使って表現したワンコが現実世界に顕現し、お留守番中に寂しい思いをしていた女の子と一緒に遊ぶ、というお話だ。一頻り遊ぶと、女の子はママの腕の中で目覚め、夢だったと気付く。しかし目の前を見ると、そこにはなんと夢の中で登場したワンコがっ……! その日から女の子に新しい家族が増えましたとさ、という激アツ展開を迎えて絵本は終わる。


「確か……幼稚園にあって読んだな。人気で取り合いだった記憶が……」


「あたしも。これ読んで犬飼いたいってパパに駄々こねたの覚えてる」


「……だから家に無かったのかもな」


 地元民に犬派が多いのはこの絵本の影響もあるのかもしれない。俺は漫画の影響で猫派だけど。姉貴も飼うならペルシャ猫とかセレブなこと言ってたし猫派なんだろうな──本人もキャットファイト得意だし。


「愛ちゃんの好みとかあるの?」


「もう五歳だし……ちょっと上級者向けなのが好みかも」


「う、うん……? 上級者向け?」


 上級者向け……? ダメだ、直前にキャットファイトとかくだらないこと考えてたから変なこと考えてしまう。謎に姉貴がジャーマンスープレックスする光景が頭に浮かんだ。いけっ、そこだ……!


「へぇ……冒険物とか?」


「好きだろうけど絵本ではあまりないかも……小さな子とか動物が探検する話とか……わくわくする感じ?」


「うん。ここにあるのは……持ってるかな」


「じゃあ、あそこの子供たちに交ざって選ぶか」


「声高めの方が良いかな?」


「何でわざわざ幼くするの」


 そう言いながら有志の生徒がてんやわんやしてるコーナーに近付くも、俺たちの接近に気付いた小さな女の子がビクッとした顔になってそこから離れた。いま……俺見てなかったですか?


「怖がらせちゃったね」


「有志さんならまだしも、高校生が後ろから三人近付いたらね」


「俺、出てようか? 学校から」


「ショック受けすぎよ」


 近付くだけで逃げられるとか、もう子供が苦手とかの話じゃないよな。愛莉(あいり)ちゃんも俺を見る度に「出たな怪人っ……!」と言わんばかりに攻撃してくるし。なるほどな……純粋な幼児を前に姉貴から(無理やり)引き出された俺の潜在能力を隠すことが出来なかったか。お前は……俺みたいになるんじゃないぞっ……!

 まぁ、個人的には多少アグレッシブな方が接しやすいんだけど。


 歴代受賞作とは異なり、他の絵本は長机の本立てに立てかけられていたり、そのまま横に置かれていたりと雑多になっていた。謎に高級感のあるサテン生地のクロスの上に置かれているから宝の山に見える。もしかすると本当に名作が隠れてるんじゃ……?


 俺と同じく、子供たちがあまり寄り付いていない同級生男子に話しかける。


「たくさんあるんだな」


「本当に。コンクールに出しもしないのに衝動で書いてたりするから」


「へぇ……お。男の子向けっぽいのが」


「あっ、それは……」


 どれどれ……『でんせつのつるぎ』。

 はるかむかし、まおうというわるものがふっかつし、せかいをしはいしようとしていた。おおくのひとびとがまおうにたちむかったが、だれもたおすことができなかった。そんなとき、いなかのむらでひとりのゆうしゃがたちあがる。

 ゆうしゃはせいぎのこころにめざめると、まおうをだとうせんがためにでんせつのつるぎをさがすたびにでる。おうこくのみやこをめざしていると、もりのなかでおんなのこのひめいがきこえてきて──


「…………これは」


「えっと……2003年頃に作られたものですね」


「おう……」


 そんなに前の──そうか……始祖よ。


 ペラペラとページを(めく)って行くと絵本のイラストというには少年漫画チックな美少女が描かれていた。絵のタッチを見てるだけでノスタルジーな感情が俺の心を染め上げる。

 これはある意味お宝を見つけたかもしれない。絵本サイズで、かつ絵本にしては謎の分厚さがあり、全てひらがなという地獄の構成を除けば非常に価値のあるものなのではないか。その謎を解き明かすため、俺はアマゾンの奥地に向かいたくなった。


「……」


 でんせつのつるぎの名前は『えくすかりばー』だった。


 同じ男としてこの名作を母校に残した勇気を賞賛したい。ぜひこの書物は売れ残ったまま未来へと引き継がれていってほしい。むやみに触って紙を痛めまいと、そっとサテン生地の上に戻した。


「ねぇ見て愛ち。五才の女の子が超イケメンの王子様に『おもしれぇおんな』って言われてラブラブになっていく絵本があるんだけど」


「戻して」


 文芸部……既に無くなった部なのに歴史が深いんだなぁ。




 ◆




「どーゆー絵本が受賞するか分かるようになった気がする!」


「ひとえに全年齢対象の文章を書きゃ良いってもんじゃないんだな……」


「新鮮で面白くはあるんだろうけど……ああいうのはダメなのっ」


 とおっしゃる夏川(なつかわ)の手には我が校限定の可愛らしい手提げ袋。中には二冊ほどの絵本が入っている。話の内容は普通でも、一般的な絵本と比べて線が細く綺麗な動物のイラストが良かったらしい。これなら愛莉ちゃんも喜ぶはずと満足げだった。


「次はどこ行く?」


「後で良いんだけど、体育館でやってる手芸・服飾部主催のファッションショーは見たい」


「うわさじょっち、あたし達と居て女の子が見たいとか」


「や、自分を選んでくれって頼まれてさ。せっかくなら見ときたいだろ。楽しみたいなら今のうちにパンフレットから投票アプリインストールしとけ?」


「頼まれたって、なにそれ八百長じゃん……そういえば、コンテストなんだっけ?」


「ミス鴻越(こうえつ)に選ばれるってわけじゃなさそうだけどな」


 そもそもエントリーしてるのは三年生が多いって話だし。まぁこういうのは高校最後の記念にってやつだよな。そこに飛び込んでエントリーした一年生の東雲(しののめ)のお嬢は鋼のメンタルを持っているに違いない。そもそも金髪のハーフだし、服飾部からすりゃこれ以上ないモデルなんだろうな。


「でも……まだちょっと時間あるみたい」


 パンフレットのイベント欄を見た夏川が言う。そうやって返してくれるって事は、ファッションショーを見に行くことは反対じゃないみたいだ。


「あ! じゃあ先に手芸の方に行こうよ! 『手芸部企画』って書いてるけど、たぶんアクセサリとかでしょ!?」


「どうだろ? 行ってみよっか」


「さじょっちもおいで!」


「なに。今日ってどっか回る度に仲間かどうか判定されるシステムなの?」


 野良パーティーの助っ人かよ。確かに昨日は違うパーティーだったけど。タンクは任せてください。打たれ強さには自信があります。


 意気揚々と向かい出した芦田(あしだ)に慌てて付いて行く。さては文芸部に行く前から目を付けてたな? こいつの事だから空気を読んで夏川に先を譲ったに違いない。

 手芸部、か。さっきの文芸サークルとは別で、こっちは布を扱う物なら何でも手広くやってるイメージだ。だからこそ同じ部活の中で手芸と服飾で別れてるんだろうけど。あと部員全員女子力高そう。シルバーアクセとか期待してる俺は馬鹿なんだろうか。


「──ね、ねぇ」


「ん? おぉ……」


 横から腕を小突かれ顔を上げると、夏川。絵本屋さんに行く前のように顔色を窺うような表情だった。無防備というか近すぎてドキドキする。嬉しさ飛び越えてもはや心臓への負荷なんだよな、これ。


「さっきの…………『自分を選んでくれ』って」


「う、うん……? ああ、ファッションショーの事か……」


 焦った……夏川が突然誰かを選ぶみたいな事を言ったからちょっと驚いてしまったぜ……さっきから俺の心を弄んで来やがる。でも俺ぁ知ってんだ、天然でそういう事して来る女は魔性の女なんかじゃなくて良い女だって事をな。


「それって……お姉さん?」


「いや、違うけど……」


「ぇ……」


 姉貴はそもそもそんな八百長じみた事はしないし、俺から選んでもらうなんて期待すらしないだろうな。今でこそ副会長なんて立場だけど元々はヤンキーという日陰者──人前に立ってアピール決め込んで目立つような真似を自分からしたがるような性格じゃないだろう。


「じゃ、じゃあ、四ノ宮(しのみや)先輩? 他の風紀委員の人たちとか……」


「ああいや、先輩じゃないんだ。同じ学年」


「おなじ………」


「ほら、夏休み前の。金髪ハーフの高飛車なお嬢様」


 未だかつてこんなにも唯一無二な属性の知り合いが居ただろうか。あのお嬢、何気に誰よりもキャラ濃いんだよな。姉貴はやたらお嬢に嫌悪感を滲ませてたけど、かつて同じ金髪だった自分との同族嫌悪だったりして。


「金髪ハーフ………お嬢様………」


「モデル向きだよな。西洋の顔っていうか。確かにああいうのが一人いるだけでパリコレ感が出てシャレオツ感増すよな」


「…………誰?」


 うそやん。


【お知らせ】

 本作の第6巻が発売いたしましたため、特典情報をお伝えします!


■夢見る男子は現実主義者6

挿絵(By みてみん)


■店舗特典

────────────

①とらのあな様 限定特典SS

『こだわり』 登場キャラ : 佐城渉、佐城楓


 ある日の放課後、帰宅してゲームに興じていた渉。すると部屋の扉が音を立てて開き、ご立腹の楓が登場!

 どうやらちょっとした悪戯がバレたらしく……?


────────────

②メロンブックス様 限定特典SS

『ムキムキ』 登場キャラ : 佐城渉、夏川愛華、芦田圭


 PC入りの重たいリュックで登校した渉を見て、筋力の話になった3人。愛華&圭の力持ち疑惑が発覚し、か弱さを証明するために渉と腕相撲をすることに!?


────────────


③BOOK☆WALKER様限定特典電子SS

『親しき仲にも……』 登場キャラ :佐城渉、夏川愛華、芦田圭


 愛華の前の席になり、彼女と圭のガールズトークを耳にする機会が増えた渉。だが、その日の2人の会話は珍しくバトルの様相を呈していた!?


────────────


■作者より

 いつもなら半月前にはこちらの更新とともに後書きでお知らせしていたのですが、実生活の都合により発売後のお知らせとなってしまいました。楽しみにしていらっしゃった方にはご迷惑をお掛けいたしております。Web版の更新も併せて、どうにか頻度を上げる努力をして行きます。今後とも応援のほど宜しくお願いいたします!

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[気になる点] 謎に姉貴がジャーマンスープレックスする光景が頭に浮かんだ いやいや、ジャーマンスープレックスって、アレでしょ、ガ○ルで→中Pだったか? こいつも、ある意味やば目のシスコンかもね。
[一言] 続き楽しみにしています!!  、自分の恋心にやっと気づいた夏川さん二人の今後の展開が気になってしょうがないです! はっきり言ってめちゃくちゃ面白いです!!!お体に気を付けて今後もぜひ頑張って…
[良い点] ラブレターの時といい、夏川は控えめでいいね [気になる点] 店舗特典SS、あるのは嬉しいんだけど 本を複数買わないといけないのはこの業界の癌だよなと常々思う 後でまとめてくれるならまああり…
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