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エリートトレーナー

続きます。





 ここのところ寝付きが悪い。直ぐに睡眠に入る事が出来ない割に朝早く起きてしまう。原因は恐らく以前より運動量が減ったからだろう。夏川を追いかけていた時は周りをちょろちょろと動き回って結構な体力を使っていた気がする。

 布団が疎ましくなるのは何も運動不足だけでなく季節が夏に近付いた証拠だろう。朝になると覆い被さっていたもの全てを撥ね除けていた。それでも朝に熱々のトーストをやめられないのはどういった現象なんだろうな。

 冷凍庫から5枚切りの食パン一枚を取り出してトースターにぶち込む。タイマーを適当にヒネって赤い熱に焦がされて行くふかふかの肌を観察するのはもはや習慣である。


 外はサクサク中はもっちりのバタートーストを堪能していると、どんな寝方をしていたか想像できるような片側ボンバーヘアの姉が二階から降りて来た。斬新なアシンメトリーである。

 トーストにかぶりついている俺を見て一言。


「…………こんくらいが丁度良いのかもね」


「人の顔見て謎の妥協をするのはやめろ」


 男意識高めの無礼な姉だけどあまり色っぽい話は聞いたことが無い。長年弟をやっているけど、どうも姉貴は()り好みし過ぎなんだ。だから今まで彼氏なんて居たことが無い。黙ってりゃモテる見た目なのにな。


「褒めてんのよ。イケメンと絡んでも周りの女に角が立つだけだし」


「まるで体験したかのような口振りじゃねぇの……」


「………」


「……?」


 う、うん?何か予想と違った反応だぞ?まさか面食いの姉貴にも春が……?

 いやでも何その顔……すっげぇ嫌なこと思い出してる感じの顔なんだけど。さては此奴、イケメンに半端な手の出し方をして失敗したな?しっかたねぇなオイ、ここは一つ姉思いの弟が空気を(なご)ましてやろうじゃないか。


「やっと解ったか……俺という男前の素晴らしさが」


「ハァ?調子乗んなよ49点野郎」


「せめてッ……せめてあと1点……!」


 的確に俺の心を抉る口撃だ。ただでさえ普通を自負する奴を普通未満に扱うと傷付くんだぞ!死ぬほど現実見て普通名乗ってんだから少しは大目に見てくれたって良いじゃない!


 これ以上会話を続けるのは藪蛇に他ならない。涙をのんで余った食パンを口に詰め込み、物理的に今話せませんよアピールを試みる。姉貴が馬鹿を見るような目で『何やってんの……』と呟いた。ここ最近で一番姉らしかった瞬間だと思う。


「アンタ、そんなんじゃ女の子にモテないよ」


「はぁ?今更だろ何言ってんだ」


「アンタ……」


 散々俺をモテない奴として扱って来た姉貴がこの言い草。思わず強めの悲しい言葉を吐いてしまった。姉貴は何か言いたげな目を向けて来たけど、それ以上言ってくる事はなかった。


 昨日と同じように早めに家を出る事にした。この時間帯は夏川と被っているから気まずいのだが、そう都合良く何度も鉢合わせになる事は無いだろう。学生鞄を手に持ち、玄関へと向かう。


「あ、渉待ちな」


「………は?」







「???」



 『アタシも行くから』と言われ、何故か待たされた俺。かつてないほど構ってちゃんな姉に困惑を隠せない。ま、まさか……!ブラコンだったとでも言うのか……!?


『ハァ?………キモッ』(3回目)


 無いな。この傍若無人な姉がブラコンなわけがない。思わず頭の中でドン引きしながら俺を罵倒する姉の姿が浮かんだ。先生、俺、もう学校に行く気力無いです。

 混乱したまま姉貴と一緒にローファーを履く。この状況すら意味がわからない。こんなの俺が中学に上がった日以来じゃなかろうか。そもそも姉と高校が同じっていう末っ子感がちょっと嫌だ。


「行ってきます」


「……ます」


 姉貴は普段はわざわざ口に出さないんだろ、俺が行ってきますと口にすると小さな声で同じ言葉を発した。今でこそ落ち着きつつあるけど、高校入学直後のいわゆるギャルの時代はまあまあの素行の悪さだったからな。その名残が後を引いてんだろ。


「……それで?何で突然一緒になんて言い出したんだよ」


「は?アタシも行くって言っただけじゃん」


「どう違うの……」


 謎の生命体〝女〟。これがまた良い感じの関係性の女の子ならツンデレかよと喜ぶところだけど相手は姉っていう。わざわざ俺を待たせた理由が謎すぎて怖い。

 よく分かんないまま姉貴の後を追ってると、少し前を歩く姉貴が急に立ち止まった。


「んだよ、どした」


「………あの子」


 姉貴が顎で前方を指し示す。いや顎ってお前。

 その方向を見てみると、何やら見覚えのある女子の後ろ姿が通学路の曲がり角でスタンバってた。何かを待ってるんじゃなくて、どうやら曲がった先にあるものを覗きこんでいるように見えた。ミニスカでちょっと屈んでるから際どいんですけど……夏川様、有難うござりまする。


「………」


「………」


「おい、アンタ知り合いでしょ?黙ってないで話しかけなよ、あっこ通るんだし」


「ひぇっ、睨むなよ……」


 俺の視線に気付いたであろう姉が手の甲で肩パンしながら言ってきた。現実的に考えてあの状態の夏川に話しかけるのは厄介事がありそうでちょっと嫌だ。正直遠回りしてでもスルーしたい。が、後ろで我が覇王(あねき)が俺を見ている。仕方ねぇか。


「────夏川」


「ひゃわぁっ……!?」


 なん……だと。


 俺の心がひゃわぁってなった。夏川らしからぬ小さく高い声が可愛すぎて何というかもう今なら爆発できる気がした。ファイナルエクスプロージョン。


「わ、渉……!?」


「よう、こんなとこで何をコソコソして───ん?」


 んん……?今サラッと名前で呼ばれた?いつもなら名字……あれ?俺っていつも夏川から何て呼ばれてたっけ?んんん……?


「何か変な人達が居るのよ……!何よあれ!?」


「うわ良い香り───え?変な人達?」


 夏川が俺の腕を掴んで急接近。思わず本音が口からこぼれかけたけど辛うじて持ち直した(※手遅れ)。我に返って夏川の言葉を反芻すると、何やら気になることを言っていたのに気付いた。


「あれよあれ……!」


「むむむ……?」


 夏川と同じようにこっそりと曲がり角の先を覗く。その先を見ると、俺達と同じ高校の制服を着た四人の男子生徒が両側の塀の前に立っていた。その様はまるで四天王に挑む前のチャンピオンロードのようだ。目が合っただけで勝負を仕掛けて来そう。


「しかも全員エリートトレーナーばりの面じゃねぇか……」


「何言ってんのよアンタ……」


「ちょっと、いつまでやってんの」


「えっ……あ!?渉のお姉さん……!?」


 イケメン死すべしと思って悪態()いていると、待たせていた姉貴(Lv.63)が早くしろと言わんばかりの低い声を発しながら近付いて来た。勝てない。

 ちょっと待って。知り合いの姉に会った瞬間畏まって柔らかくなる夏川がマジではかいこうせんなんだけど。俺も負けてられない!ワタルははねるをつかった!しかしなにもおこらない!


「アンタらさっきからなに見て───げっ」


「……姉貴?」


『あ!楓じゃないか!』


「は?」


 冗談抜きで俺の危険感知センサーが警報を鳴らしている。曲がった先で待ち構えるように立っていたエリートトレーナー達が姉の名前を発しつつ此方へと走り寄って来た。全力で逃げ出したかったが、姉貴が隠れるようにして後ろで俺の腕を固定しているため身動きが取れない。何これ、何固め?


「おい楓!誰なんだその男は!どうしてそんな俺達から隠れるような真似をする!」


「うるさい!何で全員で待ち伏せてんのよキモい!」


「メガ○ウム!君に決めた!」


「ちょ、ちょっとアンタ空気読みなさいよっ……」


 本気で慌てた様子の夏川が俺の制服を摘んで必死で引っ張って来る。これ以上の幸せはない、今なら全員振り切ってダッシュで高校へと走り込めそうだ。てゆーかそうしたい……え、駄目?

駄目。

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