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それぞれの在り方

続きます。




 両手で手マスクを作り、チーズ臭い自分の息を吸って我に返る。今のギャップ萌えの先輩を直視するには萎えるしかない。出でよ、賢者の俺。


「………で、相談というのは?」


「ああ……それは他ならぬ私の事なんだ」


「先輩の?励ましていた風紀委員会の方々じゃなくて?」


「そうだ」


 てっきり上手い励まし方でも尋ねられるもんだと思ってた。でも先輩は自分自身の悩みがあるらしい。堂々とした姿勢を見てると悩みなんて有るようには見えないけどな……。


「私は風紀委員長として仲間の悩みの力になりたいと思っている。だが、色んな言葉で提案したり励ましたりするがいつもこう返されてしまうんだ。『それは委員長だから出来るんです』と」


「あぁ……成る程」


 言いたい事は理解した。

 俺がさっき廊下で言った『別の女子生徒だったとしても──』のくだりと風紀委員の人の言った事に似たようなニュアンスを感じたんだろ。どんだけ委員会の仲間を励ましても効果がない。それは自分に何か至らない点があるんじゃないか、つーことか。


「『貴女に私の気持ちなど理解できるわけがない』。稲富先輩達にそう言われてる気がしてならない、と」


「むっ……そうだ。はっきり言ってくれるんだな」


「それ一年の俺に相談するんすか……」


「あの子達にこんな事を訊く事はとてもできない。それに君の言う通り、私はあまりクラスメートの男子と話す機会がなかったんだ。だから君ならと思いつい、な………」


「………」


 先輩はたぶん人一倍の知識欲を持ってんだろうな。勉強の知識とかそういうことじゃなくて、もっと自分の身近な生活に関わるような事に関して。風紀委員長なんだから他人の気持ちを理解できないといけない、クラスの中心的存在の生徒を始め、教室の隅で大人しくしている生徒の事さえも。立場上、そんな強迫観念が湧いちゃうのかもな。


「自分もどちらかと言えば稲富先輩方と同じ立場です。だからきっと先輩の価値観を詳らかに説明されても理解できないでしょう」


「……そうか」


「でもまぁ、彼女達が四ノ宮先輩にどうして欲しいのかは分かる気がします」


「! ほ、本当か!?」


 顔を近付けて来る先輩。ただでさえ狭い生徒指導室なのにそんなことしたら俺が大変な事になります。美しい、キスしても良いですか。あと俺の息チーズ臭くないですか。


 ……さて、先輩に言った通り寧ろ俺は稲富先輩の気持ちの方が理解できる。それは俺がスペックの平凡さ的な意味で〝稲富先輩側〟で、〝四ノ宮先輩側〟じゃないからだ。どちらかと言えば近いだけで俺と稲富先輩だって似ても似つかないんだけどな。

 その差は極端な話、文化の違いとかと同じようなもんだ。同じ場所に住んでいても、要領の良い奴と悪い奴じゃ同じ景色でも見え方や価値観も変わって来る。学生の身分で誰かを取り締まるような人なら周囲とそんな差が生まれてもおかしくはない。


「結論から言うと、先輩に励ましとかそういうのを期待してないんすよ」


「なっ……そ、それじゃ私はどうすれば良いんだ!」


「そんなの『気にするな』、の一言で良いんですよ……あと肩をポンとしてくれりゃ大満足っすね」


「え……」


 さりげないボディータッチ、うへへ。いけない、つい俺の欲が先行してしまった。これは相談、相談されてるんだ……。


「先輩はその肩書きだけでも上司みたいなもんなんすよ。だからこそ下に居る彼女達は先輩にレベルを合わせてもらってまで共感して欲しくないし、寧ろなりふり構わず問答無用で引っ張って行って欲しいんです」


「そ、それでゆゆ達が前向きになるのか……?」


「先輩に〝気にするな〟って肩ポンされるんですよ?天にも昇る気持ちだと思いますが」


「わ、私は神か!?」


「彼女達にとっては神より先輩の方が尊いかもしれないっすね」


 いかん、聖母のような微笑みの風紀委員長を想像したら軽いバブみが……気を引き締めないと。ここはひとつ夏川の事を思い出して───あれれ?気が引き締まらないぞ?ニヘラァ。


「皆が私に期待しているもの……か。尊いと言われれば照れるが、成る程、ゆゆ達にとって私がどういう風に映っているのか分かった気がする」


「……もう大丈夫っすか」


「ああ……だが私だって人間だ、落ち込む事もある。そんなとき私は誰に頼れば良いんだ?」


「そういう姿を見て俺達は委員長も人間なんだと安心するんです。仲間である限り彼女達が支えてくれるはずです。ただ、そのやり方が貴女と彼女達とで違うだけなんじゃないですかね」


「………」


 先輩と俺とじゃ2つも年の差があるけど、それでも同じ学生だ。同じ学生に差があってはならないという建前と大きな優劣が生まれてる実態があるけど、ちゃんとした理由あっての格差は基本的に学年差くらいしか存在しない。だからこそ四ノ宮先輩は錯覚したんじゃないか、自分と稲富先輩達はほぼ対等であり格差など無いのだと。


 そんな事は絶対にない。能力や肩書きによる格差なんて小学生の時点で生まれる。それだって言葉に表せないながらも小学生の時点で気付くことだ。


「………別に、彼氏でも作って励ましてもらうのもアリだと思いますが」


「なっ……そ、そういった不純なのは───」


「先輩のタイプってどんなですか?」


「は、話を聴け!」


 格差なんていう言葉をわざわざ口に出そうとは思わない。先輩には綺麗な言葉を並べて説明したけど、少し言い方を変えるだけで先輩は俺に鋭い眼差しを向けただろう。それは平穏に生きる俺の望むところではない。


 一息ついて時計を見る。


「昼……終わりますね」


「ああ、話を聴いてもらって悪かったな」


「いえ」


 お互い席を立ち、生徒指導室から出る。周辺に居た生徒や教諭が目を見開いてこっちを見てきたから、いかにも『こってり叱られましたよ』とげんなりした様子を演出していると四ノ宮先輩に肩をどつかれた。よっしゃボディータッチっ。


「んじゃ、またいつか」


「ああ、待ちたまえ。そういえば君の名前を訊いてなかった」


「あ、山崎っす」


 普通人のモットーその一。教師や風紀委員長といった目立つ立場の人間に名前を憶えられてはいけない。

 息をするように偽名が出た。そういや今日は胸ポケにネームプレート付け忘れてたな。ってか思わず山崎の名前出しちゃったよ。まぁ良いや、あいつバスケ部で顔だけはまあまあ良いし、先輩のような美人に名前を呼ばれたら喜ぶだろ。


「それとだがな、私はやっぱり君の善意が余計だったとは思わないぞ」


「……そうですか」


 なら、これ以上俺と先輩が相容(あいい)れる事は()ぇっすわ。


 意見の衝突。反論すればこそ議論が成り立ち、その者は相手と対等となれる。けど、俺にはさっきの廊下での初手が限界だ。先輩は目の前の後輩がどれだけありふれた普通の存在なのか理解していないんだ。それに、必ずしも俺は俺の考えが正解かなんて判らない。


 譲れないものと芯を持った先輩はやっぱり強い。そして俺は普通でしかなく、自分を貫き通すほど誰かに向けられる牙はなかった。







 コンビニで買い食いしてたら日が暮れてしまった。西の空が橙色に染まる。とはいえ今時の夕暮れはかなり遠い。昔の夕暮れは視界いっぱいの太陽が見えていたというのは本当だろうか。一度でいいから現実にそんな景色を見たいもんだ。

 東の空を見ると夜の始まりが見えていた。どちらかといえばただ綺麗なだけの夕暮れより、こんな風に明暗分かれた東と西の空の対照性が好きだ。今はそんなリアリティさに魅力を感じる。


「……渉?」


「!」


 家の近くでボーッと立ち尽くしていると女性の声が俺の名前を呼んだ。以前の夏川の訪問もあってかドキッとしてしまったけど、よく考えたら聴き覚えのある声だし、夏川とは今ちょっと話しづらい雰囲気だ。そうなるとこの声の主は一人しか居ない。


「姉貴?え、塾は?」


「今日は気分じゃないし」


 え、そんなのアリなん?まあ本人が嫌と言ってるんならどうしようもない。実際問題、気分次第で全く勉強の効果が表れないとかあるらしいからな。だとしたら俺、もう何年も勉強する気分じゃねぇわ。はっはっは。

 姉貴は肉まんをハフハフしながら顔を(しか)め、俺を素通りして家ん中に入ってった。買い食いとかするとこはマジで姉弟だな。顔を顰めたのは恐らく今日くらいは受験生という立場を忘れたかったからだろ。迂闊(うかつ)だった。


 機嫌を窺って腫れ物扱いすると余計に機嫌を悪くするのが俺の姉、楓である。間髪容れずに追いかけ、俺も家の玄関に突入して一緒にリビングに向かう。途中で姉が持つビニール袋に目が行った。


「もしかして……全種類買ったん?」


「や、アイツらがさ」


「アイツら……?」


「………何でもない」


 全部食えんのかっつーより、むしろ全部ペロリと平らげるんだろうなぁと思っていたところ。アホみたいに小さな弁当を持って女子力を高めてる割には朝と夜に結構エグめに取り返してるっぽいからな。恐らく胃袋は相当デカいと思う。

 リビングに入ろうとしたところで前を歩いてた姉貴が止まった。思わずぶつかりそうになって俺も止まる。


「姉貴?」


「アンタさ……あの子とあれから話したん?」


「………」


 あの子、とは前に家に上げた夏川の事だろう。姉貴が夏川と会うのはあれが初めてだった。以前から惚れた女が居ると大騒ぎしていたから、恐らく姉貴は夏川がその子なのだと気付いているんじゃなかろうか。

 夏川とは以前の訪問から割と普通に話してるから何となく正直に答えるのを躊躇ってしまった。だから思わせぶりな言葉で返してしまう


「あの時の会話聴いてたんなら分かるだろ」


「………」


 あの日、夏川が去った後の姉と母の様子が思い浮かぶ。女だけあって色恋沙汰への食いつき方は半端なものではなかった。俺が隣に立てるような相手じゃないんだと説明した時の愕然とした顔が忘れられない。


 いつものような罵声を待ち構えたけど、姉貴は何も言わずただ黙って先へと進んで行った。


終わってから気付くもの。

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