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続きます。




 文化祭を控えた前日、授業は無く文化祭の準備の一日だった。俺たちCクラスは教室を使って出し物のなぞなぞ大会の準備を進めるものの、文化祭で使う場所は学校全体だ。全校生徒の総力を挙げて体育館や他の場所にベンチや長机の運び込みが行われた。


「演劇部ってスゴいよね。ステージ作っちゃうんだもん」


「普通はテレビ局みたいに美術さんなんて呼ばないからなぁ。役を演じるにも照明とかマイクとか全部自分達で準備せにゃならんのだとよ」


 演劇部事情は実行委員会を手伝ってるときに知った。秋真っ只中であるものの、男は運搬作業がほとんどだからあっという間に涼しさを忘れる。あらかた済ませたものの、俺を含めた男子は教室に戻るなり黒のTシャツ姿のまま床に転がった。


「何か黒いさじょっちって新鮮かもー」


「腹黒いみたいな言い方すんなよ」


「ダークさじょっち」


「さてはお前手持ち無沙汰だろ?」


 疲れて女子の目を気にする事もなく壁際でくたばっていると、制服に黄色いニット姿という秋一色の芦田がやって来て何の労いも無く世間話を始めた。くっそどうでもいい事を言いながら俺の腰を突いてくる。向こうでは野球部マネの橋本(はしもと)が同じく野球部の安田(やすだ)にお疲れー、なんて言いながらハンドタオルを渡して恋愛の波動を撒き散らしているというのに。ちょ、こそばゆい、あんっ。


 夏川は文化祭実行委員会で居らず、そっちから手の離れた俺はクラスの作業にかかりきりになった。向こうは昼ドラ界のプリンスの石黒(いしぐろ)パイセンが居るから問題ねぇだろ。いや、実際に(ごう)先輩ってそんな顔してんだよなぁ……刑事役似合いそうだし、犯人役もこなせそうだし、堅物顔だし、ホステスと不倫とかしそう。


 芦田は夏川成分が足りないと度々(たびたび)俺に愚痴をこぼしてくる。お前っ……! んなもん俺だって足りてねぇに決まってんだろっ……! いいよなお前はっ、そこに夏川が居たら跳び付けるもんな! 俺には夏川が通り過ぎた後の残り香くらいでしか補充できねぇよッ……!


 我ながら狂気的と思うだけあって俺の信仰心は芦田さえもドン引きさせるらしい、夏川の誕生日の話をして以来、芦田は誕プレの話を一切振って来なくなった。あの時の顔が忘れられない。こいつ絶対タブーにしてんだろ。良いのよ? 別に俺の意見とか参考にしてもらって。


「ねぇ見て見て! 早押しボタン、ちゃんと『ピンポーン!』って鳴るんだよ! スゴくない?」


「おー。あれは? 連動してハテナがパカッと上がるハットみたいなやつ」


「ちゃんと上がるんだけどね。勢いでハットごと頭から吹っ飛ぶんだよ。首ひも作って試したらぐえってなった」


「怖っ」


 なぞなぞ大会は一回の参加人数が五人に限られてるから、参加者っつっても来校した子どもを想定してるんだよな。たかがなぞなぞ大会で首を負傷させるとか問題しかねぇわ。うん、ボツで正解。


「じゃあさじょっちに問題」


「いきなりかよ」


 割り当てられた仕事が早々に片付いてグダってると芦田から突然の出題。実は最近のクラスの流行りだったりする。特に女子はなぞなぞを用意する担当だったからかストック数が半端ない。ここ数日でたぶん二十問は答えてるし、今の俺の頭はふよっふよに柔らかくなってるはずだ。


「キスを千回するイベントってな〜んだ」


「キキキキキスを千回……?」


「いや動揺しすぎだから。ぎょっとした目でこっち見ないでよ、怖い」


 いやお前、答えを考える以前に問題のインパクト強すぎんだろ。思わず狼狽えちまったわ。イッテQもびっくりのイベントだろ。どんなにお祭り男でもさすがにガチの「エーッ!!?」が出るから。見たらわかる、ヤバいやつやん。


「……場所はアメリカですか?」


「や、なぞなぞだから。ロケーションとか無いし。別にアメリカのクラブのイベントとかじゃないかんね」


 日本じゃ有り得ないけど、可能性が無限大のアメリカさんならあるいは、なんて思っちまったよ。人の力で可能ならどこまでも行きそうだからなあの国は。


「千回……せんかい……旋回? キスを旋回?」


 やべぇ……いつもならもっと頭捻(ひね)って考えられるんだけど動揺のあまり知恵が湧かない。なんか絞った雑巾ばりにスクリューしてる唇みたいなの想像しちゃったよ。


「じゃあヒント。キスって他に何てゆーの?」


接吻(せっぷん)?」


「えー、きも」


「何でや」


 訊いたのお前やないかい。え、キスって和訳すると接吻だろ? ヨーロッパ風に言うとベーゼ? 別に間違えてないよな? キモいなんて言われる筋合いないよな? 芦田なりの挨拶だったんだよな?


 落ち着け。接吻、ベーゼ……を千回。え、千回もすんの? ダメだ、回数が異常過ぎて頭が回らない。キス魔のチャラ男だって途中で投げ出すだろ。キスのし過ぎで唇黒くなりそう。


「ヒントくれ」


「えー、また? これ子供でも簡単な問題なんだけど」


 子供相手にキス千回するイベントとか言うなよ。なぞなぞとはいえ本当にあるんだって鵜呑みにしちゃったらどうすんだよ。夏川的には絶対NGのなぞなぞだろコレ。いや待てよ、夏川レベルのシスター・インフィニティ───略してシスティなら愛莉(あいり)ちゃんからのおねだりをワンチャン期待するかもしれない。うん、してほしい。


「じゃ、じゃあ、その………キスするときってどんな音する?」


「キスの……音だと?」


 え、キスってこう……その、そっと触れ合う的なやつ想像してたんだけど。そのレベルじゃ音とか出なくない? キスで音が出るってお前……もう生々しいやつしか思い浮かばないんだけど。え? 俺の心がアダルトなだけ? 俺はもう大人になってしまったのか……?


「ちょ、何そのちょっと引いた顔。しかも何かちょっと恥ずかしいんだけど! あたしヒント出してるだけなのに!」


「そりゃお前、音の出るキスってどんだけのやつだよ」


「は、はぁっ? そーゆー意味じゃないしっ。さじょっちの変態っ」


「いやいや、芦田が言ったんだろっ」


「効果音! 効果音だから! なぞなぞにそんなリアリティあるわけないじゃんっ」


「最初からそう言えよっ、何かもうスゴいの想像しちゃったじゃねーかっ!」


「やめぇ! あたしも浮かんじゃうでしょ!」


 普段からふざけ合ってる仲だとしてもそこは男女、気まずいもんは気まずい。てか(たま)に偉そうに恋愛観語るくせに耐性無さすぎだろ。こんな手ぇブンブン振り回してアワアワする芦田初めて見たわ。


 気を取り直して………効果音、効果音ね。それを千回だから……ああ、もう分かったわ。


「あれだ、答えは『抽選会』。ちゅーが千回だから」


「正解。さじょっちって心が汚れてるんじゃないの?」


「俺は芦田が思ったよりピュアで意外だったわ。顔赤いぞ」


「うるさいよ!」


 煽ってみると、芦田はこれ以上顔を見られたくないのか側から逃げ出した。


 運動部で強靭なイメージがあってしかも陽キャの芦田が照れるとかちょっとゾクゾクするな。実は俺Sっ気があんのかもしれない。モテない奴がSとか不毛過ぎない?





 ◆





「………圭に何かした?」


「記憶にございません」


 午後になると文化祭実行委員会も一段落付いたらしい、戻って来た夏川は俺も着手してた内容が最終的にどう落ち着いたか話してくれた。途中でさよならってのが少しモヤモヤしてたから少しすっきりした気分になった。それ以上に夏川とこうして(以下略。


 ある程度話すと夏川はきょろきょろと辺りを見回し出す。この仕草はよく見るやつだ。芦田が自分の席に居なかったりする時にどこに居るんだろって探すときによくする。羨ましい、俺も探されたい。


 ついでに俺も気になって辺りを見る。いつもの芦田なら夏川の匂──気配を察知して夏川に跳び付くのが日常の百合。個人的には羨ましいと思う反面、芦田にはもっと思い切ってもらって構わないと思ってる。俺は! もっと強いのを! 見たい!


 探してみると意外にも直ぐに見付かった。MC台に見立てた教卓のところで口を三角にして俺を()めしつける芦田がこっちの様子を窺いつつ近付かないようにしてた。俺に近付かないようにしてるって事はつまりだ、目の前に居る夏川にも近付けないということ。


 何かを察した夏川が持ってるクリアファイルの角で俺の腹を突きながら問い詰め始めたのがここまでの流れ。そんなふうに真正面から訝しげに見上げられるのも悪くな──あっ、チクッて、意外と痛っ、あんっ。


「芦田がなぞなぞで変なヒント出してよ、イジったら拗ねたんだよ」


「何かしてるじゃない」


()ちちっ」


 芦田の出迎えが無かったことが寂しかったのか、夏川の攻撃の手が強まった。Tシャツ越しのクリアファイルの角が地味に痛い。まさかこんなふうに夏川に痛めつけられる日が来るとはな。耐えろ俺っ……声を上げるなっ……この状況で(よろこ)びの声を上げたらなけなしの好感度も地の底を突き抜けるぞっ……!


「…………二人で楽しんで」


「………」


 ぷいっと顔の向きを逸らして呟いた夏川。あまりに小さい声で俺じゃなかったらまず聴き逃してた。拗ねたような顔で言われた言葉に何て返せば良いか分からない。や、これ返さない方が良い感じか? やっぱ女子って難しいな……まさかこの短時間で二人も拗ねさせる事になるとは思わなかった。


「じゃあ夏川に問題」


「えっ」


「キスを千回するイベントってなーんだ?」


「……ッ!? き、キキキッ……!?」


「……へ?」


 あまりのインパクトに俺もドキッとしてしまった問題。芦田基準だと別に動揺する事じゃないらしいから夏川に出してみると、びっくりするどころか思った以上に顔を赤くして狼狽(うろた)え始めた。


「な、何言ってんのよっ……もう!」


「え、ちょっ」


 クリアファイルを押し付けるように胸を押された。えっ、と思ったのも束の間、夏川は顔をパタパタと扇ぎながら教室を走り去って行った。


「……えっ」


 まだ例のヒントも出してない。それでも夏川には刺激の強いなぞなぞだったらしい。明日の本番で使うなぞなぞリストから外された理由が何となく理解できた気がする。


 芦田の方を見ると、ざまぁみろと言わんばかりにあっかんべをされた。


んべ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 佐城が夏川に用意する誕生日プレゼントは愛理ちゃんとのセットの何かかな?と予想
[良い点] 面白い  面白すぎて    朝が来る          by変態 [気になる点] クリスマスなのに更新されてない クリスマスエピソードくださいお願いします
[良い点] かわいいです。 超かわいいです。 かわいいです。 字余り。 [一言] 小説買いました。大変かわいかったです。 浄化されました。
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