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誰のもの

続きます。



 昼休みを迎えて鞄からコンビニで買った昼飯を取り出す。立ち上がって一ノ瀬さんの方を見ると、その手前から突き刺さる視線があった。


 い、行きづれぇ……。


 席に座って前を向いたまま半目で視線を寄越す芦田。行楽日和の昼に外で食べようなんて計画したのに付いて来ない俺が余程気に入らないみたいだ。その証拠にメッセージで芦田から大量のモアイの絵文字が送られて来ている。何の感情表現だよ。スタンプじゃなくて絵文字のあたりがガチ感ある。やべぇ………芦田の顔が段々と彫り深く見えて来た。


 右が向けない。目の前の俺を夏川はどんな目で見てんだろうな……。ジト目? ジト目なのか? え、夏川のジト目? 何それレアじゃね? これはもう右を向くしかないんじゃね……?


 ──チラッ。


「………」


 じ、ジト目の上目遣いだとぅ……!?


 か、可愛いっ……!呆れ顔は幾度と無く向けられて来た俺でもこんな顔は初めてだ……! 夏川部門玄人の俺でもこれには敵わない。二次元の萌えキャラなんて目じゃないぜ! リアルのお前が一番だ!


「…………何よ」


「へっ!? あ、いや………な、何でもないです」


「……そ」


 くっ……何だろうなこの……優しく接してくれるときより胸がときめく感じは。ツンツンされたら普通傷付くもんなんじゃねぇの? 姉貴にメンタル鍛えられ過ぎた? ちょっとやそっとの精神ダメージじゃマッサージも同然ってか……何だよそれ芸人向いてるじゃねぇかよ……。


 欲しがる感情はあっても無為に機嫌を損ねようとは思わない。ここはさっさと一ノ瀬さんのとこに行って教室から出よう。あんまり長居すると芦田がモアイにしか見えなくなってしまいそうだ。


「ぁ──ね、ねぇっ」


「えっ、な、なに?」


「そのっ………一緒にって、ダメなの?」


「一緒に──って、一ノ瀬さんと俺と、夏川と芦田ってこと?」


「う、うん……」


「………」


 一緒に……一緒に……一緒に……──。


 頭の中でエコーがかかる。当然CV夏川。しかも妄想でも何でもなく俺に向けられた言葉。ここが誰も居ない防音完備の部屋だったら。嬉しさそのまま奇声上げながら飛び跳ねて天井突き破ってる。何よりここのところの夏川が俺に拒否感無さすぎてヤバい。


 ………落ち着け。慣れるんじゃないぞ俺。たとえ夏川に悪意が無かったとしてもこれは罠だ。野郎の勘違いってのはこーゆーとこから始まるんだ。思慮深く行け。何も考えず頷いてたら火傷しかねないぞ。


 ぶち上がったテンションを自分を抑えて冷静になったつもりで考える。


 まずは一ノ瀬さん。バイトの経験から接客には慣れた頃だと思うけど、それはあくまで〝仕事モード〟だからであって人見知りな部分は今でも変わってない、と思う。夏川や芦田も一緒で良いかと訊いたところで「嫌だ」とは言わないだろうけど、ホントはあまり前向きじゃないかもしれない……。


 特に芦田。別に人を不快にさせるほど騒がしいわけじゃないけど、陽キャなのは間違いない。一ノ瀬さんもその前提は知ってるから、居るだけで落ち着かないんじゃねぇかと。バイトみたいにどっかで違う絡みを持たないと慣れてくんねぇんじゃねぇかな……。


「うーん………訊いてみる」


「そ、そう……」





 ◆





「お腹すいた〜、授業中お腹鳴りっぱなしだったよー」


「えー? 聴こえなかったよ?」


「そお? なら良かった」


「あ、あの……」


 一ノ瀬さんの席に向かうと既に白井(しらい)さんと岡本(おかも)っちゃんに囲まれていた。二人の間で一ノ瀬さんは何かを言いたそうにわたわたしてる。これは出遅れたかね………待ってても一ノ瀬さんの方からやって来る事はなさそうだし、いつも二人の方から向かってるみたいだ。でもそんなふうに仲良くしてくれる友達ができてパパは涙が出そうに───あれ、俺パパじゃなくね?


 女三人寄れば(かしま)しいとはいうものの、この三人からは落ち着きを感じる。白井さんも岡本っちゃんもクスクス笑うタイプだし、一ノ瀬さんは微笑むか口元を隠すくらいのお淑やかさだ。いや楽しそうな雰囲気だな……ぶっちゃけ俺とランチするよりこっちの方が良い気がして来た。てか俺も交ぜてください。


「あれ? 佐城くん?」


「ぁ……」


「あー………今日はやめとく?」


「! い、いえっ……!」


 少し遠目に言うと一ノ瀬さんがバッ、と立ち上がった。うむ、機敏な動きだ、バイトで培った経験が活きてるな。アルバイター中伝を授ける日も近い。ファーストフォーム───タイムカードスラッシュ!


「え、え? 何かあるの?」


「一ノ瀬さんと一緒に食べる約束してたんだわ」


「えっ、なにそれ聞いてない」


「マジごめん」


 信じられない、とでも言いたげな岡本っちゃんの様子に思わずガチ謝罪が出た。一ノ瀬さんに懐かれたいんだろうなぁ………毎日お友達アピールしてんのにいきなり横からかっ攫われたら文句の一つも言いたくなるわ。小学生の頃、宿題やる時に毎日消しゴムのカスを集めて良い感じの練り消し作ってたら姉貴から外に遠投されてキレたのを思い出した。殴り掛かったら吊り天井固めされて泣いたんだよな。


「え〜、ダメ。私の深那(みな)ちゃんだよ」


「や、俺のだから」


「えっ」


「え、あ、そ、そうなんだ………」


 私の! なんて言われると俺もムッとしてしまう。別に俺のなんて本気で思ってないけど、関わってきた長さも頼られて来た数も違う。いくら岡本っちゃんや白井さんが相手でも〝どっちが仲良いか〟ってなるとまだそこは譲れない感じがする。


「ま、直ぐに返すから。今日だけ許してくんない? ほら、ちょうど佐々木とかフリーっぽいし」


「う、うん」


「じゃあ一ノ瀬さん行こうか………一ノ瀬さん?」


「──は、はひ………」


 あれ……何か様子が。


 お客さんを前に顔を真っ赤にしてアガってる一ノ瀬さんは出会った当初に何回も見て来たから、その時と同じ要領でそのまま手を引いて少し離れたところに移動する。よくわかんない所でこうなる事は(たま)にあったから取りあえず落ち着いてもらう。


「大丈夫? 一ノ瀬さん」


「は、はい………」


 胸に手を当てて自らを落ち着かせようとしてる一ノ瀬さんを待つ。そんなに緊張する場面あったかな……。迂闊に聞き出しても藪蛇だったら嫌だし、このまま落ち着くのを待とう。





 ◆





「一ノ瀬さん、今日どこで食べるとか決めてたりする……?」


「あ……えと、図書室の、資料室なんて………」


「図書室………あ、一ノ瀬さん図書委員になったんだっけ。って、他のクラスの図書委員とか居るんじゃないの? 飲食とかも大丈夫なん?」


「えっと……資料室なら食べて良いことになってるから……。先輩が居るけど、先輩も仲の良い人連れて来てるし……」


「そ、そう……」


 落ち着いた一ノ瀬さんに訊いてみると、既に場所を決めてるようだった。思ったより奥まった場所で動揺が隠せない。一ノ瀬さんの態度から察するに多分その先輩、仲良くても同性の友達なんじゃねぇかな……。いきなり異性連れて来たらちょっと話変わんない?


「あーっと……それで、さ。一ノ瀬さん」


「?」


「えっと……たぶん話があって俺を呼んだんだと思うけどさ。他の人とか連れて来て良いのかな? あんまり聞かれたくない話とかなら二人に断っとくけど」


「ぇ………その、二人って……?」


「夏川と、芦田………」


「………」


 少し口を半開きにして黙り込む一ノ瀬さん。悪いことしてるわけじゃないのにスゴく気まずい感じがする。や、悪いことなのか? 二人で食べようって言ってるのに他の人、しかも普段全く話さないやつ連れて来るとか一ノ瀬さんにとっては悪魔の所業かもしれない。


 図書室の資料室ってのもあんまり人が入る広さとは思えないし、ここはやっぱり断るか。冷静に考えたら女子三人に俺一人とか肩身狭いし。


「あー………やっぱり二人には──」


「だ、大丈夫です」


「えっ?」


「わ、私も……一度話してみたいと思ってたから……」


「えっ?」


 え……い、一ノ瀬さんが、夏川や芦田と話してみたかった……? 一ノ瀬さんが自分からあまり話した事ない人と話してみたいって言ったってのか……? 何それ赤飯ものじゃね? ごま塩買わなきゃっ……!


「わ、わかった。二人に伝えて来るわ」


「う、うん………」


 一ノ瀬さん……成長したなぁ……。俺マジで涙が出そうだよ。二年になって別のクラスになったらまた前みたいに一人でずっと本読んでるなんて事にならないか心配に思ってたけど、この調子なら心配要らないな。少しずつ岡本っちゃんや白井さんにも慣れて来てるみたいだし、安心したよ。


「夏川! 一ノ瀬さん、二人呼んでも良いって───夏川?」


「………」


 一ノ瀬さんの許可をもらって夏川の元に戻ると、夏川が少し膨れた顔でそっぽ向いてた。少し機嫌が悪そうに窓の外を見てる。何だか虫の居所が悪そうだ。すぐ側で芦田がやらかしたと言わんばかりに顔を押さえている。


「え? なに芦田、夏川と喧嘩でもしたん? すぐに謝った方が良いぞ」


「さじょっち………全部聞こえてたよ?」


「え? おう………」


 ………………おう?

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― 新着の感想 ―
[一言] 俺のだからっ!破壊力抜群だね。
[良い点] 何気に昨日死闘を繰り広げたさじょっちの手が罪深い。 判決、火炙り!
[一言] ごま塩買わなきゃ
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