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今さら、前へ

続きます。




「な、夏川……?」


「う、うん……」


 何で? どうして? 疑問は渦巻くものの、目の前の光景が錯覚かと目を擦ろうとは思わなかった。長い月日で得た勘が、『彼女は幻ではない』と告げていたから。それでも、まもなく最終下校時間を迎えようとするこのタイミングで夏川がまだここに居ることに違和感を覚えた。


 呼びかけてみると、夏川はぎこちなさげにゆっくりとこっちに近付いて俺の前で立ち止まった。


 夕暮れ時の教室。疲れてる俺の目にはその光景だけでも神秘的で目を見張るというのに、目の前に立ち止まった夏川は言わずもがなだった。月が太陽の光を受けて美しく輝くように、夕日に照らされる夏川はいつも以上に可愛くて、綺麗だった。


「め、女神……」


「なっ……なによ急にっ………」


「や、うん、ちょっと……夕暮れ補正にやられただけだから」


「そ、そんなの──」


 夕暮れめ……罪な真似をしやがる。思わず思った事そのまま口に出しちゃったじゃねぇか。感嘆するってこういう事か。完全に無意識に口からこぼれてた。俺の理性を打ち破るたぁやるじゃねぇか。これが俺らじゃなくて初対面の男女だったら淡い恋の始まりだったに違いない。


「……てか、まだ帰ってなかったんだな。夏川なら一秒でも早く愛莉(あいり)ちゃんに会いたいなんて言ってとっくに家に着いてるもんかと思ってた」


「そ、それは………──を……ってて」


「え?」


「あ、あんたを……待ってたからっ」


「え?」


 え? 何それ。嬉しい。可愛い。可愛い。

 ちょっともじもじしながらそんなこと言うのはどうなの? 反則じゃん? もう一度聞きたくて思わず訊き返しちゃったよ……。


「………ん? 何で?」


 小声で、ついそんな言葉が飛び出した。またも無意識。好きな人に〝待ってた〟なんて言われといてこの言い草よ。図々しすぎるだろ。


 ……とはいえ、疑問に思ったのも本当だった。俺と夏川の関係性、そして最近の出来事から端を発した気まずさ。二人になったところで会話なんて続かないのは分かってるはずなのに、どうしてわざわざ俺を待ったりなんてするのか、それが分からなかった。


「……渉と、話したくて………」


「………」


 待ってもない問いかけに、答えが返って来る。隠せる程度の動揺が胸の内に走った。その答えが、余計に俺を(わか)らなくさせた。


 どうして俺と話したいのか。どうしてこのタイミングなのか。俺たちは気まずい間柄じゃないのか。疑問は尽きなかった。


「えっと、何か悩みごとでも……?」


「な、悩みごと………うん……そんな感じ、かも」


 どうやら俺の回答は正解に近いらしい。少し考えた後、夏川は少し落ち込んだ様子で頷いた。まぁ、悩み事なら急に話したいなんて言われても納得できる。ましてや文化祭実行委員としての話ならこっちも邪念抜きで聞ける。


「へぇ……どうしたんだ?」


「えと、最近………ううん。たぶん、ずっと前から、なんだけど………」


 話す夏川からは躊躇が見て取れる。本当に俺に話してしまって良いのか。話してしまって後悔はしないか。そんな葛藤があるように思えた。俺が夏川だとしても同じかもしれない。何せ相手はこの佐城渉……夏川が相談する相手として適してるのかを考えると首を傾げるものがある。


 それでも、頼られるからには全力で応えよう。


「──私は、役に立ったのかな…………」


「えっ?」


 今度はちゃんと意識的に声が出た。これは夏川の不安に対する否定の意。夏川が役に立ったかだって? そんなのは一目瞭然だ。役に立ったに決まってる。あそこまで真摯に取り組んでおいて、どうして悲観するのかわからない。


「役に立ったのかなって…………何が?」


「今回のとか…………ずっと、言われるまま手を動かしてただけっていうか……」


「や、一年なんだから普通そんなもんなんじゃねぇの?」


 真面目に参加してるだけで偉い方だと思う。文化祭実行委員なんて普通はメンドくさくてやりたいなんて思わないし、ジャンケンで負けて仕方なく選ばれた奴の方が寧ろ多そうだ。ましてや連帯責任で同級生から責められそうになってもおかしくなかったのに、それでも黙って手を動かし続ける事ができるのは賞賛に値する事だと思う。いったいそのモチベーションどこから来てるのだろうか。


「でも…………」


「…………?」


 でも、の後に続く言葉が無く不思議に思って見ると、夏川は真っ直ぐこっちを見上げていた。もの言いたげな様子ではあるものの、どうやら言葉が見つからないらしい。まさか、俺のやった事が夏川を悩ませてしまった……?


「や、俺は──」


 俺の場合は………お、おう、そうだな。思い返せばかなりしゃしゃり出てた気がするわ。確かに疑問に思われてもおかしくはない。(ごう)先輩にくっ付いて回っていただけとはいえ、よく考えりゃ普通の一年坊主がやる事じゃなかったとは思う。


「あー……っと、そもそも俺は部外者だし? しかもやってる事はアウト寄りのグレー……何ならアウトだし。学生が文化祭のために他所(よそ)の業者を金で雇って手伝ってもらうとか本来は有り得ないというか…………そんなのに加担して〝よくやってる〟も何もないだろ」


「何で………?」


「や、だから──」


 本当に超特例措置だったとしか言いようがない。前年まで〝西側〟──金持ちの家の生徒達が主導になって同じ事をしてたとはいえ、本来そんなのはズル(・・)だ。〝切り分け〟なんて言葉で片付けられたら聞こえは良いけど、その実は金にモノを言わせた強行措置。学生にあって良いものじゃない。セコいだけに大変な部分こそあったものの、到底褒められるものではないんだ。


 とはいえ、ありのままの全部を夏川にぶっちゃけるのは……。


「──何で、そこまでするの………?」


「えっ………え?」


 あ、そもそもの話? 何でお前そんな事してんのかって?

 どうやら俺は夏川の疑問を誤解していたらしい。闇深い方を答えろというわけじゃなかったらしい。良かった──や、ちょっと待って。それを言えと? 他でもない夏川にそれを言えと? それはちょっとばかり地獄すぎないだろうか。


「何で渉がやったの……?」


「や、その──」


「なんで………どうやったらそんなに頑張れるの?」


「………夏川?」


 そこまで興味があって言ってるわけじゃないんだろう。そう思っていたのに、夏川の言葉にはどこか必死さが含まれているように思えた。


 はぐらかす方法を考えていた。これは、これだけは絶対に明かしてはならないと。テキトーにそれっぽい言葉を並べれば、夏川も納得するだろうと思っていた。それなのに。


「最初に渉が来た時はびっくりした。全部知ってたかのように手伝って、次には先輩の人と一緒に指示を出して、打ち合わせみたいのに参加したりもして………。いろんな理由で生徒会も危ないって知った時は、お姉さんを助けるために頑張ってるのかと思ってた」


「あー………」


「──でも、渉ははっきり『違う』って言った」


「あ、あれはっ………あっと、ほら、姉弟(きょうだい)だしさ。『姉貴のため』なんて小っ恥ずかしいこと真正面から言えねぇじゃん? 元々そんなに仲良いわけでもねぇし」


「嘘。あの時、見てたから。誤魔化す顔でもムキになってる顔でもなかった。私だって、中学生の頃から渉を知ってる」


「………」


 追及するような声。とても誤魔化せるような状況じゃない。そもそも打つ手がない。これはもう顔を真っ赤にしながら赤裸々に語るしかないのか……?

 いやでも、何で。どうして夏川がそんな事を気にするんだ。部外者の俺が首を突っ込んだ理由が気になるのは解る。でも、これは別に芦田の事でも佐々木の事でもない、俺だぞ。今さら知る必要も無い俺の事だぞ。


「…………何で、そんなに知りたいんだ?」


 行儀が悪いと思われることを理解しつつ、机にもたれ掛かるように乗り上げる。この空気を変えられるのなら、多少の荒っぽさは(いと)わない。これ以上嫌われたくないけど、ほんの少しなら構わない。


「…………わ、わかんない」


「なら、良くない?」


 いつもなら、違う質問だったらどんな質問にだって即答してた。でもこれだけは。今さらこれを言うわけにはいかない。この前は気まずくなってしまったけど、ようやく何だかんだで有耶無耶(うやむや)になって来たところなんだ。それを掘り返すように、わざわざ夏川の気を引くような事を言ってもまた変に意識して気まずくなるだけだ。


 今の俺は夏川にとってただの同級生、友人、仮初(かりそめ)の居場所。芦田も合わせて割とよく集まるだけのグループ。何度も拒んだ好きでもない相手から『お前のためだよ』なんて言われて何て反応すりゃ良いんだよ。仲間だから、で済ますには無理がある。そんなものは余計なお世話、迷惑に決まってる。


「や、やだ………」


「………」


 〝やだ〟。


 子どもが嫌がるときのような常套句(じょうとうく)。お姉さんキャラの夏川の口からそんな言葉が飛び出すとかギャップ萌えにも程がある。浄化されそう。不意打ちにもほどがあるだろ。


「………」


 気が抜けた。思わず小さい溜め息が出た。悪い意味じゃない。少し考えるのが馬鹿らしくなっただけだ。思えば俺はいったい何を気にしてたのだろう。今さら夏川との関係性を気にする必要なんてないだろうが。


 紆余曲折あって、また話すようになった。それは望外の、まるでご褒美のような出来事だった。『これ以上夏川に嫌われたくない』なんて、矛盾してるのは俺の方だった。それ自体がまだ夏川に期待してしまってる証拠だ。格好付けてどうすんだよ。結局捨てきれない、夏川に対する熱情。下心。自分の底が浅すぎて笑えてくる。


 言おう。


 気まずくなる? 構わない。本当なら気まずくなって疎遠になっているのが正しいんだ。今さら距離感を図るなんて意味の無い事。なに一人踊りしてんだよ。夏川はそんなものとっくに過去に捨てて前を向いているに違いない。だからこそこうして俺に関わろうとする。(よこしま)な事を考えているのは俺だけなんだ。いい加減、俺だって踏み出して行かなければならない。今さら。今さら。今さら。


「夏川、あのさ───」


 良い夕日だ。絶好のシチュエーションだ。夕暮れの教室。帰宅部の俺がもう見ないだろう景色。こんな機会は滅多に無い。だからこそ、この景色の中に一抹の思い出を残そう。心からほんの少しだけ想いを取り出そう。あとは蓋をするだけ。もう大丈夫。どんな結末が待っていようと、きっと後悔しない。だから────



「        」



 少しだけ、鎖を(ほど)こう。

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― 新着の感想 ―
[一言] うぉぉぉ!? これは……(どことなく不穏な雰囲気を感じつつ)
[一言] 結局一歩踏み出すのはさじょっちからなんだなぁ 夏川はいい加減イライラしてくる 振り回すだけ振り回して流れでそのまま付き合ったりしてもモヤモヤするなぁ
[一言] 【しっかりやんなよ】 最強の姉フラグたってるんで安心してます。 大丈夫だよね。。?
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