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自分の仕事

続きます。




 買い出しは苦労した。男子高校生のお馬鹿トークがこの上なく盛り上がったからだ。同じ野球部でも岩田とは違って真面目かつ謎のリーダー感を出してくる安田がキレた事でダッシュが始まった。割とマジ、あれがなかったら普通に間に合わなかった。サンキュー安田。お山の大将気取りで近寄りがたかったけど、これからも遠くから応援してるっ。 ※怖い


「ふぃ〜、()っち………あれ、一ノ瀬さんなに書いてんの?」


「ぁ──えと、佐城くん。その、クイズを、考えてて………」


 タオルで汗を拭きながら教室に戻ると、一ノ瀬さんが壁際に座ってクイズの内容を考えてた。既にいくつか考えてるのか、ルーズリーフに書き出してるようだった。一ノ瀬さんよく本読んでるし、結構レベル高いクイズとか出せるんじゃねぇかな……どれどれ。


【天保の大飢饉が起こる直前、夏の前のナスをかじって秋の味がしたことからその年が冷夏になるといち早く察知し、冷害に強いヒエを村人に植えさせて村の飢饉を防いだとされる江戸時代の農政・思想家は誰か答えよ】


「いや設問」


 クイズじゃねぇ。いやクイズっちゃクイズだけど。


 そーゆー事じゃなくね? クイズ王決める番組で東大卒の人が答えるやつじゃん。もう最初の二文字で脳みそが停止したんだけど。たぶんターゲットは中学生とか親子とかだからさ……こう、正解したところで知識とか何も得られない感じの中身ペラなやつをさ……こんなん出したらそれこそ古書店に来るような高等遊民が集まっちゃうよ……。


「その………ダ、ダメかな……?」


「たぶん、誰も答えられないんじゃないかな……」


「あぅぅ……」


「あーっ! 佐城くんが深那(みな)ちゃんイジメてる!」


「はなれろー! はなれろ男!」


「いや男て」


 何その急なフェミニズム。一ノ瀬さんは君らの何なの。何で同じ女子同士なのに一ノ瀬さんオタサーの姫みたいになってんの?


 白井さんに背中を押され引き離されながら振り返ると、一ノ瀬さんがクスッと笑ってこっちに小さく手をふりふりしてた。俺は死んだ。


 





 昼休みはクラスから離れて文化祭実行委員会だ。夏川や佐々木みたいな普通の委員はお休み。そもそも毎日昼休みと放課後の時間を束縛するとかどこのブラック企業だよ。せっかく夏川がクラスのみんなと話すようになったのにまた離れ離れなんてあんまりだ。夏川はもっと他の女子達とキャッキャすべき。見せてくれ、夏川の本気をッ……!


「ぇ……?」


「あ、夏川。誰でもこの席使って良いから」


「え、あっ───」


 ノートパソコンの入った鞄を持つ。いつもよりズシッとした感覚がやる気を出させた。


 (ごう)先輩と交代制で進めてるこれは仕事の整理整頓。今日も朝から花輪(はなわ)先輩のチームの外部協力者が仕事の手を進めてもらってたはずだ。この昼休みの時間を使って、放課後に学校側のみんなが直ぐに進捗度を確認できるようにしておく必要がある。そこの確認に時間を取らせるわけにはいかない。


 実行委員会の教室周辺に剛先輩が居なくて安心した。不意に出会うとワックスで固められた髪に反射した日の光に目がやられる事がある。もっとソフトなの使ってくんねぇかな……小バエ程度なら焼き殺せんだろあれ。


 前回、結城(ゆうき)先輩と剛先輩の三人で集まった吹き抜けの渡り廊下に向かう。剛先輩いわく、そこならこのパソコンと連携済みのWi-Fiの回線が届くらしい。校舎内に通じる出入口近くで良い感じにそよ風が絶え間無く流れる場所で涼しい。しかもずっと日陰だからか座るとコンクリートがひんやりとしていて気持ち良かった。


「さて、と……」


 浅く足組んだ上にパソコンを乗せて起動する。ちゃんとネットが繋がってる事を確認して、花輪先輩チームのサーバーにつながるフォルダを開いて中身を確認する。さらに今日の日付が名前になってるフォルダに入ると、〝完了済み〟と頭に付いたファイルがずらりと並んでいた。あれだけ手作業で時間かかっていたものが大量に仕上がってるのを見ると少し気持ちが良い。


 ファイルを一つ一つ開いて全部の項目が埋められてるのを確認する。終わったものからフォルダの中のファイルを〝確認済み〟フォルダに移動させて行く───の繰り返し。〝完了済み〟の数が多いほど苦労するけど、それでもこれは嬉しい悲鳴に違いなかった。何よりちゃんとした社会人が編集したファイルを俺が移動させるってのが良い。謎の優越感が湧いてくる。


「──な、何でニヤニヤしてるの……?」


「えっ、マジ? ニヤニヤしてた? 仕事してニヤけるとかヤバくね?」


 いや違うんだよ。どうせやんなくちゃいけないんだからさ、淡々とやるよりはどっかに楽しさ見出した方がモチベ的にマシじゃん? べ、別にエロサイト見てたとかじゃねぇぞ! てか学校の回線でそんなサイト繋いだら一発アウトだかんな! 剛先輩どころか姉貴にシメられるわ! ──って、


「………え? な、夏川? 何で?」


「あっ、え、えっと…………」


「……?」


 俺以外誰もいないはずの場所。本来なら他の生徒は教室や食堂、売店に集中してるはず。夏川も、昼は文化祭実行委員の仕事が無いから今頃は芦田あたりと弁当を広げてるはず。そんな居るはずの無い存在が視線を上げた先に立っていて困惑してしまう。


 もしかして、今日も実行委員の集まりがあるって勘違いした……?


「あーっと…………今日は放課後だけみたいだぞ?」


「し、知ってる! 知ってるわよっ」


「お、おお……そうなんだ」


「………」


「………」


 …………えぇ……。


 え、何この感じ? 何言えば良いん? てかそもそも何でここにいらっしゃる? お、落ち着け俺っ……! 冷静に状況を見極めろ、お前ならできる。何年夏川と接してきたと思ってんだ。夏川検定があったら準二級くらいはとれてるはずだ。夏川愛華の誕生日を答えよ。答えはハロウィン。イタズラしてくれ。


 ふと夏川の手元を見て、ある事に気付いた。


「弁当の包みを持ってるって事は……誰かと待ち合わせしてて向かってる途中?」


「え!? あ、こ、これは……その、違くて………」


「?」


 サッ、と隠すように弁当の包みを後ろに回す夏川。その際にひらりと揺れたスカートに目を奪われかけたけどグッと(こら)えた。右目だけ。


「───し、仕事してるかと思って……その、私も、って………」


「仕事……? 仕事って……や、だから今日は放課後──」


「そっちじゃなくてっ……! ア、アンタが仕事してるかもって思って…………鞄、持って行ってたから」


「……まぁ、そうだな」


 実際、こうしてノートパソコン立ち上げてネットつないでやってるし。間違ってない。間違ってないんだけど、それでも夏川がここに居るのはおかしい。俺が仕事してたら夏川もやんなくちゃいけない決まりとか無いし。そんな決まりあったらいの一番に佐々木にやらせてるわ。


「実行委員会の教室かと思ったら………違くて。ちょっと探してみたら、すぐ近くにアンタが居て……」


「いや、まぁ……俺一人のために鍵貸してくれないだろうし。いやてか……俺が仕事してるからって別に夏川もする必要無いんだけど」


「だ、だってっ……アンタは本来やらなくて良いのに……」


「そりゃそうだけど……俺が自分で決めたことだから。夏川は何も気ぃ遣わなくて良いんだって。どっちかっつーと、俺は生徒会側の立場だから」


「そう、だけど………」


「………」


 夏川愛華。俺の知る〝女神〟の側面。その中でも任された仕事というか、役割を全うする責任感は強いと思う。今でこそ遊ぶ金欲しさにバイトしたりする俺だけど、中学の頃に初めてバイトをしたときの動機は、夏川に人として見合った奴になりたかったからだった。言わば、自分磨きのためだった。


 それでも並び立つのに必要だったのは、結局は〝元から在るもの〟だと気付いてしまった。容姿、才能、勉強にスポーツ。それら全てが最初から夏川に備わってたとは流石に思ってない。もちろん努力だってしてると思ってる。それでも、俺の中にあるものは折れてしまった。その努力を続けることが、自分には無理だと思ってしまったから。追いかけ続けるのが〝つらい〟と、そう思ってしまったから。


「えっと……渉、お昼は?」


「……え? あぁ、これ終わったら、テキトーに……」


「〝テキトー〟って…………準備してないの?」


「いや? ほら、ここに」


 鞄の中にあるビニール袋を引っ張り出す。今朝にコンビニに寄って買った菓子パンだ。見えないけど、ノートパソコンと一緒に入れてたし、たぶん半分くらい潰れてる気がする。


「またそれ………。アンタ、入学直後はお弁当だったじゃない。何で変わったの?」


「あ、あー……いやほら、ちょっとピーマンとかが多かったってゆーか? 立て続けに残してたらお袋キレちゃってさ」


 キレるってか、これでもかってくらいの嫌味だったけどな。返す言葉も無かったわ。オマケに姉貴からガキ扱いされて踏んだり蹴ったりだった。もう大人しく踏まれて蹴られるしかなかったわ。キャウン。


「………」


「あ………えっと、夏川、さん?」


 さっきまで気遣わしげだった夏川だったけど、弁当が菓子パンに変わったくだりを説明すると急に黙り込んで眉を下げてこっちを見て来た。おや、急に様子が変わりましたね………何だか地雷を踏んでしまった様な気がする。そういや夏川ってお姉ちゃんだったな………愛莉ちゃんにピーマン食べさせるために色々試行錯誤してそう。薮蛇じゃん。


「あの──」


「ピーマン………嫌いなんだ?」


「あ、はい」


「そう、なんだ………何で?」


「苦くて………」


「じゃあ………ゴーヤとかも?」


「あ、うん………」


「………」


「………」


 ……んん? 何この感じ。何かちょっとしおらしい感じに………今の会話にそんな要素あった? 叱られるか呆れられるかのどっちかだと思うんだけど。可愛い。今なら肉詰めピーマンの中身だって食える気がする。


 何故ならそれは───。


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― 新着の感想 ―
[一言] ふっ… 女神も、いや女神の妹の方か? ピーマン苦手か…
[一言] 茄子のくだりなんか見たことあると思ったらその時歴史が動いたって漫画で読んだことを思い出した。
[一言] クイズの答え、二宮尊徳だったのか!
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