誰のために
続きます。
「──以上が、外部協力者……ひいては花輪先輩のご実家も関わる企業に協力を結び付けた理由となります。クラスごとの準備も始まる手前、他に実行委員会の活動を間に合わせる手段は無いでしょう。寧ろ時間に余白ができる見込みです。文化祭に付加価値を付けるのに最適と言えると思います」
どうして? 何故?
理由より先にそんな問いばかりが浮かんだ。確かに渉は生徒会にお姉さんが居るけど……だけど、だからってここまで手を貸すもの?
──なんて疑問も、話の内容の強烈さに掻き消された。
話の内容を聞いて驚いた。てっきりこの文化祭の準備が遅れたのは全て実行委員会の不手際によるものだと思っていた。しかしフタを開けてみればその原因にはいくつもの要素が絡んでいたということ。特に、去年の生徒会と今の生徒会の間の軋轢のような話は初耳だった。
『今回、最も厄介だったのは長谷川実行委員長の裁量ではどうにもならないという点でした。過去のトラブルにしても、尾根田教諭が指示した作業の進め方にしても、それは委員長という立場だけでは到底是正する事はできないものだったというのが、生徒会が下した判断です』
淡々と語っていた石黒先輩。ぴっちりと決まってる髪型と濃い顔立ちからは学生を飛び越えて仕事のデキる社会人のような印象を受ける。とても頼りになりそうな先輩だけど、どんな人なんだろう……渉にあんな先輩が居るなんて知らなかった。またお姉さん繋がりなのかな……。
「…………」
渉は石黒先輩の傍らでじっと黙って立っていた。先輩の説明に口を挟むような事は一切なく、どうしてそこに居るのかと今だに疑問に思う。私と同じ一年生にいったい何ができるのか…………自分の二の舞になってしまう姿を想像してしまい、不安になった。
◇
「──んで、必要なファイルはそこのフォルダの中に入ってるから。コピーして同じとこに貼り付けて、サンプル通りの名前に変えて、外から集めた書類を眺めながら、必要な情報を打ち込んでいくだけ」
「えっと……ごめん。ちょっと訊きたいんだけど──」
「ああ、それは──」
「………」
教室内の一年生を集めて説明する渉。先輩達と仕事の内容が違うのか、それはとても簡単なものだった。それでも、これらを全て手作業でするって考えると、たぶんかかる時間は全然違うんだと思う。
堂々と──というよりは、いつもと何ら変わらない調子で振る舞うアイツを見ていると、自分の口が半開きになっていた事に気付いた。いつからそうなっていたかわからず、慌てて閉じる。
別のクラスの子と話す渉。誰かにものを教える渉。慣れた手付きでノートパソコンを片手で雑に持つ渉。マウスを使わず、キーボードの下にある部分を指先で触れてカーソルを動かしている。説明してる画面より、何故かそんな渉の手の動きの方に目が行ってしまった。
どれも、私が知らない渉だった。
「あー……そっちはどう? 佐々木と夏川は大丈夫?」
「あ、あぁ……」
「っ……」
「そうか」
名前を呼ばれ、慌ててその手から目線を上げる。渉とバッチリ目が合った。ずっと手を見てた事に何故かスゴく後ろめたさを感じ、思わず目を逸らしてしまう。あまりに素っ気ない態度な自分が嫌で、何とか佐々木くんの返事に便乗するように頷くだけだった。
ただそれだけだと何だか納得がいかなくて、気になっている事がそのまま口を衝いて出た。
「そのっ……わ、渉は何するの……?」
「……説明してて気付いた奴も居るかもだけど、一年生は石黒先輩のいう“外部協力者”と直接やり取りするような事がねぇんだわ。必要な資料とデータはもう渡してあるから、やる事と言ったら進捗状況の情報共有と……あとは生徒会に仕上げたものを上げる作業かな。俺はまぁその……橋渡し的な?」
「そ、そうなんだ……」
至極真っ当な返し。自分で質問したくせにろくな返事ができなくて無性に悔しくなった。どうして自分がこんなに緊張した状態にあるのか分からない。ただ気まずいだけなら、仕事を仕事と割り切って接する事だってできるはず。
「──んじゃ、残りの時間でさっそくやろうか。あ、マウスはそこの箱ん中に入ってっからテキトーに取って」
「ぁ……」
そんな渉の言葉を皮切りに、みんなは各々の席に着いて自分に割り当てられたノートパソコンを触り始めた。それぞれの顔にいつもとは違った喜色の笑みが浮かんでいる。ゴールの見えないマラソンのような作業を延々と続けていた時と違って、終わりも見えているし何をすべきかはっきりしてるからだ。他でもない、私自身がそう感じている。
“もう安心だ”………そう喜ぶ反面、胸の内に消化しきれていない不満があるのがわかった。欲張りなのはわかってる。それでも、ここで「はい解散」とするには体の我慢が効かなかった。
「渉っ──キャッ」
「………………えっと、うん……どした?」
「あっ、え、えっと……!」
駆け寄る私に、渉が思ったより早く気付いて振り向いた。慌てて止まろうとしたものの、腕をつかもうとした手は通り抜け、渉に横から飛び付く形になってしまった。ずっと前から覚えのある“渉の匂い”を直に感じ、慌てて離れる。
(あぁっ───!)
やってしまった恥ずかしさに、胸中で頭の中の私とは別の“私”が声にならない叫びを上げた。顔が熱くなる。恐る恐る見上げると、渉は返事をしつつも顔を横に背け手で表情を隠そうとしていた。それがあまりにも分かりやすすぎて、余計に顔に熱さが増してしまう。
「その──大丈夫、なのよね……?」
「大丈夫って………あぁ」
何が“大丈夫”なのか………自分で訊いといて、その言葉に含まれる意味が何なのか自分でもよく分からなかった。少なくとも、この実行委員の活動のことだけを指して訊いたわけじゃない。
言葉足らずで曖昧な問いかけだったにも関わらず、渉は少し考えを巡らすように斜め上を見つめると、私と目を合わせて答えた。
「大丈夫なんじゃね? 断言はできんけど」
「もぉっ……何よそれ」
渉はへらっと笑うと、特に問題無さげな様子で私とは逆の角の席に向かった。ホントはまだ訊きたい事がある。それでも、今はその言葉が聴けただけでも安心する事ができた。
「ふぅ……」
人の心配をしてる場合じゃないのは私の方だったのかもしれない。思えば渉は最初に登場したときから“いつもの渉”だった。不安な素振りは一切見せてない。私が勝手に心配し、不安になっていただけなのかもしれない。少し落ち着かないと。
マウスをもらい、私も席に着いて画面と向き合う。佐々木くんは黙々と説明された通りの作業に取り組んでいた。パソコンは不慣れだけど、よくインターネットで動画を検索したりしてるからキーボード操作は大丈夫だと思う。言われた通り、最初の画面にあるフォルダをダブルクリックして中身を確認した。
「………」
一つ一つの手順を思い出すたびに渉の顔が頭に浮かぶ。他でもない、私達にやり方を説明したのは渉だからだ。集中して聴けていなかったはずだけれど、何故だか説明された内容の一語一句が渉の声で再生された。一回で覚えるのは得意な方だけど、それだけが理由じゃないように感じる。
指定されたファイルを開いて画面に目を通す。なるほど、確かにこれなら貰った書類の内容を打ち込んで行くだけの単純作業になりそうだ。あまり頭を使う必要がない。書類と画面を交互に見つめながら、気が付けばまだ渉に訊けていなかったことについて考えていた。
そもそも、何で渉はここを手伝っているんだろう……?
いや、実行委員会というよりは生徒会を手伝っているんだと思う。さっきも確か生徒会の“臨時補佐”と言っていたから、たぶんそうなんだろう。それじゃあ、生徒会に居るお姉さんのため……?
「………………いいな」
思わず、小さな声でそんな言葉をこぼしてしまった。
渉がお姉さんとの思い出を話すたび、羨ましく思えた。保健室に運ばれた渉の元へ、少し息を切らしながらやってきた渉のお姉さん……。そして、そんなお姉さんのためにこうして手伝う渉。そんな弟の方からはちょっと変わったエピソードばかりを聞くけれど、実際にこうやって支え合う姉弟を見て、何だかズルいと思ってしまった。
【お知らせ】5/20
6/1発売、本作の第一巻についての追加情報となります!
◆店舗特典情報更新!
電子版「BOOK☆WALKER」様でも特典が付くことになりました!
『放課後の姉弟』
登:佐城渉・佐城楓
楓が渉にマッサージさせるも……?
◆Twitter / YouTubeで本作の第一巻のPVが公開!
声優は諏訪彩花さんです! 本当にありがとうございます!
チャラい渉とチャラくない渉の細部のこだわりが有難い……!
https://twitter.com/HJbunko/status/1263031724872658944?s=19
また、5/25にHJ文庫のWebページに本作の紹介ページが掲載されております。気になる方はぜひご覧ください。