更なる問題
続きます。
まだ一年の俺には荷が重すぎる内容……油断したら『え、それ聴いてどうしろと?』ってこぼしてた。たぶん石黒先輩から熱い拳が飛んで来てたわ。口ん中に飯詰めてて良かった。
「二つ目だ」
容赦なくない?
え、一つ目終わり? なかなかヘビーな内容だったと思うんだけど。とりあえず実態だけ俺には共有した感じ? こう、解決策とか併せてハッピーセットにしてくんないと不安になっちゃうんだけど。や、別に固まってんのなら知りたいってわけでもないんだけど。
「これは佐城弟、お前から得た情報を元に甲斐が調べた結果だ」
「は、はひっ」
吐きそう。
ロクな情報じゃなかったらどうしよう。胃に詰めた弁当の具の消化が全然始まってないのが分かる。頼むぞ甲斐先輩ッ……!俺のためにッ……有益な情報をッ……!
「3日前、実行委員会から書類を取り立てたそうだな」
言い方よ。
取り立ててねぇわ。お使いって言ってくんねぇかな。何なら初めてのお使いだったわ。え? 今まで姉貴に何度もお使いやらされてたんじゃねぇかって? バーロー、あれは“お使い”とは言わねぇ。生活習慣ってやつさ……。
「お前の報告通り、確かに渡された書類のほとんどが手書きで纏められていた。外からの支援、有志の書類だけでなく、内部資料も含めてもれなくだ」
「はあ……そうでしたね」
「原因は文化祭実行委員会の顧問だ」
「……は?」
手書き書類の原因が、文化祭実行委員会の顧問……? そもそも顧問が居たことすら今知ったんだけど。言うて俺が教室の中を覗いたのも数回くらいだけどさ。先生らしき姿なんて見なかったんだけど……?
や、ちょっと待て。“全部手書き”……?
「…………まさか、現社の尾根田……?」
「具体的には現社と日本史担当の尾根田等、だな」
きいた話じゃ六十を超えてる、見た目はお爺の男性教師。授業中に私語をしようものならネチネチと長い説教が始まるから、いつもはシンと静まり返った五十分を強いられてる。中間・期末考査と、テスト用紙が全て藁半紙にマジックペンで手書きしたのをコピーしたものだったのが印象に残ってる。字の小さい女子が、読めないからと正答をハネられた事件がチラホラとあったような……。
「まさか、これも……?」
「いや、これは教師の持ち回りの問題だな。基本的にイベントの顧問は責任ある者が就くそうだが、その、なんだ……実は尾根田は去年の“運動”で触らぬ神は祟り無しな者をよそに、声高らかに“東側”の味方をしてた人物でな……まぁ、叫び回ってただけだが、都合が良かったから放っていたんだ」
また面倒な。
聞けば、ただ古参ってだけの存在。幾度の異動を繰り返し、教師納めのために舞い戻ってきたようなお爺ちゃん先生。ていうか、確か今年の文化祭のテーマって“新しい時代”的な何かじゃなかったっけ? 何でその準備の責任者が昭和色、しかも主張強めの人間なんだよ。
「一つ目の問題もそうですけど、その……解決策はあるんですか?」
問いかけると、結城先輩が冷たく言い放った。
「ある。ごり押しにはなるが、今年も“外部協力”を求めるしかあるまい。無論、生徒会と文化祭実行委員会に割り当てられた予算を使ってな」
「予算は──」
「実行委員会はカツカツだそうだが……幸いな事に去年の生徒会が駄々っ子だったらしくてな。その時の予算を学校側が“必要なのだ”と勘違いしてそのまま今年にも回されているようだ。意地の悪い連中でも、流石にそこまでは予見できなかったんだろう」
「……だが、それでも心許ないのは確かだ。だから、“外注”ではなく“家の者”を使う。幸い、蓮二の家は第一線で活躍するIT企業だ」
おいおいおいおい!何か学生の範疇の話じゃなくなって来てる気がすんだけど!? ホントに何で俺を呼んだの? 『気になってるだろうからとりあえず教えとくわ!』って感じなんですよね!? そうなんですよね!?
「また、尾根田に関しては煽ててお飾りにさせる。意図に気づいて騒ごうものなら責任を取ってもらうだけだ。中途半端に文化祭準備の“手段”を強いておきながら、問題を放置させた責任をな……」
「ひえっ……」
怖わっ!石黒先輩怖っわ!労る気ゼロじゃん!や、黙ってお飾りにされる分には穏便なのか……? いずれにせよご愁傷さま……これが、時代に乗り遅れた弊害ってやつか。
「花輪先輩は乗り気なんですか……?」
「本来なら面倒に思うだろうが……それは三つ目の問題に関係する」
「え……?」
「まあ……これが、楓に伝えるのが憚られる話でな……」
石黒先輩はケロッとしてるものの、結城先輩は眉間に皺を寄せて苦々しい顔をしている。どっかの洋ゲーのイケメン主人公が顔を顰めてるみたいだ。ホントに目の前の景色現実? ショットガン与えたら機嫌良くなりそう。
結城先輩を尻目に、石黒先輩が呆れたように教えてくれた。
「──実行委員長の長谷川智香は、生徒会の花輪蓮二に恋慕を抱いている」
「んぁ……?」
あれ、何か急に甘酸っぱい感じに……あれ? 今までの小難しい話何だったん? 最後にその話持ってくんの……? いっちばんどうでも良い話のような気がする。え? マジで言ってる……? やだ、これが虚無感……。
さっきまでの冷たい感じとは打って変わって、結城先輩は眉尻を下げて俺に目を向けて来た。
「気持ちは解る。だがこれがまた面倒でな……蓮二に無様な姿を見せたくないからと、長谷川は委員会の進捗状況を生徒会に偽って報告していたらしい。どこかで帳尻を合わせねばと躍起になっていると聞く」
「頑張ってください」
「待て。聴け」
早々に手放そうとしたら、割と真面目に引き留められた。まぁホントに逃げるつもりはなかったけども。弁当もらってなかったらマジで違ったかもしれない。次もよろしくお願いしますよっ!
「女というものは、こと色恋沙汰になると非常に繊細に扱わなければならない。突拍子も無いことをされたら困るんだ。ここまでは良いな?」
「……………………………………?」
「…………佐城弟。一部の男子のみが理解できる次元の話だ。俺は当然として、恐らくお前にも解らない」
…………ほぁ?
つまりイケメンに限ると。自分で言うならまだしも他人に言われると納得できねぇもんがあるな。言っとくけど強面でもアンタ整ってる方だかんな? 声掛けられなくても絶対“良い”って思ってる女子居るかんな? 傷口舐めあってるフリして俺の傷口に塩塗り込んでるだけだから。痛ったい、超痛ったいっ。
つまりアレか。結城先輩の口振りだと、恋愛が絡むととんでもない方法で自分に近付く女子が居ることもあるって事か。え? 居るの? そんなの少女漫画とかそういった世界だけの話じゃねぇの?
「それを受けて、惚れられた責任を取ると蓮二は──」
「え、ちょ、え……? “惚れられた責任”?」
「……? 何を言っている。当然だろう?」
「……………………………………え……………?」
「佐城弟っ、深く考えるなっ。とりあえず流しておけっ」
に、日本の文化……? 日本の文化なのか? 俺日本人だよな……? 何で日本の文化にショック受けてんだ? 欧米に染まりすぎたのか? ハンバーガー大好きなんだけど。ピクルスは嫌い。
「──とまぁ、蓮二については問題無い」
「…………………………………………そうっすか」
問題無い。そう、問題無いんだ。結城先輩が言うんだから間違いない。そういった概念が世の中にあるって事を俺が新しく知っただけだ。そう、これは大人の階段を一歩登ったってこと。“惚れられた責任”、取って行こうな!全国のみんな!
「問題は楓の方でな………今回の長谷川の働きは、楓が最も嫌悪する部類に入る」
「確かに」
それは深く同意。ヤンキーっつーかレディースの色味だからなあれは。自分可愛さに仕事を疎かにしたなんてのは姉貴のマジ切れ案件。同じ女なら色恋沙汰とか同情できそうなもんだけど、このイケメン達を前に平然としてる今の姉貴には意味無ぇだろ。筋が通ってないと気が済まないんだ自分以外。
なぁ姉貴。俺がピーマン残すのを許してくんないのは筋違いじゃないかね? 無理やりインフルエンザの予防接種に行かされた恨みはまだ忘れてないぞ? 注射痛かったんだからな?
さらばチンジャオロース。